彼女、穴は開けているのー提案
「どうもありがとうございます。 〈ろう主任〉のおかげで慰謝料がキッチリとれました。 〈主任〉の暴力が効いたんだと思います」
俺の暴力って言うなよ。人聞きが悪いじゃないか。
「結婚出来なくて残念だったけど、お金だけでももらえて、まだマシだったな」
「へへっ、結婚についてはそれほどショックでも無いんだ。 私も色々経験したから、薄々分かっていたしね。 それに好きになりそうな人もいるんだよ」
「へぇー、そうなのか。 したたかなんだな」
「ううん、そうでも無いの。 ほんとうは寂しがり屋なんだよ。 だから、クズに騙されてしまうのかもね、 へへっ。 お礼は必ずするけど今日は子供をお迎えに行かなくちゃならないのよ。 本当に助かりました」
「お礼なんていいよ」
「そんなのダメだよ。 子供を預けられる日を友達に聞いてみるから、ちょっとだけ待ってよね」
〈沢村さん〉は「バイ、バイ」と左手を振りながら駅の方へ歩いていった。
右手にスマホを掲げているのは、たぶん自撮りをしているんだろうな。
クズ男に勝利した記念なんだろうか。
画角的には俺も入っている気もする。自撮りをして何が楽しいんだろう。
〈沢村さん〉は寂しがり屋らしいけど依存体質でもあるんじゃないのかな。
誰かに引っついていなければ不安になる人なんだと思う。
だから誰かと写っている写真が必要なんだ。
徐々に雑踏へ紛れていく、〈沢村さん〉のお尻はハメ撮り写真にしっかりと写っていたけど、今は頼りなくフラフラと揺れている。
背中も寂しげに丸まっている感じだ。
【したたな女に騙されてはいけません。 あれは本能的に行っている演技ですからね】
「えへへっ、〈うろ主任〉と手を繋いであげるね」
「えぇー、いいよ。 恥ずかしいじゃないか」
「そんなこと言ってどうすんのよ。 今日はデートの練習でしょう。 恥ずかしがっていたら彼女がとっても悲しむわ。 手を繋げば相性も分かるんだよ」
〈沢村さん〉のお礼は、なぜかデートの練習となってしまった。
通常はお金だよな。ゲットした慰謝料の何パーセントかを成功報酬として渡すのが普通だと思う。
たけどシングルマザーなんだから、お金には苦労しているはずだ。お金の方が良いとは言えない。
かと言って、何もお礼が無いのでは〈沢村さん〉が納得しない感じだ。
〈まる一日つき合ってあげる〉が〈沢村さん〉の提案だったんだ。これはお礼になっているのかな。
「子供はお泊りするからね、今日は深夜を超えても大丈夫なんだよ」
【この股と頭の緩い女は害悪でしかないですね。 はっ、〈勝利さん〉は何と答えるのでしょう】
〈まうよ〉のプレッシャーが半端ない。物理的な圧を感じるほどだ。
「えぇーっと、実は好きな人がいるんだよ」
〈沢村さん〉がジーっと俺の顔を見てくるけど、ちょっと近すぎやしませんか。
「ふーん、ウソじゃないみたいね。 でもまだ恋人じゃないよね? 」
「うーん、俺にも良く分からないんだ」
キスをしてカプッとしてもらっているけど、相手が頭だけの妖魔なんだから、恋人とは違っている気がする。
「そうなんだ。 どうしようっかな。 恋人じゃないんだからデートくらい良いでしょう。 私が女の生態ってものを教えてあげるわ」
女の生態って、どういうことだ。それを俺に教えてどうするんだ。
〈まる一日俺とつき合ってあげる〉という〈沢村さん〉の提案まで戻る。
「女は触ってほしいのよ。 だから手を繋がなくちゃいけないのよ」
これがほんとの女の生態なのか。
まるで違うような気がする。
最初のデートじゃ手は繋がないぞ。
〈まうよ〉に出会うまでの俺だったら手を繋ごうとするだけで、きっと警察へ通報されていたはずだ。
悲しいことだが大きな自信がある。
【この女の言うことも、たまには合っていますね】
ほんとかよ、〈まうよ〉。
ごちゃごちゃと俺は言い訳をして、何とか手を繋がずにすんだ。
誰が見ているか分かったもんじゃないからな。
「女は綺麗ごとを言ってても、やっぱり物ね。 男から満たしてもらった物欲は最高だわ。 ダブルだからね。 ハートを射ぬくプレゼントは特効に決まっているわ」
「まあ、プレゼントは良いと思うけど。 何を選んで良いのか分からないよ」
「えへへっ、心配しないでよ。 そんな時に最高のお店へ連れて行ってあげるわ」
〈沢村さん〉の連れて行ってくれた店は〈沢村さん〉の友達が販売員をやっている店だった。
帽子屋さんとアクセサリーを売っているお店の二箇所だ。
はぁ、キャッチセールスみたいになっているぞ。
「日焼け防止は女子のマストだわ。 ただダサいのは、おばさんになってしまうからね。 この辺りにある麦わらのキャスケットから選んだら、外れは無いはずよ」
【右端の黒いリボンが巻いてある方か、その隣の赤いリボンの方か、どちらが私に似合うと思いますか?】
「今度の男はまともそうね。 顔もまあまあだし、どこで見つけたのよ?」
「うーんと、職場だね。 だけど女がもういるらしいのよ。 どう思う?」
「うひひぃ、とっちゃえ、とっちゃえ」
俺がと言うか、〈まうよ〉が帽子を選んでいる時に、〈沢村さん〉と友達の店員が小声でニヤニヤ話しているのが気になってしょうがない。
「そこの黒いリボンと赤いリボンの帽子を、二つともください」
〈沢村さん〉はお礼の代りに代金を払うような様子はなかった。他の女の物になるのだから、当然だろう。
「最初は手軽なピアスが良いと思うな。 真珠が無難かな。 年をとってもつけられるし、超お得だよ。 彼女、穴は開けているの?」
【開いていますよ。 今、開けました】
どうやって開けたのだろう。
妖魔なんだから追求してもしょうがない。
逆らってもしょうがないので、シンプルだけど大粒の真珠のピアスを買った。
〈まうよ〉は純和風と言うよりは西洋っぽい顔立ちだから、大粒じゃないと映えないと思ったのだ。




