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握手

 「あっ、この野郎。 〈沢村〉をやりやがったな」


 「はぁ、いきなり俺を蹴ろうとして、勝手に転んだだけだろう」 


 〈山本〉の思考はどうなっているんだ。元ヤンだけのことはある。

 自分中心の考えがひどいな。

 きっと中学高校の頃から暴力を使って好き放題やってきたんだろう。

 ひょっとしたら小学校からかも知れないな。


 「うるせぇ」


 〈山本〉が正拳突きみたいのを顔面に放ってくる。

 だけど俺からすればヒョロヒョロなだけだ。


 その正拳突きモドキを手刀で上から叩いてやった。

 その反動で前につんのめり頭を俺の前に差しだしてきたが、その頭を手刀で叩くのは止めておこう。


 プーンと頭皮の匂いがしたからだ。何日も風呂に入っていない匂いがする。

 一瞬吐きそうになった。


 「女性に暴力を振るうなんて、とんでもない犯罪ですよ。 会社に訴えますから覚悟しなさい」


 〈お米ばあさん〉がここぞとばかりに俺を責めたててくる。

 この部屋の中は三人対俺一人のため、かなり不利な状況だぞ。

 口裏を合わせ三人が証言をすれば相当マズい状況になると思う。

 セクハラとかが五月蠅い世の中だからな。


 「ふっ、声も出せないようね。 せっかく主任になれたのに、それじゃ困るでしょう。 会社が違っているから心配しないでね。 前のようにはならないわ。 私達の言うことをほんの少しだけ聞いてくれれば、悪いようにしないわよ」


 「どういうことなんだ」


 「私達の清掃範囲は広すぎるのよ。 だからあなたにも、ちょっとだけ手伝ってほしいのよ。 巡回のついでに隠れてすれば見つからないわ。 私達も協力するから絶対に大丈夫」


 俺は変わったからか。なんてみみっちいことを言うんだと思ってしまう。

 自分達の仕事を俺に少しやらせて、少し楽になることが一体何になるんだ。


 【小さなことから始めて、徐々に〈勝利さん〉を支配下におこうとしていますね】


 〈まうよ〉の言うとおりなんだろう。

 最終的に何をさせたいのか、ちょっぴり興味をひかれるが、もう俺はコイツらの言いなりには絶対なりたくない。

 この三人の言うことを聞くぐらいならクビになったほうがまだマシだ。

 虫唾が走る。


 「そう言うことか。 それなら握手をしよう」


 「えっ、握手なの。 分かってくれたのなら良いわよ」


 俺はポケット中で指に傷をつけた。ちょっぴり血が出たはずだ。

 握手で〈お米ばあさん〉の手についた俺の血が、見えない糸になり帰ってくる。

 〈洗脳〈下〉〉のスキルを連れてだ。


 「お年寄りの手だな」


 「失礼なことを言わないでよ。 でも、〈山本さん〉と〈沢村さん〉は若いわ。 あなた、正社員になったのでしょう。 見違えるようにしっかりしたんだから、二人の見る目も変わっているんじゃないかな」


 確かに、パシリの〈沢村〉が俺を見る表情が変わった気がする。

 ずいぶん柔らかくなった感じだ。


 俺が強くなったのも、パシリ属性には好印象なんだと思う。

 シングルマザーだから生活が苦しいんだろう。

 黒いパンツを脱がしてくれる相手がいないのかも知れない。

 

 でも俺はお前の性格の悪さを知っているぞ。


 だけどだ。

 昔の俺のままで〈まうよ〉がくわてくれていなかったら、あっさりと引っかかっていたに違いない。

 俺は女にも飢えていたからな。


 「伝えたいことが二つあるんだ。 トイレ掃除で床をビシャビシャにするなよ。 苦情が入っているぞ。 それと俺は仕事を初めたばかりで、掃除まで手が回らないな。 掃除が仕事だろう、自分達でやれよ」


「くっ、カスにくせに、言いたいことを言いやがって。 〈お米さん〉、こいつに分からせてやれよ」


 元ヤンの〈山本〉はギャンギャン吠えるな。弱いヤンキーのよくある特徴だ。


 「あれ、私、どうしたの。 言葉が出てこない…… 」


 話しているくせに〈言葉が出てこない〉は変だぞ。

 あははっ、もうろくしたのか〈お米ばあさん〉よ。


 スキルを奪ってやったから、俺をコントロールするための言葉が出てこないのだろう。


 「トイレ掃除をしっかりやってくれよ」


 俺はそう言い残して休憩室を出て行った。

 言いたいことを言ったから、すごくスッキリした気分だ。


 汚い話だけど、ずっと我慢していた大便をモリモリ出した感じに近い。

 清々しい爽快感を覚える。


 きっとトイレ掃除からの連想だな。

 汚物たちに決別を告げられたからだろう。


 【念のため聞いておきますが、黒いパンツを脱がしたいなんて、思っていますか? 】


 「うーん、俺の好みは白色の方かな」


 【うふふっ、純白がお好みなのですね。 お任せください。 この調子で食事がとれれば、そう遠くない日に希望をかなえてさしあげられます】


 頭しかない妖魔のくせに何を言っているんだか。

 ひょっとして体も生えてくるんだろうか。

 体が生えるはおかしいか。大きな方が生えるって変だよな。


 会社が斡旋してくれたアパートへの帰り道で、俺はいかにも怖そうな兄ちゃんに囲まれてしまった。

 アパートは車が入れない裏通りにあるし、この時は警備のローテーションで真夜中だったんだ。

 近くに人の気配は一切ない状況である。


 「おい、カスさんよ。 ずいぶん待たせてくれたわね」


 元ヤンの〈山本〉が昔の仲間か、今の彼氏だかを三人連れて、俺を待ち伏せしていたみたいだ。


 「よくも俺の女に恥をかかせてくれたな。 落とし前をつけてもらうぜ」


 紫のシャツがはち切れそうな、三十代の男が因縁をつけてきた。

 はち切れそうなのは太っているだけじゃ無く、筋肉量もそれなりにある感じだ。

 頭は刈り上げでサングラスをかけているぞ。

 シルバーの十字架のネックレスもつけているな。


 ツッコミどころが満載なヤツだな。

 お前はクリスチャンなのか、夜にサングラスってバカか。


 全体の雰囲気も本業の人じゃない感じだ。

 手の平がゴツゴツとしているから、土木作業の仕事をしているんだろう。


 職場からやっと帰れるのを邪魔されたんだ。俺は少しムカついていたんだと思う。

 ちょっとだけ仕返しをしてくなったんだ。 


 「おっ、何をするんだ。 サングラスを返せよ。 泥棒すんな」


 「ははっ、暗いのにサングラスなんかしていたら、ケンカなんか出来ないぞ。 ほら、彼氏さんの大事な物を持っててやれよ」


 俺は元ヤンの〈山本〉へサングラスを投げてやった。

 少し狙いが狂ったから慌てて受け取ってやがる。

 

 あははっ、わざとじゃないよ。

 サングラスは持つところが無いから、ナイフみたいには上手く投げられないんだ。


 「ちくしょう、俺をなめるよ。 痛い目にあわないと分からないんだな。 みんな一斉にかかれ」


 少しは俺のことを警戒してくれたらしい。一人だけじゃ危険だと思ってくれたようだ。


 「あははっ、もっと危険を味わってくれよ」


 俺は黒いえのナイフを取り出して、銀色の刃をぼんやりとともる街灯に鈍く光らせてみた。

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