ドス黒くドロドロと粘つく : 入口
取引が五日後に迫った月曜日の午後、清掃の〈沢村さん〉が、俺に愚痴を言ってきた。
「もう嫌になっちゃう。 急に三人も新人さんが来たのよ。 やり方を分かっている、おばさんが|他所へ行ってさ。 掃除なんかしたこともない、不愛想なおじさんが配属されるって。 私への虐めだと思うよね? 私一人で大変なのよ」
「へぇー、それは大変だね。 〈高橋主任〉には苦情を言ったんだろう?」
「それがね。 あの人から頼まれたのよ。 婚約者の頼みだから、断れないでしょう」
浮気なのに婚約者って言うのか、ものすごい疑問を感じる。
「〈沢村さん〉は信頼されているんだね。 しっかりしているから、無理を言われるんだな」
「本当にそうなんだ。 〈うろ主任〉は良く分かってくれているね。 話して良かったわ」
「その不愛想なおじさん三人はどう不愛想なんだ。 同じおっさんの俺がどう対処したら良いか教えてしんぜよう」
「あははっ、なによそれ、急に時代劇をやらないでよ。 不愛想なおっさん達はね、こうなんだよ、…… 」
分かりやすく怪しいぞ。〈沢村さん〉の話で人相も分かった。
警備ならありえるが清掃のパートをするような男達じゃない。
職業への偏見だけど体格が良すぎる。
〈沢村さん〉との関係が悪くなくて本当に良かった。超有益な情報をゲット出来たぞ。
取引がある金曜日に、俺は〈晴れ晴れライフ〉の入口を固めることにした。
大口の取引相手は、さっき会社の中へ入ったばかりだ。
今頃は商談の真っ最中に違いない。
「俺が入口にいるって言っているだろうが。 そこをどけよ。 〈主任〉が警備室で総指揮をとらなくてどうするんだ。 あんたは無能でしかないバカだ。 どうなっても知らないぞ」
〈相馬副主任〉が真っ赤な顔で怒り、〈晴れ晴れライフ〉の入口の守りを代われとしつこい。
当然ながら俺はガンとしてそれをはねのけてやった。
〈晴れ晴れライフ〉の社長さんと約束したからだ。特別報酬分の働きをみせてやる。
「〈相馬副主任〉は、正面玄関の詰め所にも、裏口にもいません」
「警備室に〈相馬副主任〉が入ってきましたけど、直ぐにフラッと出て行かれました」
もうこの時には〈YZタワービル警備チーム〉員は、〈相馬副主任〉がおかしいと気づいていたと思う。
「掃除の邪魔ですので、そこをどいてください」
清掃の不愛想なおっさん達が、予想通り〈晴れ晴れライフ〉にやってきた。
「チーフの〈沢村さん〉に、今日はここの掃除は必要ないって言ってある。 聞いてないのか?」
不愛想なおっさん達は俺の問いかけに全く反応をしないで、黙ってスマホをいじりはじめた。
メールでもしているのか、本当に不愛想なおっさんだよ。
「あんた邪魔なんだよ。 そこを今直ぐにどけよ」
今度は内側のドアの隙間から、大きな声をあげている男が現れた。〈松山〉という係長だ。
俺がドアを押さえているから、外には出られないんだ。
「社長さんに警備を一任されている。 あんたこそ邪魔なんだ。 部長さんよろしくお願いします」
俺もドアの隙間に向かって大声で言ってやった。
内部で変な動きがあれば、柔道の全国大会への出場経験がある部長さんが対応するように、あらかじめ決めておいたんだ。
部長さんは重量級である。
不動産会社には、こんな猛者も必要になる場合があるらしい。
「今だ。やっちまえ」
「バカはくたばれ」
いつのまにか四人に増えた、おっさん達が、俺に突進してくる。
「連絡を」
俺はドアの隙間から中へもう一度叫び、強盗達に立ち向かう。
短い木刀を懐から出して構えれば気持ちがフッと落ち着いてくる。
木刀はナイフじゃないが、刃のついていない短刀と思えば良い。
ナイフを持っている一人目の腕を木刀で叩き折ってやった。バキッと音が鳴ったな。
このおっさんが一番手強そうに見えたので、最初にやってやったんだ。
手を押さえて、「ふぅーふぅー」言ってるぞ。
かなり痛いはずだが、悲鳴をあげたくなるのを必死に耐えているんだろう。
いかにも怪しい。
目出し帽をかぶっているのは、〈相馬副主任〉で間違いない。
服も制服から着替えているが、身体つきで分かってしまう。
「〈相馬副主任〉、君は一体何をやっているんだ。 強盗の仲間だったんだな」
「…… 」
無言だ。〈はい、そうです〉と答えるバカはいないよな。
一人は無効化が出来た。
しかしまだ三人もいる。
だが俺は負けない。戦闘スキルは二つもあるんだぞ。
左右から同時に飛びかかってくるおっさん二人を、一人は胸へのミドルキックで、もう一人は顔に裏拳をお見舞いしてやった。
「うげぇ」
「ぎゃぁ」
腹と顔を押さえて、おっさんの二人はもだえ苦しんでいる。
俺のあまりの強さに思考が停止したのか、ビビッてしまったのか、〈相馬副主任〉は動けないでいる。
待っててやる義理はないよな。
素早く動いてあごにアッパー入れてやる。
脳震盪を起こしたんだろう。
あははっ、グルリンと目ん玉が動き白目をむいて倒れてやがった。
「〈まうよ〉、スキル持ちはいるか?」
【はい。二人います。 一人は〈IT機器〈下〉〉ですね。 もう一人は〈左官〈中〉〉です】
〈IT機器〈下〉〉を持っているのに、強盗なんかするんだ。
〈下〉じゃ普通の人とあまり変わらないため、ダメだったのかな。
コミュ障の可能性もあるな。
〈左官〈中〉〉は分かるような気がする。
ユニットバスやトイレの出現で、仕事が激減したんだろう。
「あっ、痛てぇ」
スキルに気をとられて隙すきが出来てしまった。
腕を折ってやったおっさんが、ナイフを持ち替えて俺の腕を切りやがった。
深くは無いが、とっさに手を引かなければ深く刺さっていたはずだ。
「ざまぁみろ。 死ねよ」
血走った目でおっさんが俺へ毒を吐いてくる。
腕を折られてムカつくし、こんな事になった自分に怒り狂っているんだろうな。
ナイフを握っている左手へ木刀を叩き込もうとする。
おっさんも警戒していたんだろう。
さっと左にかわしたが、その後の追撃に反応が出来ていない。
俺の右のハイキックがゴグンとこめかみに決まる。
決まった瞬間に気を失ったらしい。
朽木のようにドンと倒れたが、折れた腕が一番先に床へ着いたみたいだ。
ものすごく痛いのだろう、盛大に「ギャー」と悲鳴をあげているぞ。
今は不愛想とは言えないな。五月蠅くわめくおっさんだ。
手に腕から流れる血をつけて、喚くおっさんの右腕を握ってやる。
力を入れると痛いのだろう。
また盛大に「ギャー」と悲鳴をあげやかった。
白い骨が皮膚を突き破るまで強く握ってやろうか。
一瞬、俺の脳裏にドス黒くドロドロと粘つくものが流れる。
「ぎゃっ、許してくだい。 お願いだ」
涙を流して懇願してきた。
すがるような目で俺を見上げている。
俺は無言で手を離した。
血と一緒に〈左官〈中〉〉のスキルが流れこんでくる。
左官職人が使う金属の道具なら、俺はもっと苦戦していたかも知れないな。
俺はバカなのか。
元左官職人のおっさんに同情しているのか。
はっ、お偉くなったもんだ。




