「第1話」霧の中の出会い
静かな空気が好きだ。平穏な日常の証なんだから。静寂に包まれた夜明け。静かに眠っている森に土を覆う苔の上に白く霧が立ち込める。陽の光はまだ届かず、かすかな光の輪がぼんやりと周辺を包んでいる。まるで時間が止まったかのように。人の手が触れていない秘密の境界線のような森。ここは、私が暮らす住みかだ。一日の過ごし方は単純だ。いつものように夜明けに目を覚まし、家を出て薬草を摘む。濃い霧が視界を遮ることもあるが、それくらいは何でもない。元々霧がよく立ち込める場所だったからだ。できるだけ静かに暮らしたい者にとって、ここほど最適な場所はない。
…血の匂い?
慣れ親したくない生臭さが鼻先をかすめた。空気を渡る風に、見慣れない香りが混じっている。まるで遠い記憶の傷が蘇るかのように、どこからか漂う残り香が霧に溶け込み、森にほのかに漂っていた。腰をかがめて薬草を摘んでいた手を止め、体を起こした。
かなり濃いな。
いつも霧が立ち込めて道に迷いやすい森だ。さらに区域によっては魔物や猛獣が生息していることもある。しかし、少なくともこの辺りは危険ではない所だ。
行って見ようかな。
良い兆しではない。だから確かめる必要があった。ざくざく。血の匂いに導かれる方向へ歩いた。進むにつれて匂いはますます濃くなる。見知らぬ影を見つけて、立ち止まった。成人男性と男の子がいた。男性はうつ伏せに地面に倒れており、男の子はその背に両手を置き動かなかった。
「あ」
倒れている男から目を離せない男の子が気配に気づき顔を上げた。目が合った男の子は唇の間から短い声を漏らした。男の子の瞳は鮮明ではなく、ぼんやりしていた。私はそのまま視線を倒れている男に移した。
この者か。
男の背中は濃い赤黒く染まっていた。彼らがどこから来たのかは尋ねなくても分かった。鮮やかな色の線が視界の届かないところから男の足元まで伸びていたからだ。かなりの出血量だ。
「た、助けて……」
男の子は言葉を終えられず、意識を失って倒れた。限界まで耐えて、私を見てほっとした様子だった。
私が誰だと思って。
私の視線が冷たく沈む。それながら足は冷静に引き返せなかった。
まったく、わたしも……
生まれつきの性格のせいだろうか。見捨てられなかった。
はぁ。
おのずとため息が出た。私は倒れている男に近づいた。
もう死んでたね。かなり前に死んでいたらしい。生きている温もりの代わりに冷たい冷気だけが感じられた。念のため脈を確認したが、何も感じられなかった。
ふむ。
一人は死に、もう一人は意識を失っている。まず私は死んだ男を詳しく見た。血痕と土埃が絡み合い、服の元の色さえも見当がつかなかった。しかし、指先で触れた布は彼らの身なりにしてはかなり柔らかで繊細だった。何より腰にある長剣。何も知らない者が見ればあちこちにある普通の剣に見えるが、ありふれた鍛冶屋の作った物ではないとわかる。
しかもこの子。
私は倒れている男の子に目を向けた。ここに来るまでかなり苦労したのか、死んだ男に劣らず服は土埃にまみれている。それだけではない。数日間洗っていなかったのか、かなりみすぼらしかった。だが注目すべきはそこではない。
普通ではない。
布の素材が死んだ男の服とは比較にならないほど特別であることを。しかも埃だらけにもかかわらず、金色の髪が輝きを放ち存在感を示していた。
「面倒なことに巻き込まれるのはごめんだが」
小さく呟いた。しかしすでに遅かったことを知った。堂々とここに、私の目の前にいるじゃないか。
「まぁ……これも縁というなら縁なんだろう」
人間の縁というものに、まだ未練が残っているかもしれない。男の子はおよそ六、七歳くらいに見えた。持ってきた籠を地面に置き、倒れている少年を抱き上げた。
「——かなり、重いな」
ずっしりとした重みが腕を伝わった。
筋肉痛になることもないから、マシなのかな。
ともかく生きている者が優先だ。
***
家に戻った。最初にしたことは、少年をベッドに寝かせたことだった。死んだ男は任務を忠実に果たしたらしい。男の子には大きな怪我はなかった。せいぜい小さな擦り傷程度だ。乾いた血痕が手のひらや服の裾にびっしりと付いてはいたが、それは男の子のものではなかった。
目を覚ますにはしばらくかかるだろう。
カタカタ。私は棚に近づき手を伸ばした。長い間使っていなかった壺が手に取れた。カタリ。蓋を開けると、ほのかな草の香りが漂った。かつて薬草を保存する用途で使っていたから当然だった。
空いているものの中では、これが一番大きいから。
壺を持って再び外へ出た。足が向かったのは彼らを最初に見つけた場所だった。男は依然としてそこにいた。死んでいるとはいえ、そのままにしておけなかった。
こんなことには慣れていないけど。
私は手を伸ばして男の懐を探った。左胸にあるバッジと腰の剣だけだった。精巧に細工された高級な模様のバッジ。おそらく男が所属していたものを示す物だろう。
「悪いがお前を埋めてやれない」
ボッ。理解してほしい気持ちを込めて男の体に火をつけた。真っ黒な煙が地面を這うように広がり、やがて空へと昇っていった。パチッ。パチパチ。どれほどの時間が経ったのだろうか。いつの間にか男を飲み込んでいた炎は静まった。残った痕跡を粉にして持ってきた壺に入れた。
「……」
男の腰にあった剣を持ち上げてみたが、片手ではとても無理だった。両手で必死に持ち上げ、彼が最後にいた場所に鞘ごと刺した。後に男の子がここを訪れたとき、印として役立つだろう。この出会いが、森の静寂を破る始まりになるとは――その時の私は、まだ知る由もなかった。