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金一封

 〈板垣〉がプレハブの詰め所から現場へ調査に出て行ったので、俺が疑問を〈橋本〉に聞いてみる。


 「あの本社の男は、なにをしに来たんだ?」


 「うーん、よく分かりません。 作業効率が上がったのは事実ですが、こんな短期の現場がどう変わろうが、本社には些細なことだと思うのですが」


 「そうだよな」


 【ピンハネがバレなければ良いですね】


 〈まうよ〉が嫌なことを指摘してくれた。俺の不安を的確についてくるな。


 「はぁー、それを言わないでほしいな。 嫌な予感がしてくるじゃないか」


 「みなさんのご協力により調査はおおむね完了しました。 〈橋本〉主任と〈森川〉副主任の的確な指示が効果を上げたとの結果となります。 ご尽力に感謝しますとともに、おって、会社から金一封が出されるでしょう。 それと〈うろ〉さん、この現場が終わった後は、どこかに当てはありますか?」


 〈橋本〉と〈森川〉は金一封の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに顔を崩しているぞ。

 なんて分かりやすい人間なんだろう。

 〈板垣〉がいなければ下手な踊りで歓喜を表現していると思う。

 それほどニヤケた顔なんだ。


 〈うろ〉は俺の苗字だ。珍しいし、悪い想い出しかない名でもある。


 それにしても、俺に何の用事があるんだ。ピンハネは〈橋本〉と〈森川〉も共犯なんだぞ。


 「えぇーっと、無いですが」


 「ふふっ、それは都合が良いですね。 ビル警備の人手が足りないのですよ。 我が社に就職しませんか?」


 就職って、まさか正社員ってことか。俺は今までバイトかパートか派遣でしか勤めたことがないんだ。


 「えっ、俺でいいのですか?」


 俺の悲しい履歴書も見たはずだが、それを見て、正社員に採用する会社などあるはずがない。

 なにか裏があるんじゃないか。


 「そう申しております。 決まりですね。 この現場が終わりましたら、このビルに来てください」


 〈板垣〉は俺に数枚の紙が入ったクリアーファイルを押し付けて、颯爽と帰っていった。


 颯爽は俺の偏ったイメージである。

 泥の水たまりでコケるイメージは現実にはならなかった。残念としか言いようがない。

 

 正社員に誘ってくれたのだが、顔とかが運命に愛されている男への反感は消せないんだ。


 「あははっ、金一封なんて聞いたこともありませんよ。 〈勝利様〉の言うとおり平等に勤務を割り振ったのが、良かったかも知れませんね」


 〈橋本〉よ、今まではどんな勤務をさせていたんだ。

 あっ、前の俺みたいに弱さを持っている人に多く押しつけていたんだろうな。


 「へへっ、金一封か。 それに出世が出来る可能性が大きくなりました。 〈じろさん〉の取り巻きが出て行ってくれたのも良かったと思います。 これも〈勝利様〉のおかげですね」


 〈橋本〉と〈森川〉はニコニコと笑いながら、たいしたことをしていない俺にお礼を言ってくれた。


 だけど俺がビル警備に就職出来ることには全く触れてこない。

 ビル警備じゃうらやましくも無いんだろうな。

 止めた方が良いとさえ思っているのかも知れない。

 〈工事警備〉に比べれば拘束時間が長い割には、給料がとても安いせいだと思う。


 だけどな。

 正社員になれそうにもない四十前の俺にとっては、まだマシな選択肢なんだよ。


 【うふふっ、違う場所に行けるのですね。 ここではもう食事が出来ないでの、良い判断だと思いますわ】


 その夜の〈まうよ〉のキスはいつもより情熱的だと感じた。かなり喜んでいるらしい。

 情熱的なキスは俺も嫌いじゃない。スキに決まっている。




 〈板垣〉が去り平和が戻ったが、複数の人がいると何かしらの問題は起こるようだ。

 狐みたいな賄いのおばさんは〈浮気症〉のスキルを持っているだけはある。

 早くも複数の警備員と体の関係を持ったらしい。


 食堂でしか接点がないたのだから直ぐにバレてしまうんだ。

 俺は知らなかったが、もう噂になっているようだ。


 おまけに〈浮気症〉のおばさんは結婚もしているって話だ。

 夫がいなければ浮気が出来ないのだから必然なんだろうが、どう考えても間違っていると思う。


 〈浮気症〉のおばさんは間違っていることをさらに加速させてきた。


 なぜか俺まで誘惑してくるんだよ。

 浮気相手が複数いるんだからなぜ満足出来なんだ。


 食堂ですれ違う時にボディタッチをしてくるようになったんだ。

 腕や背中や時にはお尻まで触ってくる。

 それがすごく自然な動きときた。サッと触れてくる熟練の技である。

 〈浮気症〈中〉〉は立派なスキルなんだな。


 「独身じゃ大変でしょう。 一人分くらい増えても変わらないから、洗濯をしてあげましょうか?」


 「えっ、大丈夫です」


 「ふふっ、溜まったら、いつでも言ってくださいね。 心のお洗濯もさせてあげますよ」


 増えても変わらないとは、浮気相手が一人増えても同じだと言うことなんだろうか。

 おばさんの意図がよく分からないな。


 しかし、四十歳を超えている女性であっても、美人じゃなくても、男として誘ってもらうとものすごく嬉しいな。

 俺は生まれてから一度も女とつきあったことがないんだ。

 それどころか全く相手にもされなかった。

 普通にしているつもりでも、キモいと叫ばれる生き物でしかなかったんだ。


 だから心と一緒に股間も沸き立ってしまう。

 〈浮気症〈中〉〉恐るべし。


 【調子に乗っていますね。 なんですか、そのニヤついた顔は承知しませんよ】


 「そうかな。 そうでもないよ」


 ニヤニヤするのはしょうがないだろう。大目にみてくれよ。


 【あんな女のどこが良いのですか。 私という番がいるのに浮気な男ですね】


 「えっ、浮気なんかしてないじゃないか」


 うーん、浮気って責められているけど、俺は〈まうよ〉とつき合っているのだろうか。

 番を明確に否定してないから、そうなんだろうか。

 なんか変な気がするけど、俺は女とつき合ったことが無いからよく分からないよ。

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