お腹に当たるから、持っててよー帽子
「ちょっと、〈うろ主任〉、なにしてんのよ」
「んー、急になんだよ」
「私がモジモジしているのに気づきなさいよ。 おトイレに行きたいのを察してよね。 鈍くて気づかいの出来ない、ポンコツの男は嫌われてしまうわよ」
ちょうどイタリアンレストランがあったので、そこへ入ることにした。
お昼にはまだ早いから空いていたのでちょうど良い。
ここの代金は〈沢村さん〉が出してくれたので、それでもうお礼は充分だと思う。
「さあ、午後からは何をしようかな。 VR体験ゲームでもしてみる。 夜は居酒屋で良いでしょう? 」
つばが大きい帽子を二つも買ったから俺は両手に紙袋だ。もう移動はしたくない。
そこにちょうど都合良く、元ヤンキーで現土木作業員の〈松下君〉が向こうから歩いてきてくれた。
頬に特大の絆創膏をはっているぞ。
見た事もない大きさだ。あんなのがあるんだ、知らなかったよ。
俺がじーっと顔を見てたせいだろう。〈松下君〉はまるで逃げるように俺の前を通り過ぎようとしている。
ふふっ、決して逃がしはしないぞ。俺は〈松下君〉の腕をガッと掴んだ。
「うわぁ、うわわぁ、腕を離してくださいよ。 あれから何にもしてないでしょう」
「心配しないでくれ悪いようにはしないよ。 頼みがあるんだけど、この女性と少しつき合ってほしいんだ」
「えぇ、〈うろ主任〉、どういうことですか。 私が嫌になったのですか。 初対面の男性なんて怖すぎますよ」
〈沢村さん〉の言うことは、もっともである。
「実はこの〈松下君〉は、君も良く知っている元ヤンの〈山本〉の彼氏だったんだよ」
「うそっ、〈山本さん〉の彼氏さんなんですか?」
初対面だけど 〈沢村さん〉はもう興味深々だ。
「今は違う。 もうアイツとは別れて連絡もとっていないよ」
「へぇー、そうなんですか」
「あんたこそ誰なんだよ?」
「私は〈山本さん〉と同じ清掃会社で同じ班だったのですよ。 あの女が今どうなっているかご存じですか?」
おっ、〈山本さん〉からあの女呼びに変わったぞ。〈沢村さん〉は元ヤンの〈山本〉が好きじゃなかったらしいな。
「あぁ、ちょっとだけな。 噂ていどならな」
「聞きたいです。 私はあの女がどうなったか、知りたいんです」
「もう関係の無い女だから良いけど、こんな人通りが多い場所じゃ、ちょっとな」
「さっき言ったように、この後は二人で喫茶店にでもどうぞ。 俺はこんなに荷物を持っているから、ここで帰らせてもらうよ。 〈沢村さん〉、今日はありがとう。 〈松下君〉、〈沢村さん〉に危害を加えたら絶対に許さないからな」
「〈うろ主任〉はちょっと卑怯な男だと思います。 けど許してあげましょう。 かなり面白い話が聞けそうですしね」
「はぁ、なんなんだよー」
【良い展開に持っていきましたね。 さすがは私の番です】
「〈松下君〉は妖魔の力で引き寄せたのか?」
【私にもよく分かりませんが、今回は全くの偶然かと。 〈勝利さん〉の運気が良くなった可能性もありますね】
こんなことで運を使うのだったら、宝くじを買っておくべきだった。
アパートに帰り玄関に入った途端、〈まうよ〉がすぅーと俺に迫ってくる。
頭だけだから妙な威圧感がある。
【早く、つけてよ】
「ちょっと休憩させろよ。 ピアスは逃げたりしないから、お茶か、コーヒーを飲ませてくれよ」
【ふぅんん】
「もう、しょうがないな」
穴に通すのに少し手間取ったが〈まうよ〉の両耳に真珠のピアスをつけてあげた。
ついでに麦わらのキャスケットもかぶせてやった。黒いリボンが巻いてある方だ。
絶対に帽子も〈かぶせて〉と言うに決まっている。
【〈勝利さん〉、本当にありがとう。 嬉しくて、私、飛んじゃいそうだわ。 うふふっ】
〈いつも、プカプカと飛んでいるじゃないか〉とは言わないでおこう。
「おぉ、すごく良く似合っているよ。 美人がさらに綺麗になっているぞ」
【うふふっ、〈勝利さん〉が選んでくれたんだもの。 当然だわ】
自分が美人なのも当然なんだな。そこは謙遜しないんだ。
確かに美人ではあるんだけどな。
その後一時間以上も〈まうよ〉は、洗面所の鏡を見ていた。よく飽きないものだ。
その熱意と言うか執着心に感心してしまうし、少しだけ怖くもなってくる。
【帽子がお腹に当たるから、持っててよ】
カップとしてくれるのは良いんだけども、帽子は脱いでほしいと強く思う。
集中力が削がれるし顔が隠れて見えやしない。
親会社の〈NKUカンパニー〉の〈板垣ジェネラルマネージャー〉から俺は呼出を受けた。
どう考えても良くないことだな。
予感は当たった。首になるってことだ。
ほうら、バッチリだろう。
【予感が当たったからと、自慢するんじゃありません】
「〈うろさん〉、副主任への昇任の件で会社に楯突いたそうですね。 断っておきますが、その事で私は〈うろさん〉を責めにきたわけじゃないのです。 子会社の〈NKU警備保障〉の社長はマジで小物なのですよ。 〈恥をかかされた〉とグループ内の幹部会議で大騒ぎする有様なのです。 愛人の子供らしいですが、たかが副主任への昇任で社長が何を喚いているのでしょう。 笑い話にもなりませんよ。 あははっ」
言ってることと違っているぞ。笑っているじゃないか。
でも確かに、あんなことで首にまでされるとは思わなかったな。
「〈NKU警備保障〉の社長はバカでもあります。 首と言っても、そう簡単には出来ないことをご存じないらしいです。 あははっ、社長がよく務まっていると思いませんか?」
「はぁ、周りが優秀だったんじゃないですか」
「ご名答。 だだし、それも去年までですね。 バカはバカなりに知恵を絞りイエスマンで周りを固めたようです」
「えぇーっと、私はどうなるのでしょう」
「あっ、バカの話をしていましたら、少しバカがうつったようです。 すみません。 〈うろさん〉は関連会社へ移っていただきたいと思っています。 グループ内の異動ですから給与や退職金などの待遇面は不利にならないですよ」
【首にされたのはムカつくんだけど、バカ社長の会社にこのままいるのも、よろしくないわね。 新たな可能性にチャレンジしたら】
〈まうよ〉は毎回好き放題に言ってくれるよ。
今の職場のままでは俺の負の感情が、喰えない可能性が高いからだとも思う。
たぶん〈まうよ〉は俺の女だと思うから喰わせてやるのが男の甲斐性ってヤツだろう。
「はぁ、分かりました」




