拍手する場面だよなー芸
「おっ、おっとっと」
〈山下〉はけつまずいたため、片足状態のケンケンで〈沢田〉の方へ進んでいる。
ただ片足だけではバランスがとれなかったらしい。
中年でおっさんで太っているからだろう。
ケンケンパッとはいかずに、体勢を大きく崩して、ケンケングニャっとなっている。
〈沢田〉の方へ倒れそうだ。
進行方向だったからな。
「うわぁ、こっちへ来るな」
それも、膝から崩れ落ちそうになっている。
「止まらないんだ」
そして、裏口の〈山下〉とブルドッグの〈沢田〉が激突した。
〈沢田〉は足が痛いから逃げられなかったらしい。
「ぐぎゃ」
「ぐがぁ」
濁った男の悲鳴が二つ重なる。
汚らしくて聞きたくない声だ。
〈山下〉が〈沢田〉の甲へ、みごとに膝を落としている。
片膝落としが憎いほどに決まった。
当然だけど折れた方の甲に決まっている。
80㎏を超える全体重が膝に乗っていたよ。
「ぎゃあー、痛い」
その瞬間、〈沢田〉は体を屈めて甲を庇おうとしたらしい。
痛いから、もう一度甲を攻撃されるのが、たぶん嫌だったのだろう。
「ごん」
屈んだ拍子に〈山下〉の顎へ頭突きをくらわしたのは、わざとじゃないと思うんだ。
完璧なタイミングだったからだ。
靴を脱いでいた〈沢田〉の足の甲には白い物が見えている。
皮膚を突き破った骨の欠片かも知れないな。
〈山下〉は頭突きで脳を揺さぶられたのだろう。
白目をむいて倒れてしまった。
泡も吹いているぞ。
カニみたいだな。
今日の料理にカニが無くて本当に良かったよ。
〈沢田〉を思い出すため、しばらくは気持ち悪くて食えそうにない。
【ぬりかべ女が、〈かっくん〉のグラスとまだマシな女のグラスに、何か入れましたよ】
「〈まうよ〉、助かるよ。 ありがとう」
ぬりかべみたいな〈鈴木〉が、騒ぎの隙をついて、俺と〈聖子ちゃん〉に薬を盛りやがったらしい。
とことん腐った女だ。
「〈まうよ〉、このテーブルの三人にスキルはあるか? 」
【カニになった男は〈医療〈中〉〉を持っているわ】
医者なのに〈医療〈上〉〉では無いんだ。
さすが裏口入学だけの事はある。
見えないように俺は指をナイフで傷つけた。
「大丈夫か。 裏口さん」
心配するふりをして腕を触って〈医療〈中〉〉を奪ってやる。
これからは、まともな診療は出来ないだろう。
はっ、コイツのことだから、元からまともな診療は出来ていなかった可能性も大だな。
こんなクズは捨てておけば良いのに、と思うのだが、優しい〈聖子ちゃん〉が救急車を呼んだらしい。
医者じゃ無くなった〈山下〉と甲を破壊された〈沢田〉は、救急隊に担がれて同窓会から退席していった。
騒がしい同窓会になってしまったな。
救急で運ばれて行くのをみんなが見ていたから、ぬりかべのグラスに俺と〈聖子ちゃん〉のグラスの中身をたっぷりと入れてやった。
ぬりかべが〈山下〉と〈沢田〉を無表情にボーっと見ていたのが、顔を固めたぬりかべらしいと思う。
「けっ、〈山下〉と〈沢田〉は何をやっているんだ。 運動不足すぎるぞ。 同窓会が台無しじゃないか」
「〈吉田〉、そう言うなよ。 会費は払ったんだから、料理だけでも食べよう」
「ただな。雰囲気が最悪じゃないか。 盛り上がりも何にもあったもんじゃ無い。〈斎藤〉はそう思わないのか? 」
「うーん、それなら〈うろ〉に芸をやらせてみるか? 」
「おぉ、それは良いぞ。 〈斎藤〉は冴えているな。 〈うろ〉、何かやってみろよ」
「ぎゃははっ、どうせ何も出来ないんだろう。 裸踊りをやれ。 ケツの穴に割りばしを突っ込んでやるよ」
〈斎藤〉はラクダみたいに飲み放題のビールを無限に飲んでいる。
すごくセコい男だ。
〈吉田〉は髭を生やしているが、致命的に似合っていない。
まるで重病のヤギみたいだ。
それにしても俺は、同級生の名前を誰も覚えていないんだな。
自分の心が壊れてしまうのを防ぐために、脳が記憶することを止めたのだと思う。
同級生達は悪夢の世界の住人なんだ。
名前すら与えられない地獄の餓鬼でしかない。
悪い餓鬼なら罰を与えてやらなくちゃならない。
「〈まうよ〉、このテーブルの四人は、どんなスキルを持っている? 」
【重病のヤギは意外な事に〈法律知識〈中〉〉を持っているわね。 ラクダは何に無いな。 狐の面をかぶった女は〈簿記〈2級〉〉を持っているわ。 長髪幽霊も無いよ】
ヤギの〈吉田〉は法律事務所で働いているのだろう。
だけど、弁護士試験には受からなかったんだな。
病気のヤギに難関試験は無理に決まっている。
狐の面をかぶった女は、さすがに面はかぶっていないのだが、〈まうよ〉にはそう見えたんだろう。
微妙ではある。
長髪幽霊は青白い顔でとても髪が長い。
テレビから出てきても、おかしくない雰囲気だ。
ヤギとは違った意味で何かに病んでいるのだと思う。
「芸を見せろか。 それなら、見せてやるよ」
「〈うろ〉の裸なんて見たくないわよ」
狐の面が五月蠅いな。
誰がお前なんかに裸を見せるか。
金をもらっても絶対に見せてやらん。
「黙っていろ。 狐の面が生意気にしゃべるんじゃない」
「なんですって。 私にそんなことを言って、許さないわよ」
自分でも狐に似ている自覚があるらしい。カンカンに怒ってやがる。
しかし狐の面はもう無視だ。かまっても俺にメリットが何もない。
俺はテーブルに置いてあった肉用のナイフを、四本持って不敵に微笑んでやった。
かなりカッコいいと自分では思う。
「はぁ、そのナイフをどうするつもりなんだ」
ラクダは俺が何をするのか、想像も出来ないらしい。
ラクダは気にしない動物だからな。
「おい、〈うろ〉。 止めろよ。 そんなことをしたら承知しないぞ」
重病のヤギは俺の意図が分かったようだ。
法律事務所で似たような事件に遭遇したことがあるのかも知れないな。
「俺の特技はナイフなんだよ。 ほうら、芸を見せてやるよ」
俺はナイフを次々と四人に投げてやった。
「きゃー」
「ひぃー」
俺が素早すぎたからだろう。
四人は逃げることも出来ずにその場で固まってやがる。
まあ、逃げる必要は無いんだけどな。
俺のナイフは標的を外さない。
「百発百中だろう。 なかなかの芸だと思わないか? 」
デザートのグレープフルーツに、銀色のナイフが深々と刺さっている。
四人全員分だ。
デザートがメロンじゃなくて、グレープフルーツなのは、安いコースにした結果だな。
「…… 」
四人は声も出せないらしい。
俺をただ唖然と見ているだけだ。
「ここは拍手する場面だよな」
「〈うろ君〉、すごいわ。 どこでそんな技を覚えたの? 」
〈聖子ちゃん〉だけが拍手してくれた。
褒めてもくれている。
この女性だけはまともな人だと思う。




