立っていられなくなったー仙女
【見てよ、ほら。 滝の水飛沫に虹がかかっているわ。 美しいものを見ると、心が洗われるね。 来て良かったでしょう? 】
「ふぅ、俺は汗だくだよ」
【可哀そうな、〈かっくん〉だね。 滝つぼで泳げば良いんじゃない。 すごく涼しくなりそうよ】
なんとなく、上から目線と感じるのはなぜなんだろう。
「ぎゃー、冷たい。 凍えるよ」
【直ぐに上がらないと、冷たすぎて死んじゃうよ】
涼しくなるって勧めたのは、誰なんだよ。
「死なないとは思うけど、限界だ。 もう無理だ」
俺は大きな岩の上で体を温めることにした。
お日様に熱せられた岩から俺に熱が伝わってくる。
火傷しそうな熱さが、凍えた体に心地いい。
【体を温めている間は暇でしょう。 舞を踊ってあげるわ。 見ててね】
〈まうよ〉はもう一つある大きな岩の上で、シャランと舞い始めた。
岩の上は平らでも無く広くもないのに、〈まうよ〉が舞うと少しも狭さを感じさせない。
躍動感がすごいんだ。
大舞台で踊っているとしか思えない。
舞の種類は知らないけど、インドのような、日本舞踊みたいな、バレエの要素もあるような、幻想的でとても優雅な舞だ。
時に長いワンピースの裾が翻り下着が見えるのだが、不思議なことにエッチな気分にはならないんだ。
舞に幽玄さや神聖さが、込められているんだと思う。
音楽は当然ながら流れてはいない。
ただ滝の音とせせらぎの調べが、渦巻くように聞こえてくる。
その調べと〈まうよ〉の舞が、和音みたいに重なりあい調和しているんだ。
俺と〈まうよ〉が番であるように。
〈まうよ〉は岩を離れて空で舞っているように思える。
軽やかすぎて体の重さを感じさせないんだ。
どこまでも飛んで行きそうで、滝とも重なってしまいそうでもある。
そして、融けて消えていく定めなのか。
舞が美しすぎて、心をどこかに持っていかれそうだ。
なんだか俺は切なくなってしまうよ。
【終わり。 私の舞はどうだった? 】
「美しくて優雅だったよ。 でも切なさも感じたな。 〈まうよ〉が自然の中へ溶けていきそうに思えたんだ」
【へぇー、そう感じたんだ。 でも誤解しないでね。 溶けないよ、私は】
「とにかく俺は、感動パンツと同じくらい感動したよ」
【ふふっ、〈かっくん〉が発する最大級の褒め言葉だね。 そう思ったのなら、ご褒美をちょうだい】
〈まうよ〉は俺のことを良く分かっていらっしゃる。
少し興奮もしてたんだろう、俺はまだ浮いて見える〈まうよ〉を胸に抱き寄せて、熱いベーゼをぶちかました。
滝みたいに激しく。大自然のように奥深く。
【あぁ、こんなにされたら。 夜まで待てないよ】
俺と〈まうよ〉は樹木のように立ったままで、湧き上る発情の本能に従った。
大自然の中って最高だ。
社員が望遠で撮ってくれた滝の動画に、なぜか〈まうよ〉が写っていたらしい。
仙女が写っていると言われて、俺もよーく見たのだが、小さすぎて良く分からなかった。
そう言われると白い女が滝の中にいるようにも見える。
だけど光学的な錯覚だと言われるとそうなんだとも思える。
そもそも滝の中に女がいるはずがない。
どうすれば流れ落ちる滝に留まっていられるんだ。
そんなことは不可能である。
超常現象になってしまうぞ。
だけど暇な人って言うか、スピリチュアルなことが好きな人が世の中には大勢いるようで。
〈白い花嫁衣裳を着た仙女〉がいたと大騒ぎになったんだ。
ネットとは恐ろしいものだ。瞬く間に拡散されて、大きな話題になってしまった。
それは今も続いているようだ。
この動画を撮った社員は雑誌の取材も受けている。
「仙女様がいらっしゃる、とは認識出来ていなかったのですが、今、撮らなくては、と心が動いたのは偶然じゃ無いと思っています。 はい」
いい加減なことを言う社員だ。いっそのこと、クビにしてしまおうか。
〈まうよ〉の反応はこうだ。
【もうかるのなら、それで良いじゃない。 あの白い服が汚れたのは知っているよね。 もうかったお金で違う服を買っても良いでしょう】
白い服が汚れたのは、〈まうよ〉が立っていられなくなったからだろう。
【よく言うわね。 私をそうしたのは、〈かっくん〉でしょう】
「〈うろ君〉、君は明日から、〈ABCぴゅあウォーター〉の社長だ。 よろしく頼む」
「えっ。 えぇー。 えー。 嘘でしょう? 」
社長室の呼び出された俺は、ホームページの動画のことを聞かれるのだと思い込んでいた。
何通りかの想定問答を用意していたくらいだ。
だけど〈田野社長〉が発した内容は、俺をひどく驚かせた。全く想定していなかったためだ。
俺は部長になって、まだ一年も経っていないんだぞ。
「〈うろ君〉は会社の業績を飛躍的に向上させた実績がある。 社員からの信頼も厚く慕われているじゃないか。 社長の器だと私は思っているし、もう四十歳を超えているんだ、決して早すぎでは無い。 小さな子会社では普通のことだよ。 今はそういう時代に変化しているんだ」
「私に社長が務まる、と思っていらっしゃるのですか? 」
「あぁ、そう思っている。 このまま続けてくれれば良いんだ」
「親会社の〈NKUカンパニー〉の意向はどうなのでしょう。 私の実績はまだ不十分だと思うのですが? 」
「そのことを心配する必要はない。 舐めてもらったら困るな。 親会社への根回しは完了済みなんだ。 私は〈NKUカンパニー〉に戻れるんだよ。 言い方は悪いが、私は小さな子会社の社長で終わるつもりは無い。 君がいてくれて運が良かったと思うよ」
数週間後、〈田野社長〉が大会議室に社員を集め、俺の社長就任を発表した。
いつのまにか、正社員と派遣の人達が増えて、言うほど大きくない大会議室は満員状態だ。
俺の社長就任は大きな拍手で迎え入れられた。
社員を見渡したところ、興味がなさそうな人は何人か存在しているが、明確に気に入らない顔をしている人は見つけられなかった。
「それでは、〈うろ新社長〉に就任のあいさつをしていただきます」
「えっ、あいさつですか。 えぇーっと。 私はこの会社に最初、短気の派遣で入社したのです。 頑張っていたのですが、無能だ、クズだと言われていました。 それがなんと社長になったのです。 〈ABCぴゅあウォーター〉は夢を叶えてくれました。 希望が叶う会社なんだと思います。 私はこの会社をそうしたいと願っています。 そのための力を私に貸してください。 みんなで夢を叶えようではありませんか」
「いいぞ、〈うろ社長〉」
「かっこいいわよ」
「夢を叶えよう」
「力を貸すわ」
「おー」
「おぉー」
会議室に歓声が響き渡る。
社員の高揚した顔が希望に光り輝いているようだ。
この情景を見れば、誰でも大きく感激してしまうだろう。
俺も嬉しそうに笑っているはずだ。




