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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第9話 驟雨

 ヴァナヘイムからの宣戦布告を受け、トリアイナ軍統合作戦本部ではミューゼル本部長を議長として、作戦会議が開催されていた。大型テーブル一杯に設置されたトリアイナを中心とした北半球の地形を模した模型には艦隊及び陸軍部隊、航空部隊の位置を示す駒が置かれている。図形を指示棒で指し示しながら作戦参謀のアラン・ベイツ中佐が現状と対応方針を説明していた。


「フリッツ島に潜伏している諜報員から、ヴァナヘイム艦隊が出港する気配ありとの暗号通信での連絡がありました」

「いよいよ来るか。艦隊の規模と編成は?」

「報告によると魔導戦艦フェンリルを旗艦として魔導戦艦12、飛空機母艦10、巡航艦18、突撃艦56、補給艦4の計100隻です。さらに上陸作戦用の強襲揚陸艦と輸送艦にも師団規模の兵が乗船中とのことです」


「凄まじい大艦隊だな…。旗艦がフェンリルということは、帝国の猛将バルダー提督がお出ましか」

「バルダー提督はスケリア戦線では第3艦隊を率いてました。艦隊規模から見て、スケリア攻略に参加した第4、第5艦隊も連合させた任務部隊と推察されます」

「また、帝国の残地諜報員によると、西海岸のニール軍港には超弩級魔導戦艦シグルドを含む第1、第2艦隊による本国艦隊が出撃を準備しているとの情報もあります」


「合流されると我が艦隊でも厳しいですな。何とか各個撃破に持ち込めれば勝機はあるかも知れないですが…」

「猪突猛進なバルダー提督の事だ。戦力が上回っていると見れば、本国艦隊を待たずに出撃してくるだろう。現在のネアス環礁の防備体制と迎撃作戦の内容を説明してくれ」


 ジョン・メリル首席参謀がボソッと呟き、ミューゼル本部長が作戦内容の発言を促した。ベイツ中佐は小さく頷き、バインダーを手に取って説明を始めた。


「ネアス環礁基地駐留艦隊は小沢一昭中将の第5機動艦隊です。編成はコンゴウ型高速戦艦4、改アマギ型正規空母4、軽空母ユニコーン、第8巡洋艦隊、第11、12水雷戦隊の計32隻です」

「知将の誉れ高い小沢提督といえど、こう戦力差が大きくては取りうる手段も限られるな」


「他の戦力としては、陸上兵力は第二師団1万5千人、第11特別航空師団96機(うち戦闘機は48機)がありますが、劣勢は否めません。早急に増援が必要です。現在、マルティア島基地から第4艦隊が補給を終え次第、トリアイナ基地から機甲部隊の増派部隊が近日中に、それぞれ出港予定です」

「第4艦隊の出撃を急がせろ。何としても帝国艦隊の来襲までに小沢に合流させるのだ。迎撃作戦に関しては小沢に一任する。陸軍も彼に協力してもらいたい」

「第2師団のダニエル・クリストファー中将は海軍との協調を重んじています。ご安心を」


 陸軍から派遣された参謀のコーネフ大佐が発言した。ミューゼル本部長は頷くと新たな指令を出した。


「敵の戦力は強大だ。小沢の負担を少しでも軽くしなければならん。このため、オレンジプラン(対ヴァナヘイム迎撃作戦方針)に基づき漸減作戦を展開する。首席参謀、フリッツ島周辺に展開している潜水艦は何隻だ?」


「報告によると、フリッツ基地から約20海里から50海里(約37km~93km)の範囲に8隻展開しています」

「潜水艦隊司令部に、現在展開中の潜水艦に敵を発見次第攻撃するよう伝達してくれ。出港直後なら相手も油断しているはずだ。同時に南部リーシャル諸島にも潜水艦を派遣し、イザヴェル海軍を支援させるのだ」


 ミューゼル本部長が潜水艦隊を展開させるよう指示を出し、続けてコーネフ大佐が発言した。


「第二師団への増派部隊の編成を急がせます。海軍には輸送艦隊の手配をお願いしたい」


 海軍から派遣された参謀の1人が了承したと頷いた。さらに、メリル首席参謀が言葉を続けた。


「第4艦隊が抜けるとマルティア島が手薄になります。サンタイザベラ(テティス島)の第3機動艦隊を向かわせます。それとアマグラス基地(同島)の航空隊もネアス基地に移動させてはいかがでしょうか。小沢提督なら基地航空隊と連携して迎撃するでしょうから」


「そうしてくれ、打てる手は全て打つのだ。敵の戦力は強大だ。しかし、我々は異世界の技術を習得し、昇華させてきた。これは魔導兵器に対する大きなアドバンテージになる。30年前、この国はヴァナヘイムの侵攻に対して無力だった。しかし、時空を超えて現れた日本艦隊が軍の在り様を示し、ヴァナヘイムを打ち破る姿を見て思ったのだ。自分達の国はどれだけ犠牲を払ってでも自分達で守らねばならないのだと」

「ミューゼル大将…。ハッ! 全力を尽くします!」


 全員、椅子から立ち上がり、ミューゼル本部長に向かって敬礼をした。ミューゼルもまた礼を返して頷いた。

 会議終了後、出席者達は関係各所に指示をするため、それぞれの部署に戻った。1人残ったミューゼルは窓辺に立って外を見た。


「雨か…」


 いつの間にか空は厚い雲に覆われ、しとしと降る雨がトリアイナ市内を濡らしていた。


「………。(この雨は王国の未来を暗示しているのではないか。我々はヴァナヘイムに勝てるのだろうか)」


 強大なヴァナヘイム軍を前にして、一抹の不安がミューゼルの心の中を過ったが、頭を振って不安な気持ちを振り払った。


「私が不安になってどうする…。我々は必ずこの国を守って見せる」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 シルル諸島にあるトリアイナ王国委任統治領、ネアス環礁は周囲約200kmに及ぶ巨大な環礁で、大小約152の島々が点在している。環礁唯一の有人島であるネアス島は海岸延長172km、面積約577㎢の大きな島だが標高は最も高い場所で235mしかなく、全島が平坦な地形となっており、複数の川も流れている。


 このネアス島にはトリアイナ王国の陸海軍基地が整備され、トリアイナ防衛の重要拠点として、さらに同盟国シルル王国の防備に重要な役割を果たしている。ネアス島で最も大きな町モエンに駐留艦隊司令部がある。


「統合作戦本部から9月16日現在の情報として、ヴァナヘイムはトリアイナ攻略の前哨作戦としてネアス環礁占領のため、バルドー中将指揮の任務部隊に出撃を命じた模様です。これを迎撃するため、我が艦隊に出撃命令が下されました」

「なお、偵察している潜水艦からもフリッツ軍港周辺海域の警戒活動が強化されているとの報告があり、この情報を裏付けています」


「敵艦隊の編成は?」


 第5艦隊司令長官の小沢一昭中将の厳つい顔に緊張の色はない。予定通りだと言わんばかりに落ち着いて聞いた。

 小沢は生粋の日本人だ。30年前は空母葛城の乗組員(少尉)として第1次ヴァナヘイム戦争に参加した。戦争終了後は王国海軍に属し、魔導砲艦の航海長、艦長を経て王国が初めて建造した巡洋艦イカヅチ、戦艦イズモの艦長を歴任して艦隊司令官になった人物である。日本人としては大柄で身長185cmあり、トリアイナ人と比較しても遜色ない体躯をしている。


 小沢の問いに首席参謀のジョン・ヴェレカー大佐が諜報員からの情報を報告する。それによると、バルドー任務部隊の戦力は魔導戦艦12、飛空機母艦10、巡航艦18、突撃艦56に及ぶという。


「戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦いずれも我々より優勢だな」

「現在、マルティア基地を出港した第4艦隊がこちらに向かっています。合流すればある程度戦力差を埋められると考えますが、それでも敵の優勢は変わりません」

「まともに当たれば苦戦は免れんな」

「バルドー任務部隊との戦闘に当たっては漸減作戦計画に基づいて戦力(潜水艦)を配置しています。敵戦力の減殺は可能ではないでしょうか」


 漸減作戦とは、優勢な敵艦隊に対し自軍の戦力を段階的に投入して敵の勢力を削ぎ、最終的に決戦で勝利を目指す海軍の作戦構想の事である。トリアイナも世界有数の軍事大国だが、ヴァナヘイムの軍事力には遠く及ばない。このため、以前から距離の優位を生かした漸減作戦計画を立てていた。しかし、小沢は漸減作戦の成果を疑問視している。ヴェレカーの発言後、小沢は暫し思案して発言した。


「潜水艦の攻撃はある程度有効だろうが失敗することも考えておかなければならん。我々が敵より優位に立つにはどうしたらよいか。私は航空戦力を生かして敵を叩くのが最も確実で、現在取りうることのできる最良の方策であると考える」

「基地航空隊の傘の下で戦う…という事ですね」


 小沢は凄みのある笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ。敵の飛行兵器は全て人型で大型だ。母艦に搭載できるのはせいぜい30機から40機前後だろう。しかし、我々の正規空母は最大86機搭載できる。空母艦載機の数では互角だ。更に第4艦隊は艦隊直掩機を搭載した軽空母2隻を随伴させており、これに基地航空隊が加われば敵に倍する戦力で航空戦を戦える。ここに我々の勝機があると思わんかね」

「確かに司令官のおっしゃる通りです」


 統合作戦本部からの連絡によると、ネアス島に展開する陸軍及び海軍の合同部隊である第11航空団(司令官ウォーレン・ヒューズ海軍少将)に新たにアマグラス基地航空隊の戦闘機及び攻撃機各32機、計64機が増派されるという。第5艦隊の空母と基地航空隊を合わせれば550機。これに第4艦隊の軽空母2隻が加われば640機となり、航空兵力はトリアイナ側が優勢になる。このアドバンテージは生かさなければならない。


「第11航空団には私が説明しよう。それと、艦隊の出撃準備を急がせてくれ。敵は直ぐに来るぞ。我々は第4艦隊が合流し、補給を終え次第、ネアス環礁近傍で迎撃する」

「ハッ!」


「それともう一つ。本国の潜水艦隊司令部に、潜水艦による攻撃は敵空母の直掩艦を優先して行うように私の名前で意見具申してくれ。邪魔者を排除した上で航空機によって敵空母と戦艦を攻撃し、敵の出鼻を挫く。艦隊戦はその後の情勢によって判断する」


 バルドー中将は帝国でも屈指の武闘派提督だ。敵を力で叩き潰す事こそ全てが信条の猪突猛進タイプだ。そういう人間は頭に血が上ると周りが見えなくなる。そこに付け込む隙は無いだろうか。艦隊参謀達が迎撃作戦について議論している中、小沢は冷静に相手の手の内を探っていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 テーチス海のほぼ中央、赤道北部の位置に火山列島である帝国領フリッツ諸島がある。7つの島のうち、最大のフリッツ島の海岸には直径数キロもある巨大な爆発火口マールが存在しており、帝国はこの地形を利用して巨大な軍港を整備していた。そして今、世界統一の最大の障害であり、30年前の戦争で遺恨を残したトリアイナ王国打倒のため、帝国第3から第5艦隊を再編した、第3任務部隊が出撃しようとしていた。口径40cmの3連装魔導砲を4基12門搭載した魔導戦艦フェンリルを旗艦とし、魔導戦艦12隻。人型飛行機械フィンヴァラーVとアルビオンを搭載した飛行機械母艦10隻(1隻あたり最大35機搭載)を基幹とした大艦隊である。


 空は厚い雲に覆われ、雨粒が軍港内に居並ぶ魔導艦隊を濡らしている。乗組員は雨具を着こみ、出港準備を進めている。艦橋の窓から兵達の作業を眺めていた、総旗艦フェンリルの艦長アルベルト・ミュラー准将の耳に複数の足音が聞こえてきた。ミュラーが振り返ると、ずんぐりとした体形にブルドッグのような獰猛な顔付きの中将の襟章を付けた男が数人の艦隊幕僚を引き連れて入ってきた。その男こそ、帝国海軍でも屈指の猛将と評判のエルク・バルドー中将であった。


「また世話になるぞ艦長」

「はっ。お待ちしておりました」


 ミュラー艦長ほか、副長、航海長らが敬礼してバルドーを出迎えた。バルドーは鷹揚に頷いて艦隊の準備状況について聞いてきた。


「出撃準備はどうなっている?」

「全艦、ご命令があり次第いつでも出港可能です」


 バルドーはニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。


「ようやくトリアイナの猿共をオレの手で叩きのめせる機会が来たか。猿を殺すのに遠慮はいらん。いいか、猿共を殺して殺して殺しまくれ! 完膚なきまでに叩きのめすんだ!」


 艦橋に響き渡る大きなだみ声で叫び、兵員を鼓舞するバルドーに、艦隊首席参謀のリーツ大佐が具申した。


「敵の艦隊司令はカズアキ・オザワ。異世界人であることが分かっております。異世界人ということは過去の戦争経験者であり、戦略・戦術にも長けた人物であると推察されます。恐らくオザワは劣勢な水上艦同士の艦隊決戦を選ばず、基地航空隊の戦力を合わせて戦うことで、我が艦隊に勝利し得ると考えているかも知れません。相手の出方には十分注意が必要と思われます」


 バルドーは唇の端を僅かに吊り上げた。


「オザワという大猿がどのような手を打とうが関係ない。我が艦隊の力で踏みつぶしてやる。ネアス環礁の次はマルティア、トリアイナと攻め入って王城にアーサーとかいうボス猿の首を晒し、帝国国旗を掲げてやるさ」


 それでも何か言おうとしたリーツ大佐を手で制して静かに言った。


「貴官の懸念は理解できる。だからこそ、ギュンター総司令は第2の矢を放つのだ。そのためにも、我々は全力をもって猿共の艦隊を撃滅する。全てが終わった時、猿共がどんな間抜け面を晒すのか楽しみだぜ」


(そう上手く事が運べばいいが…。トリアイナは今まで戦った相手とは質が違う。彼の国の兵器は魔導技術を全く使っていない異世界の技術だ。30年前、異世界の艦隊と航空機は世界一を自負していた我々の艦隊を完膚なきまでに叩き潰した。トリアイナは異世界の技術を昇華させている違いない。世界最強を自負する魔導艦隊とはいえど足元を掬われないよう、慎重に慎重を重ねなければならんが、司令官を抑えるのはことだぞ…)


 腹の底でリーツは呟いた。彼の気持ちを知ってか知らずか、バルドーは笑みを浮かべた顔のまま、艦橋から遠くに見えるテーチス海に向かって大音声だいおんじょうで命令した。


「第3任務部隊、出撃だ!」

「出港用意! 錨を上げろ、微速前進!」 


 魔導戦艦フェンリルの機関音が大きくなり、ゆっくりと海水を切って湾外に向かって進み出した。ミュラー艦長は雨に煙る海を眺め、水平線の向こうに存在する敵の姿を思い浮かべるのであった。

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