表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
7/19

第7話 第二艦隊の決断

「とんでもない事になりましたな」


 トリアイナ王国の使節が帰った後、原矢矧艦長が「やれやれ」といった感じで机に広げられているこの世界の地図を眺めながら言った。有賀大和艦長は先程の使節の様子から、彼らは真実を語っていると考えていた。


「彼らが我々を騙そうとしているとは思えません。彼らの振舞い、言動は真実であると思われます。本当に別の世界に来たとしか言いようがありません」

「その点については同意しますが、腑に落ちない点もあります」


 有賀艦長の言葉に続いて、第四十一駆逐隊司令の吉田大佐が手を上げて発言した。古村司令官が聞き返す。


「腑に落ちない点とは?」

「言葉です。我々は終始日本語で話していました。ここは日本でも地球の国でもないのであれば、問題なく意思疎通ができた理由がわかりません」

「確かに…。彼らに乗艦許可を出した際、日本語を話せるのかと聞いたら、彼らはトリアイナ語を話してると言っていました」


 有賀艦長もその点は不思議だと発言する。伊藤長官は部屋の隅に椅子を置いて座っていた伊達中尉に声を掛けた。


「ふむ…。その点についてどう考える、伊達中尉」


 アドバイザーとして部屋の隅に控えていた伊達は暫く考え込むが…。


「それについては何とも分かりません。物理学を研究した者がこんな発言をすること自体おかしいと思われますでしょうが、異なる空間に存在した者同士が偶然に邂逅した結果、我々には知り得ない超自然的な何かが私達の精神に影響を及ぼし、お互いの言語が母国語に変換されて聞こえる…としか言いようがありません」

「すると何かね。超自然的な何か…、つまり神様がこの世界でも不自由なく生きられるようにしてくれたとでも言いたいのかね」

「はあ、この世界に神様がいればですが」

「何を言ってるんだ、君は。バカバカしい」


 駆逐艦長達が非難の声を上げるが、当の伊達は困ったような顔をするだけだった。しかし、分からないものは分からない。伊藤長官は答えられない伊達に助け舟を出した。


「まあまあ。伊達中尉を責めてもしかたあるまい。これに関しては、問題なくお互いの意思相通ができる。それでいいではないか。それよりも、今後我々はどうすべきかだ。中尉は下がって良い」

「ハッ! 伊達中尉下がります!」


 伊達中尉が作戦室から退室した後、伊藤長官は改めて艦隊幹部の全員を見回した。


「意見がある者は遠慮なく発言して欲しい。我々の命運がかかっているのだ。忌憚のない意見を出してもらいたい」

「では、私からよろしいですか」


 森下参謀長が発言を求めた。


「これまでの経過を総合的に判断すると、我々は昭和20年4月7日の時点から時空間を飛び越え、異なる世界…いや、地球とは別な星に辿り着いたと考えてよいでしょう。これは間違いのない事実であります。つまり…」


「我々は艦隊ごと迷子になった」

「そうです。そして迷子には帰る家が必要だということです」


「参謀長の話した通り、我々には身を寄せる拠点が必要だ。現状、我々に手を差し伸べてくれているのはトリアイナ王国という国だ。ただし、人道的な面もあろうが、彼らには彼らの思惑のためでもある」

「帝国主義の強大な敵から王国を守るため、力なき自分らに成り代わり、我らに戦ってもらいたい…という事ですな」

「そうだ」


「よろしいですか?」


 先任参謀の山本祐二大佐が手を上げた。伊藤長官が発言の許可を与えると、山本先任参謀は立ち上がって全員を見回した後に、思い切ったことを発言した。


「我々の選択肢はトリアイナ王国だけではないと考えます」

「どういうことだ。まさか…」

「はい、ヴァナヘイム帝国に我々を受け入れてもらう…という選択肢も排除すべきではないと考えます」


 山本先任参謀の発言で、作戦室内が大きく騒めいた。


「王国の方々の話では間もなくトリアイナ王国とヴァナヘイム帝国は戦争に突入します。恐らく勝負にならず、戦端が開かれれば、王国はそう時間もかからずに敗北するでしょう。その時、我らの処遇はどうなるでしょうか。敵対国家に与する者として処断され、艦隊は接収されるかも知れません」

「君は艦隊保全の観点から、ヴァナヘイム帝国側に付いた方が良いと言うのか」

「そのような選択肢もある…ということです」


 山本先任参謀の話を聞いていた第二十一駆逐隊の小滝司令が手を上げて発言した。


「先任参謀の意見は最もです。しかし、トリアイナの方々の話を聞くに、我々が帝国とやらに降った場合の今後を考えたらどうでしょうか。私が考えるに、彼らの覇権のため、我々を…、第二艦隊を使い潰すのは目に見えている。それに…」

「私にはどうにもヴァナヘイムとアメリカが重なって見えて仕方がない。個人の感想ですがね、いけ好かなく感じるんですよ」


 続いて第十七駆逐隊新谷司令が発言する。


「小官も小滝大佐に同意します。あのベアトリーチェ王女でしたか。我々に縋る思いと彼女の涙は本物です。信用に足ると信じます。小官はこの国と日本が重なって見えて仕方がない。日本は太平洋の拠点を失い、硫黄島まで占領され、沖縄に上陸を許そうとしている。その先にあるのは本土決戦です。本土の主要都市は空襲で焼き尽くされ、帝国陸海軍は弱体化している。帝国軍人として、こんな発言をしてはならないが、日本の敗北は必至です。そして、我が日本の姿はこの国の近い未来です」


 作戦室内は大きなため息に包まれた。しかし、新谷司令の発言に反論の声は上がらない。誰もが日本が待つ未来は嫌という程理解している。陸海空から大挙して責めてくるアメリカ軍に対する抵抗もじり貧状態。命を賭した特攻攻撃でも、決死の防空戦闘でも、必死の対潜戦闘でも侵攻を抑えることは出来ず、戦力と人材が削られているだけだ。そして、第二艦隊も一億玉砕の先駆けとして、敗れても尚日本人としての誇りを持ち続けるため、勝算無き戦いに出撃した。


(一億玉砕の先駆けたらん…か。聞こえはいいが、要は死地を与えるから死んで来いという事だ。しかし、我々は生きている。別な世界で生を得たのだ。折角生を得た兵達をまた、死地に送っても良いのか…)


 伊藤長官が難しい顔をして悩んでいる間、麾下の駆逐隊司令や駆逐艦長達と話していた古村水雷戦隊司令がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、挙手した。


「長官、意見具申よろしいでしょうか」

「いいとも。話してくれたまえ」


「戦いましょう、長官。我々はそのために、ここに来たとは考えられないでしょうか。沖縄に行ってもアメリカ軍の航空攻撃で標的同然に沈められるだけだった我が艦隊です。だが我々はここにいる。亡国の危機に瀕したトリアイナ王国を、我が艦隊が戦って救える可能性があるのであれば、そこに意味はあるはずです。長官、我が艦隊は戦うべしです!」


「それは、第二水雷戦隊の総意と考えて良いのだね」


 古村司令を始め、第二水雷戦隊の面々が力強く頷いた。伊藤長官は森下参謀長の意見を求めた。


「参謀長はどう思う」


「そうですね。トリアイナの方々には我らを謀ろうという魂胆は無いように思えます。ただ純粋に救いを求めている。彼らを救えるのは我々だけでしょう。それに…」

「救いを求めて来た手を振り払うというのは、我々日本人の精神性に反するし、余りにも不義理です。どうせ我々は沖永良部沖で死ぬ身だったのです。このままここで朽ち果てるより、魔導戦艦とやらを相手にひとつ大暴れしてやろうではありませんか」


「山本先任参謀、多くはトリアイナ王国に付いた方が良いとの事だが」


「小官は艦隊の運命を決めるに当たり、選択肢を提示したに過ぎません。艦隊がトリアイナ王国に付くというのなら、全力で生き残るための策を考えるだけです」


 山本先任参謀の回答に満足して頷いた伊藤長官は、今度は有賀艦長に顔を向けた。


「有賀艦長達の意見は?」

「我々は長官の御判断に従います」


 有賀大和艦長や宮崎天城艦長、川畑葛城艦長は静かに答えた。伊藤長官は暫し瞑目すると、はっきりとした声で話をした。


「皆の気持ちは良くわかった。確かに折角生を得た兵達をまた死地に送っても良いのかとの思いはある。しかし、日本に戻れない今、この世界における我々の存在意義はなんだろうかとずっと考えていた」


 全員が伊藤長官の言葉を待っている。


「私はトリアイナ王国に助力する事を決めた。この国の特使として王族自ら出て来るとは普通あり得ない事だ。それだけ困窮し、藁にも縋りたい思いで来たのだろう。彼らは誠実であり、信用に足ると考える。よって、迫りくる危機に第二艦隊を持って立ち向かう。軍隊の本質はなんだ。国民の生活を、生存権を守るために戦うのが軍であり我々軍人だ。それこそが、この世界に来た我々の存在意義そのものであると確信する」


「皆の力を、この第二艦隊の力を貸してもらいたい。そして、我々の第二の故郷になるかも知れないこの国を守ろうではないか」


 伊藤長官の決意を聞いた全員はパチパチと大きな拍手を送ると全員立ち上がり、伊藤長官に向かって敬礼した。伊藤長官もまたサッと敬礼を返す。


(しかし、まだまだ難問課題は山積だ。なにより補給がない。敵の戦力は未知であるし、どのように作戦行動をとるかという問題もある。だが、我々に引くという選択肢はない。帝国軍人として恥ずべき戦いをしないよう、全力を尽くすのみだ)


(それに、ベアトリーチェ王女とディアナ王女と言ったか。彼女達の必死に訴える姿を見ていたら、日本に残してきた娘と重なってしまった。彼女らを不幸にしたくないものだ…)


 戦隊司令や各艦の艦長、幹部達が出て行った作戦室で一人残った伊藤長官は、静かに物思いに耽っていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、再び大和に乗船したトリアイナ王国の使節を前にして、対応に出た伊藤長官、森下参謀長、山本先任参謀は驚いた。案内してきた有賀艦長と能村副長も困惑した表情を浮かべている。それもそのはず、彼の人物がトリアイナ王国国王、フェリクス三世と名乗ったからだった。国王と共にアルゲンティ海軍大将のほか、国の主要閣僚数名が帯同している。日本で言えば天皇陛下がわざわざ話し合いに来たようなものだ。


「えー、私がこの日本帝国海軍第二艦隊を率いる、伊藤整一中将です」

「お初にお目にかかる。余はトリアイナ王国第十五代国王フェリクス三世。この艦は大和と申されるか。美しく力強さに溢れた素晴らしい艦でありますな」

「お褒めいただき、感謝いたします。ただ、国王自ら大和に足を運んでいただくとは想定外でしたので驚いています。何故このような事を?」


 伊藤長官は国王を始め、使節の全員に椅子を進めながら、疑問に思った事を口にした。着座したフェリクス三世は単刀直入に話を切り出した。


「娘のディアナが大和は凄い、凄いとはしゃぐものだから、直接見てみたいと思いましてな。それと、我々の支援を受け入れていただけるかどうか、ご返答を直接伺おうと参った次第。王国は貴殿らを対等な立場で受け入れたいと考えてる。生活を続けるに必要な全ての物を用意し、王国国民と同等の立場と権利を与えたい。いかがだろうか」


「無条件…という訳ではないと伺っております」


「そうだ…。今、この国はヴァナヘイム帝国の脅威に晒されている。彼らは我が国を力で併合し、この地を足掛かりにパルティカ大陸の国々に侵攻しようとしているのだ。しかし、抵抗しようにも軍事力に差がありすぎて勝負にならない。ただ、国土や国民が蹂躙されるのを見るしかできないのだ…」


「だが、絶望の底にいた我々の前にあなた方が現れた。聞けば大和を始めとする艦隊の戦力は帝国艦隊にも比肩しうるとか。我々の生存のため、歴史ある国土を守るため、何より国民を戦火に巻き込まないために力を貸していただきたい。この通りだ!」

「こ、国王様!!」

「お止めください。国王が頭を下げるなど、あってはなりません!」


 フェリクス国王は急に立ち上がると、机に手を着いて頭を下げた。突然の行動に随行してきた閣僚たちが慌てふためき、国王の行動を止めようとするが、国王は逆に彼らをしかりつけた。


「黙れ!余はこの国を、国民を救うためなら何でもする。頭を下げる位、何でもないわ!」

「こ、国王様…」

「そうですな。我々は彼らに国を救って貰いたいがため、血を流して欲しいとお願いする立場です。誠意を見せずして何事でありましょうか」

「アルゲンティ大将まで…」


 国王に倣い、アルゲンティ大将も立ち上がって深々と頭を下げた。二人の様子に随行してきた閣僚達は顔を見合わせた後、頭を下げてこの国を救ってくれるよう懇願する。伊藤長官は全員に頭を上げるように言い、改めて着座させた。


「昨日、貴国の使者がお帰りになられた後、我々はどうすべきか議論しました。その結論について回答させていただきます」


 伊藤長官は国王の眼を真っ直ぐに見据えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ