よく社長業が務まっているー評価
〈YZタワービル警備チーム〉は俺を快くく送り出してくれた。栄転とまで言ってくれたよ。
「〈主任〉は優秀だから引き抜かれたんですね」とも言ってくれたな。
職種が違っているから、きっとそうじゃ無いと自分では思う。
今度の会社は警備会社じゃないから、ちゃんと務まるか、不安でしょうがないんだけどな。決まったものはしょうがない。
「〈うろ主任〉がいなくなると淋しくなるわね。 でも出世したんでしょう。 おめでとうございます。 それとね。 もう一度お礼を言わせてよ。 良い男を紹介してくれて、本当にありがとうございます」
〈沢村さん〉は俺に深々と頭を下げてきた。良い男とは〈松下君〉のことかな。
〈松下君〉は失恋した直後の心の隙間を〈沢村さん〉に狙われたようだ。
喫茶店で会話が盛り上がって意気投合したらしい。
それから順調に交際が始まっているとのことだ。
決して見たいわけじゃないが、もう動画でハメ撮りを映されたんだろうか。
〈松下君〉が良い父親になれるのか、少し引っかかってしまうが、元ヤンキーは子煩悩との世間の評価もある。
お互いが良いのなら俺が余計な心配してもしょうがないと思う。
「〈沢村さん〉は、今度こそ、幸せになれるはずだよ」
「はい。 なります」
【浮気じゃないのですから、愛さえあれば、幸福は向こうからやってきますよ】
〈まうよ〉の言うとおりだけど、愛を続けることが一番難しい、と誰かが言ってたように思う。
〈板垣ジェネラルマネージャー〉から、新しい会社に関してのメールが送られてきた。
会社名は〈KM環境〉となっているので、〈NKUカンパニー〉のグループ企業ということが一目で分かる。アルファベットが大好きなグループだな。
そして信じられないのが会社での肩書だ。課長代理となっている。微妙な感じの立場だと思える。
だけど、次は課長になる可能性が高いのだから、出世と言えるだろう。
ただ嫌な気分になった面もある。
それはこの会社が浄水器の販売を主な業務としていることだ。
浄水器の販売はかなり怪しい業種だと思う。
俺は過去に同じような会社で派遣社員をしていたことがあるんだ。
そこの待遇は最悪にひどかった。
漆黒のブラック企業であった。
学歴も資格も何もない俺はその会社に残るしかない、と必死に我慢していたのだが、あまりの仕打ちに耐えかね鬱病の一歩手前まで追い込まれたことがあるんだ。
だがもう決まったことだ。
浄水器を販売する会社が、ブラック企業ばかりじゃないはずだ。
大企業のグループ会社なんだからホワイトに決まっている、と思おう。
俺は変わったんだから〈ネバーギブアップ〉もある。
為せば成るの精神でぶつかれ。
俺はそう自分に言い聞かせて、〈KM環境〉のオフィスのドアを開けた。
うえぇ、それなのに。
オフィスの中にいた職員の多くは、俺が二度と顔を見たく無かったヤツばかりだった。
「ちっ、クズのくせに、なにが課長代理だよ」
一番初めに悪口を言ったコイツは、〈斎藤〉って名前の三十後半の男だ。
俺の売り上げを横取りをして主任へ昇進した卑怯なヤツでもある。
「ふん、なんか変なコネでも使ったんでしょう」
この三十前半の女は仕事を親切に教えてやったのに、何もしていない俺にセクハラをされたと喚き散らした〈笹本〉という最悪の女だ。
「あぁあぁー、こんなのが課長代理じゃ、ここの営業も終わっちゃったな」
コイツは怠けることしか考えていない、小太りの二十後半の男だ。
確か〈佐々木〉だったな。
いつも会社のパソコンでアダルトサイトを見ているエロ狂いだった記憶がある。
ざあっと見渡して見ても、まともな職員は、大人しくて真面目だけど根暗な〈木本さん〉しかいない。
〈植草課長〉は普通の人だけど気が小さすぎる。今も胃薬を飲もうとしているぞ。
過去の俺だったら、この状況を見た瞬間に〈ひぃー〉と叫んで逃げ出していただろう。
必ずそうしていたに決まっている。クズだったのは、当たっていなくもないからな。
だけど今の俺は、そうはならなかった。
ネガティブな負の感情がすぅーと無くなっていくのが分かる。
〈まうよ〉が喰ってくれたんだ。
そして、心の奥底からフツフツと闘志が湧き上がってくる。
〈ネバーギブアップ〈中〉〉のスキルのせいだろう。
昔の恨みを倍以上で返してやる、と心の中で誓った。
それにしても、変だな。
この会社は〈清よらか水環境〉だったはずだ。
頭文字をとって〈KM環境〉に変えたのか、前の名前がもう一つだったからな。
きっとそうに違いない。
「このたび、営業課課長代理を命じられました、〈うろ〉です。 よろしくお願いします。 見知った方もおられますが、慣れ合いはしないつもりです」
俺が大きな声で挨拶すると、営業部の部屋はシーンとしてしまった。
課長さんよ、あんただけでも少しは反応しろよ。
まあ、良いだろう。
幹部職員に挨拶だけでもしておくか、サラリーマンの常識だからな。
俺は営業課の部屋を出て総務課の部屋に入っていった。
「よろしくお願いします」
総務課の〈田野課長〉は、まともな挨拶を返してくれた。
顔も知らない人だから途中入社のようだ。
しっかりした人みたいだから、ヘッドハンティング的なことかも知れないな。
次は部長室か、痩せすぎでギスギスの〈鈴木〉がまだいるんだろうな。
顔を見る前から憂鬱になってしまうよ。
「君には全く何も期待していない。 一日中座っているだけで良い。 本社から押し付けられたから、しょうがないんだ。 まったくのダメ人間を押し付けてくる、本社の人間は何を考えているのか。 全く理解出来ないよ」
この統括部長と変てこな名前を名乗っている、おっさんは、ただのゴマすりで社長にヘコヘコとするだけの男だ。
「社長は在室ですか?」
統括部長の戯言は聞き流して、一応だけでも社長に挨拶をしておくか。
「ふん、お前みたいなダメ人間に、社長の貴重な時間を割くわけが無いだろう。 早く僕の部屋から出て行けよ」
総務課の〈田野課長〉に尋ねたら、今日も社長は出勤していない、と答えてくれた。
〈今日もか〉、前から何も変わっていな。よく社長業が務まっているよ。
ちょっと違うか、この会社だから何とかなっているんだ。
社長なんていてもいなくても良いのだからな。
この〈KM環境〉は、社員が十人足らずの小さな会社でしかなく、課も二つだけだ。
組織的にはそれで充分なんだが、他と比べて恥ずかしいのか、〈統括部長〉などという変な役職を作ってしまっているんだ。
そっちの方がよっぽど恥かしいと思わないのか。




