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氷よりも冷たいくせにドロドロー看板

 「コモド滝」


 犯罪の拠点とされているアパートは、かなり変わった名前だ。


 「コモドドラゴンか。 大きなトカゲだな。 異常に口が臭いらしいよ」


 犯罪の拠点として、クサいのは良い名前なのかも知れない。


 【違いますね。 〈りゅう〉ではなく〈たき〉です。 〈かっくん〉はさんずいへんが見えないのですか? 】


 「あっ、本当だ。 〈滝さん〉の子供が家主なんだろうな」


 【こどもでもありません。 コモドです。 イタリア語で快適と言う意味のようです。 〈かっくん〉はさっきからボケをかましているようですが、私の(するど)いツッコミが炸裂(さくれつ)しても、全く笑えません。 話の持って行き方が悪いのでしょう】


 「うーん、俺は突っ込む方が得意だからな」


 【はっ、今度は下ネタに走りましたか。 意外性もアイデアも何もありません。 どうしようも無いですね】


 妖魔のくせしてお笑いに厳しいなんて、すごくおかしいじゃないか。

 それも俺の腕にヒシっと(からみ)みつき、自分の胸をギュッと押しつけながら歩いている時なんだぞ。


 ラブラブな恋人が笑いのダメだしを、するのはどうしたことなんだ。愛想笑(あいそわら)いくらいしても良いはずじゃないか。

 そこには愛が無いのだろうか。


 「〈まうよ〉、マイラブ」


 【うふふっ、マイダーリン、大好きよ】


 ふぅ、無事軌道修正が出来たようだ。今夜も至急にマイロケットが突入するだろう。


 「あれが本当に拠点なのかな。 かなりボロい三階建てだぞ。 部屋数はざっと12室くらいか」


 【〈かっくん〉の実家は下町なんだね】


 〈まうよ〉は俺が言ったアパートの感想にまるで興味が持てないらしい。完全に無視されたよ。

 それよりも実家の方に興味があるようだ。嫁としては当然なんだろうな。


 「そうだよ。 だけど変わったな」


 子供の時のこの(あた)りは、風雨にさらされた古い家と、乱雑に見える職人の作業場が、交互にあるよう町だった。


 決してお金持ちってわけじゃないが、格子戸(こうしど)と曇りガラスからもれ出るともしびを、俺は心の底から(うらや)ましく思っていたんだ。

 暖かい家族がその中にあると思っていた。


 子供のはしゃいだ声が、泣きながら路地を歩いている幼い俺にも聞こえていたから、実際に多くの家がそうだったと思う。

 俺は家族の中に居場所が無かったんだ。違うな。家族が無かったんだ。


 その町に今は、古民家をリノベーションした工房やショップが立ち並んでいる。

 懐かしいなんて良い感情は持ちあわせてはいないが、あの古くて苦い味しかしない町はどこへ行ったんだ。


 工芸品店の看板はペンキ()りから、洗練されたアルファベットのロゴへ変わり、海外からの観光客がスマホで街並みを撮影している。

 古い住人が去って、新しい住人が増えたのかも知れないな。


 【〈かっくん〉の言うとおり町は変わったみたい。 でも、〈コモド滝〉ってアパートは変わっていないんだね】


 「そうだな。 アパートの名前は変わったけど、外観は異常なくらい昔のままだと思う。 その二軒となりが俺の実家だけど、そこも昔のまんまだ」


 【へぇー、〈かっくん〉の親は〈切子硝子(きりこがらす)〉の職人なんだね】


 「そうだよ」


 実家の看板はまだペンキ塗りのままになっている。あの父親のことだから、まともに仕事をしていないのだろう。看板は今となっては逆にレトロで良いのかも知れないが、商品がまともに無いのではどうしようもないな。


 〈コモド滝〉の前を通りすぎる時に、アパートへ入っていく、大きな男を俺は視線の先でとらえた。

 あいつの名前だけは憶えているぞ。中学の時に俺を虐めていた、その中でも主犯格の〈真田〉に間違いない。


 こいつがいつもいつも、()きもせずに俺を(なぶ)りに来やがったんだ。

 ほぼ毎日だったな。

 〈真田〉は子供の時から体が大きくて、俺は死に物狂いで必死に逃げたのだが、ニタニタと笑いながらでも直ぐに追いつかれてしまった。


 今も姿を見ただけで、俺の心はズーンと暗い場所へ沈んでいく。

 心臓に黒いアスファルトを流し込まれたようだ。

 氷よりも冷たいくせにドロドロと(ねば)っているものだ。

 喉にも胃にも腸にも引っついて離れない。

 吐きそうなほど嫌な気持ちに今もなっている。

 

 三十年以上経ってもそう思うのは、きっとトラウマってヤツなんだろう。


 〈真田〉は今も地元に住んでいやがるのか。この狭い町で満足しているのか。冒険心なんて高尚(こうしょう)な思いは持っていないのだ。


 しかも犯罪組織に一員に成り下がっていやがる。子供の時から倫理観が皆無だったから、コイツは虐めっ子だったんだ。当たり前と言えば、そうなるのが当たり前だと思う。


 【うわぁ、すごい勢いで負の感情が(あふ)れてきてるよ。 〈かっくん〉、ご馳走様です。 そして、こんな男はサクッとやっちゃいましょう。 次は正の感情を私にご馳走してよ】


 「ははっ、派手にやりたいね」


 俺は〈聖子ちゃん〉と約束していた。アパートへ出入りしている人物を教えてあげた。

 〈聖子ちゃん〉も〈真田〉を覚えていたようで、「やっぱりか」と(つぶや)いていたな。


 〈真田〉の子供時代を知っているし、俺は知らないが、中学を卒業した後も悪さを重ねていたのだろう。〈聖子ちゃん〉は同級生の誰から、聞かされたことがあるんだと思う。

 ますますやっても良い男だな。


 俺は最初の一歩として、あのアパートの持ち主を(たず)ねてみた。

 その線から〈真田〉の背後関係を追えると思ったからだ。


 俺の思ったとおり、〈聖子ちゃん〉はとても優秀な女性である。ちゃんとアパートの登記簿謄本(とうきぼとうほん)を取り寄せているらしい。


 「ちょっと待ってね。 今、書類を探しているのよ」


 「忙しいのに悪いな」


 「あったわ。 私のことを気にする必要はないよ。 持ち主の情報も調べてくれるのでしょう? 」


 「あぁ、もし手がかりを(つか)んだら、また連絡するよ」


 「ううん、手がかりが無くても良いから、また連絡してね」

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