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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第7話 王国の進む道

 アトランティア歴1875年、新ヴァナヘイム歴3年9月14日午後8時、帝都アースガルズの官庁街にある国務省の建物に、トリアイナ王国のウィリアム・マッケンジー大使が到着した。マッケンジーは正面玄関から中に入り、受付で来訪の目的を話すと直ぐに職員が出てきて案内を始めた。


 エレベーターを降りて長い廊下を歩き、到着したのは国務尚書の執務室に隣接する応接室だった。職員は扉を開けてマッケンジーを中に招き入れた。


「お掛けになって、暫くお待ちください」

「ああ、ありがとう」


 案内してきた職員が部屋から出て行き、1人になったマッケンジーはソファに腰かけた。テーブルの模様を見つめながら大きく息を吐き、来るべき時が来たかと暗い気持ちになる。10分ほど待つと執務室側の扉が開いて、オットー国務尚書とクレッチマー国務次官が入って来た。


 マッケンジーはソファから立ち上がった。通常なら握手をして挨拶を交わすところだが、軽く会釈するに留める。相手もそんな挨拶行為など求めていないだろう。


「突然の呼び出しとは一体何事でしょうか」

「我が国は貴国に通告をしなければなりません」


 オットーはクレッチマーに目線で合図した。クレッチマーは1歩前に出て羊皮紙で出来た公文書を目線の高さに開き、中の文を読み上げた。


「ヴァナヘイム帝国は余 皇帝ランベルト・フォン・シュトルムの名において 帝国歴3年9月15日午前0時をもってトリアイナ王国に対し宣戦を布告する。

 トリアイナ王国は余の再三の平和的な従属勧告に応じず あまつさえ軍備を増強し 公然と帝国の目指す世界平和統一を否定してきた。事ここに至り 戦争によって解決するしか方策無しと認め、余の軍隊に出撃を命じた。精強なる余の兵は余の目指す世界構築のため、命を捨てて戦うであろう…」


 その後も長々と開戦に至る経過を聞かされたが、マッケンジーは心の中に何を今更という感情が渦巻いている。要は南半球と赤道の大国スケリアを制圧した今、全戦力をエウロペ、イザヴェル、トリアイナに振り向け、一気に征服してしまおうということだ。30年前同様、驕った考えとしか思えない。だが、今の帝国にはそれだけの戦力があるのも事実だ。マッケンジーが考え事をしている内に宣戦布告書の朗読は終わったようだ。


「そういう訳です。残念ですが後4時間程で我が帝国は貴国と戦争状態に入ります」

「回避する術はもうない…と言う事ですね」

「その通りです。貴国大使館及び帝国内の王国人には10日以内の国外退去を命じます」

「退去には船舶を使用することになりますが、帰国の安全は担保されるのでしょうな」

「もちろんです。帝国は人道主義を標榜していますのでね」

「……(どの口が人道主義を言うのか)」


 宣戦布告書を受け取ったマッケンジーは、挨拶することも無く、踵を返して建物を出ると、待機していた大使専用車に乗り込んで早々に国務省を後にした。


「とにかく、直ぐに本国に報告しなければ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アースガルドのあるロランド大陸東部時間9月14日午後8時は、トリアイナ時間では9月15日午前9時である。この日、トリアイナ王宮ではアーサー国王の同席の元、早朝から世界情勢の現状分析会議が行われていた。


「……次に、エウロペ方面の情勢について説明します」


 壁に貼られた巨大な世界地図の前で情勢を説明していた、王国参謀本部情報分析科のアラン・ベイツ中佐がエウロペ地方中央部を指示棒で指した。


「現在、ザグレウスとドロイゼン国境には両軍の主力が集結しております。ヴァナヘイム・3国軍事同盟側にオスマニア攻略後に補給を終えたアルス・ローベント大将指揮の3個機甲師団、5個歩兵師団計16万人が合流しました」

「帝国の勇将と名高いローベント大将がエウロペ戦線に御到着か」


「これにより、ヴァナヘイム・3国軍事同盟側の総兵力は機甲師団10個、歩兵師団30個となります。特に機甲師団全てにドアマース大隊2編成(1編成24機)が含まれています。このほか、支援隊としてフィンヴァラーⅤとアルビオンを配備した航空部隊の存在も報告されており、総兵力は約80万人に及ぶと推定されます」


「凄まじい戦力だな。一方の条約機構軍の方はどうなのだ?」

「こちらの方も国境から約20キロの場所に防衛線を構築し、戦力の集中を図っているようです。入手した情報によると、ドロイゼン共和国軍を主力として、ノルド王国、ロディニア、アルスト等加盟国のほぼ全ての軍を集結させています。さらに、撤退したザグレウス防衛軍も合流しているとの事です」


 ベイツ中佐は指示棒をドロイゼン側に移して説明を続けた。


「情報によりますと、帝国軍前面にはドロイゼンの主力軍、3国同盟軍にはノルド王国を中心とした条約連合軍が対峙しているようです。その兵力は6個機甲師団、25個歩兵師団で地上軍の総兵力は約57万人です」


「厳しいな…」

「ですが、航空兵力では条約機構軍が上回っています。ドロイゼンは魔導エンジンの独自開発に成功して以降、新たな設計の元、ヴァナヘイムの人形飛行兵器とは一線を画す航空機を開発し、数多く配備しています。地上兵力の不足分は航空兵力で補う作戦と思います」

「例えばどんなものがあるのだ?」


 アーサー国王の問いに、中佐は手元の資料を見ながら説明した。


「円盤型戦闘機パブローバPPK、推進式戦闘攻撃機VF262ヴァルキューレ、地上攻撃機JK88ストルムが防衛の要になると思われます」

「ドロイゼンの航空機は、我が国の航空力学を研究して開発された経過があるって聞いたわ。エンジンこそ魔導機関だけど、我が国の軍用機と遜色ない性能を有しているとか」

「ベアトリーチェ様のおっしゃる通りです。特に最新鋭機のVF262の性能は卓越しており、我が国でこの機に対抗できるのは、配備中の陸戦「光電ライトニング」か、現在開発中のエンテ式戦闘機「蒼空」、ジェット戦闘攻撃機「火竜ザラマンダー」くらいでしょう」


 ベイツに続いて参謀総長のミューゼル大将が言葉を引き継いだ。


「それと、ドロイゼンの要請に基づき、ロケット兵器の設計図も渡してある。構造が簡単で、火薬の代わりにマナエネルギーを使っても問題なく威力を発揮できるものだ。量産化して上手く運用できれば、かなりの力になるだろう」


「なお、イザヴェルを通じて入った情報によると、陸上軍支援のため、帝国第8及び第9艦隊で編成された第5任務部隊が出撃したとの情報もあります。これに対し、ドロイゼンは魔導戦艦モンテローザを旗艦とした迎撃艦隊を出撃させたとの事です」

「艦隊戦ではドロイゼン側が不利ですね…」

「ドロイゼン艦隊の指揮官は知将の誉れ高いビュコック提督だ。彼の老練な手腕に期待するしかない」


 ミューゼル大将はぼそりと呟いた。アーサー国王は彼らの話に頷くとイザヴェル国の動きについて聞いて来た。ベイツは再び指示棒を地図に当てて説明を始めた。


「イザヴェル国はエウロペ条約機構国と長年安全保障条約を締結して来ました。これには自動参戦条項も含まれていますが、イザヴェルは外交で何とか戦争回避はできないかと帝国と折衝を続けていたことから参戦は見送ってきました。ただ、条約機構からの要請に基づき、食料・医薬品等の支援物資の提供はしています。また、大量の避難民の受け入れも行っています。しかし…」


「帝国はイザヴェルとの対話を一方的に破棄した」

「そのとおりです。これにより、イザヴェル政府は自動参戦条項に基づき軍に出動を命じました。現在、イザヴェル西部方面軍がドロイゼンに向けて移動中です。彼らが加われば、条約機構軍は戦力差を互角に持ち込むことができます。さらに、中央軍も西部方面に移動を始めました」


「条約機構軍には何とか持ちこたえてもらいたいが…」

「イザヴェル中央軍は精強で知られています。彼らが参戦すればエウロペ戦線は何とかなるでしょう。ただ、問題はそこではありません」


 ベイツ中佐は指示棒でスケリア島の位置を軽く叩いた。


「現在、帝国第6、第7艦隊が接収したスケリア島のスルード海軍基地で補給・再編をしています。さらに、本国から多数の輸送船舶が集結しているとの情報もあります。恐らく、南から一気にイザヴェル南岸を攻めるつもりかと考えられます」

「イザヴェル軍の対応は?」

「南部リーシャル諸島のグルッグ海軍基地に全艦隊を移動させています。これに関してですが、イザヴェル政府からトリアイナ海軍の艦艇派遣を要請してきています」


「直ぐには返答できないわね。我が艦隊も数が限られている。本国防衛に振り向けるので精いっぱい。もう少し様子を見たいわ」

「そうも言っていられないだろう。イザヴェルと我が国は安保条約こそ無いものの、経済的につながりの深い友好国だ。何らかの協力は必要と思う。それに、イザヴェル艦隊が敗北すると我が国一国で帝国と対峙せざるを得なくなり、防衛が一層苦しくなる」

「そうはいってもお兄様、テーチス海方面とシルル諸島の防衛に艦隊は必要です!」

「バ、バカ! 会議の席上でお兄様は止せ!」

「あ、そうでした」


 軍務大臣ベアトリーチェと国務大臣ジェフリーが意見を交わす中、ミューゼル大将が発言を求めた。


「水上艦艇の派遣は難しくても、潜水艦隊の派遣なら可能ではないでしょうか。海軍には4個潜水艦隊32隻の潜水艦があります。潜水艦はヴァナヘイムも保有していない我が国の秘匿兵器です。潜水艦隊の一部を派遣し、間接的に支援させるのはいかがでしょうか」

「なるほど…。いい考えかも知れないわね」


 潜水艦隊の派遣については軍務省と参謀本部で検討することになり、続けて国防態勢についての協議に移った時、会議室の扉がノックも無く勢いよく開かれ、国務省の職員が慌てた様子で中に入って来た。


「会議中の所失礼いたします。たった今、在ヴァナヘイム大使館から緊急連絡が入りました!」


 職員は、ジェフリーに通信文を渡した。内容を読んだジェフリーの顔が愁いを帯びたものになる。「来るべきものが来た」そう感じさせる表情に、場の全員が覚悟した。ジェフリーは立ち上がって全員を見回して言った。


「内容は想像がついていると思うが、帝国歴9月15日午前0時、トリアイナ時間で同日13時をもって、帝国は我が国に宣戦布告するとのことだ」


 3時間後には戦争が始まる。覚悟はしていたとはいえ、その事実に会議室はどよめいた。アーサー国王は通信文を受け取り、目を通した後にぎゅっと文書を握り締め、目を閉じて暫し沈黙した後に口を開いた。


「戦争回避はもう出来ないのだな?」

「宣戦布告がなされた以上、対話は難しいでしょう。我々が望まなくても戦火は確実に我が国に及びます。抵抗しなければ国土、国民が蹂躙される未来しかありません」

「それに、今だ各国が自らの血を流しながら抵抗している中、我が国だけが傍観している訳にもいきません」


 ジェフリーとミューゼルが答え、アーサーは再び瞑目した。ベアトリーチェは兄の心の内がよく理解できる。アーサーは国民を心から愛し、大事にしている。戦うということは愛する国民に血を流すことを強いることになる。優しい兄はそれが辛いのであろう。彼らに続いてベアトリーチェが話を始めた。


「故伊藤提督の言葉を思い出します。軍隊は国民の生活を、生存権を守るために戦うべく存在するのであると。その言葉には軍隊の存在意義そのものを問う重みがあります。伊藤提督が生きていらしたら、きっとヴァナヘイムのような間違った正義に軍を使うべきではないとおっしゃるでしょう。30年前、トリアイナ軍は自らの国を守る力も無く、帝国に蹂躙され、国が滅びるのを待つだけでした。そこに時間と空間を飛び越えて彼らが来た。そして、命を懸けて国を守るという姿を見せてくれました。でも、今は違います。私達は魔導技術に対抗できる異世界の技術を手に入れました。次は、この力を使って私達自らが国を守って見せる番です」


 ベアトリーチェの言葉に頷いたアーサーは、カッと目を見開いて立ち上がった。全員の視線が集中する。


「ベアトリーチェの言葉は私の心に刺さった。正にその通りだと私も思う。和平のため努力してもらっていた者達には大変申し訳ないが、事ここに至っては致し方なしと考える。トリアイナ王国はヴァナヘイム帝国からの宣戦布告に対し、実力をもって立ち向かうと、ここに宣言する。国民には多大な負担をかけることになると思うが、王国の独立と自由を守るため、皆の努力に期待するところ大である!」


 全員が起立して一斉に礼をした。アーサーは全員を座らせるとそれぞれに指示を出した。


「ジェフリー。国民には私が直接話す。草稿の準備を頼む。それと、戦時国民避難計画の策定も急ぐように」

「わかりました。早急に準備します」


「ベアトリーチェ、軍務省は軍需産業企業に兵器生産の増産を命じよ。特に航空機メーカーには開発中の新型機を優先するように。併せて兵員の募集も進めるのだ」

「はい」


「産業省は戦時計画に基づき、国民生活に支障のない範囲で金属加工企業に武器弾薬の生産協力を行うように指示せよ。また、金属・非金属鉱山の増産及び金属資源の輸入も増やすように。戦争となれば補給こそ生命線だからな。補給無くして勝利はおぼつかない」

「直ちに関係部署に指示します」


「農務省も食糧増産計画の実施を進めてもらいたい。また、備蓄食料の軍事転用も行うのだ。ただし、国民には今まで通りの供給体制を維持してもらいたい」

「我が国は世界有数の食料生産国です。ただ、食料生産には農業機械を動かす燃料が必要です。産業省にはその分の燃料供給をお願いします」

「うむ。よく連携して行ってくれ」


「それと、戦時計画に基づき、本日ただ今を持ってトリアイナ軍参謀本部を陸海軍統合作戦本部に組織改編する。ミューゼル大将!」

「ハッ!」

「貴官を参謀総長から陸海軍統合作戦本部長兼軍最高司令官に任命する。トリアイナの未来を守ってくれ。頼むぞ」

「全力を尽くします」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 誰もいなくなった会議室で、国王アーサーは1人窓辺に立ち、太陽の光を反射してキラキラ輝くビスケス湾を眺めていた。湾を往来する小船が行き交って、戦争が間近に近づいているとは感じさせない。


「………。(美しい。亡き父がこの景色を愛していたのがよくわかる。父が愛したこの国を景色を絶対に戦火に晒したくはない。30年前は日本の方々が助けてくれたが、今度は自らの力で守らねばならん。国民には負担をかけてしまうな…)」


「お兄様…」


 振り向くと声の主はベアトリーチェだった。


「どうしたリーチェ。忘れ物か? お前はいくつになってもおっちょこちょいだなあ」

「違いますよ! 50も半ばの女におっちょこちょいはないでしょう!?」

「ははは、許せ。で、どうした?」


 からかわれたことにちょっと怒ったベアトリーチェは、真顔に戻るとアーサーの隣に並んで窓の外を見た。


「不安なのですか?」

「当然だろう。本心を言えば戦争なんてしたくないんだ。国も民も深く傷つくだけだからな。それに、もし負けたらと思うと…」

「だめですよ。国王様がそんな顔をされちゃ。皆の士気が落ちちゃいます」

「リーチェ…」

「大丈夫ですよ。30年前とは違います。私達も戦う力を持ちました。その力と国民を信じましょう。大丈夫、私達はお兄様について行きますわ。だから自信を持ってくださいな」

「ありがとう、リーチェ。この国の未来を守るため、力を貸してくれ」


「お任せを。それに、新型の戦闘機や戦闘車両が開発・量産されてます。これらは私達の大いなる力になってくれるでしょう。特に開発中の新型局地戦闘機の蒼空は凄いですよ。あれを見たらヴァナヘイムの航空兵、驚いてお漏らししちゃうの間違いなしです!」

「お漏らしって…お前なぁ。ったく変わらんな。伊達君も苦労してるんだろうな」

「まあ失敬な! 私達は今でもラブラブですっ!」


「くっ…あはははは」

「うふふっ。頑張りましょうね、お兄様」

「ああ!」


 アーサーとベアトリーチェは海を眺めながら笑い合い、トリアイナの街並みと行き交う人々を見て、どんな困難が待ち受けようと絶対にこの国を守ろうと心に誓うのであった。

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