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「第9話」

 再び家へと足を踏み入れた。

 道具が散らばったままの机、壁にもたれかかるように吊るされた乾いた薬草の束、そして傍らにぽつんと置かれた椅子──すべてが、変わらぬ風景だった。これからも、この風景は変わらない――そう思っていたのに。後ろで静かについてきていたレイゲルが口を開いた。


「あの、師匠は脱がないんですか?」


 軽い調子の言葉だったが、その意図ははっきりしていた。家の中に入っても、私が相変わらずフードを深く被ったまま歩き回っているのが気になっていたのだろう。レイゲルは何も言わなかったが、その視線がずっとフードの端にとどまっているのが感じ取れた。


「気にするな。こっちのほうが楽だから」


 レイゲルがさりげなく聞いた言葉に、私は淡々とそう答えた。もちろん、ずっとこうしている理由はあった。だが、それをわざわざ話す必要はなかった。説明したって、きっと、ややこしくなるだけだ。それに、言い訳じみて見えるのも可笑しいし。


「なんか、もどかしく見えますけど」


 レイゲルが唇をとがらせた。私の答えが気に入らないみたいだ。まだ子どもだからなのか、それとも生来おせっかいな性格だからなのか。年齢のわりにしっかりしたところもあったが、こうしていちいち干渉してくる様子を見ると、やっぱり子どもだと思う。


「脱いだ方が楽だよ、です」

「そんなことは、知らないはずじゃないだろう」

「でも師匠はずっと着たままじゃないですか。フードも被ったままだし」


 ……しつこい。着ているのも、不便を感じているのも、私自身なのに。レイゲルはそんなことは構わない様子だった。


 顔が見えないのが気になるからか?


 ちゃんと顔を見せなかったせいでそんな言葉を言っているかもしれないと思いがふと頭をよぎった。知らないから、気になるのかもしれない。私はレイゲルに会ってからずっと、姿を隠すためにローブを着ていた。そのせいで、レイゲルの目にはせいぜい私の口元と顎の線くらいしか見えていなかったはずだ。それで十分だった。脱ぐ気はなかった。誰であろうと、私は自分の姿を軽々しく晒すつもりはなかった。


「なぜ私が脱がずにいるのか、考えたことはあるか?」

「あ……」


 私は軽く問いかけた。レイゲルは指先をそわそわと動かしながら視線を落とした。きっとその小さな頭の中で、いろいろと想像しているのだろう。たとえば、ひどい傷跡があるんじゃないかとか、顔に消せない呪いが刻まれているんじゃないかとか。そんなふうに想像しているのかもしれない。表情に全部出ていた。くだらない思い違いだが、わざわざ否定する気はなかった。そのまま放っておく方が楽だ。


「僕はただ……」


 レイゲルが口を開いた。言い訳でもするつもりみたいだった。どうせ聞いても煩わしいだけだと思い、私は淡々と口を挟んだ。


「もういい」

「悪気はなかっ……あれ?」


 言い終わる前に、何かを思い出したようにレイゲルの目が大きく見開かれた。


「最初に会ったあのとき、ローブなんて着てませんでしたよね? 傷とか、なかった気がするんですけど?」


 鋭かった。思わず、口がわずかに開いてしまった。何も答えなかった。それがかえって、レイゲルには自分の記憶が正しいという確信になったのか、さらに畳みかけてきた。


「そうでしょ?そうですよね?」

「気絶しかけていたくせに、よく見ていたものだな」


 私たちが初めて顔を合わせたのは、ほんの一瞬のことだった。そのとき、レイゲルの瞳は私を見てはいても、焦点が合っていなかった。記憶に残っていないとしても不思議じゃなかった。なのに、ここまでしっかり覚えていたとは。


 この子ってば……


 確かにレイゲルが言った通り、あのとき私はローブを着ていなかった。人気のない森の中だったから。誰かに会うとは思っていなかった。仮に誰かがいたとしても、大抵はあの男のように死体で見つかり、たとえ生きて出会っても、すぐに命を落とした。だからこそ、私は気楽に動いていた。レイゲルと出会う、その瞬間までは。


「当たり前……です」


 レイゲルは戸惑いながらも、少しだけ視線を上げた。恥ずかしそうで、気まずそうで、それでも何かを伝えたいような口ぶりだった。


「まあ、そうだな。見苦しいものだったろうから、強く印象に残ったか」


 私はフードの中に隠れている髪をいじった。確かに、私の姿は誰もが簡単に忘れられるようなものではなかった。


「そ、それではなくて……」


 レイゲルはぼそぼそとつぶやきながら口をつぐんだ。ついには急に顔を背けた。まるで自分の素顔を隠したいかのように。

 ……だが、意味はなかった。首筋や耳の先が赤く染まっているのがはっきり見えたからだ。それでも、この子が隠したいみたいなので、私は知らないふりをしてやることにした。


「とにかく、私がどう過ごすかは私が決める。だから、私への関心は絶っておけ」


 静かに、だがはっきりとそう告げた。それは一つの線だった。レイゲルがいつここを去るのか、それはわからない。もしかすると、思っていたより長くここに留まるのかもしれない。だとしても、この場所で過ごす間に、私が自分の姿を晒すつもりはなかった。

 絶対に。

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