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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第6話 トリアイナ王国の思惑

「我々を受け入れる…? 本当に?」

「はい」

「補給の見込みがない我々にとっては、有難い話だが…」

「では、受け入れを承知いただけると?」


 ベアトリーチェは安堵の表情を浮かべるが、伊藤長官は手で制した。


「待ちなさい。我々はあなた方にとって、得体が知れず、敵か味方かもわからない存在だ。しかも、この大和は貴国の砲艦プロテウスとは比較にならない戦力を持つ戦艦だ。いや、大和だけではない。空母天城、葛城に搭載されている航空機の破壊力も絶大だ。我々はその気になればトリアイナ市を破壊し、制圧することも容易い。首都を制圧されれば貴国は我々に降伏するしかない。それでも我々を受け入れて下さると?」


「このヤマトという戦艦はそれ程までの力があるのですか?」

「…有賀艦長、説明してあげたまえ」

「は。黒田砲術長、君から説明してくれ」


 アルゲンティ大将は伊藤長官の話は大袈裟過ぎやしないかと感じた。確かに大和の大きさはヴァナヘイム帝国の魔導戦艦に匹敵するほど巨大だ。しかし、1隻でそこまでの戦闘力があるのだろうか。アルゲンティやアーサーは疑念の表情を浮かべる。


「まず、前提として我々のいた世界では魔導砲というものはありません。相手を攻撃するのには砲や爆弾等に詰めた火薬を使います。火薬はご存じですか?」

「いいえ…」

「火薬というのは、熱や衝撃などをきっかけにして、急激な燃焼反応、いわゆる爆発をおこす物質です。主にニトロセルロース(無煙火薬)やトリニトロトルエン(TNT)などがあります」


「魔鉱石のマナを爆発させるのとは違うのですね」

「違います。火薬とは人が作り出した物質です」


「大和の主たる兵装は3連装3基9門の45口径46センチ砲です。これは世界最大の艦載砲で、最大射程は約42,000メートル。対艦用の九一式徹甲弾、対地・軽装甲艦攻撃用の零式弾、対空・対地用の三式弾を搭載しています。九一式徹甲弾は距離3万メートルで垂直420ミリ、水平230ミリの装甲を打ち抜く威力があり、連合国の最新鋭戦艦でも防ぐことはできません。また、零式弾は爆発力で、三式弾は多数の焼夷弾子を危害半径内にばら撒いて対象物を破壊します。トリアイナ市程度の広さの市街地を破壊するのであれば、大和1隻に搭載された砲弾で十分です」


 黒田砲術長の説明を聞いたアーサーやアルゲンティ大将は血の気が引き絶句した。この戦艦は怪物だ。ヴァナヘイムの魔導戦艦以上かも知れない。そのような艦に対抗できる海軍力をトリアイナ王国は持ち合わせていない。いや、護衛についている小型艦にですら対抗できないであろう。軍事に疎いベアトリーチェですら、トリアイナ市街が瓦礫の山になった姿を想像して顔を青ざめさせた。


「それでも…、それでも私達はあなた方を受け入れます! 人道的な観点からあなた方を助けたい。でも、それ以上に私達はあなた方の、この大和の力が必要なんです! 亡国の危機に瀕したこの国を…トリアイナを救ってもらいたい…。ぐすっ…。そのためには何でもします。私自身を差し出したっていい…」

「お姉様…」


 ベアトリーチェは話をしながら嗚咽を漏らす。ディアナがそっと寄り添って椅子に座らせ、ハンカチで涙を拭いた。


「いや、貴女を差し出されても困ります。しかし、やっと本音が出てきましたね。提供には対価を求めるのは必然のこと。我々を受け入れる対価として何を求めようとしているのですか」

「それは、私から説明しましょう」


 それまで黙って聞いていた国務大臣のイーリアスが軽く手を上げて立ち上がった。アーサーは目線で全て話しても良いと合図を送る。頷いたイーリアスは「コホン」と軽く咳ばらいをすると、持参した地図を机の上に広げた。


「これは、この世界の地図です。我々のトリアイナ王国はここ、この世界最大のパルティカ大陸とトリダン海を挟んだ東側に位置しています。王国の東にはテーチス海が広がり、数千キロ離れた場所にロランド大陸が存在します」


「何となく、我が日本と地勢的に酷似しているな」

「うむ…」


 森下参謀長が感じたことを発言し、古村第二水雷戦隊司令や有賀艦長、矢矧の原艦長も同意する。


「問題はロランド大陸に存在する「ヴァナヘイム帝国」という国家なのです」

「どういうことなのです?」


「それを説明するためには、ヴァナヘイム帝国の成立から現在に至るまでを説明する必要があります。少しの間だけお付き合いください」


 現在より約200年程前、ロランドは未開の地が広がる大陸であり、蛮族が支配する地であった。ただ、かろうじて東海岸にヴァナヘイムを始めとするいくつかの小国が存在はしていた。しかし、150年程前にヴァナヘイムに一人の男が現れた。


「その男の名はオーズルという名で、私財を投じて集めた傭兵を率い、当時国境を侵し、略奪の限りを尽くしていた蛮族を討伐し、さらには腐敗しきって蛮族に何ら対抗策も持たなかった王家や貴族をクーデターにより一掃。貧困と蛮族による疲弊に喘いでいた国民の熱狂的な支持を受けて、国家元首に着任すると自ら絶対不可侵である「皇帝」を名乗り、独裁制を敷いてヴァナヘイム帝国を成立させました」


「オーズルは税制改革や産業の促進といった民衆の不満を和らげる政策を取る一方、軍備の拡充と軍隊の増強を図り、周辺にいくつか存在した小国や大陸中央に勢力を持っていた蛮族を次々と攻略して、僅か10年で大陸全土を帝国領土としたのです」


「…英雄譚ってやつですな」

「まるで物語を聞かされているようだ」


「その後、オーズルは産業振興の名目でロランド大陸全土の鉱物資源を探索させました。その探索行の中で、魔鉱石の大鉱脈を複数発見したのです。その推定埋蔵量は全世界に存在する魔鉱石の約7割にも達するのではと伝えられています。歓喜したオーズルは魔力開発局というものを創設し、優秀な人材を投入して魔導技術の開発に取り組みました」


「有り余る魔鉱石によってヴァナヘイム帝国の魔導技術は大きく発展しました。生活水準は向上し、食糧の増産、産業の発展が進み、人口も大きく増え、現在では人口2億人の世界一の大国になったのです」

「なお、魔鉱石の産出が少ない我が国を始め、パルティカ大陸の国々とでは、魔導技術に大きな格差があり、その差は30年以上と言われております」


 イーリアスは急に顔を曇らせた。伊藤長官らはここからが話の本筋になると緊張する。


「彼らはこの豊富な魔鉱石と魔導技術を軍事力に転用したのです。魔鉱石のマナは大きさに比例し、大きさが2倍になればマナの量は2乗になります。つまり、大きさ2倍の魔鉱石のマナ量は4倍になるのです。ヴァナヘイム帝国はこの特性に目を付け、豊富に採掘される魔鉱石を使って、軍備の拡張を図りました」


「具体的には?」


「魔導砲艦や魔導戦艦の建造、飛行機械のドローム、魔導砲を装備した戦車などです」

「魔道戦艦…ですか。それはどのようなものです?」

「大きさは、この大和に匹敵し、大口径の魔導砲を装備、さらにはドロームを数機搭載しているとしか…。ただ、魔導砲の威力はものすごく、トリアイナ王宮規模の建物なら数撃で粉砕できると噂されております。これを帝国は何隻も建造し配備しているのです」


「ふむ…」


「ここからが本題なのだが…」


 イーリアスに代わってアーサー王子が話し始める。その内容は、三か月程前にトリアイナ市沖合に突然ヴァナヘイム帝国の魔導戦艦が現れた。初めて見る魔道戦艦の威容に誰もが驚いていると、戦艦から発進したドロームに乗って、現皇帝ヘルモーズ二世からの国書を携えた特使が王宮に降り立った。特使から国書を受け取った国王は内容を見て驚愕した。そこに書かれていたのは、トリアイナを帝国の版図に組み入れ、帝国領土とすることが記されており、速やかに帝国皇帝の臣下となり、礼を尽くすこと。さらに、これを認めない場合は武力を持って王国を併合する旨が記されている、余りにも一方的な内容であったというのだ。


「なぜ、帝国は急にそんな恫喝紛いの宣戦布告ともとれるような国書を送ってきたのです」


「帝国はその武力を持ってこの世界を征服し、統一国家を構築しようと考えているのだ。現に2~3年前から我が国を含む各国に対し、帝国の属領になるようにとの親書を何度も送り続けている。いくつかの国は帝国の強大な武力を恐れ、併合され属領になる道を選んだ」


「帝国は属領となった国の指導者を拘禁するか処刑し、代わりに本国から派遣される総督を置きました。そして、個人の土地財産を含め、全てを国有化して住民を奴隷階級に落としました。属領とは名ばかりの植民地…ううん、それ以下の奴隷国家にしたのです。さらに、ヴァナヘイムはこれら植民地に軍事基地を建設し、従わない国を武力で征服し始めているのです」


「その彼らとすれば、パルティカ大陸の国々を征服する前哨基地として、トリアイナは是非手に入れたい地なのです」


「欧米列強と同じだな。力で征服して富を搾取する。正に帝国主義の典型だ」

「そのとおりです。彼らは自分達だけが絶対唯一の存在と信じている。バカげた話です」


 アーサーの話を引き継いだベアトリーチェの言葉に、古村司令官が苦虫を嚙み潰した表情で呟くと、イーリアス大臣が同意とばかりに頷いた。


「で、貴国は帝国の申し出を断って来たと…」


「そうだ。父である国王は歴史があり、平和な国であるトリアイナを帝国の植民地にするわけにはいかないと断固断り続けてきた。しかし、1ヶ月ほど前、帝国の特使が再び訪れ、我が国に対し最後通牒を突き付けて来た。従属しなければ武力により、この国を征服すると。それでも承諾しない我が国に痺れを切らしたのか、つい先日、宣戦布告書が送られてきたのだ。魔導艦隊と上陸部隊を持ってこの国を占領すると記されていた」


「我が国が持ちうる兵力はプロテウス他魔導砲艦が10隻程度。後は旧式の海岸砲台が2門のみ。歩兵は約10万程おりますが、魔導戦艦の前には手も足も出ないでしょう。はっきり言いまして勝負になりません」


「強大な敵を相手に徹底抗戦するか、降伏して奴隷の道を選ぶか、ここ最近ずっと我々の明日について議論を重ねていたのだ。どちらの道を選んでも国民には辛く厳しい負担を強いることになり、国土の荒廃は目に見えている。そのようなところに…」

「我々が現れた…という事ですか」


 アーサーとベアトリーチェは暗い顔で頷いた。ディアナは帝国の所業に対しプンスカと頬を膨らませ、アルゲンティ大将とイーリアス大臣は事の成り行きを見守っている。ややあって、伊藤長官が口を開いた。


「話は良くわかりました。あなた方の窮状を救うために力を貸してほしい。そのためには貴国はあらゆる協力を惜しまないということですね」

「その通りです」

「今ここで即答はできません。艦隊の皆とも話し合う必要があります。何せ、我々の運命がかかっておりますからね。大変申し訳ありませんが、時間をいただきたい。明日、改めて大和にお越し願えればと存じます。その時に返答いたしましょう」


「わかりました。私達は一旦戻ります。明日、改めて伺わせていただきます。よき返事をいただければ幸いです。よろしくご検討を願います」


 アーサー、ベアトリーチェ、ディアナは立ち上がると第二艦隊の面々に向かって深々と礼をして退去しようとした。その背中に森下参謀長が声を掛けた。


「ひとつ伺ってもよろしいですか?」

「何でしょう」

「この世界に石油というものはありますか? 石油精製品の重油とか」

「せきゆ?」

「ええ、鉱物資源の一種で地下から採掘され、黒くて粘り気があり、火をつけると燃える油をいいます」


「オレウムの事かしら。それなら、トゥーレ島の西海岸に燃える黒い油が出る井戸があります。この国…世界では利用価値が無いとされていますが、トリアイナ大学工業技術院では珍しい地下資源でもあるし、何かに使えないかと精製分離の研究をしております。それが何か?」

「いえ、ありがとうございました」


 ベアトリーチェは何故そんな事を聞くのだろうと頭を傾げなら作戦室を出た。有賀艦長と能村副長が見送りの為に立ち上がり、その後に続いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ベアトリーチェとディアナは、トリアイナ港に向かうプロテウスの艦上で、次第に小さくなる大和や他の艦艇を眺めていた。


「大丈夫だよ、お姉様。あの人たち、きっと協力してくれると思う」

「そうだといいけど…」


「だが、協力するという事は、彼らが前面に立ってヴァナヘイム帝国の魔導艦隊と戦うことになる。彼らに血を流すことを強いるという事だ。我々はそれでよいのか…」

「アーサー兄様…」


「そうです。血を流すのは彼らです。でも、この国を…、私達が愛するトリアイナの大地と国民を守るためには、彼らの慈悲に縋るしかないのです…」

「そうだな。彼らがどのような結論を出すにしても、我々は受け入れようではないか」


 三人の兄妹は沖合に停泊している第二艦隊をずっと見続けていた。

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