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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第6話 フォルティナ・モルゲン

  エウロペ地方中部の国ザグレウスを占領したリシテア・プリギュア・ポリディアの3国軍事同盟は、ドロイゼン共和国国境まで30km地点に前線基地を築いていた。一方、エウロペ条約機構軍も国境付近に軍を展開させて迎え撃つ構えを見せている。3国軍事同盟といえど、強力な軍事力を持つ条約機構軍相手では簡単に攻め入ることはできず、威力偵察を兼ねた小規模な小競り合いを行うに留まっていた。この状況を打破するため、軍事同盟側はヴァナヘイム帝国からの大規模な増援を待っている状況にあった。

 ここ、ドロイゼン共和国と国境を接するカルヴォ地方の一都市カルラッツもまた、リシテア及びヴァナヘイム軍に占領され、ヴァナヘイム帝国部隊の駐屯地のひとつとして、大規模な航空基地が市街に隣接して建設されていた。基地には連日帝国の誇る飛行兵器が飛来し、その様子を市民は不安げな面持ちで眺めている。


 アトランティア歴1875年、新ヴァナヘイム歴3年の9月4日、カルラッツ基地に全身を黒く塗装した重武装飛行機械アルビオンの1個小隊が到着した。アルビオンは全高16.5m、自重14.2tもあるヘビー級の人型飛行兵器である。乗員1名、大型の魔導ジェネレータ2基を搭載し、最大飛行速度628km/h、連続飛行時間75分、口径40mmの魔導ライフル砲と70mm対地魔導砲、多連装魔導弾(ロケット砲)を装備した重武装高性能機である。

 着陸後、特設の大型格納庫に入った小隊3機のアルビオンから搭乗員が降り立った。直ぐに整備兵が機体に取り付く。格納庫から出た男性搭乗員が頭の後ろで手を組み、周囲を見回してフンと鼻を鳴らした。


「あ~あ、スケリアでの任務が終わったら暫く休めると思ったのによぉ~。こんなつまんねぇ場所に飛ばされるとは思わんかったぜ、クソッたれ! いい女でもいなきゃやってられねぇぞ」

「ジード、大声を出すな。それに俺達は遊びに来たんじゃないぞ」


 もう1人の男性搭乗員が悪態をつくジードという名の兵士に黙るように言った。それが面白くなかったのか、ジードは怒鳴り返してきた。


「ウルセェ! いい子ちゃんぶるんじゃねえよ、この優男が」

「下品なクソ野郎よりは優男の方がマシだ」

「何だとテメェ!」


「やめろ二人とも、少しは慎め。司令部に到着を知らせに行くぞ」

「申し訳ありません小隊長」

「チッ…」


 小隊長を務める女性兵士がピシャリと窘めるように言った。小柄な女性であるが眼光は非常に鋭い。その視線に射すくめられ、ジードともう一人の男性兵士グレイブが黙る。小隊長は2人を一瞥すると、司令部の入っている建物に歩みを進めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「フォルティナ・モルゲン以下2名、着任の挨拶に伺いました」

「入れ」

「失礼します」


 司令官室の扉を開け、中に入った3人は部屋の窓辺に立つ、少将の階級章を付けた男性にサッと敬礼した。


「フォルティナ・モルゲン少尉、スケリア戦線より参りました」

「グレイブ飛行兵曹着任しました」

「オレ…自分はジード飛行兵曹ッス」


「カルラッツ基地司令のオイゲンだ。よく来てくれた」

「ハッ!」


 オイゲン大佐は執務机の椅子に座り、転籍に関する書類を手に取って目を通した。


「少尉はスケリアでは相当活躍したようだな。単独で撃墜16機、地上撃破74台。その若さでエースか。さすが漆黒の魔女と呼ばれるだけある」

「……………」

「さらにチームでの戦果も凄まじい。スケリアでは1個機甲中隊を3分で壊滅させたそうだな。黒の死神とはよく言ったものだ」

「…いえ、勝利は我々だけの戦果ではありません。部隊全体の戦果です」


「謙虚だな。まあいい。近いうちにオスマニアから増援が到着する。それを待って3国同盟と我がヴァナヘイム軍は進撃を開始する予定だ。本国からは冬が来る前にドロイゼンを占領せよと言ってきている。君らの活躍に期待する」

「ハッ!」


「さて、君らの新たな部隊は第17特別攻撃大隊だ。大隊長はミュッケンベルガー大佐だ。下がって良い」


 3人はサッと敬礼した。グレイブとジードは踵を返して司令官室を出たが、フォルティナは少し迷った表情をした後、オイゲン少将に疑問に思っていたことを訊ねた。


「あの…司令官閣下、聞いてもよろしいでしょうか」

「なんだね?」

「私はトリアイナ攻撃部隊への転属願を出していたのですが、何故エウロペ戦線に配属になったのでしょうか」

「ふむ…」


 オイゲン少将はじっとフォルティナの顔を見た。


「皇帝の目指す帝国による世界統一の最大の障壁はトリアイナ王国だ。聞いた話だと近々宣戦布告が発布されるとのことだが、トリアイナ攻略は第3から第5艦隊を再編・統合した、新たな任務部隊が行うと決定されている」

「では、私を第3から第5までの、いずれかの艦隊に転属させてくれませんか。お願いします!」

「…無理だな」

「何故です!」

「このエウロペ戦線も重要だからだ。条約機構軍は最新兵器を揃える決して侮れない敵だ。さらに、イザヴェル国も支援物資を送り続けている。帝国の目的達成のためには条約機構軍を殲滅し、この地を占領しなければならない。この困難な任務を遂行するためには、君らのような優秀な兵と部隊が絶対に必要なのだ」

「……………」


 納得いかないような顔で黙り込むフォルティナに、オイゲン少将は訊ねた。


「どうして、トリアイナ方面に行きたいと言うのだね」

「……。30年前、私の祖父は帝国艦隊司令部補佐官としてトリアイナ攻略に参加してました。そして、異世界の戦艦と戦い、戦艦ヨルムンガンドと共にテーチス海に沈みました。その仇を取りたいのです」

「モルゲン…。どうりで聞いた名前だと思っていた。君はモルゲン大佐の関係者だったのか」

「祖父をご存じなのですか?」


「ああ。私は若い頃、帝国艦隊司令部の航空科に勤めていたことがあったからね。とはいっても、モルゲン大佐は司令長官付きだったから、廊下で顔を合わせる程度だったが」


 30年前、世界最強の帝国艦隊は想定外の大敗北を喫した。帝国の権威は失墜し、皇帝の責任を問う声が大きくなった。さらに、戦死した家族の怒りは司令部要員の家族にも向けられ、住む場所を追われる人達も多かった。フォルティナの母、メロディは当時13歳であったが、人々の視線を避ける様に、家族共々隠れて暮らすしかなく、相当に辛い思いをしたと話してくれたことがあった。


「トリアイナは自らの手を汚さず、異世界から現れたという艦隊の力で戦勝国を名乗った卑怯者です。私は祖父を殺し、母を苦しめた卑怯者共をこの手で地獄に叩き込んでやりたいのです」

「なるほどな…。少尉の気持ちは分かった。であれば、尚更条約機構軍相手に戦い、戦果と実績を上げたほうが良いと考えるがね」

「どういう事ですか?」


「帝国とトリアイナは艦隊同士の戦いから始まると想定される。敵艦隊を撃滅した後に敵地上陸、占領に向けた地上戦と続く。地上戦になればアルビオンやドアマース部隊が戦闘の中心になる。その時、誰もが認める実績を有していればトリアイナ戦線に必要な者として君の力が求められるだろう。そのためにも、早期に条約機構軍を粉砕して見せろ。漆黒の魔女と呼ばれるその力、期待しているぞ」


「…わかりました。微力を尽くします」

「うむ。では下がりなさい」

「ハッ!失礼します!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 司令官室を出たフォルティナは、廊下の壁に背を預けて待っていたグレイブとジードに気付いた。


「なんだ。待っていたのか?」

「まあ、そんなところです」

「隊長が残ったんで、何かスケベな展開でもあるかと思ったんですがね。何もなかったな。つまんねーの」

「馬鹿か。くだらない事言ってないで、部隊長の所に挨拶に行くぞ」

「へーい」


 司令部の入っている建物を出て、第17特別大隊が入っている建物に向かった。離発着ポートではひっきりなしにフィンヴァラーⅤやアルビオンが離発着し、遠くでは訓練地域に向かうのか、ドアマースが移動しているのが見える。その様子を見ていた3人の耳に魔導エンジンの甲高い音が聞こえてきた。そちらの方に目を向けると、大型爆撃機ドランの輸送型が滑走路に着陸した所だった。停止したドランの後部ドアが開き、貨物が次々と下ろされていく。


「侵攻の準備は着々と進んでいるようですね」

「…………」

「そう難しい顔をするなよ隊長。まあ、なんだ。暫く辛抱すればトリアイナの野郎共をぶっ飛ばしに行けるかも知れねぇんだ。それまでは条約機構軍のクソ共を叩き潰してやろうぜ」

「…もしかして、聞いてた?」

「わりぃ」

「俺達はどこまでも隊長にお供しますよ。まあ、帝国艦隊の3個艦隊が集まった任務部隊で攻められれば、いかにトリアイナといえど、あっという間に終わっちまうかも知れませんがね」

「不謹慎な発言になるけど、そうならないように祈りたいわね…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「くっそ、何だってんだよ。あのミュッケンベルガーって野郎は。陰険にも程があるぜ!」

「ジード、周りに聞こえる。静かにしなさい」


 あいさつ回りを終えて一段落した頃には日も沈む時刻となっていた。おまけにずっと歩き回っていたおかげで空腹に我慢できなくなったこともあり、夕食を摂るため食堂に来たフォルティナ達。

 肉料理をトレイに載せながら大声で文句を垂れるジードに、静かにするよう諫めるグレイブだったが、彼も納得いかないような顔をしている。一方、当のフォルティナはあまり気にしていないようで、好物のフルーツをトレイに山盛りにしながらジードを注意する。


「しかし、あれが部隊長では先が思いやられますね」

「隊長が女だからって馬鹿にしくさって。ぶん殴ってやろうかと思ったぜ。全くよぉ」

「私は気にしていない。あまり吼えるなジード。迷惑になる」

「だけどよぉ」


 着任の挨拶をするため、第17特別攻撃大隊司令官のミュッケンベルガー大佐と面会したフォルティナ、グレイブ、ジードだったが、小隊長のフォルティナが若干20歳ということもあってか、小娘と馬鹿にしたような発言が随所にあり、グレイブとジードを苛立たせたのだった。


「いいから。さて、空いてる席はどこかな…」

「お、あそこが空いてるぜ」


 夕食時とあって広い大食堂も大勢の兵士でごった返しており、テーブルもほぼ満席状態だが、それでも空き席を見つけて座ると食事を始めた。料理を腹に入れて空腹が満たされるとイライラした気分も落ち着いてくる。3人は条約機構軍の戦術や今後の訓練方針について話していると、突然「ドン!」と大きな音がして目の前のテーブルに手が叩きつけられた。


 食事の手を止めて顔を上げると、髪の毛を短く刈り込んだ、いかつい顔の大柄な女兵士がニヤニヤと笑みを浮かべてフォルティナを見下ろしていた。女兵士の周囲には同じ部隊らしいアンダーウェアにズボン姿の男兵士も3人ほどニヤついた顔で立っていた。グレイブとジードが「ガタン!」とイスを鳴らして立ち上がり、女兵士達を睨みつけた。


「ふ~ん。この基地に漆黒の魔女とか二つ名の付いた撃墜王エースが来るっていうんで、どんな怪物が来るのかってビビってたんだけど、冴えない小娘じゃないか。ビビって損したよ」

「……………」

「ほんじゃ、なにかい? アンタらが戦争やってきたスケリアってのは、小娘でもエースになれるくらいの貧弱な坊や達だったのかい? あたいらもスケリアに行きゃあ良かったぜ。そしたらあたいらみんなエースさね」


 女兵士と一緒に集まった兵士がどっと笑った。激高したジードとグレイブが反論する。


「ふざけんじゃねぇぞ、ゴリラ女!スケリア戦線が子供のお遊びだったって言うのか!?」

「アンタらは知らないだろうが、スケリアにはヴィマーナという高性能な飛行兵器があって、我々の仲間もかなりやられたんだ。決して弱い敵ではなかった」


 反論を聞いた女兵士は小馬鹿にしたように鼻をフンと鳴らした。


「ここエウロペ戦線は地上戦が主戦場なんだ。爆発で吹き飛んだ敵味方の体の破片や血で塗れた泥を被る覚悟があんたのような小娘にあるってのかよ。アンタのような小娘が来たところで何が出来るんだい。ひょろひょろ飛び回って、あたいらドアマース隊の邪魔だけはしないでもらいたいもんだね」

「そうそう。お前みたいな小娘は兵士相手の花売りでもしてりゃあいいんだよ。どうだ? オレが相手してやろうか」


 フォルティナ達を囲んでいた兵士たちがどっと笑った。


「テメェら、いうに事欠いて何てこと抜かしやがる! 隊長を侮辱しやがって許さねぇ!」

「ジード、止めなさい」

「止めるな隊長。オレはもう我慢できねえ!」


 いきり立つジードをフォルティナが制止し、グレイブが体を押さえて止める。女兵士はフォルティナに顔をグッと近づけた。


「ケンカも出来ないような臆病者はさっさとママのところに帰りな!」

「臭い口を近づけるな、駄犬ドアマース

「な…ッ!?」


 思わぬ反撃を受けた女兵士は顔を真っ赤にして離れると、フォルティナは空になったトレイを持って立ち上がった。


「地上戦は生と死が紙一重の地獄の戦場であることは承知している。だが、それは航空戦も同じ事。死角から襲い来る敵の飛行兵器、連続して撃ちあがってくる激しい対空砲火とこれらに捉えられて墜ちて行く多くの仲間達…。地獄なのは空も同じなのよ」

「くっ…」

「あと、ひとつだけ言っておくけど、私はこんな所で死ねないの。トリアイナの卑怯者共を叩き潰すまではね。だから、生き残るためなら何でもする。場合によっては味方だって撃つわ。私に殺されたくなかったら 私の活路の邪魔だけはしないことね」

「こっ、この野郎!」


 頭に血が上った女兵士はフォルティナに殴りかかってきた。フォルティナはトレイをジードに投げ渡すと、サッと半身になって構え左腕でパンチの軌道を逸らすと右拳を思い切り相手の顔に叩き込んだ。女兵士は「ギャッ!」と叫んで吹っ飛び、テーブルやイスを巻き込んで床に転がった。

 女兵士が倒された事で、仲間が一斉にフォルティナ達を取り囲み、一触即発の状態になる。騒めく食堂に大きな声が鳴り響いた。


「お前たち、一体何をしている!」


 フォルティナが声の方を向くと、大尉の襟章を付けた精悍な顔の将校が立っていた。慌てて女兵士が立ち上がり、仲間達と一緒に敬礼した。将校はじろりとフォルティナ達に視線を向けた。


「これは一体何の騒ぎだ」

「ハッ。あの…これは…」

「大方、お前達が彼女らに因縁でも付けたんだろうが、バカモノ! メルダ、ダン、カイ、ロウガイ。お前ら体力が有り余っているようだな。訓練場10周してこい!」

「ええっ! 今からですか!?」

「不満か?」

「いいえッ! メルダ兵曹長以下3名、訓練場周回承りましたッ!」


 女兵士は青い顔で敬礼すると仲間を連れてバタバタと食堂から出て行った。騒ぎが収まったことで食堂にいた兵達がテーブルとイスを直し始めた。その様子をちらと見た将校は今度はフォルティナに顔を向けた。


「迷惑をかけたな少尉。良ければ名を教えてもらえるか」

「フォルティナ・モルゲンです。大尉」

「そうか、君が…。私はヴァルター・リュッケ。ドアマース第一突撃大隊の隊長をしている。君のうわさは聞いている。優れた腕のエースが来るのは大歓迎だ。一緒に戦うのを楽しみにしている」


 リュッケ大尉はそういうと、踵を返して食堂を出て行った。彼の背中を見ながらフォルティナは、階級が下の者にも礼を持って接する、彼の人となりに感心していた。


「……(リュッケ大尉…か。あんな人もいるんだ)」

 帝国側の主人公とも言えるフォルティナ登場です。今後、彼女は王国の人物とどうからむのか…。ただ、彼女の出番はもう少し先になります。

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「自らの手を汚さず、異世界から現れた艦隊の力で戦勝国を名乗った卑怯者」?  フォルティナ・モルゲンには、思い知らせる必要が有りそうですね。 「自分たちは善、敵対した者が悪」だと思い込むのは、独善だとい…
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