上司
〈鈴木部長〉に業務の一通りの説明を受けたのだが、一度に言われても覚えられるはずがない。
もっと丁寧に時間をかけて教えてくれよ。
俺は自慢じゃないけど記憶力が残念な男なんだ。
これに関しては自信を持っているし周りの評価も定まっている。
バカと呼ばれてしまう大きな原因でもあるんだ。
「はぁ、最初の〈正社員での採用となります〉しか覚えていないよ。 どうしたらいいんだ」
【ふふっ、私にお任せあれ。 全ての会話を記憶していますわ】
「へっ、そんなことが出来るの?」
【うふふっ、〈勝利さん〉の番は優秀な雌なのですよ】
妖魔の特殊能力なんだろうな。
でもメスって関係があるのか。少しいやらしい響きがあるな。
メスと言った〈まうよ〉の口の中がピンク色に濡れているからだろう。
その中の気持ち良さを知ってしまったからだと思う。
必要に応じてやってくる総務の女性職員に何枚も書類を書かされた後、〈YZタワービル警備チーム〉に引き合わされた。
総勢六人のこのチームが今日から俺の部下となる。どの顔も不満を持っていそうだな。
突然どこの誰とも知らないおっさんが上司になるんだ。当然だろう。
俺もかなり心配である。
今まではずっと一番下の人間でしか無かったんだ。
役職と言っていいのか微妙だけど、上の立場になるのは初めてなんだ。
不安な顔をしていたんだろうな。
簡単に自己紹介を交わした後、副主任を長くやっている〈相馬〉という、四十歳代の男が俺に早速絡んできた。
少し腹は出てきているが筋肉質で体格の良い男だ。
学生の時にはラグビーをやっていたらしい。
主任へ昇進出来ると思っていたところへ、コネか何かで俺に横取りされたと思っているんだろうな。
うーん、正解じゃないか。
「〈うろ主任〉打ちとけるために、特技とか、面白い芸をやってみせてくれよ。 歴代の主任は、みんなそうして来たんだ。 それがここの流儀なんだよ。 はははっ」
はっ、魂胆が透けて見えるな。困る俺を見て、笑い者にする気だろう。
急に言われても準備もしていないのに無理な話だよ。
特技とかが無い俺は準備のしようもないけどな。
「くっそ、俺は芸なんて持ってない。 何もしないと面白くもない無能なヤツあつかいするんだろうな」
【〈短剣術〉のスキルがあるじゃないですか】
俺はどうかな、と思いながらも〈まうよ〉の言うとおり、ナイフ遊びの技を披露することにした。
〈じろさん〉がさんざん練習したものを使わせてもらおう。
黒いえのナイフを縦にクルクルと何度も回し、左右の手で素早く持ち代える技を見せてやる。
ナイフを天井近くまでサッと放り投げ、それを背中で受けとめる技もいれてみた。
最後は〈相馬〉の前髪をスパッと三本だけ切ってやった。
三本だけが少し長いと思ったんだだが、切った後はそうでもない。
〈YZタワービル警備チーム〉からは声も出なかった。〈相馬〉は真っ青で引きつった顔をしている。 〈まうよ〉の意見は間違っていたらしい、全く受けていないぞ。
「はははっ、こんなことしか出来ないんだ」
カラ笑いでこの場を誤魔化すしかない。俺の顔も引きつっているはずだ。
「すごいですよ、〈うろ主任〉。 ナイフの腕がピカイチなんですね。 頼りがいがあります」
二十代の若者が俺を褒めてくれた。コイツは素直かつ良いヤツで絶対に間違いない。
【〈大井〉という23歳の青年ですよ。 まだ独身です】
「〈大井〉さん、ありがとう。 期待してますよ」
「〈うろ主任〉、素晴らしい技を見せてもらいました。 よろしくお願いします」
【〈柴〉というベテランです。 46歳で子供が二人います】
「頼りにしていますよ、〈柴〉さん。 よろしくお願いしますね」
「見事しか言いようがありませんね。 よろしくお願いします」
【〈小津〉という中堅ですね。 32歳で新婚です】
「〈小津さん〉、よろしくお願いします。 仕事も充実させていきましょう」
後の二人も俺の技を称賛してくれたが〈相馬〉だけは無言のままだった。
主任になれなかったのがよほど気に入らないらしい。
それとも前髪を切ったのが良くなかったのかな。
俺のお披露目が終われば早速業務の始まりだ。基本的に俺は監視装置を見張る役目となる。
部下は正面玄関の詰め所で人の出入りを監視する役目だ。主には入りの方を注意することになっている。
ビル内の巡視もあるのでなかなかハードな内容だと思う。金を稼ぐのはどんな仕事でも厳しいものがあるな。
休日をローテーションでとりながら無難に俺は主任業務をこなしているのだが、〈まうよ〉の完全記憶が全面的に役立っている。
〈まうよ〉は頭だけだが、もう頭が上がりそうにないな。
だけど〈まうよ〉には尻が無いので敷かれはしないぞ。
こんなバカみたいな冗談を考えられるほど、順調だったんだ。
「主任、正面玄関でトラブル発生です。 またストーカー野郎が騒いでいます」
好青年の〈大井さん〉が緊急事態を告げてくる。
騒いでいるだけだから、それほどでも無いか。
スキルで戦闘力が強化されたため俺は余裕が持てるようになった。
普通の人間ならば勝てる自信があるからだ。
「直ぐに行くから、おさえておいてくれ」
「〈まうよ〉、たしか、ブラックリストに乗っていたよな?」
【問題のストーカーは、〈須藤健太郎〉32歳ですね。 無職なのを良い事に三階へ入居している生命保険会社の女性職員をしつこくつけ回しています】
「そうか。 助かったよ」
正面玄関では〈須藤健太郎〉が部下ともみ合っている。
貧弱な体をしているくせに、強引にビル内に入ろうとしているぞ。
「お前達はいつもなんだよ。 俺と〈花蓮さん〉との愛の邪魔をすんなよ」
甲高く耳ざわりな大声を出してやがる。
ここが施設警備の真価が問われる場面だ。
「この先は関係者かアポイントがある方しか入れません。 どうぞお帰りください」
俺はつとめて冷静にさとしてみた。
「あぁ、おっさんはなんだよ。 お前の方こそ、関係ないんだよ」
話しが通じないな。コイツ頭がおかしいんじゃないか。




