絹の手触りを持つおケツー大物
〈聖子ちゃん〉は全く俺のことを期待していないみたいだ。
アパートの持ち主の情報は、弁護士である自分が調べたのだから、小さな会社の社長ごときが有益な情報をゲット出来るわけが無いと考えているのだな。
それはそうだ、俺にも良く分かる理屈だよ。
それでも〈聖子ちゃん〉は、〈叡行管理不動産〉という会社が、かなり前に売買で手に入れたと教えてくれた。
〈叡行管理不動産〉か、知らない名前だ。有名な企業じゃないな。
俺のやれる事など限られている。〈晴れ晴れライフ〉の社長に聞いてみるしかない。
あの社長は不動産業界に長くいるんだ。同じ地域の不動産会社なら知っている可能性が高いはずだ。
「おぉ、良く来てくれたな。 〈うろ君〉、お久しぶり。 あっ、もう〈うろ君〉じゃないか。失敬した。 〈うろ社長〉と呼ばなければいけないな」
「ははっ、呼び方なんて気にしないでください。 〈うろ君〉で全くかまいませんよ。 〈晴れ晴れライフ〉の社長さんに比べれば、まだ小学生か中学生みたいなものです」
「ふふっ、社長になっても謙虚さは少しも変わらないな。 出世した途端に態度をコロッと変えてしまう、鼻持ちならない人間がこの世にはごまんといるんだが。 そうなっていないのは、〈うろ社長〉が大物って証拠だ。 私はそれを見抜いた、先見の明がある男ってことにしておいてくれよ。 あははっ」
「ふふっ、私は大物ではありませんが、社長さんに頼まれた特別警備が契機になったのは間違いありません。 チャンスをいただけて、今も感謝しております」
「そう言ってくれるのか。 ふふっ、くすぐったくなってしまうな。 〈うろ社長〉も忙しいのだろう、褒め合いはこれぐらいにして、私の宿題を報告させてもらおう」
〈晴れ晴れライフ〉の社長は〈叡行管理不動産〉のことを良く知っていた。
会社の取引相手でもあり個人的にも親密な仲らしい。
おまけに、驚いた事に、俺も合ったことがあると言うんだ。
以前、和服美人にお酌してもらった時に、同席した〈安藤さん〉と言う人が〈叡行管理不動産〉の会長のようだ。
ちょっと違うか。〈安藤さん〉と会食した時に、和服美人がコンパニオン的にいたんだ。
絹に包まれたデップリとされたお尻が、あまりにも印象的すぎるから、主客を逆で覚えてしまっていたみたいだ。
こんなことじゃいけない、いつか失礼なことを俺はしでかしてしまうぞ。
それを防ぐためにも、〈まうよ〉に着物を買ってあげよう。そしてお尻を沢山モミモミすることで、和服美人の強い印象を消し去るんだ。
おっぱいよりも先にお尻を考えてしまうのは、俺がおっさんだからか。
でもそれがどうした。お尻の方が魅力的なんだぞ。
大きなお尻は心に安らぎをもたらす安定剤になってくれる。ドーンと安定しているからだ。
そして着物の柄はアレだから、貝合わせが合っていると思う。アレはアレだ。
【うん。 着物も良いね。 ただし、柄は縁起の良いのにしてよ。 鴛鴦とか鶴とか鳳凰が良いな】
「〈まうよ〉は鳥が好きなんだな」
【まぁ、そうかな。 〈かっくん〉を飛ばせたい気持ちがあるんだよ。 過去の呪縛から解き放たれるように、と願掛け的な意味も込めているんだよ】
「俺がまだ過去に囚われている、と〈まうよ〉は感じてるのかい? 」
【まぁ、そうなるかな。 〈かっくん〉の心は今も復讐を果たしたいと叫んでいるじゃない。 私も全面的に賛成だし、私の全てをかけて、それに協力をしてあげるね】
〈まうよ〉は俺に復讐を果たすべきだと強く訴えてくる。俺もそのことに異存などあるはずがない。放置したままでは、憎しみは俺の心にくすぶり続けて、決して消えはしないだろう。
〈晴れ晴れライフ〉の社長さんは、俺が〈叡行管理不動産〉の会長と合えるよう直ぐに連絡をとってくれた。
理由も聞かないのは、俺を頭から信頼してくれているんだろう。その思いにただ感謝するしかない。
ただし、今回は和服美人のコンパニオンがいないのは、すごく残念ではある。
そう思うのはしょうがないだろう。滑らかな絹の手触りを持つ、おケツなんだぞ。
このような不純で邪な気持ちをどこか遠くへ消し飛ばすため、俺はすぐさま〈まうよ〉に着物を買ってあげたんだ。
着物の柄は〈まうよ〉の希望で現代的なオシドリとなった。
貝合わせは「ちょっと」と言われてしまった。ゲスな妄想を働かせているに違いないな。
ただし、オシドリが悪いわけでもない。
オシドリは夫婦の変わらぬ愛を象徴しているため、昔からとても縁起が良い柄とされている。
だから良い柄なんだけど、〈まうよ〉が選んだのはオシドリがアニメチックに表現されたすごく個性的な物だった。色鮮やかで寄り添う小さな二羽が、そこかしこに散りばめられているカラフルにひどく偏ったものだ。
この柄は一点物です、と店員さんが強調しているけど、そんなの当然だと思う。
この柄が受け入れられる、と考えた人の感性を疑ってしまうレベルだ。
着物なのに、こんなファンシーな柄を着る勇気を持っている人が、この日本にいるはずが無い。着物が本来持っているシックさや、おしとやかさが台無しになってるぞ。
ただしそこは、驚くべきことに〈まうよ〉様としか言いようがない。超絶美人はどんなものでも超似合ってしまうんだ。
人を超える美しさは、微妙な着物の柄までを粋なものに変化させるパワーを持っているんだ。
「こんな売れ残り確定の柄なのに、本当に良くお似合いです。 私は女ですけど、女だからこそ、うっとりしてしまいます」
女性店員さんは本音をぶっちゃけてくれたが、値段の方は引いてくれなかった。
一点物ですから、と言う理由が破綻していないか。
着物を仕立てるのに時間がかかるため、〈叡行管理不動産〉の会長と会うのが先になった。
何も不都合はないはずなのに、なぜか俺は悲しいぞ。




