嘘はいけませんー不正
「〈増本君〉、君はどれだけグループに迷惑をかけたと思っているんだ。 〈KM環境〉みたいな小さな会社も、まともに運営出来ない無能だったんだな。 部下には手を出すし、コンプライアンスの知識も無い。 おまけに不正で私腹を肥やしていたのだな。 これほど最低の人間は見たことも聞いたことも無い」
〈NKUカンパニー〉の会長か社長か分からないが、七十代くらいのおじいさんが、静かにだけど心底怒っている感じだ。
皺は多いがまだ生気が残っている顔が赤らんでいるのは、怒りを外に出さないように押さえているからか。
固く握った拳がそれを少し裏切っている。
「ちょっと待って下さい。 あの男がパワハラをしたのは事実なんです。 三人も証人がいるのですよ」
「〈増本君〉、パワハラの訴えがあれば調査委員会を作らなければならない。 これは管理職の常識だ。 何回もあった幹部研修に出席していなかったのか、それとも居眠りでもしていたのかね。 しかも、その三人は不正に大きく関わっているのだぞ。 さらにその内の一人は君の不倫相手らしいな。 そのような者の証言をどうして信用出来る。 ぜひ教えてほしいものだ」
「〈有本会長〉は、私よりその〈うろ〉という、クズを信じるのですか?」
「当然だろう。 それにクズは誰だか、胸に手を当て良く考えてみたまえ」
「ち、ちょっと待って下さい。 私は〈松木専務〉の指示でやっただけなのです。 私も被害者なのですよ」
「おい、〈増本君〉。 何を言い出すんだ。 私と君とは話したことさえ、ないじゃないか」
「くっ、〈松木専務〉はこれほど忠実な私を切り捨てるのですか?」
「一体何の話だ。 いい加減にしたまえ。 迷惑なんだよ」
「おほん、興味深い話も聞けたようだから、本日の幹部会はこれでお開きとさせていただこう。 〈増本君〉と〈松木専務〉には詳しい話を聞かせてもらおうと思っている。 早ければこの結果を次の幹部会で報告させていただくつもりだ」
〈有本会長〉は〈松木専務〉もグルだったことに、少しも動揺していないようだ。
初めから黒だと分かっていたのだろう。
たぶん、〈松木専務〉の方が不正の首謀者だったのだと思う。
手に入れた大金を何に使っていたのか、ひょっとしたらブラックな領域に流れていたのかも知れないな。
〈KM環境〉の〈増本社長〉はガックリとうなだれて、〈松木専務〉は真っ赤な顔でワナワナと体を震わせているぞ。
脳出血で今にも倒れそうだ。
〈増本社長〉はベラベラとしゃべってしまうだろう。
この男が秘密を守る根性を持っているとはとても思えない。
「今日行われた幹部会議に出席していたのだが、〈増本社長〉はもう社長ではなくなった」
俺は親会社の〈NKUカンパニー〉の意向で、統括部長兼総務課長を仰せつかったんだ。
社長は総務課の〈田野課長〉が昇任することになった。
不正調査を成し遂げた報酬なんだろうな。
ただし不正調査の後始末があるため出社はしばらく先になる予定だ。
だから代わりに俺が社員へ処分を伝える役目を与えられたんだ。
「〈うろ〉、一体何の話だ。 いい加減なことを言うと懲戒解雇にするぞ」
顔を歪ませ焦った感情をむき出しに、元統括部長の〈鈴木〉が怒ってやがる。
俺が伝えたことを信じたく無いのだろう。
「〈鈴木君〉は統括部長の職を解かれ、当分の間、謹慎処分になったぞ。 これは〈NKUカンパニー〉からの処分通知だ。 良く読んでおけよ」
「嘘だろう。 どうしてなんだ?」
処分通知が本物と分かったらしいが、まだ〈鈴木〉は信じたくないらしい。
中年らしくしつこい男だ。あっ、もう初老だったか。
「〈田野課長〉が社長になるのだが、あんた達の不正を調査していたらしいぞ。 やり過ぎだったみたいだな」
「僕達はどうなるんだ?」
「私は何もしていないわ」
「僕だって真面目に仕事してたよ」
〈斎藤〉と〈笹本〉と〈佐々木〉が、ここに至って信じられないことを、まだほざいてやがる。
自分達がやったことの記憶がないのか、とぼけているのなら面の皮が屑鉄で出来ているぞ。
どっちにしても、信じられないほどの大恥知らずだ。
「〈鈴木君〉と同じだな。 当分の間は謹慎処分だ。 三人それぞれに処分通知があるから渡しておくよ」
「〈うろ課長代理〉、どうにかならないのか?」
「ほぉ、〈鈴木君〉どうしたんだ。 俺は平に降格じゃなかったのか?」
「うぅ、あの処分は撤回します。 誤解があったようです。 良く考えますとパワハラなどありませんでした」
「えぇー、〈鈴木部長〉、どういうことだ。 あんたが作った計画だろう。 あんたが一番悪いんだろう」
〈斎藤〉の話では、〈鈴木〉が絵を描いたのだな。
「そうよ。 私は命令を聞いていただけだわ」
「僕もしょうがなくて言っただけです」
〈笹本〉と〈佐々木〉も無駄に粘るな。
「はっ、〈笹本〉、あんたの方が悪いだろう。 社長と浮気した時に、〈うろ課長代理〉が目障りだから首にしてよ、と言ったらしいじゃないか」
おっ、〈鈴木〉がぶち込んできたな。
「えっ、〈増本社長〉がそんなことを言ってたの…… 。 そんなはずが無いわよ。 そもそも浮気なんかしていないわ」
前半の言い方は、半分くらい浮気を認めている感じだぞ。
「良く言うよ。 すごい噂になっているのを知らないのか。 まあ、噂以前に会社の人間はみんな知ってたけどな。 良い大人がベタベタしてて気持ち悪かったな」
このことについては俺も〈斎藤〉に賛同するしかないな。
「はぁ、なんなの。 許さないわよ」
ごちゃごちゃだな。そしてとても醜。
仲間割れも始まったが、どうでもいい些細な事だ。
この四人にろくな未来は無いのだからな。
「〈ろう統括部長〉、私はどうなるんだ?」
そう言えば〈植草元課長〉もいたな。すっかり忘れていたよ。
「〈植草さん〉にも処分通知を渡しますね」
「私は不正に関与していないのだが?」
「嘘はいけません。 改ざんした書類を決裁しましたよね」
「ふぅー、そうだったな。 これからどうすれば良いと思う?」
「そうですね。 工事警備の知り合いが、人手不足だと嘆いていましたよ」
〈植草元課長〉は背を丸めながら、自分のものだった机から私物を取り出し始めた。
この人は粘ることはしないんだな。
不正は良くないと思っていたのだろうが、そうであれば、その時にもっと粘るべきだったんだ。
今日家に帰り家族へ、職を失い退職金も出ずに犯罪者になる恐れもある、と伝えるのは勇気がいるだろう。
でもそれは自分の身から出た錆びだ。
警察の事情聴取では粘った方が良いと思う。




