第5話 老雄と少女
ニュースが終わると再び音楽番組が始まり、今流行りの音楽が流れ始めた。しかし、曲の明るさとは裏腹に大海食堂の店内は暗く沈鬱な雰囲気となってしまった。
「やりやがったな。ヴァナヘイムの外道共が…」
アドルがボソッと呟いたのを切っ掛けに客同士、戦争の話題で持ち切りになる。誰もがトリアイナとヴァナヘイムの戦争を予感しており、直ぐに現実になるのだと感じているのだ。店主の源三郎と妻のエミリアは何も言わず厨房で仕事を続け、大介は黙々と洗い物をしている。一方、あおいは不安そうな顔で話しかけてきた。
「アレックスさん、アドルさん。トリアイナもヴァナヘイムと戦争になっちゃうの?」
「それは分からない。政府は戦争回避の方策を探っているが、ヴァナヘイム側がどう考えるか次第だな」
「しかし、前皇帝のリヒャルドは穏健派で和平条約も遵守していた。再軍備こそ進めていたが、それはあくまで内政安定のためであって、対外政策に武力を用いることはせず、国内の強硬派も上手く抑えていたのだが」
「3年前のクーデターで皇位簒奪が起こってから全てがおかしくなったな。現皇帝はランベルトという名はわかってるが、一体どのような人物なのか不明だしな」
「どんな人物かはわかってる」
「お兄様?」
「世界征服という夢想に取り付かれただけの血に飢えた狂人だ」
「その意見には同感だ」
温和なアレックスにしては珍しく、厳しい顔をして吐き捨てる様に言い、アドルも同意だとばかりに頷いた。しかし、顔を上げてハッとする。シャルロットとあおいちゃんが暗く不安そうな顔をしていたからだった。アドルは慌てて立ち上がり、2人の頭にポンと手を置いて勤めて明るい表情を作って言った。
「そんな顔するなよ。仮に奴らが戦争をふっかけてきてもトリアイナはヴァナヘイムには負けはしないって。昔、あおいちゃんの親父さん達がこの国を守ってくれたように、今度はオレ達が守ってみせるよ。絶対にな」
「うん。絶対だよ」
「お兄…。ありがと安心させてくれて。でも、無理だけはダメだからね」
あおいちゃんとシャルロットは少し安堵した表情でアドルにお礼を言った。厨房から見ていた源三郎とエミリアも微笑を浮かべ、ニュースを聞いて暗い気持ちになっていた他の客も表情が緩んだ。店内の雰囲気が和らいだことで、アレックスも妹グリーンベルに声をかけようとしたが…。
「ごっきゅ、ごっきゅ、ごっきゅ…ぷっはー! ごちそう様でした」
「………。妹よ、花の女子高生がどんぶり抱えてスープを飲み干すのは、いかがかと思うぞ。しかも、全身から漂うニンニク臭が凄いんだが…」
「あら、ラーメンのスープは豪快に飲まなければ大将に失礼なのですわ。それに、ニンニクは健康とお肌の美容に良いのです」
「お前が良ければ何も言わないが…。俺が聞くのもなんだが、不安じゃないのか? その、戦争の事とか」
「不安じゃないと言えばウソになります。でも、心配したからって物事が解決する訳もないですし、それなら物事を前向きに考えた方が精神衛生上健全です。それに私も王家に連なる者。いざとなればこの国を守るため、銃を手にする覚悟だってありますわ」
「はあ…。お前は母さんそっくりだな。破天荒で無鉄砲なところなんか特に。父さんが聞いたら泣くぞ」
「まあ、お兄様ったら失敬な。私はお淑やかが売りなのですわ」
「いや、見た目だけでしょ、お淑やかなのは。ベルの性格はベアトリーチェ伯母様とそっくりだと思うわ。怖いくらいに」
「オレも同感だ」
「うんうん」
アレックスのため息&呟きにシャルロットとアドルが同意し、何故かあおいちゃんも頷いている。その反応に何だか納得いかず、憮然とするグリーンベルだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トリアイナ本島の北に位置するトゥーレ島。その中心都市イヴァレーア(人口40万)は貿易港として発展してきた港湾都市である。
イヴァレーア港に隣接した公園の岸壁に1隻の巨大な軍艦が停泊していた。その艦の名は「大和」。かつての戦争でヴァナヘイム機動艦隊を打ち破った、異世界から現れた大型戦艦である。現在は記念艦として、戦勝のシンボルとして静かに体を休めている。
大和は記念艦として毎週土日と祝日は一般に開放されており、内部には入れないが、甲板までなら自由に入れるため、開放日になると大勢の市民や観光客が訪れ、ヴァナヘイムの魔導戦艦を撃ち破った巨大な主砲を見上げては感嘆の声を上げるのであった。
ある平日の午後、中学校の制服を着た少女が大和にやってきた。平日は大和の開放日ではないが、彼女はバリケードを除けてタラップを上って甲板に上がると周囲を見回した。
「た、確か今日は前部砲塔周辺の清掃をするとか言ってたけど、いないな…」
少女は後部甲板に移動した。すると第3砲塔周辺で作業をしている10人ほどの集団を見つけた。少女はホッとして集団に駆け寄ると声をかけた。
「おじいちゃん!」
「ん? おお、アトリアか。学校帰りか」
作業をしていた人達は手を休めてアトリアと呼ばれた少女の周りに集まってきた。その中から1人の白髪の老人が相好を崩してアトリアに近づいた。老人の名はウォルフガング・コーゼル。元ヴァナヘイム帝国海軍准将で魔導戦艦ヨルムンガンドの艦長だった人物だ。
王国に亡命したコーゼルは、特別の計らいで第一航空戦隊の司令部幕僚として勤務することが許され、中将まで昇進した後、10年前に退官した。その後、家族と暮らしながらかつて戦った戦艦大和の整備・清掃をボランティアで行っているのだ。
最近では退役した元大和乗組員もボランティア活動に参加して、人数も15人になっている。
アトリアはコーゼルの孫娘で14歳。イヴァレーア市内にある公立中学校の2年生だが、引っ込み思案で話し下手のため、友達がほとんどおらず、学校帰りによく大和に来て防空指揮所に登ってボーっと景色を眺めたり、艦橋に入って大和に話しかけたりしていた。そんな孫娘を心配したコーゼルは仲間と一緒にボランティア活動をさせて人と交流をさせようと気を配っていたのだが…。
「う、うん…そう」
「なんだ、アトちゃん。元気ねぇぞ!」
「きゃっ!?」
ボランティアメンバーの1人がお尻をパァン!と叩き、アトリアはビックリしてかわいい悲鳴を上げた。
「痛いよ黒田さん!」
「あっはっは! 元気じゃねぇか。その調子だよ。それにしてもいい尻だな~」
「も、もう…エッチ!」
「黒田さん。年頃の女の子をからかうもんじゃないよ。嫌われるぞ。アトちゃん、今日もじいちゃんの手伝いに来てくれたんか。いい子だな、これをあげるよ」
アトリアの尻を叩いて笑ったのは黒田吉郎。元大和の砲術長だった人物だ。頬を膨らませるアトリアに元砲術副長だった清水芳人が黒田を窘めながらお菓子の入った袋をアトリアに手渡した。
「あ…ありがとう。清水さん」
「アトリア、今日も手伝ってくれるのか。今日は皆で砲塔周りの錆落としとペンキ塗り、甲板清掃をしているんだが、お前には手摺とかの拭き掃除をしてもらうかな」
コーゼルは事前に準備していた彼女用の小さなバケツと雑巾を手渡した。アトリアはバケツを受け取りながら、申し訳なさそうに小さな声でコーゼルに言った。
「うん…あの、ごめんね、おじいちゃん。わたし、羅針艦橋の掃除をしたいの」
アトリアはバケツを受け取ると鞄をコーゼルに預け、パタパタと艦橋の扉を開けて中に入って行った。
「あ、おい。アトリア」
「うーん。何か様子がおかしかったなぁ。アトちゃん、また学校で嫌なことがあったんじゃないか? 少し心配だな」
「ですねぇ。どうも彼女は人に心を開くのが苦手のようだ。コーゼルさん、行っておあげんさい」
呆然と見送るコーゼルに黒田と清水がやれやれと言った風に声をかけた。
「すまない。黒田さん達は引き続き作業をお願いします」
黒田達に礼をしたコーゼルはアトリアを追って艦橋の中に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
岸壁に係留されたままの大和は陸上から最低限の電気を引いているため艦内照明は使用できる。アトリアは電源盤を操作して、ブレーカーを入れて照明を点灯させると、狭い階段を使って羅針艦橋に上った。
「はあ、はあ、はあ…。こ、こんにちは大和…」
息を整えながら大和に挨拶したアトリアは、早速バケツの水に雑巾を浸して良く絞ると、羅針盤やその周辺を丁寧に拭き掃除し始めた。
「ここの掃除、久しぶりだから埃がたまっちゃったね。今キレイにしてあげるね」
「…ねえ大和、聞いてくれる? 今日もね、クラスメイトのアンナさん達にお弁当捨てられちゃった。折角お母さんが作ってくれたのに。グスッ…」
「………。なんでこんなことするのって聞いたら、わたしのおじいちゃんや親が帝国出身だからなんだって…。今、帝国って色んな国を攻撃して大勢の人に迷惑をかけているでしょ。だから、帝国から来たわたしの家族に出て行けって…。でも、お母さんは帝国生まれだけど、お父さんはトリアイナ人だし、わたしもこの国で生まれたのに…グスグス…」
学校での出来事を思い出したら悲しくなって、涙がぽろぽろと零れ落ち、羅針盤を覆うガラスの上にいくつも水滴を作った。
「あ、ごめんなさい…。直ぐにキレイにするね…」
ハンカチで涙を拭うと、雑巾を絞り直してガラスを拭き始めた。手を動かしながらアトリアは大和に話しかける。話しかけても大和は答えてくれないが、何となく自分の話を聞いてくれているような気がして、家族にも話せないような事も大和には話せるのであった。
「大和は凄いよね。1隻で帝国の戦艦を4隻も沈めたんだもんね。おじいちゃんが言ってたよ、あんな凄い戦艦がこの世に存在するなんて信じられなかったって。今でも大和と戦った時のことをお話してくれるの。大和は強かったって。わたしも大和のように強かったらな…。だめだな、わたし…」
雑巾をバケツに戻したアトリアは長官席に座った。この小さな椅子に座ると何故か安心する。ポケットから先程貰った菓子袋を取り出し、袋を開けて中身を見た。
「わあ、キレイ…」
中に入っていたのは色とりどりの金平糖だった。一粒取って口に入れると砂糖の甘さがふわりと広がって、砂糖と一緒に悲しみも溶かしてくれるようだ。
「おじいちゃんと黒田さんや清水さんは敵同士戦ったのに、今じゃ仲のいいお友達同士だよ。敵同士が仲良くなれたのに、なんでクラスの子達は仲良く出来ないんだろ…」
「アトリア」
「えっ!?」
小さく呟いた彼女の背後から声がかけられた。ビクッとして振り向くと、コーゼルが優しい目をして立っていた。アトリアはコーゼルから目を逸らして俯いた。
「学校で何かあったのか?」
「…………」
「言いたくなければ言わなくていいさ。ただこれだけは言わせてもらっていいか?」
「…………」
「アトリア、何があっても人を恨んではいかんぞ」
「…えっ?」
「30年前、儂は戦艦ヨルムンガンドの艦長としてトリアイナを攻めたが、大和の前にヨルムンガンドは撃沈され、海に投げ出されて漂い死を覚悟した時、初霜という艦に助けられた。彼らは助けた帝国兵に毛布を与えてくれ、暖かい飲み物と食べ物をくれた。敗者に手を差し伸べるなんて帝国軍は絶対に行わないのに、日本の人達は違った。儂は様子を見に来た士官らしい兵に何故このように手厚くしてくれるのか聞いた」
「…その人はなんて言ったの?」
「その士官は見事な敬礼をしながら、「あなた方と我々は敵同士戦った。勝負は時の運であり、勝者もいれば敗者もいる。今戦いは我々が勝ったが諸官らもまた勇敢に戦われた。我々は諸官らに敬意を表する。今や諸官らと我々は戦友であり戦友を助けるのは当然である」と言ったのだ。しかも最後は笑みまで返してきた」
「……………」
「彼らだって少なくない負傷者や戦死者を出しているはずで、恨むのが当然なのに敵だった儂達を友人と呼び、手を差し伸べる。その言葉を聞いた瞬間、兵を使い捨てにしてきた帝国とは根本的にメンタリティが異なると感じたと同時に、勝てる訳がないと思ったよ。そして、この国に残って日本の方々をもっと知りたくなった。そして、今じゃ儂の艦を沈めてくれた当事者たちと友人同士になった」
「儂はこの国が好きだ。この国に住まう人も日本という異世界から来た人達もだ。帝国では感じえなかった人々との交流というものがここにはある」
「でも…。クラスの子がわたしをイジメるの。お母さんが帝国出身だからって…」
「そうか。だがアトリア、その子は悪くない。悪いのは帝国だ。その子は帝国の侵略に対する憤りに何もできないのがもどかしいんだ。行き場のない怒りをお前にぶつけているに過ぎないんだ」
「………。我慢…しなきゃ、いけないの?」
「我慢する必要はない。相手に止めるようにハッキリ言えばいい。とはいってもアトリアの性格じゃあ無理か…」
「…うん」
「なんだなんだ、アトちゃんイジメられてんのか!? そいつをおじさんの前に連れてきな。大和の46センチ砲でぶっ飛ばしてやるわ!」
「砲術長、15.5センチ副砲の使用を意見具申します!」
「アトちゃんを泣かせる奴は我らが敵! 三八式歩兵銃で銃剣突撃すべし!」
「黒田さん、清水さん、みんな…」
やっぱり心配になって、こっそり話を聞いていたボランティアメンバーが、我慢できなくなってどやどやと艦橋に入ってアトリアを取り囲んだ。卑怯な振る舞いに激怒する者、アトリアの気持ちを慮って慰める者、誰もがアトリアを心配している。
「見ろアトリア、お前には心配してくれる友人がこんなにもいる。だけどな、お前が話さないと誰も心配できないぞ。だから、両親にキチンと相談しなさい。きっといい解決方法を見つけてくれる。それと、改めて言うが人を恨んでも何も解決しない。きっといつか分かり合える。儂と黒田さんたちのようにな。その日は必ず来る。しかし、その日が来るまでは苦しい日々が続くだろう。だから、1人で悩まず人を頼れ。そして解決の道を探るんだ」
「うん、わかった。ありがとう、おじいちゃん。家に帰ってパパとママに相談してみる」
「よし、いい子だな」
コーゼルや黒田達ボランティアメンバーがアトリアの頭や肩をぽんぽんと叩いて、勇気を出したことを称えた。恥かしさで真っ赤になっていたアトリアだったが、急に真顔になると黒田に顔を向けた。
「黒田さん」
「ん?」
「どさくさに紛れてお尻撫でないでください!」
「バレたか。ワハハハハ!」
先程の悲しい気持ちもどこかに吹き飛んだアトリアだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の晩、アトリアは勇気を出して両親に話した。両親は驚いたが直ぐに動いてくれ、学校と相談した結果、学校側はいじめの実態に驚き、気付かなかったことに謝罪するとともに、当該生徒に対し親も含めて厳重注意を行い、教育委員会と親と相談の上、市内の別な中学校に転校させたのだった。
大きな騒動になったことにアトリアは驚き、暫く落ち着かない日々を過ごしていたが、平穏な日々が戻ったことは素直に嬉しかった。
コーゼルとアトリア、黒田達と大和は物語の最終段階でとても重要な役割を果たします。このため、本編中に時折彼(彼女)らの話を挟んでいくことにしています。
※おもしろかった。興味があると思った方は評価していただくと有難いです。作者の励みになりますので。よろしくお願いします。




