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大安

 良いこともあった、トイレがビシャビシャなる問題が解決したんだ。

 結果的に俺の注意で改善がされた感じになり、俺の評判が鰻登りになってしまった。


 相馬を除く〈YZタワービル警備チーム〉からの称賛はもちろんあったし、〈YZタワービル〉へ入居している会社の総務の人からも、会うたびにお礼を言われてしまったよ。


 清掃管理会社のお偉いさんは、あの三人の女達に実は困っていたらしい。

 俺はお礼だからと、お昼ご飯に鰻丼の特上をおごってもらい、あごがガクンと外れそうになってしまった。

 こんなに美味しいものを食べたことがなかったんだ。


 「こんなの美味し過ぎます。 歯で噛むも惜しいくらいですね。 口の中へ永久に入れておきたいですよ」 


 「あははっ、〈うろ警備主任〉はおごりがいがありますよ。 とても良い表情をしてくれますね。 こちらもつられて幸せになったじゃないですか」


 みんな俺が思っている以上に、トイレのビシャビシャ問題に困っていたんだな。

 〈YZタワービル〉を清掃する人に移動があったため問題が解決したんだ。


 〈お米ばあさん〉と元ヤンの〈山本〉が清掃会社を辞めたらしい。

 今はパシリの〈沢村〉がチーフを務つとめている。チーフだからもうパシリじゃないか。


 「〈沢村チーフ〉、頑張ってくれているな。 〈沢村さん〉がチーフになってから、みんな掃除が丁寧だって喜んでいるぞ」


 俺は〈沢村〉に何回も足を蹴られて、暴言も吐かれたはずなのに、少しも怒りを覚えていないな。

 どうしてなんだろう。〈まうよ〉が感情を喰ったせいなのか。


 「へへっ、チーフって呼ばないでよ。 まだ慣れていないんだから。 でも褒められて嬉しいです」


 照れている〈沢村さん〉は普通の人なんだと思う。

 〈お米ばあさん〉の洗脳が無ければちゃんとしている。

 もう俺の足を蹴ろうとはしなくなった。


 「ははっ、良い笑顔をしているよ。 これからもよろしく頼んだぞ」


 「へへっ、笑顔なのは、私ね、再婚するんだ。 覚えているでしょう〈高橋主任〉なんだよ。 今の奥さんと離婚して、私と一緒になってくれるんだ」


 〈高橋主任〉か、嫌なヤツだったな。


 俺の想像では〈お米ばあさん〉に洗脳されて、元ヤンの〈山本〉と〈沢村さん〉の二人ともが、〈高橋〉の愛人になっていたんじゃないかな。

 だから〈高橋〉が全面的に三人の味方をしていた、と推理していたんだ。


 〈沢村さん〉は元ヤンの〈山本〉も、そうなっていた事を知らないのだろうな。

 〈山本〉がいなくなり、浮気相手が〈沢村さん〉一人になったから、前以上に甘い言葉をささやいているんだろう。


 「へぇー、そんな関係とは知らなかったよ」


 「えへへっ、それは浮気なんだから隠すわよ。 新居はね。 ここにある不動産屋さんに良い物件を紹介してもらったんだ」


 「あそこか。 五階に入居している〈晴れ晴れ(はればれ)ライフ〉さんだね」


 「正解だね。 三か月後にマンションの契約するんだよ。 縁起が良いからって大安の日にしたんだ。 えへへっ」


 「幸せになれると良いね」


 「ありがとう。 子供ためにも絶対になるわ」


 〈ありがとう〉って言う弾んだ声が、どうしてか、なんだか悲しくなってしまう。

 俺は〈高橋〉のことを全く信用していないからだ。〈沢村さん〉を騙していると思っている。

 

 パートでトイレ掃除を頑張り、少ない賃金で子供を育てているんだぞ。

 俺は蹴られたことを全て忘れて、どうか幸せになってほしいと祈るしかない。


 【浮気じゃ幸せにならないよ】


 〈まうよ〉の声も心なしか、辛い声に聞こえてきた。


 「〈ろう警備主任〉、折り入って頼みがある。 二週間後の金曜日に大きな取引があるので、特別にうちの会社の警備を強化してほしいんだ。 相手さんの事情で現金での取引だから、万全を期したいと思っているんだよ」


 〈晴れ晴れライフ〉の社長さんが、俺に頭を下げて頼んできた。

 少し戸惑いもあるけど、喜びはそれ以上にある。


 底辺を這いずっていた俺が、一流会社の社長さんに頭を下げられるとは、ジーンとしてしまうのはしょうがないだろう。


 「はい、お任せください。 大切な取引なのでしょう。 全力で警備をしますよ」


 「おぉ、力強い言葉で安心出来たよ。 よろしく頼んだよ」


 俺は会社に話を通して、特別警備の件を了承してもらった。

 休日が減る警備チームには負担をかけるが〈晴れ晴れライフ〉から特別報酬が出るため、何も不満はないようだ。

 それどころか、臨時収入が入ると喜んでいるらしい。


 「〈主任〉、特別報酬は現金で支給されないのでしょうか?」


 中堅の〈小津さん〉が変な質問をしてきたな。


 「今時現金か。 ITの時代にそれは難しいんじゃないかな」


 「はぁー、それはそうですね」


 「あははっ、〈小津さん〉のおこづかいにならなくて、誠にご愁傷様です」


 「うるさいぞ、〈大井君〉は。 結婚すれば君も、俺の気持ちがよーく分かる日がくるよ」


 【お金を渡せと、私は決して言いませんので安心してください。 ほしいのは〈勝利さん〉の負の感情だけですからね】


 「それは安心して良いのか?」


 【もちろんです。 ただ安心出来ないこともあります。 二週間後の金曜日は大安ですよ】


 はっ、大きな取引だから、現を担いで大安を選ぶのだろう。

 ただそうなると〈相馬副主任〉が気にかかってくる。


 勘か、なにか分からないが、〈まうよ〉はずっと〈相馬副主任〉を警戒していたんだな。

 俺に恨みを抱いているから、注意してくれていたんだ。


 それから俺は〈相馬副主任〉をそっと監視することにした。

 監視といっても、どう動いて何を話しているのかを観察するだけなんだが。

 なにも証拠がないのだから、それ以上に深く探ることは出来ない。


 その探りで判明したのは、〈相馬副主任〉に〈晴れ晴れライフ〉の社員の友達がいるってことだ。

 〈松山〉という係長で三十歳代の平凡な男にしか見えない。

 〈相馬副主任〉と親しげに話している場面を、何回か目撃しただけだが、〈晴れ晴れライフ〉の社員であることで怪しく思えてしまう。

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