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「第3話」 冷たい優しさ

翌日の朝。外で一晩を過ごした私は、男の子に食事を与えるため家へ戻った。外では脱いでいたフードを、またかぶり直した。男の子はバッジをぎゅっと握りしめたまま眠っていた。私は昨日、枕元のテーブルに置いておいた薬瓶を手に取り、軽く振ってみた。音がしなかった。空っぽのように。言った通り、全部飲んだみたいだ。私はそっと男の子の額に手を当てた。熱はかなり下がっていた。


「夜通し泣いていたのか」


男の子の目元が真っ赤に腫れていた。私は静かに男の子を見下ろしながら食事の準備に取りかかった。熱が下がったとはいえ、体に負担のかからない食べ物を食べさせるほうが良い。トントントン。サクサク。必要な材料を細かく刻み、鍋に入れてじっくり煮込んでいた。男の子が目を覚ましたのは、ちょうど料理が出来上がた頃だった。


「……んぅ……」

「目覚めたか」

「……」


横目で男の子をちらりと見ると、バッジをさらに強く握りしめて体を丸めていた。視線を鍋へ戻し、中の様子を確認した。ちょうどいい感じに煮えた。おたまで料理を器に盛り、男の子に手渡した。


「食べな」

「……うん」


返事は聞こえたが、力がなかった。男の子は私が渡したものを口に運んだが、ほとんどつつくだけだった。


「全部食べたら、お湯を沸かしておくから自分で洗え。まさか、洗い方も知らないとは言えないだろう?」


高貴な血を持った者の中には、使用人の世話を受けていたせいで、自分で体を洗えない者もいる。そこで聞いてみた。男の子は首を横に振った。どうやらそのタイプではないようだった。


「薬は塗っておいたが、傷がすぐに治るわけではない。これは参考にしておけ。洗い終わったら、もう一度薬を塗ってやる」


男の子は返事の代わりに、こくんと頷いた。男の子が食べている間、私は少年の体を洗わせるのにちょうどいい桶がないか探してみた。私は温度に敏感ではないので、滝のある渓谷で体を洗うんだが、あの子には無理なはずだから。


「使わない物を探すのも一苦労だね」


しばらく探して、ようやく見つけた。ドアよりも大きくて中に運び込むこともできず、家の外れに投げ出すように放置していた桶だった。


「このままじゃ使えんな」


中には細々とした物が散乱し、埃だらけだった。予想以上に面倒な作業になったが、久々の掃除だとしてすべて片付けた。


「こんなことまでやるとは」


長生きするもんだな。風呂の湯の準備が整ったころ、ちょうど男の子の器も空になっていた。


「全部食べたか」


私はタオルと石鹸を持って男の子を外へ連れて行った。


「熱い湯と冷たい水はそれぞれここにある。自分で温度を調整しろ。熱湯には気をつけるように」

「お、俺にここで体を洗えって?」

「見た通り、家の中には風呂なんてはいない」


はっきり言い切ると、子どもは肩をすくめた。


「で、でも、外だし……」

「ここには誰も来ない。来られる者もおらん。もし私が気になるなら、カーテンでもかけておいてやる」

「本当に……ここしかないのか?」

「なら、そのまま埃まみれでいるとでも?」


強めに言い放つと、男の子は唇を固く結んだ。しばらくして、男の子は「わかった」と小さく答え、この場で体を洗うことを受け入れた。男の子が体を洗っている間、私は家に戻り、薬を作り始めた。一方は町で売るための薬、もう一方は男の子に塗るための薬だった。


「ぎりぎり合わせたな」


全部で三十本。象牙色の小瓶は、私が時々町へ下りて売っている薬だ。姿を隠して行くので、私が誰なのかは誰も知らない。ただ「腕のいい薬師がいる」という程度の認識だ。おかげで、月に一度は町へ様子を見に行く。ギィィイ。扉が開く音に顔を上げると、いつの間にか体を洗い終えた男の子がタオルを手に持って立っていた。


「ようやく人間らしくなったな」


真っ黒だった顔が、水で一度洗い流されると、見違えるほどきれいになった。

あのボロボロの格好をしていたときでも、普通の子供ではなさそうだとは思っていたが──こうして見ると、将来が楽しみになりそうな顔立ちだった。陽光を含んだように輝く金色の髪と、澄んだ空のような鮮やかな青い瞳。私の持っている色とは鮮やかに違っていた。じっと見つめていると、男の子の髪の先からぽたぽたと雫が落ちるのが目に入った。


「このままじゃ水浸しだな。こちに来い」


男の子は手にしたタオルをいじりながら、おずおずと近づいてきた。私は顎でスツールを指し示し、男の子をそこに座らせた。


「髪が長くないから、すぐ乾くだろう」


私は乾いたタオルで男の子の髪にある水分をふき取り、いつもの癖で手に香油を取った。塗ってやる必要はなかったのに。気づいたときにはもう遅かった。


「それは?」

「香油だ」


このまま手に付いた香油を流すのはもったいないので、男の子の髪に塗ってやった。


「香りが……」

「私が作ったものだ。当然お前が使っていた高級品とは違う。気に入らなくても我慢しろ」


小さなことにも反応を見せるのが、やはり良家の出身らしい。男の子は、私の言葉が気に入らなかったのか視線を落とし、何かを呟いたが、よく聞こえなかった。私は男の子の髪まで梳いてやり、約束通り傷に薬を塗ってくれた。


「私が面倒を見てくれるのは、お前のその傷が治るまでだ」

「その後は?」

「その後のことなど、私が知るものか」

「……」


男の子は何も言わずにじっとしていた。私は作っておいた薬瓶三十本を籠に入れた。


「用があって外に出てくる。中には下手に触ると危ないものもあるから、勝手に触らないほうがいい」


幼いからといって、甘やかすつもりはなかった。そもそも、今こうして面倒を見てやっていること自体が私にとっては特例扱いだった。ギィィ。パタン。家を出て、町へと向かった。




***




カラン。

「おお、薬師さん!いつ来るかと待ってましたよ」

店の扉を開けると、店主が明るく挨拶した。

「相変わらず売れているのか」

「いやあ、もう本当に。薬師さんの薬が入ったって噂が立つと、一週間もしないうちに全部売れちゃうんです。それだけ良いってことですね」

「あなたの口のうまさも、相変わらずね。」

彼が数えやすいように、持ってきた薬瓶を三本ずつきちんと並べて机の上に置いた。

「冗談じゃないですよ。ここは田舎だからこの程度ですが、大都市なら一日ももたずに売り切れますって」

店主は淡い光を放つ瓶を見ただけで嬉しそうに顔をほころばせ、鼻歌を口ずさみながら瓶の数を確認した。

「今回も完璧ですね。しっかり用意しておきましたよ」

そう言って、彼は布の巾着袋を差し出した。かなり重い。開けてみると、中には銀貨がぎっしり詰まっていた。

「町は、相変わらずなのか?」

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


初めての小説なので緊張していますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いします!


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