第7話『記録の底で待つもの』
カミーユの館の書庫。淡い薬香の漂う部屋の中で、イーヴは分厚い帳簿を慎重にめくっていた。
黒く焦げた縁、ところどころ焼け落ちた頁。その隙間に残されていたのは、実験記録の断片だった。
「これ……幻夢薬の前段階です。投与量の記録、反応値……調整されてますね。かなり繊細に」
イーヴの声が低く落ちる。隣で記録を整理していた白雪が、ふと手を止めた。
「対象個体、C群……藍染型。……これ、シアノです」
空気が固まる。
イーヴは頷いた。
「彼女は温室にいた頃から、既に実験対象として登録されていたんです。幻夢薬の変異型を、微量ずつ、繰り返し……」
「でも、私が配属されてから、反応が鈍くなった」
「……だから、“施設の外”に移され、カミーユ様の館に――」
その先は言わずとも、皆の頭に浮かんでいた。
「そして、再投与を狙って“陪花申請”が制度的に集中」
サシャが吐き捨てるように言う。
「でも、直接引き離すのが無理だとわかって、致死量投与。……それすら失敗」
「……最後の手段が、カミーユ様の暗殺」
白雪が呟いた。
静寂が落ちた。
イーヴは、新たに見つけたメモを広げた。
筆跡は別人のもの。だが、連番の記録に添えられた小さな署名――
“Yurg・V.”
「……これで、決まりですね」
カミーユは椅子に身を預け、ゆっくりと帳簿を閉じた。
「ユルグ=ヴァレリオン。……やっと名前が出てきたわね」
その声音は、冷たく澄んでいた。まるで記録の底で眠っていた毒が、今ようやく目を覚ましたかのように。