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「第8話」

 狩人という職業がある。

 つまり、狩りにも、それなりのコツってやつがあるってことだ。そして私は、そのコツってやつを、まったく持ち合わせていなかった。


「師匠って、魔女ではないですか」

「魔女だからといって、何でもうまくいくわけじゃない」


 レイゲルは、信じられないといった顔で食い下がった。ある程度は理解した。年若くても、周囲から得た知識くらいはあったはずだ。だからこそ、今目の前にある現実と噛み合わないことに、戸惑っているのだろう。


「でも、魔法があるじゃない……ですか」

「私は魔法を使うことができない」

「魔法を使えない魔女なんて、どこにいるんですか」

「ここにいるじゃないか」


 魔法に関する知識? 当然持っている。私にはこれまで生きてきた時間がある。だから、知らないわけがない。でも、それだけだった。知っているだけで、使えない。私は生まれつき魔法が使えない体質だった。


「独り占めしたくて、人々から魔法を奪ったと聞きましたけど」

「それは違う」

「じゃあ、師匠のせいで、僕たちが魔法を使えないんじゃないんですか?」

「……さあな」


 一つ目の言葉は間違いだったが、二つ目は少し曖昧だった。私の返事がはっきりしなかったせいか、レイゲルは首をかしげた。


「その……師匠の友は魔法を使ったんですって」

「私は、彼ではない」


 レイゲルは黙り込み、目をゆっくりと巡らせた。


「本当に……捕まえられないんですか?」

「なら、捕まえられるものを捕まえられないと言うだろうか」


 わずかな希望を抱きたかったのかもしれない。でも、そんなものはなかった。


「村で買うのは……どうです?」

「できなくはないが」


 今は無理だった。


「昨日も言ったが、今はベニアサの騎士たちが村を巡っている。昨日はたまたま運がよかっただけで、次もそうとは限らない」


 肉を求めてわざわざ村へ下りて捕まってしまえば、本末転倒だ。


「誰でも構わず尋問されるそうだ。とくに、私のように見た目からして怪しい者はなおさらだ」


 魔女だと知られれば、しばらくは村へ行けなくなる。そんな事態は、できれば避けたかった。


「いっそ、しばらく肉なしで過ごすのも手だ。一ヶ月もすれば、あいつらも元の場所へ戻るだろう」

「い、一ヶ月ですか?」

「過ぎてしまえば、あっという間だ」


 肉を除けば、食べられるものは十分にあったので飢えることはなかった。でもレイゲルにとっては、そんなの耐えられないって顔だった。ぽかんと口を開けたまま、しばらく黙っていたが、やがて諦めたように口を開いた。


「……やってみます」

「剣を習っていたと言ってたな。訓練になるだろう」

「そんな目的で習ったわけじゃないけど」

「剣を振り回して死ぬよりはマシではないか」

「……」


 レイゲルがぼそっと何かを呟いた。それに、一言だけ言った。どれほど剣を学んだと言っても、あの歳じゃまだまだだった。外に出て騎士に向かって剣を振り回し、死ぬよりも、ここで動物を追いかけているほうがずっとましだった。それは本人もわかっているみたいだ。反論はなかった。


「だったら、少しは手伝ってください。僕だって初めて……なんですから」

「少しだけなら」


 こうして、狩りが始まった。


「右! 右です!」


 獲物は、ウサギだった。捕まえてやる、という気持ちだけでいっぱいになったレイゲルが、大きな声で叫んだ。その声に合わせて、私は右足を踏み出した。

 ……が、私の足よりも、ウサギの方がはるかに速かった。器用に私の隣をすり抜けて、藪の中へ消えた。さすがウサギだ。侮れない速さだ。


「あーっ……」


 レイゲルがため息をついた。慌てて走ってきたが、そこにはウサギの姿はもうなかった。


「師匠、わざとじゃない……ですよね?」

「こんなに時間を無駄にしてるのに、そんなことするわけないだろ」


 今のウサギも含めて、もう十匹は逃した。レイゲルから見れば、わざと邪魔してるように思えても仕方ない。けれど、それがまったく違っていたことこそが、ある意味で最大の問題だった。


「なんで魔女なのに、そんなに動きが鈍いんですか!」

「魔女は騎士じゃない。速くなる必要がどこにあるんだ?自分が捕まえられなかったことを人のせいにするな」

「師匠がちゃんとやってくれてたら、もう帰れてたのに……あ、お腹空いた」


 力を使い果たしたのか、レイゲルは地面が土なのも気にせず、そのまま大の字に倒れた。確かに、結構な時間が過ぎた。


「残念だが、今日はこれで帰ろう。ウサギを捕まえるのは、もうちょっと勉強してからにしよう。」


 レイゲルは長く息を吐いて、ゆっくりと身体を起こした。帰る道を教えようとしたところで、ふと思い出した。


「……そういえば、近くだな」


 私の言葉に、レイゲルは無言のまま目だけで意思を伝えた。

 ――『どこにも寄らず、さっさと帰りましょう』と。よほど疲れているようだ。だが、どこかを知ってしまったら、通り過ぎることはできないはずだった。レイゲルを守って死んだ男を火葬した場所だったので。


「行ってみるか?」




 ***




「ここは……」

「あなたを見つけた場所だ」


 レイゲルは、地面に突き刺さった剣へと向かった。周りには何もなく、剣だけがぽつんと立っているせいか、どこか寂しげに見えた。


「あとで壺を持ってきてここに埋めても、この剣と一緒に外へ出て好きな場所に埋めてもいい。好きにしろ」


 レイゲルは何も言わず、ただ剣を見つめていた。視線をそっと落とすと、両手が固く握られているのが見えた。その瞳には、揺るがぬ決意が静かに灯っていた。


「……ありがとう」

「別に」


 何か大したことをしてくれたわけではなかった。感謝の言葉を聞くためにやったわけでもない。


「でも、ドレヴァント卿を弔ってくれたじゃないですか」

「勝手に思え」


 私にとっては、ドレフトかドレヴィントか、名前すら覚えようとも思わない男だった。

 ――この子も、そうなるように願ったのに。名前だけ知ってしまったわけでもなくて、気づけば弟子にしていた。

 ……私もまだ甘かった。


「……」


 私は何事もなかったような顔で、かぶっていたローブのフードをそっと触った。

 見えなければ、見えないままだから。

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