「第7話」
不規則に道が変わる森。
レイゲルは、私がやったと思っているようだった。だが、違う。
「私は何も手を加えていない」
「では、森が勝手に……変わったってこと?……ですか?」
「そうとも言えるが、完全にそうでもない」
「なんだ……ですか、それ……」
レイゲルは、微かに眉をひそめて問い返した。
「魔法だ」
「ま、魔法? 魔法ですか?」
子どもだからだろうか。感情の移り変わりが実に豊かだった。目を見開いたり細めたり、またぱっと開いたりした。道のパターンを覚えようとして頭を抱えていたはずの目が、いつの間にかきらきらと輝き出していた。
「魔法について知っているか?」
「もちろん知ってます! まさか、魔法なんて!」
少し興奮した様子でレイゲルは周囲を走り回りながら、何の仕掛けもない普通の道をあちこち調べ始めた。明らかに浮かれていた。
無理もないけど。
かつてとは違い、今はもう魔法が失われた時代だったのだから。
「やっぱり、ただの変な森ではなかったんだね」
「この森には純粋なマナが染み込んでいる。そのマナが動くことで、変化を与えているのだ」
また道が変わった。魔法の存在を知ったからか、レイゲルは小さく感嘆の声をもらした。
「マナっていうのはよく分からないけど……つまり、森が魔法を使ってるってことだな?……ですね?」
「曖昧だな」
「曖昧?」
レイゲルの問いにすぐには答えず、私はそっと目を閉じた。自然の気配に意識を向け、マナの流れを感じ取ろうとした。だが――やはり何も感じなかった。目をゆっくりと開ける。
「この森の魔法は、誰かによってかけられたものだ」
「誰かによって?」
「とうに死んだ者だ。術者はすでに死に、残されたのは魔法だけだ」
「ものすごく、すごい人だったんですね?」
「ああ、すごかった。」
普通は術者が死ねば、魔法も自然と消える。なのに、これは違う。術者はとうに死んだというのに、魔法だけが今も残っている。おそらく、これからもずっと――
一瞬、彼の姿を頭の中に思い描いた。
「もしかして……誰なのか、知ってるんですか?」
「私の友だ」
「師匠の友……?」
レイゲルはじっと立ち尽くし、何やら思い詰めている様子だった。あの小さな頭の中で巡らせている考えはほぼ察しがついたが、特に訂正はしなかった。
「だいたい、こんな感じで道はよく変わると理解しておけばいい。私がそばにいる間に、できるだけ慣れておけ」
この森で覚えるべきは、道だけではなかった。ちょうど良い見本が目の前にあったので、私はしゃがみこんでよく似た二種類の草を一本ずつ摘んだ。
「これが何なのか分かるか?」
「ただの草にしか……あっ、もしかして薬草ですか?」
「そうだ」
右手に持っていた草を少し高く掲げた。レイゲルが言ったとおりの薬草だった。この手を下ろして、今度は左手に持った草を上げた。
「では、これは?」
「うーん……毒草?」
「正解だ」
うなずいた私は、両手に持った草をレイゲルの目線に合わせて差し出した。
「薬草の方は『ギザス』、毒草の方は『ジガス』という」
「ふたりしてそっくりなのに、名前まで似てるなんて、どういうことですか?」
「だからこそ、覚えておく必要がある。さあ、この二つを見分けられるか?」
「うーん……」
レイゲルはじっと私の手元を見つめた。茎から三枚に分かれた葉の縁はどれもギザギザしており、ふたつは驚くほどよく似ていた。そのせいで、レイゲルの口からはなかなか答えが出なかった。
「触ってもいい?……ですか?」
「こっちは問題ないが、こっちは駄目だ。これは毒草で、触れただけでも中毒になるほどの毒性がある」
「でも、師匠は触ってるんじゃないですか」
「私には効かない」
「あ……」
レイゲルはうなずいた。私が『魔女』であることは、こういう点で便利だった。余計な説明をしなくて済むから。しばらく考え込んでいたレイゲルに、私はヒントを一つだけ与えた。
「茎から葉が分かれている部分をよく見なさい」
「うーん……あっ、薬草の方には何もないけど、毒草の方には赤い点があります!」
「正解だ。それが触れずに判別できる唯一の違いだ」
小さなヒントではあったが、自分の力で答えにたどり着いたのは間違いなかった。レイゲルは誇らしげに笑みを浮かべた。
「しっかり覚えておけ。ギザスは私が薬を作るときの重要な材料だから」
いずれは薬草の採取も任せるつもりだ。そのときに間違ったものを持ってこられては困る。
「この森には、この二つのように似たような薬草と毒草がたくさんある。ジガスのように致命的な毒を持つ実もそこら中に落ちている。だから、勉強が終わるまでは、私の許可なく何も触るな」
迷路のような森。外部の者が足を踏み入れれば、抜け出すこともできず、さまよった末に命を落とす。言うまでもなかった。あちこちに危険が潜んでいるからだ。だからこそ、小さなこと一つ見落としてはいけなかった。
「今から薬草を採りながら説明していく。分からないことがあれば必ず質問しろ」
その後は薬草を集め、籠に入れながら必要なことを説明しつつ時間を過ごした。やがて、薄暗かった森の中に朝の光が差し始めた。
――ぐぅぅ。
レイゲルのお腹から音が鳴った。
「え……こ、これは……」
自分のお腹が鳴った音に、レイゲルは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ちょうど、朝食の時間だな」
私は薬草の入った籠を手に、すっと立ち上がった。
「狩りはできるか?」
「えっ?」
レイゲルはきょとんとした顔をした。言葉で答えるより、実際に見せたほうがいいかもしれない。いずれ知らなければならない場所だった。レイゲルを連れて行った先は、小動物がよく現れるエリアだった。
「食べたければ、捕まえろ」
「……はい?」
いきなりの言葉に、レイゲルはぽかんと私を見つめた。
「もう元気になったから、ポリッジはもう食べなくてもいいだろう。だが、私は肉を別に蓄えてはいない」
「だから、捕まえなきゃいけないってこと、ですか?」
「そういうことだ。野菜だけでもいいなら、捕まえなくても構わないが」
「師匠は?」
どうやら、私が捕まえてくれるのを期待しているようだった。残念だ。私はきっぱりと言った。
「私は食べないのになぜ捕まえる必要がある?」
「お腹すいてるし、さっさと捕まえて帰るほうがいいじゃないですか」
レイゲルは青い目をきらきらさせながら、切実な表情を浮かべていた。薬草を摘むときのように、簡単に終わると思っているみたいだ。
「私は捕まえない」
――正確には、捕まえられない。