第4話 平和な日々は終わりを告げる
「ああ~っ、やっとテストが終わったわね~」
「出来はどうでしたか、シャル」
「ん~。まあまあってトコかな。そういうベルはどうだったの?」
「私は完璧ですわ。なんてったって私、完璧超人ですから」
「あー、そうですか。はいはい、完璧完璧」
「なげやりすぎー、なのです」
2学期の中間試験最終日、昼前には試験も終わって下校中のシャルロットとグリーンベル。テストが終わって安堵した顔の生徒たちが挨拶しながら校門を次々と出て、家路についたり、友人同士で遊びに行く約束をしたりと楽しそうだ。
「ねえ、シャル。今日お泊りに行ってもよいですか?」
「珍しいわね。親子喧嘩でもしたの?」
「違いますよ。お父様は新型機開発のアドバイザーとしてローデ市に出掛けてて不在だし、お母様は何かと今お忙しいでしょ。会議が立て込んでて今日は帰らないんだそうです。だから、お家に誰もいなくて寂しいのですわ。ね、いいでしょ」
「そうか、マサテル伯父様はトリアイナ国立大学副学長兼航空宇宙物理学部長でベアトリーチェ伯母様は軍務大臣だもんね。そりゃ忙しいわ。うん、いいわよ。よーし、今夜はラジオでポップミュージックを聞きながら熱く語り合うわよー!」
「いや、私は早く寝たいです」
「じゃなんで私ん家に来るのよ…。寝るだけなら自分の家で寝りゃいいじゃん」
「シャルの平和な日常を邪魔したいのですわ。完膚なきまでに」
「あんたね…」
ジト目のシャルロットが可笑しくてグリーンベルはぷっと吹き出した。つられてシャルロットも笑い出す。笑い終えたところで、グリーンベルのお腹が「ぐ~」と鳴った。
「あらヤダ、恥ずかしい…」
「凄い音。そういえば、もうお昼時か。ベルのお腹の音を聞いたら私もお腹空いてきたし、どこかで食べて行こうか?」
「シャルにしては良い提案です。異議無く賛成」
「私にしてはってどーゆー意味よ。全く…。そうとなれば大洋食堂一択よね。おっ、丁度いいところに」
シャルロットが指さしたのは少し前を歩く1人の男子生徒。2人はパタパタと駆け寄るとポンと男子生徒の肩をたたいた。
「よっ、大介君!」
「おうッ!びっくりした! シャル様とベル様じゃないか。驚かせるなよ」
「あはははッ。ごめんね」
「ちょうど大介君のお家のお店に行く所だったのですわ」
2人が声をかけたのは同級生の青海大介君。彼はトリアイナ市内に小さな店を構える定食屋の息子だ。日本名だが生粋の日本人ではない。日本人の父親とトリアイナ人の母親の間に生まれたハーフである。
30年前の戦争終了後、日本から転移してきた艦隊乗組員の多くは退役して民間人として暮らし始めた。その中で、トリアイナ人の女性と結婚する者も多く、ハーフの子供達も珍しくなくなった。
この手の世界では異界と現世とのハーフは受け入れられない住人として迫害の対象となる場合が多いのだが、日本から来た人々は自ら血を流してこの国と住人を守った。このことが国民の信頼と敬愛を得て、日本人はトリアイナ社会の中で受け入れられたのだった。また、彼らがもたらした新たな文化がトリアイナの人々の生活を豊かにしていった。
さらに、王族のベアトリーチェとディアナが日本人と結婚したのも、日本人との融和を図っていく上で良い効果を生み出したのも大きかった。
人で賑わう大通りから裏通りに入った住宅街の一角に小さな食堂があった。暖簾と看板には「大洋食堂」と日本語とトリアイナ語で書かれている。大和君は引き戸を開けて2人を招き入れた。
「どうぞ、入って。親父、お客さんだぜ」
「大将、こんにちは~」
「いらっしゃいませ」
「そりゃこっちの台詞だろ! ベルちゃんは相変わらずだなあ」
「てへ♡」
奥の厨房から店主の青海源三郎が顔を出して笑顔で2人を迎えた。シャルロットとグリーンベルは空いてる席を見つけて座った。お昼時ということもあり、テーブル席とカウンター席は2/3ほど埋まっていて、料理を配膳する奥さんのエミリアも忙しそうだ。
「注文は何にする?」
前掛けエプロンを付けた大介が2人の前に水を置きながら注文を聞いて来た。シャルロットは少し考えた後にいい笑顔となって注文をした。
「テティス黒豚の厚切りカツ丼特盛カツダブルで!!」
「だ、大丈夫か? かなりのボリュームだぞ」
「だーいじょうぶっ! テストも終わったし、今日は特盛気分なの!!」
「全く…。仮にも王族に連なる一族の子女なのですから、慎みを持った方が良いと思いますよ。何ですか、カツ丼特盛のカツダブルって。ハンバーガーじゃあるまいし」
グリーンベルが呆れたように言い、シャルロットはプンスカして反論する。
「いいじゃない。育ち盛りなんだから~。そいういうベルは何を注文するのさ」
「私はもう決まってます。大洋食堂イチオシの特製ネギチャーシュー特盛スペシャルをみそ味で。豆板醤&ニンニクもマシマシでお願いします!」
ざわ…ざわざわ…ざわ…。店内で食事を摂っていた他の客が騒めく。それもそのはず、ネギ高20cmを越え、麺量2倍、チャーシュー厚さ3倍の味噌チャーシュー特盛スペシャルは大人の男性でも完食するのはやっとの究極メニューなのだ。それに豆板醤とニンニクもマシマシにするとは、もはや狂気の沙汰ではない。
「凄いわね。人の事言えるの? 女子高生が昼間からニンニクマシマシって最悪じゃない…ってか、ベルが時々ニンニク臭いんはこういう訳だったのね。どうりで、ラブレター持って近づいた男子が顔を顰めて逃げるのか理由が分かったわ」
「失敬ですね、シャルのくせに。ニンニクは血液をさらさらにするし、お肌もキレイにする効果があるのですよ。それにニンニク入れると味が引き締まるし、美味しいんだもの。私、育ち盛りですし…」
「…………。(育ち盛り…。確かに育ってはいるな。特に胸が…)」
シャルロットとグリーンベルは共に美人で有名だった母親とイケメンである父親の血ををしっかりと受け継ぎ、町を歩けば誰もが振り向く美少女に成長していた。しかも、二人とも超高校級の巨乳の持ち主である。大介君も思春期真っ盛りの男子なので、自然にそこに目が行ってしまう。大介の視線に気づいたシャルロットはニヤニヤと見つめ返した。大介は慌てて「コホン」と軽く咳ばらいをすると注文を繰り返した。
「人は食べたい物を食べるのが一番だよ。遠慮することも恥ずかしがることも無いって。特盛ダブルカツ丼と特盛ネギチャーシューの辛みとニンニクマシマシね」
「大介君は人格者なのですね。好きになってしまいそうですわ」
「はいはい、じゃあ待ってて」
「あっさり流されたね」
「残念です」
そこに笑顔でエミリアがやって来た。
「来店ありがとうございます。ふふっ、大介ったら照れているのよ。今厨房でシャルロット様とグリーンベル様の注文は自分が作るんだって張り切っていますのよ」
「そうなんですか?」
「はい。大介の腕前は中々ですよ。小さい頃から夫の手ほどきを受けてますから。大介がこの店を継いでくれるから、夫も益々張り切っているんですのよ」
「確か、大和君のお兄さんは陸軍に入ったんですよね」
「ええ。ヴァナヘイムから家族を守るんだと言って。家も継がないと言って、反対する夫と大喧嘩した挙句家を飛び出してしまって…」
「今はどちらに?」
「第二師団にいます」
「えっと、確か第二師団って、今シルル諸島のネアス環礁防備についているんですよね」
「最前線ではないですか。心配ですわね」
「心配ですけど、あの子が選んだ道ですし、親としては戦争が起らない事を祈るだけです」
「……………」
エミリアは少し寂しそうに笑って呟いた。以前に聞いた話では店主の青海源三郎は元大和の司厨員で乗組員の食事を作るのが本来の業務だったが、ヨルムンガンドとの戦闘時は負傷者の救護を命じられており、負傷者を担いで甲板を移動中、至近に直撃した魔導砲の爆発に巻き込まれて重傷を負った。イヴァレーア市に帰還後、大勢の負傷者と一緒に病院に運ばれたが、負傷者が多すぎて病院の廊下で治療待ちという放置状態にあった。
一方、病院側では看護師の手が足りず、大勢の市民もボランティアで協力を申し出た。その中に繁華街にある娼館の女性(娼婦)も参加していて、その中の1人であったエミリアが廊下に放置されていた負傷者の中から生死の境を彷徨っていた源三郎を見つけ、献身的に世話をした。そのお陰で命の危機を脱した源三郎は回復すると、娼館に全財産を支払ってエミリアの身受けをして解放すると求婚した。当初エミリアは汚れた身だからと固辞していたが、源三郎の熱意に折れて求婚を受け入れ、二人は結婚したのだ。その後、源三郎とエミリアはトリアイナ市に出て源三郎の腕を活かして小さな食堂を始めたとの事。
このような経過もあり、エミリアは戦争で傷ついた人を多く見て来た。だからこそ軍に入った息子を心配なのだろうとシャルロットとグリーンベルは思ったのだった。
「俺聞いたぜ。センブラー編成の第二師団って王国最強って言われるんだろ。だから、兄ちゃんなら大丈夫さ。任務が終われば元気な顔を見せてくれるよ。っと、お待たせ。テティス黒豚の厚切りカツ丼特盛カツダブルとみそ味の特製ネギチャーシュー特盛スペシャル豆板醤&ニンニクマシマシだ」
「待ってました!!」
「いただきまーす!」
大介が出来立ての料理を運んできて二人の前に置いた。通常の1.5倍のどんぶりに周囲の客が騒めくが、全く気にせず料理を口に運ぶシャルロットとグリーンベル。卵でとじられたカツを口に運ぶと肉の旨味とカツ汁が口いっぱい広がり、スープを絡めた面を啜ると豆板醤とニンニクの強烈な辛み(と臭気)が脳をガツンとひっぱたく。
「う…うっまーーい!!」
「美味しいっ! これこれ、これですわー!!」
「良かった。ゆっくり食べて行ってくれ」
「美味いだろ。大介にはガキの頃からガッツリ料理を叩き込んだからな。ま、オレにはまだまだ追いつけんがな。がっはっは!」
「はいはい、言ってろ。ぜってー追い抜いてやるからな」
「おうおう、生意気な息子だぜ。がははは!」
厨房から源三郎が顔を出して笑った。やりとりにエミリアも優しく笑う。照れながら厨房に戻る大和の背中に暖かいものを感じてシャルロットも笑みを浮かべた。ちなみに、グリーンベルはスープを絡めたネギを口一杯に放り込んでリスのようにほっぺを膨らませて口をもぐもぐさせている。その顔が可笑しくて今度は大笑いするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルロットとグリーンベルが無心に食事を摂っていると、ガラガラガラッと勢いよく出入口の引き戸が開けられ、中学生の制服を着た女の子が元気よく入ってきた。
「ただいまー。お客さん連れてきたよ! あ、シャル様とベル様だ!!」
女の子はシャルロットとグリーンベルに気が付くと二人が食事をしているテーブルに近づいて挨拶してきた。
「こんにちは! いつもありがとうございますシャル様、ベルさ…うっ、なにこの激臭。ニンニクの臭いが凄い…」
「こ、こんにちは。あおいちゃん」
入ってきたのは青海家の長女で大和の妹であるあおい(中学2年生)だった。シャルロットが申し訳なさそうに挨拶を返す。あおいはグリーンベルの味噌チャーシューメンのスープ一面に浮かぶ、すりおろしニンニクに気が付くと全てを察し、自分の鼻をつまんだ。
「あら、失敬ですわね。この小娘は。この香しき匂いに鼻をつまむとは」
「一体どこの悪役令嬢よ。ってか、本当に臭いがキツイんだけど」
「まあ、失敬な女がここにも」
全く意に介さずに麺をすするグリーンベルに呆れていると、二人に声がかけられた。
「ははは。ベルは相変わらずだなあ」
「あっ、お兄様!」
店に入って声をかけてきたのはグリーンベルの兄で、王国海軍士官(少尉)のアレックスとシャルロットの兄で王国海軍航空隊(少尉)のアドルだった。
「お兄様! お久し振りです。このような場所でお会いできるなんて思っても見なかったので驚いていますわ。どうしてここに…?」
「久しぶりだな。所用で市内に来ていてね。基地に帰る途中だったんだが、腹が空いたので食事でもしようとここに来たら、偶然入口であおいちゃんに手を引かれているアドルと会ったんだよ」
「オレは貴重な半舷上陸だったんだよ。押しアイドルのグッズを買いに来たのに、あおいちゃんに捕まってこのザマだよ」
「本当は美少女と手をつなげて嬉しいくせにぃ~。それより、座ってください。今メニューをお持ちしますね!」
「参ったな…」
アレックスとアドルは苦笑いしながらシャルロット達のテーブルに座ると、水とメニューを運んできたあおいちゃんに食事(焼肉定食とカツカレー)を注文した。軍に勤めているため、滅多に会えない兄に偶然とはいえ、久しぶりに会えたことで嬉しさが爆発して、急いで料理をかき込むと一方的に話し始めた。
妹達の日々の生活を聞き、軍隊での訓練や日常を話していると、あおいちゃんが料理を運んできた。早速料理に手を付けようとしたとき、店の中に流れていたラジオの音楽番組が終わり、ニュース放送に切り替わった。
「……………」
「…お兄様」
ニュースの内容はヴァナヘイム帝国に占領されたスケリア国のノーヴァ国王始め、アルド王子や国の主要閣僚が帝国により公開処刑され、さらに、スケリア攻略を行った帝国第3から第5艦隊が帝国領フリッツ島に向けて移動したとの内容だった。




