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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
8/20

第8話 第二艦隊の要求

「我が艦隊、そして艦隊乗組員は貴国に身を寄せ、国土防衛に協力したいと存じます」

「ほ、本当ですか!?」

「はい」

「ヴァナヘイムと戦って下さると?」

「帝国軍人の名誉にかけて」

「お…おお…。ありがとう、ありがとう。賢明なご判断をいただき、感謝いたす…」


 力強く頷いた伊藤長官に、国王は椅子から立ち上がって近づくと、その両手を握り締めて礼を言った。感極まったのか少し声が震えている。


「改めて申し上げますが、我が艦隊が貴国の庇護下に入るには解決しなければならない課題が山積です。早速ですが、色々と話し合わなくてはいけません」

「良いだろう。そのために余自ら来たのだし、準備もしてきた」


 伊藤長官に代わって山本先任参謀が立ち上がった。


「小官は第二艦隊先任参謀の山本です。我が艦隊に必要な物資をリスト化していますので、ご説明します。まず、早急に必要なものは食料品と水です。我々は日本での出撃に当たり、最低限の量しか搭載しておりません。今後、艦隊を長期間動かすには食料品と水が不足していますので、ぜひ補給をお願いしたい。また、医薬品や嗜好品についても同様です」


「我が国は世界有数の食料生産国だ。必要な物を必要なだけ提供しよう。ちなみに貴艦隊の人数は総勢何名いるのだろうか」

「大和乗組員が約3千3百名、天城と葛城で約3千名、第二水雷戦隊各艦合計で約1千名、第二艦隊全体では約7千3百名程になります」


「かなりの量だが、農務省の閣僚を連れてきている。どのようなものが必要か彼と相談して欲しい。アルゲンティ、運搬は海軍が責任を持って行うようにな」

「ハッ! 責任を持って取り掛かります」


「その他、木材や金属板、火薬の原料等も必要なのですが、こればかりは現物を実際に見せて頂かない事には…。トリアイナで生産される木材及び鉱物資源、金属加工品を見せて頂くことは可能ですか」

「可能です。トゥーレ島には我が国の非鉄及び金属鉱山が集中しており、精錬所もあります。そちらにご案内しましょう」


 産業省から来たと名乗った閣僚の一人が答えた。トゥーレ島と聞いて、森下参謀長が併せて石油について聞いた。


「それと、トゥーレ島では石油が採れ、精製の研究をされているとか。実は、我が国の艦艇は石油を精製してできる重油を燃料としております。現在、各艦のタンクにある量では作戦行動に心許ない。できれば、貴国で産出される石油が利用できないか確認させていただけないでしょうか」


「ほう、オレウムにそのような使い道が…。よろしいでしょう。オレウムは我が国では使い道の無い資源です。幾らでも使っていただきたい」


 フェリクス国王が承諾した事を受け、打ち合わせした結果、大和と矢矧に搭載されている零式水偵に大和の機関員を乗せてトゥーレ島に飛び、現物を見させて貰うことになった。

 なお、案内役も必要という事で、産業省から1名を搭乗させることも決まり、早速有賀艦長から矢矧に連絡するとともに、大和飛行長に零式水偵の準備と機関長に派遣する機関科員を人選するよう命令が下された。


 その後、補給物資に関して国王に随行してきた閣僚と改めて意見交換を行い、物資リスト(日本語で書かれたものを読み上げ、王国側でトリアイナ語に書き直したもの)を手渡して会談は終了した。第二艦隊が味方に付くということで、安堵と共に希望を取り戻したフェリクス国王は満足した顔で席を立ったが、伊藤長官は国王を呼び止めた。


「国王様、少しお待ちください」

「何か?」


「実は参謀長や艦長とも話し合ったのですが、今後は貴国と色々な調整が出てくると思います。そこで、調整役となる連絡員を貴国に派遣したいと考えております」

「ふむ…。確かにその通りですな。よいでしょう」

「ありがとうございます。既に人選は済んでおります。一人はここにいる山本先任参謀です。後は…」


 伊藤長官の目配せで、山本大佐が作戦室から顔を出して声を掛けると、二人の兵が入ってきた。


「主計科中尉、伊達政輝であります!」

「通信科少尉、佐々木成実であります!」


 二人とも自己紹介を終えると、脇に抱えていた軍帽を被って「気をつけ」の姿勢を取った。国王は改めて二人を見る。伊達と名乗った男は、身長が高く紺色長ジャケットの制服の上からでもわかる均整の取れた体をしている。整った精悍な顔は深い知性を感じさせる。その隣の佐々木と名乗った男は、伊達中尉よりは若く、活発な印象を与える顔をしている。


 伊達中尉と佐々木少尉の前に能村副長が進み出て、二人を紹介した。


「伊達中尉はこの艦の補給部門に所属する士官で非常に優秀な男です。第二艦隊の補給全般に関し、貴国との調整を担ってもらいます。また、彼は宇宙物理学の専門家でもあります。彼の知識はこの世界でも役に立つでしょう」

「佐々木少尉は通信の専門家です。貴国と大和を結ぶ連絡員として派遣します。連絡には零式水偵用の予備通信機を使いますので、即時に我々と話が通じます。また、佐々木はユーモアのあるとっつきやすい男です。何かあれば気軽に相談してください」


「こちらこそ、よろしくお願いしたい。連絡員の方々には王宮に専用の執務室を用意しましょう。我が国としては可能な限りの便宜を図りたいと思います」


「よろしくお願いします。我々にとって、ここは未知の世界。敵となるヴァナヘイムについても詳しく教えていただきたい。山本大佐、責任は重大だ。よろしく頼むぞ」

「ハッ!」


「他に何かありますか?」


 フェリクス国王が伊藤長官に向かって、他に要望はないかと聞いた。長官は一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、直ぐに表情を戻すと、思いがけない要望を話した。


「トリアイナ市に歓楽街的な場所はありますか? 酒を飲んだり食事をしたりできる場所と言いますか…」

「ヴェネト通りという、我が国で一番大きな歓楽街がありますが、それが何か?」


「実は兵に休養を取らせるため、半舷上陸させて気分転換させたいのです。艦に乗りっぱなしでは心労が積み重なって勤務が疎かになってしまう。そうなると艦隊運用にも支障が出ます。そのために心労を発散させる機会を設けたいのです。どうでしょう、可能でしょうか。上陸した兵は半日程度で交代させますが…」


「左様な事ですか。勿論大丈夫です。なんなら、貴艦隊の乗組員の支払いは全て王国が負担いたしますし、海軍基地内の施設を一時的な宿泊場所として提供しても良い」

「そこまでしていただく訳には…」


「いや、そこまでする価値が貴艦隊にあるという事です。アルゲンティ、差配を頼むぞ」

「は、承りました」


「感謝します。山本大佐、貴官はヴェネト通りを視察し、一度に上陸できる人数を確認して報告してくれ。それを受けて上陸順の割振りをする。それと参謀長、上陸する兵に住民達に危害を加えたり、迷惑行為を行わないよう厳命してくれ。もし、そのような事を起こせば当事者だけでなく、指導不足として上官も厳罰に処すともな」


「了解しました。第二艦隊と長官の名誉を傷つけるような真似はさせません」

「頼んだよ」


 会談が終わり、魔導砲艦プロテウスで帰路に就いた国王一行と同行させた山本大佐らを見送りながら、伊藤長官はヴァナヘイム帝国との戦いに向けて思案を巡らすのであった。


(テーチス海のほぼ中央に、ヴァナヘイム領のフリッツ諸島があり、帝国海軍の基地となっているという。恐らくそこがトリアイナ攻略の前進基地になるはずだ。敵艦隊の動きを察知するには諜報員を送り込めれば良いのだが、我が艦隊には手段が無い。潜水艦の1隻でもあればよかったのだが…)


「長官…?」

「森下君か」

「何をお考えですか」

「うむ。敵艦隊の動きを察知するにはどうしたら良いかと考えていた」

「そうですね…。天城、葛城に搭載されている彩雲で密な索敵をするしかありませんね」


「しかし、天城と葛城は大和程ではないが大食らいだ。航空用ガソリンも余裕がある訳ではない。一度飛ばせばお終いの量しかない」

「その通りではありますが、トゥーレ島にある石油精製施設、それに期待しましょう」

「そうだな…」


 伊藤長官が呟いた時、大和の後甲板にあるカタパルトから零式水偵が軽快なエンジン音を響かせながら飛び出していった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 トリアイナ王宮内フェリクス国王の執務室では、アーサー王子、ジェフリー王子、ベアトリーチェ王女の他、宰相オービル、国務大臣イーリアス、軍務大臣イングヴェイが気を揉みながら国王の帰りを待っていた。


「…遅いな」

「何かあったのでしょうか。まさか、交渉が決裂したとか」

「いや、大丈夫でしょう。イトウ提督は真摯に我々の話を聞いてくれました。きっと、良い回答を出して下さると思います」


 ベアトリーチェは伊藤提督の顔を思い出した。深い洞察力と見識を滲ませる優しい瞳…。きっと上手くいくはずだと心に語り掛けた。全員、無言で待ち続けていると、慌てた様子でディアナ王女が執務室に走り込んできた。


「帰ってきたよ! お父様達が帰ってきた!」

「何、本当か!」


 アーサーが立ち上がり、ディアナと一緒に執務室を出た。ジェフリーとベアトリーチェ、各大臣達もその後に続く。階段を走って降り、驚く職員やメイド達を押しのけて廊下を駆け抜け、1階正面玄関前のロビーで足を止めた。ロビーではフェリクス三世とアルゲンティ大将、随行した官僚がにこやかに話をしていた。


「はあ、はあ、はあ…。お、お父様…」

「父上、お帰りなさいませ!」


「おお、お前たち。出迎えご苦労」

「父上。首尾は、首尾はいかがだったのですか!?」

「うむ。会談は成功だ。彼らは我が国に身を寄せてくださることになった。昨日のお前達による説得の成果だな。イトウ提督等はヴァナヘイムにあまり良い印象をお持ちではなかった。直ぐに返答をいただけたよ」


 フェリクス国王はアーサー王子とベアトリーチェの肩に手を置いて笑顔を見せた。ベアトリーチェも心から安堵して涙を浮かべる。


「それと、連絡員として彼らが派遣された」


 フェリクス国王が入口の方に向かって手を伸ばした。ベアトリーチェ達がそちらを見ると、紺色長ジャケットとズボン、軍帽をかぶった3名の男性がサッと見事な敬礼をして並んで立っていた。3名はそれぞれ自己紹介をした。


「第二艦隊先任参謀山本大佐です。我が艦隊と王国との連絡調整役として派遣されました」

「同じく、大和主計科員伊達中尉です。主に補給関係の調整を行います」

「大和通信科佐々木少尉です。山本先任参謀の補助及び大和との通信を任せられました」


「…!(ダ、ダテ様!? まさか、ここでお会いできるなんて…)」


 驚いた顔で見つめているベアトリーチェの視線に気づいたのか、伊達中尉はスッと目礼を返してきた。思わずドキッとしてしまって床を向く。その態度を不思議に思ったディアナが訝し気に聞いてきた。


「お姉様、どうかなされたんですか?」

「えっ! い、いえ…何でもないわ。少し考え事をしてただけ」

「そうですか。お姉様はここ暫く働き詰めでしたから、お疲れになっているのかも知れませんね。でも、ヤマトの皆さんが手を貸してくれるのです。お姉様の心労も少しは休まると良いですね。ディアナも頑張っちゃいますから、頼りにしてください!」

「ディアナ…。ふふっ、頼りにさせてもらうわね」


(さあ、これからが正念場よ。頑張らないと…)


 打ち合わせのため、王宮最上階の国王執務室に向かう。ヴァナヘイム帝国の侵攻は近い。恐らく圧倒的大艦隊をもってトリアイナに侵攻してくるだろう。しかし、こちらにも力強い味方ができた。前を歩く山本大佐等連絡員の背中をみながら、ベアトリーチェはトリアイナ王国の未来のため、彼らと力を合わせ、どんな苦難も乗り越えて見せると気合を入れたのだった。

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