表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
5/19

第5話 異世界転移の謎

「あなた方が現れたのは、トリアイナという国です。海岸に見えるのは首都トリアイナ市。ビスケス湾に面した、人口約60万人の港湾都市です」

「……トリアイナ?」

「聞いたことが無いぞ、そんな国」

「沖縄でも日本本土でもないのか?」

「長官が言われた事は本当なのか。ここが我々がいた世界と別だと言うのは…」


 駆逐艦長達がざわざわと騒ぎ出す。


「トリアイナは王政を戴く王国で人口約4千万人ほど。ほとんどがトリアイナ人と呼ばれる人々で構成されています。トリアイナはこの世界の大洋であるテーチス海に浮かぶ島国です。最大の島トリアイナのほか、4つの大きな属島と多数の有人・無人島からなっており、トリアイナから東に数千キロ離れた場所にロランド大陸、西に約一千キロ離れた場所にパルティカ大陸があり、南方にはシルル諸島と赤道を経てオスマニア大陸が存在しています」


 ベアトリーチェは持参した地図を広げてトリアイナ王国の地勢、政治、産業経済などについて説明した。政治は国王を君主に頂く世襲君主制で、君主の地位がある一族によって世襲されており、権力継承のシステムが確立している国である。現国王フェリクス三世は国民との融和政策を取っており、国民は王家を敬愛し、王家は国民に寄り添っている。この点は地球にも同様な政治形態をとっている国がある事から、伊藤長官を始め、その場に出席している者達にも理解できた。


 トリアイナは一次産業(農林漁業)が経済の主体で、次いで鉱工業となっており、トリアイナ島に次いで大きいトゥーレ島には優良な鉄鉱山と非鉄金属鉱山があって、国内利用のほか、パルティカ大陸の国々に輸出もされていて、経済的には裕福なのだという。


「ふむ…。経済活動は我々のそれと変わりませんな」

「人の生き方とは、場所が違えど大きく変わる物ではないという事だ」


 古村司令と伊藤長官が頷く。その時、大和通信長の山口少佐が手を上げた。


「一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「はい?」


「ここでは全ての無線通信が受信できませんでした。電波が無いと言った方がよい状況です。トリアイナ…王国でしたか。この国での電気・電波利用状況について教えていただきたい」


「電波…。それはどういうものなのでしょうか?」

「えっ!?」


 その言葉に山口通信長だけでなく、有賀艦長も能村副長も驚いた。伊藤長官はまじまじとベアトリーチェの顔を見たが、知らない単語にきょとんとしていて、とぼけている訳ではなさそうだ。


「あの…、電気は概念として知ってはいますが、学術目的以外の利用はされてません。電波が何かは分かりません。私達の世界は魔導力というものを使ってます」

「魔導力? それはどういうものなのです」


「この世界の鉱山からは魔鉱石という鉱石が採取されます。魔鉱石は超自然的な力「マナ」が封じ込められた石で、このマナを取り出すことによって、魔導力に変換し、様々なものに利用されます。例えば夜の照明、鉄道や船舶、産業用の機械を動かす魔導機関などです。あと、一部は武器…、戦いの道具としても使われます」


「ううむ…想像もつかないな。魔導力…? そんなもの、聞いたことも無い」

「童話か何かでもあるまいし」

「我々をバカにしているのか!?」


 第二艦隊の参謀達が再びざわざわし始めた。一体何が彼らに疑念を持たせたのか…。もしかして魔鉱石の事なのか? 彼らとは文明の発達構成が異なると感じたベアトリーチェは魔鉱石の話は早すぎたかもと思い、失敗したかと焦る。隣のアーサーも不安な顔をしている。伊藤長官は騒ぐ参謀達を制し、森下参謀長が話の続きを促した。


「まあ待て。もう少し話を聞いてみようではないか」

「そうですな。戦いの道具とは何か教えてもらいたい」

「それは私から説明しましょう」


 アルゲンティ大将がベアトリーチェに代わって説明を始めた。魔導力を使う武器、魔導砲は魔鉱石の持つマナを爆発力として発射し、目標を攻撃するもので、威力は魔力石の大きさに比例するが、魔鉱石に含まれる魔導力は無限ではなく、砲撃回数に制限があると説明した。


「我が王国海軍の魔導砲艦プロテウス…。我々が乗艦してきた艦に搭載されている魔導砲は危害半径2mの爆発威力があります」


(あの艦はプロテウスというのか。砲の口径は駆逐艦と同じ程度だった。甲型駆逐艦の12.7センチ砲の方が威力がありそうだな)


 黒田砲術長はプロテウスの砲熕兵器を思い出し、頭の中で自艦隊の駆逐艦と比較してみた。爆発兵器なら装甲貫徹力はあまり高くないであろう。上部構造物はダメージを受けるかもしれないが、装甲を撃ち抜く力はない。例えば、大和の舷側装甲は410ミリの厚さがあるのだ。


 その後、王国の海軍力について説明を終えたアルゲンティ大将が席に座った。目の前の人々は難しい顔で黙り、腕組みをして考え込み、誰もが口を開こうとしない。沈黙が大和の作戦室を包む。その圧迫感に耐えきれなくなったディアナが…、


「あ、あの! 皆さんはどうしてここに突然現れたんですか!?」


 顔を真っ赤にして立ち上がり叫んだ。全員の視線(好意的ではない)がディアナに集中し、突き刺さる。


「あは、あは、あはは…。えと、教えてもらえれば嬉しいかなって…あは…は」


 ディアナが後ろ頭を掻きながら「あはは」と笑った。伊藤長官を始め、その場の全員が毒気を抜かれてしまう。


「プッ…くくくっ」


 有賀艦長が笑い出した。釣られて能村副長や黒田砲術長も笑い出した。続いて伊藤長官や古村司令も笑みを零している。ディアナはきょとんとし、ベアトリーチェとアーサーは思いがけない展開に困惑した。


「…ん、コホン。では、私から話しましょう」


 森下参謀長が軽く咳払いをして説明を始めた。


「我々は大日本帝国…、日本という国の艦隊です」

「ニホン…」

「そう。この国は島国でしたな。我が日本も同様に地球という星の一番大きな海である太平洋に浮かぶ島国で、亜細亜という地域に属していました。我々が生きる時代の世界情勢は力のある欧米列強が亜細亜、阿弗利加地域を植民地化し、自国の利益を優先に植民地の住民から資源を奪う…。そんな時代です」


「そのような世界情勢の中、日本はその生存権を賭け、亜細亜諸国と協力して、大東亜共栄圏というものを提起しました。これは、欧米帝国主義国の植民地支配下にあった亜細亜諸国を解放して、日本を盟主とした共存共栄の亜細亜経済圏を作ろうというものです。しかし…」


 そのような構想を欧米列強が許すはずも無く、日本は欧米…アメリカ・イギリスを主とした連合国と戦争に入った事。そして開戦から4年半の間、持てる力を振り絞って戦ってきたが、連合国の物量に対抗できず、起死回生の作戦(捷号作戦)も失敗し、主力艦艇を次々失い、日本本土へも攻撃を受けるようになった。そして、アメリカ軍は日本を屈服させる足掛かりとして硫黄島を占領、そして、沖縄を攻略すべく大兵力を送り込んで来た。


「戦艦大和を旗艦とする第二艦隊は日本に残された最後の艦隊です。沖縄に展開するアメリカ軍の約1千隻にもなる艦隊を迎え撃つため、最後の出撃を行ったのです。帰る見込みのない戦いのために」


「1千隻の艦隊…。想像もつかないな…」

「ど、どうしてそんな無謀なことを…」


「日本人の魂のためです。国民に対し、一億玉砕の先駆けたらんとその姿を見せ、日本人としての誇りを忘れず、永遠にその記憶を語り継ぐ…。その一点のためにです」


 ベアトリーチェは第二艦隊の面々を見た。目の前にいる人々には悲壮感などはなく、武人として国のため戦うという信念が表情から見て取れる。トリアイナ王国の軍人も国のために命を懸けて戦う。しかし、彼らのように、誇りのために死にゆくというメンタリティまではない。この人達は自分達とは全く異なる、異質な人々だと感じざるを得なかった。それだけに、信用できるのではないか…。


「我々は呉という軍港を出航し、沖縄に向かっていました。その航海の途中、それまで穏やかだった海が突然荒れ出したのです。それは、普通ではありませんでした。四方八方から水の壁が迫り、海は荒れ、空は黒い雲に覆われ、不気味な色の稲妻がいくつも走り、我々は打つ手失く翻弄されているうちに、海が割れて艦隊は飲み込まれてしまった。そして、気付いたらここにいた…という訳です」


「……事情はよく分かりました。あなた方はどうやらこの世界とは別の世界から来たという可能性も信じます。ニホンと言う国もアメリカという国もこの世界にありません。欧米列強というのも知らない言葉だ。ただ、帝国主義というものは理解できる。この世界でも現実に強い国が弱い国を食い物にする。そのような事が起っていますからね」


 アーサー王子とイーリアス大臣が深く頷いた。


「でも、何故そんな事が起ったのでしょう」

「それについて説明できそうな者を呼んであります。おい、伊達中尉を呼べ」

「ハッ!」


 森下参謀長の命令で、艦隊参謀の一人が入口に待機していた従卒に声をかけた。ベアトリーチェやディアナが緊張して待っていると、間もなく一人の若い男性士官が入って来た。


「主計科中尉、伊達政輝入ります!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「あの…このお方は…」


「彼は当艦乗組員の伊達中尉です。彼は召集兵なのですが、召集前は大学院で宇宙物理学を専攻していたと聞いていましてな。もしかしたらこの事象について説明できるかと呼んだ次第です。伊達中尉、君の想像の範囲でいい。説明できるか?」

「ハッ!」


 伊達中尉はサッと敬礼すると、作戦室に置かれた移動式黒板を皆が見える位置に動かしてチョークで何か書き始めた。その間、ベアトリーチェは伊達という男を観察した。紺色長ジャケットの制服の上からでもわかる均整の取れた体。短く刈り込んだ髪に精悍かつ知性を感じさせる顔。思わずじいっと見つめてしまった。

 ベアトリーチェの視線に気付いた伊達中尉は、特に表情を変えず、スッと目礼を返して来た。それだけだけだったが、ベアトリーチェはドキッ!と心臓が高鳴ってしまった。


「時空間という言葉があります。これは時間と空間を合わせて表現する物理学の用語で、時間と空間を同時に、あるいは相互に関連したものとして扱う概念のことです」


 伊達中尉は黒板に書いた方程式を指示しながら説明を続ける。


「宇宙における時間と空間は絶対不変と思われがちです。しかし、一般相対性理論では時空は物質の存在、この場合重力ですが、「重力は空間と時間を歪める」という重力の相対性を提唱し、時空間は安定したものではないという事象を現しています」


「………。(むむ…。何を言っているか分からない)」


 ベアトリーチェは伊達中尉が何を言っているか全く理解できない。ちらと隣のアーサーやディアナを見るが、こちらもポカンとした顔で話を聞いている。理解できないのが自分だけでなかったことに安堵するベアトリーチェだった。


「つまり、どういうことだ。もう少しわかりやすく説明してくれ」

「今回の事象は何かの切っ掛けで、重力異常が起こり、時空間の歪みが発生したのではと考えられます。我々はそこに巻き込まれたのではないでしょうか」


「何故、そう言える?」


「先程も説明しましたが、星には重力があります。星の重力は一定ではなく、局所的に重力が変化する重力異常地帯というものが存在します。例えば、星の内部のマントル流動の変化による岩石密度の不均一によっても重力異常が起こります。ここからは小官の推察なのですが、我が艦隊の航路上で重力異常が起こる何かがあったのではないかと…」


「例えば?」

「そうですね…。海底火山へのマグマ供給が急に増加するとか、海底噴火や地滑りなど局所的に質量が変化するとかが考えられますが…、それだけであれほどの変位が起きるとは考えにくいのも事実です」


「ふむ…。確かに伊達中尉の説明が一番しっくりくる。海が割れるなんて、時空間そのものに異常があったとしか考えられん…。原因は分からんが」


 古村水雷戦隊司令がぼそっと呟いた。その時、おずおずとベアトリーチェが手を上げた。


「あの…、よろしいですか?」

「どうぞ」


 伊藤長官が許可すると、困惑しながら発言した。


「皆さまは昨晩異変に遭われたとおっしゃられましたけど、昨晩、トリアイナも物凄い嵐に見舞われたんです。初めて体験するような暴風雨でした。雷もいつもと違った感じで…。普通雷って真っ白に光るんですけど、その晩の嵐は不気味な紫色だったんです。私、眠れなくて窓から外を見ていたら、凄い量の雷が海に落ちたのを見て怖くなって、ベッドに潜り込んでしまって…」


 ベアトリーチェの話を聞いた伊達中尉は考え込み、一つの推察を口にした。


「………。もしかしたら、我々の世界とこちらの世界で、何らかの原因で同時に重力異常が発生し、極大化した歪みが時空結節点を生じ、その結果、異なる世界を結びつけたのかも知れません。奇跡的な確率ですが、ゼロではないかと…」


「どういうことだ、伊達中尉」

「簡単に言えば、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道が発生し、我々はそこに入り込んだのでは…ということです」


「そんな事が起こりうるのか? 信じられん」

「ですが、我々がここに存在している事実が証明になるかと」


 伊達中尉の説明を理解した各艦の艦長がざわざわと言葉を交わし始めた。ベアトリーチェ達、トリアイナ王国の人々は物理学に疎いので全く理解出来ない。ただ、目の前の人々は別の世界から偶然、ここに迷い込んできたということだけは理解できた。


 伊藤長官はざわつく出席者を手で制し、静かにさせると伊達中尉に問いかけた。


「我々が時空を超えたということは理解できた。それで、我々は元の世界に戻ることはできるのか?」

「…………。判りません。この様な事象がもう一度発生する確率はほとんどゼロに近いと思われます。仮に再び時空結節点が発生しても同じ場所に戻れるとは限りません。むしろ、どこか別の空間に放り出され、戻れない可能性の方が高いでしょう」

「つまり、日本に戻るのは不可能だと言うことかね」


 伊達中尉はこくりと頷いた。第二艦隊の面々は深いため息とともに沈黙してしまった。


「あの…発言してもよろしいですか?」

「どうぞ」


 ベアトリーチェがおずおずと手を上げた。伊藤長官が発言を促す。立ち上がったベアトリーチェに全員の視線が集中する。


(ここが勝負所よベアトリーチェ。彼らは戻れない。彼らに手を差し伸べられるのは私達だけ。しかも、トリアイナ王国では持ち得ない巨大な戦力を持った人々なのよ。彼らなら亡国の危機にある王国を救ってくれる存在になり得る。伊達中尉は限りなくゼロに近い現象が起きたとおっしゃった。きっとこれは、神様がトリアイナを救うために奇跡を起こしてくれたのだわ)


 アーサーとベアトリーチェは目配せして頷きあった。


「皆様はこの世界とは別の世界から来られた。そして帰る術がない。つまり、この地で生きる選択肢しかない。しかし、行く当ては皆無…という事ですね」

「…………」


 静まり返る作戦室内。


「トリアイナ王国はあなた方、ニホンから来た皆様を受け入れたいと考えています。皆様が必要とする物資並びに居住地の提供を致します。これはトリアイナ王家の意思です」


 思ってもみなかった申し出に、伊藤長官を始めその場の全員が驚いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ