第5話『あなたの意志を』
光が差し込む部屋の中で、シアノはゆっくりと身を起こしていた。まだ身体は重く、意識も霞がかっていたけれど、それでも世界は、もう夢ではなかった。
そばに座るイーヴが、椅子を引き寄せる音がした。
「お加減はいかがですか」
その声は静かで、けれどどこか緊張を孕んでいた。
シアノは、頷いた。わずかに笑みを浮かべて、息を整える。
「今日は……あなたに、話さなければならないことがあります」
イーヴは視線を落としたまま言葉を選ぶようにしてから、顔を上げ、まっすぐ彼女を見つめた。
「あなたが昏睡状態にあった間に、複数の星位階から“陪花申請”が提出されました」
シアノの瞳が、静かに揺れる。
「形式上は正当な申請です。制度に則っており、文面もすべて整えられていました……ですが、その動機には、不自然な点が多すぎた」
イーヴの声が少しだけ強くなった。抑えようとしていた感情が、にじみ出ていた。
「あなたは、“選ばれる側”として制度に記録されました。けれどそれは、誰かが“選ばせるように作った構造”によるもので……」
そこで彼は一度言葉を切る。深く息を吐いた。
「……僕は、本来、こういうことを言う立場にはいません。ですが、それでも――言います」
シアノはじっと、彼を見つめていた。
「私は、最初にあなたを見たその瞬間から……どうしようもなく、貴女を求めてしまった」
「それが制度に反するものであれ、僕自身の立場を壊すものであれ、もうどうにもならなかった」
その告白は淡々としていたが、明確だった。
「ですが――この気持ちを、あなたに押し付けるつもりはありません」
「シアノ。あなたが、これからどうしたいのか。……本心を、聞かせてください」
シアノは、目を伏せた。
長い沈黙が続いた。
そして――その沈黙を破ったのは、震えを帯びた声だった。
「……私も、同じです」
イーヴの目が揺れる。
「最初は、きっと気づいていませんでした。あなたに惹かれていたことも、守られていることも……」
「でも、今はわかります。私は、イーヴ様のそばにいたい。あなたの言葉を聞いて、あなたの手を握って、あなたと生きたい」
一切の遠慮も曖昧さもなかった。
「たとえ制度に否定されようと、星の座全員を敵に回そうと、それが私の意志です」
イーヴは目を伏せ、ほんの少し震えながら――
それでも、ゆっくりと彼女の手を取り返した。
「……ありがとう」
その一言は、祈りのように静かで、確かに彼の中で何かが報われた響きを持っていた。