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「第5話」

 ここにいさせてくれ……か。

 とんでもない話だった。返す言葉は、決まっていた。


「駄目だ」


 私は迷わずきっぱりと断った。どうやら、私が席を外している間に、あの小さな頭で必死に考えたらしい。それは褒めてやりたいところだが、望みを叶えてやるつもりはなかった。その反射的な拒絶に、男の子は後ずさりした。


「ど、どうして?」

「お前を連れておくことで、私に何の得がある?」

「そ、それは……」


 まさか問い返されるとは思っていなかったのか。男の子は口ごもった。唇を小刻みに震わせながら、青く澄んだ瞳を不安そうにキョロキョロさせた。だが、ほんの少しの間の後、男の子は堂々とした様子で言い放った。


「お、俺はベニアサ公爵家の嫡男だ!長年生きてきた魔女のあなたなら、その名がどれほど名高いか知らないはずがないだろう!」

「当然知っている。それで?」

「僕が無事に家に戻ったら、名誉にかけて必ずや手厚い礼を――」

「手厚い礼……か」


 わざと語尾を引き伸ばして、男の子の反応を伺った。自信満々に言ったはずの男の子は、喉をごくりと鳴らし、私の反応を慎重に窺っていた。


「今すぐ戻ったらそれを渡せるのか?」

「そ、そんなの当た――」

「ちょうどベニアサの騎士たちが村に来ているそうだが、私が連れて行ってやろうか?」


 その言葉に、男の子の体がぴたりと固まった。その子を見下ろしながら、私は話を続けた。


「貴族とは思えぬみすぼらしい姿で血まみれの男の死体を抱え、その場を離れなかった。まだ幼いとはいえ、私の言いたいことくらい分かるだろう。無駄な嘘はやめておくのがいい」

「……」


 冷たく言い放つと、男の子は口をぎゅっと結び、唇を噛みしめた。


「分かったなら、傷が癒えるまで大人しくしていろ。その頃には村に集まった騎士たちも引き下がるだろう」

「ま、待って!」


 このまま放っておけば面倒なことになりそうだ。そう思った私は、ひとまず会話を打ち切るべく、外へ出ようと身を翻した。扉に手をかけたそのとき、男の子が慌てた声で私を引き止めた。


「俺を助手にして!」


 助手?思わず聞き間違えたかと思った。よりによって、私の、助手?


「もう一度言ってみろ」

「俺を、あなたの助手にして」


 そう言う青い瞳には、迷いなどなかった。表情も真剣だった。どうやら本気でその考えを押し通すつもりだ。


「理由は?」


 短く問いかけると、男の子はごくりと唾を飲み込み、ひと呼吸置いてから口を開いた。


「あなたが言ってたでしょ。ここにいられるのは、傷が治るまでだって」

「その通りだ」

「つまり、俺がどれだけここにいたくても、あなたにとって無価値だからそれ以上は駄目ってことだろ」

「理解が早いな」


 歳の割には、なかなか筋の通った話しぶりだった。


「だったら、俺があなたにとって価値がある存在になればいい」

「それで『助手』ってわけか」

「そう」


 どうしても生き延びようとしているのが丸見えだった。気の毒な話だ。今、この子が縋る先が私しかいないとは。


「見ればわかるだろうが、私は薬を作っている」

「それで?」


 男の子はぽかんとして目をまばたきした。どうやら、私がなぜその話をしたのか、まだ分かっていないようだった。


「薬は作れるのか?」

「そんなの俺が知るわけないだろ」

「薬草の見分けは?」

「し、知らない」

「薬草とか薬について、最低限の知識は?」

「……」


 男の子は口を閉ざした。おおよそ予想通りの反応だ。私があの子に言ったこと。

 ――それは、貴族には不要な知識だった。お金さえあれば、薬も薬師も手に入る。だから、学ぶ必要などないのだ。学びたくても文字を知らず、薬草について書かれた本を読むことすらできない平民とは、その理由が異なっていた。


「何も知らないくせに、助手になりたいだと?」

「……」


 男の子はうつむき、肩を落とした。その姿を見ると、あまりいい気分ではなかった。必死に助けを求める子どもを突き放しているから。好きでこうしているわけでもないけど。


 はあ……


 どこに向けるかも分からぬ溜息を吐き、私は口を開いた。


「どうしても望むなら……弟子になりなさい」


 すると男の子が、ぱっと顔を上げた。丸い瞳をさらに丸くして、耳を疑うような顔をしていた。


「ただし、私が言うことは絶対に逆らうな。」

「あ……」


 目を丸くしていた男の子の瞳はさらに見開かれた。


「できるのか?」

「で……できる!うん、できる!全部言う通りにする!」


 言い終わるや否や、子どもは一生懸命にうなずいた。


「先に言っておくが、この暮らしはお前が知っている貴族の生活とはまったく違う。耐えられないなら、出て行け。私はいつお前が出て行っても引き止めたりしない」


 むしろ、早く出て行ってくれる方がありがたい。


「そして、これからは私に敬語を使え」

「え?」

「敬う心までは求めない。だが、言葉遣いだけは変えてもらう」


 一応、表向きには師弟関係ということになったから。


「そ、それは……うっ。わ、わかっ……りました……」


 慣れていないのか、たどたどしい言い回しだった。慣れていないのか、ぎこちない話し方だった。だが、そこは時が解決してくれるだろう。


「お、俺は……いえ、僕はレイゲル・ベニアサです」

「……これからレイゲルと呼ぶとしよう」


 聞くつもりもなかった名前を、自ら明かしてくるとは思わなかった。知りたくなかったのに……


 ただ『弟子』と呼ぶつもりだったけど。


 レイゲルの顔を見つめながら、今後のことを考えた。たとえ小さな子どもでも、一人増えればやる事は増えるからだ。


 服も……新しいのが必要かも。


 レイゲルの服に目をやった。上質な布地であったが、今はボロボロだった。


「あの……」


 考え込んでいた私を、レイゲルが恐る恐る呼んだ。


「あなたの名前、教えて……くだ、さい」

「ない」

「え……?」


 口を半開きにしたレイゲルが、目をまんまるにして私を見上げた。ある程度は予想した通りの反応だった。


「正しく聞いた通りだから、そんな間抜けな顔はするな」

「本当に、ない、ですか?」

「ない。あったとしても、お前には教える気はない」

「ええ……」


 レイゲルは青い瞳をくるくると動かした。


「じゃあ……何て呼びますか?」

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