ゴキブリが出たのかー状況
会社の状況を把握しようと、俺は〈植草課長〉を強引に会議室に連れていった。
「あぁ、少し待ってくれよ。 どこに連れて行く気なんだ」
〈植草課長〉は俺と仲良くしている感じには見られたくないらしいが、あんたは課長で俺は課長代理なんだぞ。そんな事でどうするんだよ。
「〈植草課長〉、今の会社の状況を、特に営業課の状況を教えてください?」
「そんなことを聞いてどうすんだ?」
「はぁ、私は課長代理なんですよ」
んー、部屋の外でなんかガサコソと音がするな。
俺は会議室のドアを急に開けてやった。
「痛っ」
ドアに耳をつけて盗み聞きをしていたんだろう。〈佐々木〉が俺の開けた扉で頭をうってやがった。
ははっ、急に開けたのはワザとだ。
「カサカサと音がしたから、ゴキブリが出たのかと思ったよ。 あははっ」
「くっ」
〈佐々木〉はゴキブリ扱いされたのが、悔しかったのか、俺を睨んでいる。
「〈うろ代理〉、あんなことをして大丈夫なのか?」
「えぇ、平気です。 踏みつけないように、気をつけましたからね」
「はぁー、私はもう気が重い。 いざこざは起こしてくれるなよ」
「そうならないように、さあ、状況を話してください」
二時間ほど〈植草課長〉から状況を聞くと、この会社の様子の大まかな状況が掴めた。
小さな会社だからそれほど複雑ではないんだ。
この会社の良い面は、大きなグループ企業の一員だから、オフィス向けのウオーターサバ―を競争も無く、かなりの数を設置出来ていることだ。
それの補充やメンテンナンスで、安定かつ継続した利益が見込めるってことである。
このことは俺も知っていた。
この会社の創立目的には、グループ内で利益を囲いこもうとする意図があったらしい。
悪い面は、グループ会社以外への展開が皆無ということだ。
そうならば営業課は一体何の仕事をしているのだろう。
前にいた時にも上手くはいってなかったが、グループ会社以外にも一応営業をしていたぞ。
俺がひどい目にあった業務がこれだったんだ。
「営業課は何をしているんです。 誰一人、外回りに行っていないですよね?」
「今の営業課は補充とメンテンナンスが業務となっているんだ。 営業はやっても無駄だから行っていないんだ」
「ふーん、営業課の職員が補充とメンテンナンスの業務をしているんですか。 それでは全員が机に座っている理由になっていませんよ?」
「あぁ、それは派遣社員にやってもらっているんだ」
「へぇー、それじゃあの三人は何をやっているのですか?」
「派遣社員の管理と教育が役目に決まっているだろう」
〈植草課長〉から一通り話を聞いて、俺は自分の机に座った。
課長の近くではあるのだが、明らかにポツンと離れた窓際に机が配置されている。
絶対に嫌がらせだろうが、落ち着けるから良い面でもある。
ちゃんとパソコンも置いてあるのは、総務課の〈田野課長〉が用意してくれたんだと思う。
ありがたく使わせていただこう。
昔の俺なら教えてもらわなければ、全く分からない業務用のシステムが、〈IT知識〈下〉〉スキルのおかげでスルスルと分かってしまう。
ちょっと違っているか。昔の俺ならば教えてもらっても、壊滅的に分からなかった可能性が高い。
例え教え方が上手くても、異常なレベルで理解出来ていなかったはずだ。
俺がクズと呼ばれる大きな原因だったな。
今となっては、当時の俺がどうして分からなかったのかが、自分自身でも分からなくなってしまった。
だってこんなの、誰でも分かるように作ってあるじゃないか。分かって当たり前だ。
ウオーターサバ―の管理記録と発注記録を読んでいると、グループ企業に出向いてメンテナンスや補充業務を行っていた、派遣職員の人達が帰ってきた。
三人とも疲れた顔をしている。
それなのに、派遣職員の人達には机も、ちゃんとした椅子さえ用意されていないんだ。
折りたたみの長机とパイプ椅子に座らさせているじゃないか。
どう考えても、ひどいあつかいだ。ムカムカとしてくるな。
思い出すと俺もそんな扱いだった。
客観的に見れば異常だと思う。そんなことは無いか。客観的に見なくとも絶対におかしい。
外回りから帰ってきた派遣の人に、何もしてあげないのは許されないと思う。
俺に出来ることと言えば、営業課に備え付けてあるウオーターサバ―で、コーヒーをいれてあげることくらいだ。
「初めまして、このたび課長代理になりました、〈うろ〉と言います。 よろしくお願いします」
「あっ、えぇっと、〈美崎〉です。 よろしくお願いします」
三十歳くらいの男性だ。疲れているようだけど、ごく普通の人で良かった。
「よろしくお願いします。 〈森下〉です」
この人も同じく三十歳くらいの男性だ。まともな人のようだ。
「えっ、課長代理さんですか、初めまして。 私は〈優香〉と言います」
可愛らしい女性だ。まだ若いからしょうがないけど下の名前を名乗ったな。
まあ、些細なことを気にしてもしょうがないか。
「おい、〈うろ〉。 勝手なことをするなよ。 ウオーターサバ―はな、派遣は使えないんだよ。 お前も知っているだろう」
そう言えばそんな変なルールを作っていやがったな。
内勤しかしてないくせに、外回りの人に飲ませないとは、こいつの頭はおかしいんじゃねぇか。
「ほぉ、それはおかしいですね、〈斎藤さん〉。 何の規定でそう決まっているのでしょうか。 教えてほしいですね?」
「はぁ、バカか。 昔からそうなんだよ」
〈斎藤〉は説明にもならない戯言を吐いている。
「そうなんだよ。クズが俺達に歯向かうな」
〈佐々木〉も同調してきたか。初めからそうするのは分かっていたことだ。




