ポケットの中の黒い柄のナイフー質問
「ふははっ、〈うろさん〉とお会いするのは二回目ですな。 立派に社長業を勤めておられる。 良い男に成り上がられましたな」
成り上がったか。それはそのとおりだろう。
「ははっ、良い男かどうかは自信がありません。 いたって普通ですよ。 今日は会っていただき感謝します」
「〈うろさん〉が恐縮する必要は無いのです。 こちらにも、メリットがあることなのですよ。 前回〈晴れ晴れライフ〉の社長に引き合わせてもらったのも、商売上の意図があったからです」
「そうなのですか。 私に会うことで商売になるのですか、見当もつかないですね」
「〈コモド滝〉の所有権をうちが持っていることはご存じだと思いますが、その隣のお家も所有しているのです。 ここまで言えば想像が出来るでしょう」
「ほぉ、つまりその横の私の実家も買い取りたいとの意向なのですね」
今真剣な表情をしている大物と呼ばれるこの会長は、六十歳をかなり超えているが、ぶ厚い皮膚をした、煮ても焼いても食えない男なんだと思う。
オフィスビルやテナントビルを何棟も所有している超大金持なのだが、〈コモド滝〉とその周辺の土地を買いあさって、またビルを建てようと画策しているらしい。
小さな土地を強引な手段を使っても手に入れて、大きな塊にすることで土地の価格を何十倍何百倍にする手口だな。
地上げと呼ばれている、時には強引な手段をとる、あまり褒められない手法だ。
そう言う大きな商売もあるんだとは思うけど、どうして俺に興味を持ったんだろう。
俺の父親が土地を売らないから、その子供の情報を得ようとしたってことか、そうとしか考えられない。
ここで問題となるのは、〈叡行管理不動産〉と〈真田〉との関係だ。
場合によっては、俺と会長は一気に敵対関係へ転がっていくぞ。
その恐れは大いにある。〈真田〉は会社の持ち物である〈コモド滝〉に出入りしているのだから。
俺はポケット中の黒い柄のナイフをそっとなぜた。
心がスーッと落ち着いていく。
「単刀直入に聞くのですが、〈真田〉とはどういう人間です? 」
「これはこれは、簡単すぎる質問をおっしゃる。 クズ。 この一言ですむ男ですな。 〈うろさん〉もよく知っていると思うがな」
「確かに会長がおっしゃる通りであります。 それならなぜ〈真田〉が〈コモド滝〉に出入りしているのでしょう? 」
「わははっ、わしはちょっとだけ、やり過ぎてしまう性格なんじゃよ。 もうかる分だけ敵も多いんだ。 アパートの居住権を盾にして、わしへの嫌がらせをしている勢力の手先にすぎない。 〈真田〉はそいつらに雇われているんだ」
法律すれすれのグレーゾーンで、せめぎ合っているライバルが存在しているのだろう。
ひょっとしたら、グレーゾーンじゃなくて法を逸脱した真っ黒の部分もあるのかも知れない。
「そうでしたか、納得出来ました。 ただし、会長のちょっとは、とても信じられませんね。 お金もうけも女も、ちょっとだけじゃすまないでしょう」
「まぁ、わしのちょっとは世間とは、ちょっと違っているかもだ」
「なるほど。 常人から逸脱しているからこそ、常人を凌駕することが可能なのですね。 ところで、私は〈真田〉に天誅を加えたいと思っているのですが、これについてはどうお考えられますか? 」
「ほぉ、天誅ときましたか、勇ましいことだ。 また〈真田〉には相応しい言葉でもある。 わしの調査では実家も絡んでくるが、それでもやれるか? 」
「当然ですし望むところです。 調査されたらのならご存じかと思いますが、今思えば俺は虐待をされていました。 存在を否定されても、必死に生きてきたんだ。 かけられてしまった〈不要な人間〉と言う呪いの言葉を、どうしても解かなければならない。 あんたは俺の邪魔をするのか? 」
「一言だけ忠告しておくが、社長はどんな時でも冷静さを失ってはいけない。 例え許しがたい過去が絡んでいてもだ。 これは年の離れた友人からの助言だと思ってほしい。 そして結論は邪魔などしないだ。 〈真田〉が排除されれば、わしにもメリットがあるのは分かっているはずだ。 それなのになぜ問いかけたんだ? 」
「ご忠告ありがとうございます。 ふふっ、年の離れた友人ですか。 同世代の友人もいない私には過ぎたものです。 そして質問の答えは、後になってそれは困ると裏切られるのを心配しているからです。 徹底的にやりますからね。 大騒動となりマスコミに取り上げられる可能性が高いからです」
「んー、市街戦でも起こすつもりなのか。 そうか。 呪いを昇華させる祭りを起こすんだな。 わははっ、〈うろ〉の祭りがどんなものかぜひ見てみたいぞ。 ただ〈うろ〉はひどい事を言うな。 わしは友人を裏切った事は、人生で一度も無いんだぞ。 〈うろ〉はわしの年の離れた友人だろう。 違うのか? 」
「ありがとうございます。 友人になれて光栄です。 友人が裏切らないことを信じようと思います。 お祭りはド派手にいきたいのですが、盛り上がりに欠けたらすみません」
「ふふっ、わしもいい年なんじゃから、ナイフで刺されるようなバカなマネはしないよ。 〈真田〉みたいなクズじゃあるまいし」
くっ、このじいさんはやはり侮れないな。
何度も修羅場を潜り抜けて来たのだろう。
ポケットの中の黒い柄のナイフを、俺が触ったことを気づいていやがった。




