這っていたせいだろうー悲鳴
【ふふっ、サプライズのスペシャルゲストと言えば、我が夫ではないのですか? 】
「ふん、そんなはずが無いでしょう。 こんなヤツは呼んでいないですね。 お前に用はないから、今直ぐに消えろ」
コイツの頭は大丈夫なのか。
美しい人妻に、お世辞を言ったり機嫌をとるのは、まだ分かる。
だけどその夫をバカにするのは、どういうことだ。
きっと俺から〈まうよ〉を奪おうと画策しているのだろう。
俺をクズでカスだと思っているから、簡単に奪えると考えているのだろう。
ただもう中学生じゃないんだ。
大人の女性がそう簡単に思い通りになるはずがない。
コイツらは中学生の時からまともじゃなかったから、俺の妻というだけで〈まうよ〉にも、まともじゃない手段をとるつもりだな。
「あぁぁ、よく聞こえなかったぞ。 俺をお前と言ったのか? 」
俺は〈麻布〉の胸ぐらを両手で掴んでやった。
そして、そのまま体を浮かすように持ち上げてやる。
服の襟がちょうど首の頸動脈を圧迫したんだろう。
顔が見る見るうちに青くなっていく。
脳にいく酸素が遮断されているのだ。
「がぁっ」
〈麻布〉も必死なんだ。
ジタバタと暴れやがる。
死にたくはないのだろう。
俺もそこまで必死じゃない。
ここで〈麻布〉を消すメリットはあまり無いからな。
俺がスッキリ出来るのでは少し弱い。
「はははっ、いい歳をしたおっさんが泣くなよ。 しょうがないな、放してやるよ」
「ぐがぁぁ、げぼっ」
〈麻布〉は荒い呼吸で脳に酸素を送っているようだ。
床に崩れ落ちて涙と涎を流してもいる。
「〈麻布〉よ、俺には用が無いんだよな。 もう一度説明してくれよ」
「うぅ、いきなり暴力を振るうなんて。 訴えてやるから、覚悟しろよ」
【旦那様、このクズはまだ反抗していますね。 あと10回も繰り返せば、調教が出来るんじゃないでしょうか? 】
ほぉ、〈かっくん〉じゃなくて〈旦那様〉か、同窓会バージョンなんだな。
「えっ、止めてくれ」
「10回か。 俺は5回でいけると思うよ。 10回もする前に死んでしまうぞ」
【そうですね、旦那様の言うとおりです。 このクズにそんな根性があるはずないですね】
〈麻布〉の首を絞めて、頸動脈を圧迫するのを四回繰り返した。
その度に気絶させてやる。
直ぐに活を入れたから、今は死んではいない。
ただ酸素の供給が一時的に無くなったんだ。
微小な後遺症が脳細胞に残った可能性はある。
小便を漏らしやがったのも、後遺症なのかも知れないな。
大人のくせに、ド汚いおっさんだよ。
【それは違うでしょう。 死の恐怖のためですよ】
「〈麻布〉、もう一度説明してくれ」
「ひぃ、許してください。 ひぃ、殺さないでください。 ひぃ、ひぃ、なんでも言う事を聞きます」
【このクズはこんなこと言っていますが、信用出来ないな。 あとくされが無いように、消しちゃえば? パパに頼んで証拠の体は、深海に沈めてあげるわよ】
えっ、いきなり〈まうよ〉は暴力団の娘になったのか。
普通の女が言ったのでは、こんなに都合の良い設定はまるで信じられない、信憑性は皆無だと言えるだろう。
だが、壮絶な美人である〈まうよ〉が言うと、常識離れした話でも、人間離れした美貌であるため、その分だけ本当と思えてしまう。
妖魔であるため、人の命に全く関心が無いのは真実である。
それが整った顔の裏側に潜んでいる。
〈まうよ〉は俺だけが大切なんだと思う。
俺がやった暴力を見ていたのに、それは楽しそうな顔をしていた。
もっとしてくれたら、もっと楽しめる、となまめかしい唇から〈もっと、もっと〉と今にも声が出そうだ。
〈まうよ〉は隠している本性を、〈麻布〉の脳へダイレクトに認識させる能力を持っているのかも知れない。
妖しい魔物、妖魔、だからな。
「こ、これをあげますので、どうか許してください」
〈麻布〉は勤めているデパートの封筒を、俺に差し出して、這うように逃げていった。
俺は後を追ったりはしない。
股間を濡らした中年のおっさんに、仕返しをする気概なんてあるはずが無いからだ。
おまけに這っていたせいだろう、自動ドアに上手く挟まってやがる。
あははっ、ドタンバタンってなっているぞ。
封筒の中には約20万円が入っていた。
きっと同窓会の会費なんだろう。
くれるって言うのだから、ありがたくもらっておこう。
店からの請求は幹事である〈麻布〉が払えば良いのだ。
俺をコケにしたことを見逃してやるのだから、安いものだと俺は確信している。
俺と〈まうよ〉は、同窓会の会場へ一歩足を踏み入れる。
ガヤガヤとした話し声が聞こえてきた。
6の女と6人の男がすでにテーブルについていた。
13人、マイナス〈麻布〉だから数は合っているな。
四人ずつ三つのテーブルに座っているのは、中学校の理科の実験と同じだ。
ただみんな四十歳になっているので、おばさんとおっさんの集団に変わっている。
その中で一人だけ、おばさんに見えないのは、あの頭が良くて可愛い女の子だった女性だけだ。
他の同級生は、心の醜さが顔に出てしまっているのだろう。
そして〈まうよ〉が顔を上げると、同級生の12人から、悲鳴なような声が漏れ出る。
あの頭が良くて可愛い女の子でさえ、ポカーンと口を開けているぞ。
俺の方は誰も見ていない。
いない者として扱われているのだろう。
「はぁー、すごい美人だぞ」
「〈麻布〉の言ってたことは本当だったんだ」
「きゃー、芸能人みたい」
「おぉー、夢みたいだ」
「うそっ、モデルじゃないの」
「〈うろ〉には、絶対にもったいない」
「ちっ、きっと整形をやりまくっているんだわ」
「うへへっ、こんな綺麗な女を自由に出来るのか」
【おほん、あいさつしてもよろしいでしょうか? 】
〈まうよ〉の水晶のように透き通った声が、11人の無駄話を消し去り、場を支配してしまう。
【初めまして、〈うろ〉の妻の〈まうよ〉と申します。 自分の同窓会でも無いくせに、しゃしゃり出ました、空気が読めない女でございます。 私の旦那様が、大変お世話になったそうで、ぜひともお返しをしたいとここへやってきました】




