第8話 赴く者の決意
その日の正午、国民に対し、ラジオの緊急放送と災害無線放送の同時配信によってヴァナヘイムから宣戦布告がされ、王国は同国と戦争状態に入ったことを、国王自らの言葉で語った。開戦という言葉に多くの国民は動揺したが、また同時にいよいよ始まったかという覚悟の気持ちもあった。
また、生活への負担をかけないので国民の協力をお願いしたい事、軍と政府を信じて欲しいことを話して締めくくったことから、比較的落ち着いて受け入れられたのだった。
放課後、学校帰りのシャルロットとグリーンベルは、通りの道端で配られていた新聞の号外を手に取って読み、大きなため息をついた。
「…始まっちゃったね」
「ええ…。お兄様達も戦場に行くのでしょうか…」
「うん…。軍人だもんね…」
「私達、何もできませんよね。もどかしいですわ」
「そう、だね…」
お互い沈黙したまま家路につく2人。いつも賑やかな市内も、今は何となく沈鬱な雰囲気が漂っていて静かだ。途中でシャルロットと別れ、家に着いたグリーンベルは玄関の扉を開けた。
「ただいま…」
「お帰りなさい、ベル」
「お、お母様!?」
玄関で母親のベアトリーチェが両手を広げたオーバーアクションで出迎えてきた。驚くグリーンベルの体をしっかりとハグするベアトリーチェ。
「ど、どうして? 戦争が始まったから私、お母様は家には帰ってこないものだと思ってましたのに…。でも、お顔が見れて嬉しいです」
「まあ、ベルったら。戦争が始まったからって家に帰れない訳ではないのよ」
「そうなのですか?」
「そうなのですよ。実際の作戦計画や運用は統合作戦本部が行うし、軍務省は政府間調整と軍が必要とする戦争機材や物資の補給、資金の確保が主な仕事になるから。そんなメンドクサイ仕事は優秀な部下に任せときゃ何とかなるものよ」
「まあ、お母様ったら…」
軍務大臣とは思えない大雑把な発言に、グリーンベルが苦笑いしていると、リビングの方から2人の男性が現れた。
「お帰り、ベル」
「俺は当分帰れなくなるんだよなぁ。母さんと違って」
「お父様。お兄様も」
現れたのは父親の政輝と長兄のユウキだった。政輝はトリアイナ国立大学副学長兼航空宇宙物理学部長、ユウキは陸軍大尉であり、王都防衛の任にある第1機甲師団の戦車隊大隊長をしている。久しぶりに両親が揃ったことで、先程までの暗い気持ちが少しは晴れるような気がしたグリーンベルであった。ただ、仕方ないとはいえ、次兄のアレックスが不在なのが残念であった。
(アレックス兄様は帰ってこれませんよね。艦隊勤務ですから当然ですけど…。少し寂しいです)
それでも久しぶりに4人で食卓を囲み、ベアトリーチェの手作り料理(何と日本料理)を堪能した。美味しい食事にグリーンベルの心も落ち着いてきた。お手伝いの女性が食器を下げてお茶を出してくれた。皆でお茶をいただいていると、自然話題は戦争の事になる。
「ヴァナヘイムの皇帝は本気に世界を取りに来てるわね。エウロペ、イザヴェル南方、そしてトリアイナと同時に攻略しようとしている」
「戦争のセオリー的に考えれば、戦力を集中すべきだ。エウロペ戦線を攻略の後、トリアイナ、イザヴェルの順に攻めるのが妥当な戦略だ。しかし、ヴァナヘイムは戦力分散の愚を冒しても同時攻略に踏み切ったのが解せないな」
「そうせざるを得なかった…と考えるべきだろう」
「父さん、なんでそう思うんだ?」
ベアトリーチェとユウキの会話に政輝が口を挟んだ。普段口数の少ない父親が意見を言ってくるのは珍しく、ユウキは話の続きを促した。政輝はお茶を一口飲んでから自分の考えを話して聞かせた。
「現在、ヴァナヘイムの世界制覇の障害になっているのはエウロペ条約機構、イザヴェル、そしてトリアイナだ。これまでヴァナヘイムが占領してきた国々とは異なり、いずれも軍事的に侮れない力を持っている」
「そのとおりね」
「どこかひとつに戦力を集中すると、残り2か国も自国防衛のために参戦する。そうなると、いかに最新兵器を揃えたヴァナヘイムでも苦戦は免れず、むしろ、多方面作戦を強いられて敗北する可能性だってある。さらに言えば、2か国連合でヴァナヘイムを抑えている間に残りの国が占領地解放を行うという戦略も取ることができる」
「なるほどな。今ならヴァナヘイムも戦力が十分ある。戦力を集中して包囲されるよりは、むしろ各個撃破の方が勝算が高いと踏んだのか」
「恐らくそうだろう。そうだな、戦力に勝っていれば各個撃破の方が勝算が高い。私がこの世界に来る前の話だが、日本の同盟国にドイツとイタリアと言う国があった。位置的にはエウロペ条約機構軍とトリアイナに近かった。同盟と言えど相互協力できる関係では無かった。だから、結局はアメリカを始めとする連合国の物量に各個に撃破され、ドイツと日本は国ごと徹底的に破壊されて敗北した。ヴァナヘイムの戦略はこれと同じだ」
「でも、あなたがこの国に来た時点では戦争は続いていたのでしょう?」
「ああ。だけど国は焼き尽くされ、継戦能力も失っていたから、敗北したに難くないよ。あれから30年か。今はどうなっているんだろうな。平和な世界になっていればよいが…」
「あなた…」
ふっと寂しそうな笑顔を浮かべた政輝にベアトリーチェは、やはり日本が恋しいのかと思って不安になる。隣に座る妻の、不安げな顔を見た政輝は彼女の肩に手を回して抱き寄せた。
「なんという顔をしてるんだ、リーチェは。オレの故郷はトリアイナだよ。それに素敵な奥さんも娶る事が出来たし、子供達にも恵まれた。オレはこの国に来て、この国を守れて幸せも手に入れて本当に良かったと思ってるよ」
「そうよね! 私と結婚できたんだもの。絶対に幸せで良かったハズよね!!」
急に明るくなって政輝に甘えまくるベアトリーチェに、ユウキとグリーンベルが呆れた声を出した。
「お母様ったら、子供の前で恥ずかしくないんですの」
「アーサー伯父に聞いたぜ。母さんって父さんとどうしても結婚したくて、マグダレナ祖母さんに泣きながら相談したって。誰が結婚してあげただよ。そりゃ父さんのセリフだよ」
「ギックーーッ!?」
「うふふっ。お母様にも恋する時代があったんですね。お兄様、そのお話詳しく聞かせてくださいな」
「いいとも。なんなら、嫉妬爆発で居酒屋で大暴れして警察に連れていかれた話もあるぞ」
「なっ、なぜそれを!?」
暗い話題から明るい話題に切り替わったことで、食卓が笑いに包まれた。ただ、ベアトリーチェだけは恥ずかしい過去が暴露され、悶絶しているが。その時、サラという名のお手伝いの女性がリビングに顔を出して客の訪問を告げた。
「お客様? 誰かしら、こんな時間に」
時計の時刻は午後7時を指している。
「サラさん、誰が来たんだ?」
「それが…」
「こんばんは。急にお邪魔して申し訳ない」
「エドワード!?」
リビングに顔を出したのは、国王アーサーの実子で、王位継承順位1位のエドワードだった。ユウキが声をかける。2人は王国陸軍大学の同級生であり、いとこ同士という事もあって仲がいい。
「どうしたんだ? 王子様が1人で出歩いて大丈夫なのか?」
「いいんだよ。いとこに会いに叔母の家に来るのにどこに問題があるんだよ」
「そりゃそうだ。座れよ」
椅子を引いて座ったエドワードは深刻な表情をしてため息をついた。ベアトリーチェと政輝は顔を見合わせ、グリーンベルは気を利かせて退席しようと腰を浮かせた。
「何か話があるのかしら」
「ああ。叔母さん達に聞いて欲しい事があって」
「あの、私は自室に戻ります」
「いや、ベルも一緒に聞いて欲しい」
エドワードは出されたお茶を一杯飲むとゆっくりと語り出した。彼の口から語られたのは開戦に当たっての王族としての覚悟の想いだった。
「なんだって! 最前線に志願した!?」
「そうだ。近日中にネアス環礁(シルル諸島の委任統治領)に機甲部隊が増派される。その部隊に異動願を出した」
「だけど、お前は陸海全軍の補給を統括する部門の責任者ではないか。その任はどうするのだ?」
「補給に関しては優秀な軍官僚が大勢いるから大丈夫だ。それに、責任者と言ってもオレは中間管理職だから、代わりの人材はいくらでもいるし、さして影響はない」
「しかし…」
ユウキは懸念を示すがエドワードの気持ちは変わらいようだ。そこに黙って話を聞いていたベアトリーチェが口を出した。
「ヴァナヘイムはトリアイナ攻略の前哨基地としてネアス環礁基地を奪いに来るはずよ。30年前の戦争では直接マルティア諸島を狙って来たけど、今あそこは要塞化され、簡単には攻め込めない。だから、ヴァナヘイムとすれば、マルティア攻略のためにもネアス環礁は絶対に必要な地なのよ。陸海空ともかなりの激戦が予想される。それでも行くというの?」
「もう覚悟は決めている。叔母さんは分かっているはずだ。国の危機に王族自ら戦う姿勢を見せないと国民は付いてこないことが。だから、ディアナ叔母さん共々戦艦に乗り込んで海戦に赴いたのではないか?」
「補給調整部門は継戦に絶対必要な組織であることは理解している。だが、戦場に出る機会はない。後方で安全な位置にいて、国民達が戦っているの見てるだけなんて我慢ならんのだ!」
「エドワード…」
「それに、オレが死んでも弟や妹がいるし、ジェフリー叔父にも子供がいる。ここにいるベルだって、ディアナ叔母のアスカとシャルだって王位継承権がある。誰かが生き残れば王家は存続できるさ」
ベアトリーチェはじっとエドワードの瞳を見つめ、「ふう」とため息をついた。
「本当に覚悟はできたのね」
「ああ」
「実は、統合作戦本部からあなたの異動願いについて、どうすべきか軍務省の人事部に相談があったの。人事部も扱いに困って、一旦保留にして私に判断を求めて来たんだけど、わかったわ。異動を承認します。明日にでも命令書に判を押します。あと、お兄様には私から話しておくわ」
「ありがとう、ベアトリーチェ叔母さん!」
喜ぶエドワードを見てユウキもまた決心した。
「母さん、確か増派される部隊の人員は本土の各基地から選抜されるのだったな。俺もメンバーに加えるよう、統合作戦本部に働きかけてくれ」
「お、お兄様!?」
「すまんな、ベル。こいつは方向音痴なんだ。エドワードを1人行かせて戦場で道に迷われると困るし、うっかり敵の流れ弾に当たって死なれてはもっと困る。一緒に行ってこいつを守ってやらねばな。だから、俺も行かせてくれ」
「オレはお使いも出来ない子供かよ…」
「お兄様…はい。でも、絶対に無理はしないでくださいね。そして、必ず生きて戻ってきて欲しいです…。ぐすっ…」
がっかりした顔のエドワードをさておいて、ユウキはグリーンベルを立たせてぎゅっと抱きしめた。感極まって兄の腕の中でわあわあ泣く妹の髪を愛おしそうに撫でるユウキであった。グリーンベルが泣き止んだところで、ベアトリーチェが言った。
「仕方ないわね。ダメって言っても行くんでしょうから。でも約束して、絶対に無茶しないって」
「ああ。わかってるよ、母さん」
「ユウキ、私が元居た日本の陸軍兵は精強で世界最強の陸兵と言われていた。お前はその日本人の血を受け継いでいる。いいか、絶対に恥ずべき戦いはするな。常に勇猛果敢であれ。そして、必ず生きて帰って来るんだ。母親と妹を泣かせる事だけはするんじゃないぞ」
「父さん…。俺の体にはトリアイナ人と日本人の血が流れている。父さんと母さんから受け継いだこの血は俺の誇りです。父さんたちが守ったトリアイナを今度は俺達が守って見せます」
「頑張れよ。ただし、無理だけはするな」
「はい!」
「お兄様、私は心配です。私に何かできることはありませんか?」
「そうだな。う~ん…そうだ、たまに手紙でもくれないか? 内容は何でもいい。父さんのことや母さんの失敗、ベルやシャルの生活なんか教えてくれると励みになる」
「はい! 必ず書きます。でもどうやって戦地にお届けすればよいのでしょう」
「統合作戦本部の補給部に家族からの手紙や荷物を受付ける窓口があるよ。そこで仕分けされて補給物資と一緒に届けるんだ」
エドワードがグリーンベルに向かって教えてくれた。
「まあ、そうなんですの! よかった…。じゃあ、ネアス環礁防備隊の第2師団にも届けられるんですね」
「ああ、そうだよ。誰か知り合いがいるのかい?」
「はい。同級生のお兄様がおられまして、ご家族もご心配でしょうから教えて差し上げたいと思いまして…」
「グリーンベルは優しいなぁ。美人だし、いとこじゃなかったら結婚を申し込むところだ」
「いとこじゃなくてもお断りいたします♡」
「即答かよ!」
心底がっかりしたエドワードの表情が可笑しくて全員が笑った。重い雰囲気が明るくなったことで、ベアトリーチェは少しほっとした。そこに、政輝が思い出したようにグリーンベルに言った。
「ベル、お守りを作って渡したらどうだ?」
「お守り…。それはどういうものですか? お父様」
「お守りとは厄除け、招福、加護などの人の願いを何かに込めて、相手に渡すものだよ。そうだな、無事に帰ってきてほしいというベルの願いを紙に書いて、小さな布袋に入れて手渡すといい。こんな感じでな」
政輝は財布から小さなお守りを取り出し、グリーンベルの手に置いた。手のひらに収まるかわいい模様の小さな布袋は古臭く、縫い目も不揃いで必ずしも出来は良くない。しかし、手にした瞬間、何故か暖かい気持ちになる。
「これは昔、私が出征するとき、妹が渡してくれた手作りのお守りだ。この後、間もなく妹は死んでしまったが、このお守りを持っていると、いつも守ってくれてるような気がしてるんだ。このお守りがあったからこそ、海上特攻に出撃して死ぬ運命だった私の命を救ってトリアイナに連れてきてくれたと思っている」
「お父様…。はい、お守り作ってみます。そういえば、ディアナ叔母様も菅谷様の出撃に際して手作りのお守りを手渡したって言ってました。よーし、早速取り掛かります!」
政輝とグリーンベルの話を聞いていたユウキがふむふむと頷いた。
「俺の隊にも父親が日本人の兵がいたな。そいつの話を思い出したよ。確か武運長久のお守りには女性のアソコの毛を入れるんだそうだ。何でも弾避けの御利益があるらしい」
「え…ええっ!? そ、そそそ、そうなのですか!? わ、私の毛を入れなきゃイケナイの!?」
「おっ、そりゃいい! グリーンベル、オレにもお守り作ってくれよ」
真っ赤になってスカートの上から股間を抑えるグリーンベルがおかしくてユウキとエドワードが大笑いする。そのユウキの頭にベアトリーチェが拳骨を落とした。
「バカユウキ! 変な事を教えるんじゃありません! 冗談でも妹にいうことじゃないでしょう。それにエドワードも便乗するんじゃありません!」
「ベル、確かに日本ではそういう話もあるが、そんなの単なる迷信だ。お守りに入れるのは作った人の想いだよ。陰毛じゃない」
「いてて…。ごめんな、ベル。お守り、楽しみにしてるよ」
「オレも。年甲斐もなく悪かったよ」
「び、びっくりしました…。お兄様ったら、もう知りません!」
からかわれたことに、頬を膨らませて兄に抗議するグリーンベルであった。




