第3話『緋の香』
星の座会議が終わってなお、空気は冷えたままだった。
カミーユの館の一室。イーヴは黙々と作業机に試薬を並べ、器具に残った微量の液体や、衣の繊維片をひとつずつ精査していた。
「……この反応、やはり通常の毒ではありません」
ぽつりと、報告の第一声。
カミーユとサシャが振り返る。イーヴは慎重にガラス管を傾けながら言葉を継いだ。
「これは、幻夢薬の変異型……幻夢家で使われていた精神誘導剤と構造が一致します」
「精神誘導……ってつまり、洗脳系?」
サシャが眉をひそめる。
「厳密には、強制ではありません。ですが、ある種の従順性と、思考の“収束”を誘導する働きがある。感情を一方向に押し流すような……」
「まるで、選択したように見せかける薬……」
カミーユが静かに呟いた。
イーヴは頷いた。
「この投与パターンなら、“意思による陪花申請”という体裁をとることができます。実際には、外部からの操作に過ぎません」
サシャが、ため息とともに言った。
「毒じゃないってとこが、またいやらしいわね。正面から否定できない」
カミーユは沈黙したまま、そばの帳簿を手に取った。ぺらり、ぺらりとめくる。
「この文面、どれも不思議と似てるのよね。言葉の選び方、構文……」
ページをめくる手が止まる。
「……これ、誰が書いたの?」
イーヴが応じる。
「星の座ごとの申請書です。ですが、筆跡は明らかに複数人が“同じ様式”を意識して書いている」
カミーユは、帳簿をぱたんと閉じた。
「ちょっと。帳簿、全部うちに回して。星の座の分も。全部」
「……調べるの?」
サシャが尋ねる。
「ええ。なんか、気に入らないのよ」
カミーユは笑って見せた。だがその笑みは、氷のように冷たかった。