表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/71

出し切った方が合っているー噴出

 あと二歩くらいで手が届く距離まで、ぬりかべに男が近づいてきた。

 猿でビロンビロンの〈森本〉だ。


 俺はぬりかべを助けるためにタッと床を蹴った。

 今のぬりかべは〈まうよ〉だからな。


 「ふん、下郎(げろう)が。 私に近づくな。 これでも喰らいなさい」


 男の顔に、ブシューと強炭酸水が噴出(ふんしゅつ)された。

 〈まうよ〉に買ってやったペットボトルから噴き出している。


 「ぐわぁ、目が。 目にしみる」


 ビロンビロンの〈森本〉は顔を両手で(おお)い、(もだ)え苦しんでいるらしい。

 しかし、ただの炭酸水でそんなになるはずが無い。

 しょせん猿知恵しか持ってないんだな。


 「あははっ、良いね。 噴出は最高だ。 私も()ぜてよ」


 長髪幽霊が(かか)えているのは、真っ赤な消火器である。

 今からしようとしている事は、火を見るよりも明らかでもある。


 「大丈夫か。 猿に悪戯(いたずら)をされていないか? 」


 〈まうよ〉の前に立ちはだかって、俺は後ろを振り返らずに聞いた。

 猿は小賢(こざか)しい獣だから、騙し討(だましう)ちに(そな)えるためだ。


 【うふふっ、助けに来てくれたんだね。 〈まうよ〉ファーストの〈かっくん〉を、愛しているわ】


 俺と〈まうよ〉が所かまわずイチャイチャしている横を、嬉々(きき)とした長髪幽霊が消火器のホースを握りしめて、ど真ん中に踊り出る。


 「ふんっ」


 か細い気合ではあるがもう顔を{せてはいない。決意を()めた目だ。

 か弱い(うで)にも力を込めて、今まさに、黄色の安全ピンを解除しているところだ。


 「〈弥生〉、何をするつもりなの。 止めないとぶつわよ」


 「シャラップ。 ドクソ女の〈美鈴〉は黙っていろ。 お前も〈良美〉もみんな、よくも私を虐めてくれたな。 この泡を食らって駆除されろ」


 「きゃー」

 「うわぁ、止めろ」

 「無茶苦茶だ」

 「店に怒られるぞ」


 長髪幽霊の〈弥生〉は、それは嬉しそうに消化液の泡を撒き散(まきち)らしている。


 コイツも虐められていたんだな。

 自分の事で精一杯の俺は知らなかったが、こいつらは心が歪んだ人間どもだ。

 俺一人じゃ満足しなかったのだろう。とことんクズが集まっていたんだな。


 〈弥生〉が同窓会に来た理由は、辛かった虐めの復讐を果すためだと理解した。

 中学生から四十歳の今まで、ずっと復讐のことばかりを考えていたのかも知れない。


 とても長い時間だ。

 嬉しいことや楽しいことを、ほとんど感じて無かったんじゃないかな。

 だから、長い髪の幽霊に見えてしまうのだろう。


 虐められた過去はいつまでもつきまとってくる。ストーカーみたいなものだ。

 振り返るとそこには恐怖が存在しているからだ。



 噴出(ふんしゅつ)しながら(ほう)けた表情になっているな。

 薄っすら笑っている感じにも見える。


 出すことは解放そのものだ。解き放たれるって事に繋がっていく。

 解放感にエクスタシーを感じているんじゃないか。

 過去の恐怖から解き放たれているんだ。


 俺もそれは良く理解出来る。噴出とは快楽だと断言してやる。


 心に溜めこんだ、哀しみと憎しみと悔しさとやるせなさを、ゲラゲラ笑って出してやれ。

 どんどん外へ出してやれ。心のゴミを泡にして飲ましてやれ。


 コイツらにはそうされる義務があるんだ。

 体一杯飲ませても、神様がバチを当てるはずがない。


 泡に滑って転ぶヤツも出て来た。もっと転べ。頭もうってしまえ。


 そうだ。泡塗(あわまみ)れの今がチャンスじゃないか。


 「〈まうよ〉、いるか? 」


 【ここよ。 パーテイションの近くにいるわ】


 〈まうよ〉は赤いレースの下着のみのぬりかべを引きづっていた。

 引きづっている意図はなんだ。お祭りへ参加させてあげたかったのだろう。

 泡踊りへだ。


 また両足を引っ張っているから、ぬりかべのブラジャーが外れて首に絡まっているぞ。

 胸の先っぽにはかなり黒い色素が沈着(ちんちゃく)しているな。

 漂白剤を塗った方が良いと思う。汚たなすぎてゴキブリの巣になってしまう。


 「俺はこれから、スキルを奪ってくるよ」


 【私は女達の服を脱がしてやるわ。 私を(はずかし)めようとしていたんだ。 絶対に許すことなんか出来ない。 〈かっくん〉は男の方をお願いね。 おぞましいから触りたくないんだよ】


 ちょっと八つ当たりぎみだけど、まあ良いか。


 消火器の泡に(まみ)れた男女は、視界を失い右往左往(うおうさおう)している。

 まるで白カビが異常繁殖したゾンビのようだ。


 「〈弥生〉、もう止めて」

 「助けてよ」

 「怖い」

 「(すべ)る」


 〈法律知識〈中〉〉と〈簿記〈2級〉〉を奪っていくついでに、鳩尾(みぞおち)に一発食らわしたり、頸動脈を圧迫して、白いゾンビどもの意識を刈り取っていった。


 足をかけて頭を強打させた場合もある。

 泡がつかないようにするのは、至難の業(しなんのわざ)だったよ。


 意識を失った男の服を脱がして、〈まうよ〉が裸にむいた女達と、ロープと手錠で合体させてあげよう。

 ここは結婚相談所では無いから、好みや相性は構っていられない。

 行き当たりばったりになったのは、しょうがないんだ。

 合体したのは運命の相手なんだ、と(あきら)めてほしい。


 長髪幽霊の〈弥生〉は消火器の噴出を終えても、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている。


 口の悪い〈美鈴〉と猿に近い〈森本〉の裸のカップルの上に、ジョバジョバと放尿しているぞ。

 ピンクのうさちゃんパンツが、落下するほどの勢いだ。


 とても気持ち良さそうに見える。

 口から(たれ)れた(よだれ)も、二人の顔にかかり続けている。

 他の液もきっと垂れているに違いない。キラキラの液体が素足にまとわりついて離れない。


 「きゃははははっ、最高。 たまんない」


 〈弥生〉は復讐をやり切ったんだ。いや、この場合は出し切った方が合っているな。


 とんでもないエクスタシー感じているんだ。いっちゃった目がとても怖くなる。


 強烈な臭気も発生しだした。拘束状態で失禁したヤツも複数いるみたいだ。


 周囲を良く見れば、とんでも無いカオスが広がっているじゃないですか。

 少しだけちょっぴりほんのわずかごく(ひか)えめに、俺も加担(かたん)したような気もしてくる。

 ヤバイいんじゃないかな。


 「あっ、思い出した。 〈聖子ちゃん〉、僕はもう帰るね。 良く考えたら、同窓会には招待されていないんだよ」


 「えっ、あっ、帰るの?」


 「さよなら」


 〈聖子ちゃん〉からの「さよなら」は無かった。

 〈聖子ちゃん〉はなんと言っても弁護士さんだ。法的に上手く処理してくれるだろう。

 任せたよ。頑張ってください。祈っております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ