第9話『抱擁と罠』
アーシュラが連行された後の月の庭は、冷たい沈黙に包まれていた。
天の砦の使者たちが控えるなか、カミーユは帳簿の山を前に腰を下ろし、指先で一枚一枚を整えていく。
「……整ってるわね。だからこそ、逆に気持ち悪い」
その隣に、引き出されたもうひとつの影があった。
緋の司副官、ロナ。
「……もう、終わったのね」
老いた声でぽつりと呟いたロナに、カミーユは視線を向ける。
「貴女に訊くことはただひとつ。誰がこれを仕組んだのか」
ロナは短く笑った。
「訊かない方が幸せよ、なんて、いまさら言っても遅いのね」
そして、静かに答えた。
「ユルグよ。ユルグ=ヴァレリオン。すべて、あの人が仕組んだの」
月の庭に、ざわめきが走る。
「薬の調整も、陪花申請の文案も。星の座の思考傾向まで計算して……私たちは、ただ動かされていただけ」
サシャが、ため息をついた。
「影で糸を引いて、姿を見せない蜘蛛……最悪のタイプね」
カミーユは立ち上がった。
目は笑っていなかった。
「じゃあ、次は“操り主”の番ね」
その瞬間、庭の空気が変わった。確かな“断罪”の気配が、そこに満ちていた。