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妖魔

 【旦那様、初めましてですね。 よろしくお願いいたしますわ。 うふふっ】


 「えっ」


 どこからか、若い女性の声が聞こえてくる。

 色っぽいのだが清楚でもある美しい声だ。

 不思議なことに俺の中から聞こえてくる。

 そんな気がする。


 【私は妖魔。 旦那様に、今、とりつきましたわ。 私が夢を叶えてさしあげます。 その代わり旦那様の感情を私に喰わせてくださいな】


  不思議なことなんだが、俺は何も怖くなかった。

  薄気味悪いことなんだけど、俺は何も怖くなかった。 

  声だけで暴力じゃないからだ。

  幻であってさえ、若い女性の声は俺の心を弾ませてしまう。

 

 「妖魔ってなんだ?」


 【それは私のこと。 雌ですよ。 旦那様は雄ですので、つがいってことですね】


 「はぁ」


 番ってなんだよ。

 鳥みたいに言うよ。

 俺は雄にはなったことが無い。


 【うふふっ、お腹が空いていらっしゃるみたいですね。 生まれたばかりで私もペコペコなんです。 食事に行きませんか?】


 「金を持っているのか?」


 【お金もいただきましょう。 ホテル代も必要ですからね】


 俺はどうかしてんだと思う。

 妖魔の声が耳に心地良かったのも大きい。

 幻聴でも聞いていたかったんだ。

 若い女性と話したことなんか無い。

 幻に決まっているが、それでも俺の小さな夢がもう叶っている。


 妖魔の声に誘導されて、かなり寂れた通りに出た。

 10メートル先には、さっきの暴力団ふうの男が肩をいからせて歩いている。


 どういうことだ。


 また殴られて蹴られれば良いと言うのか。

 俺は幻聴にまで嫌われて騙されたのか。


 【あの男が憎いでしょう。 やっちゃいましょう】


 「はっ、君は俺をだまして、ここに連れて来たんだな」


 【うふふっ、そんなことしませんわ。 この男がいる場所を知りえたのは私が妖魔だからですよ。 復讐の手助けをするのは、私が旦那様の番だからです】


 「そりゃ憎いよ。 でも俺はすごく弱いんだ。 どう考えてもあの男をやれない。 あれは暴力のプロなんだぞ」


 【あの男のスキルを奪ってやるんですよ。 うふふっ、きっと驚いてすごく慌てるでしょうね。 今から楽しみです】


 「はぁ、アニメか漫画みたいなことを言うなよ。 スキルなんて現実にはないんだぞ」


 【私の目で見せてあげますわ。 文句はそれから言って欲しいものですね】


 妖魔の目で見るって、どういうことだ。

 だけど視界が少し揺らいだ後に男の背中に〈実践空手〈中級〉〉の文字が浮き出てきた。


 「えっ、あれがスキルなのか?」


 【そうです。 あれがあの男の持っている、一番有用なスキルですね】


 「どうやって、あれを奪うんだ?」


 俺は半信半疑だったけど、文字が浮き上がってきたのは本当だ。

 少しだけ信用しそうになっていた。

 オレオレ詐欺に引っかかる人を俺は間抜けとバカには出来ないな。


 【旦那様の血液を、あの男に塗れば良いのです】


 「はぁ、そんなことは絶対に出来ないぞ。 あの男が強いのを知らないのか」


 「おぅ、キモいおっさんよ。 後ろでごちゃごちゃ独り言を言いやがって。 仕返しに来たんだな。 弱いくせに舐めやがって。 徹底的にやられたいんだな」


 俺は作業服の胸元を男に両手で掴まれ人気のない路地に連れこまれた。

 何の抵抗も出来ずにズルズルと引きずられていった。

 どう考えても、ここで半殺しにされてしまうのだろう。


 俺は恐怖のあまり体から全ての力が抜けて、その場にヘナヘナと座りこんでしまった。

 悪くすれば殺されてしまう。


 「許してください」


 ゴンと顔面を蹴られた。

 鼻の奥がつーんとして、ものすごく痛い。

 そして熱い。


 また鼻血が流れた。

 俺は必死で男の足にすがりついた。

 もう蹴られるのは嫌なんだ。

 痛いのは嫌だ。


 【今です】


 男のズボンが少しめくれ上がっていたらしい。

 鼻血で濡れた俺の手が男の足首を偶然に触っていたようだ。


 男についた血が糸状になり俺へと帰ってくる。

 同時に男のスキルを運んできた。


 体の中でファンファーレみたいな音が鳴り〈実践空手〈中級〉〉のスキルを俺は手に入れた。


 「げっ、汚い手で触るな」


 男がもう一度俺を蹴ってきたが、それはスピードも無い弱弱しいものだった。

 俺は余裕で男の足を掴んでやった。


 「あっ、どうなって…… 」


 男が疑問を言い終わらないうちに、俺は右足を持ったまま、左足へローキックをおみまいしてやる。


 左足だけで体重を支えていたから、俺が蹴った力を逃がすことが出来なかったのだろう。

 加減もしなかったから男の膝が「バキッ」と音をたてた。

 続けて顔面へ正拳突きを放ってやる。


 「グシャ」と変な音をたてて鼻が潰れたらしい。

 そして男はドンと後ろ向けに倒れた。

 脳震盪をおこして意識を失ったようだ。


 「はぁ、はぁ」


 俺は肩で息をして茫然としている。

 自分のやったことが自分でも未だに信じられない。


 【うふふっ、良いお味でした。 慰謝料をもらって直ぐに逃げましょう。 慌てた顔が見られなかったのは少し残念ですが、しょうがありませんね】


 「慰謝料?」


 【旦那様は殴られて蹴られました。 当然、慰謝料をいただく権利があります。 意識がないようですから財布から抜けばいいでしょう】


 俺は男の服をあさって財布から一万円を抜こうとした。


 【全部です】


 「多いよ」


 【一枚でも全部でも、そんなに差はありません】


 俺は妖魔に言われるまま全ての札を抜くことにした。

 10万円以上ある。


 そして電車に乗り五駅ほど離れた街のビジネスホテルに泊まることにした。

 男の仲間の仕返しを恐れて、中途半端に距離をとったんだ。

 コンビニで弁当と缶酎ハイも買った。


 【体を洗ってください。 私は綺麗好きなんですよ。 臭い番はごめんです】


 クンクンと自分を嗅ぐと確かに匂う。

 垢や加齢臭なんだろう

 シャワーを浴びるのは一か月ぶりだな。

 垢がボロボロと落ちる。

 浴室の床が真っ黒だ。


 【私はお腹一杯食べましたので、お食事をどうぞ】

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