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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第3話 新たな翼

「うわあ! 寝過ごしたぁー!」

「夜更かしして、いつまでも起きてるからでしょう。早く朝食を摂って準備しなさい。アスカはとっく出掛けたわよ」

「だって、聞いてたラジオが面白くって。寝るタイミングを逃したっていうか…。てへ♡」

「てへ♡ じゃないです。このおバカ!」

「ごめんなさ~い」


 母親ディアナに怒られても反省せず、平気な顔で朝食のパンを口に放り込んでリスのようにもぐもぐしているのは、シャルロット・フェリクス・菅谷16歳。ディアナ王女と菅谷大尉の次女である。ディアナと菅谷の間には3人の子供がいて、長男のアドルは海軍航空隊少尉、長女のアスカはトリアイナ王国大学機械工学部の4年生である。


「ははは、シャルは今日も平常運転だなあ」

「もう、いつまで待たせるんですの?」


 食堂に入ってきたのは父親の菅谷満元海軍航空大尉。20年ほど前に軍を退いて航空機開発企業スガヤ航空工業(SAI)を設立し、王国工業技術院等と提携して主に陸海軍の軍用機の技術開発協力と生産を行っている。

 一緒に入ってきたのは従妹で同級生のベル(グリーンベル・ソーリオス・伊達)だった。制服姿のベルは学生カバンを両手持ちして呆れたようにシャルロットを見ている。


「うわぁああ! 待って、ちょっと待って! 直ぐに準備するから!!」

「早くして下さいね」

「ゴメンね、ベル。今コーヒー淹れるから少し待ってて」


 ディアナはコーヒーを二つ淹れると夫とグリーンベルの前に置いた。コーヒーを飲む2人の側をシャルロットはバタバタと歯ブラシを咥えて走り回り、髪の毛をとかしながらパジャマを脱いで制服を着ようとして盛大にスッ転ぶ。いつも通りの朝に菅谷は苦笑いし、ディアナは頭を抱えるのだった。


「全く慌ただしい。一体誰に似たのかしら」

「お母様は叔母様の若い頃にそっくりだって言ってましたよ」

「えっ!?」

「そうだなぁ。確かに結婚した当初のディアナもあんな感じだったな。何もない所でよく蹴つまづいて料理の乗った皿を床に豪快にぶち撒けていたっけ」

「あ…あなた!?」


 その時の様子を思い浮かべて菅谷は笑い、ディアナは少女のように頬を真っ赤にして菅谷の背中をポコポコ叩いている。その様子にグリーンベルは微笑ましくなった。


(私の両親も凄く仲がいいですけど、叔母様と叔父様の仲の良さは別格ですわ。ホント微笑ましい。理想の夫婦って感じがします)


「お…お待たせ、ベル」

「フフッ、髪の毛がボサボサです。シャルは叔母様似で美人なのですから、そんなんじゃダメですわ。まだ少しだけ時間がありますから、私が整えてあげます。ブラシを貸してください」

「あ、ありがと…」


 シャルロットの髪の毛を整えるグリーンベルに、本当の姉妹のようだと微笑ましく思いながら菅谷は席を立った。


「では、俺も出掛けるよ。ディアナはベアトリーチェ様の家に行くのだったな」

「はい。今日は久しぶりに休みが取れたとの事で、お茶でもしましょうと言ってくださったので行ってきます。フレイヤさんも誘ってますので、楽しいお茶会になりそう。あなたもお気をつけて」


 ディアナとメイドの見送りを受けて菅谷は家の玄関を出た。家の前には黒塗りの社用車が迎えに来て運転手が後部ドアを開けて待っていた。菅谷は車に乗り込むと行先を告げる。動き出した車の中で菅谷はこの国の平和が、家族の幸せがいつまでも続くように願うのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 菅谷を乗せた車はある建物の前に停車した。運転手に迎えの時間を告げて車を帰し、守衛に入館許可証を見せて中に入った。


 ここは「トリアイナ航空技術開発局」。軍用民間問わず、新しい設計理念の元に航空機開発の研究を行う拠点である。現在、王国の陸海軍で運用している軍用機のほとんど全てはここで設計されたものだ(一部は菅谷の会社のような民間企業で設計)。また、トリアイナの航空技術は日本からもたらされた艦載機を基礎として発展させている。


 菅谷は第一応接室と表示のある部屋の前でノックをすると、直ぐに入室を促す声が返ってきたのでドアを開けて中に入る。中では4人の男性が待っていた。


「お待たせして申し訳ありません。クルト博士」

「いえ、皆さん今集まったばかりです。どうぞお掛けください」


 中で待っていたのは開発局長のクルト・タンク博士、設計部のエルネスト・ハインケル博士、鶴野正孝技術少佐と菅谷同様、空母整備員から航空機製造企業を起こした八重樫敬太社長も来ていた。菅谷は全員に挨拶すると指定された席に座った。


 全員が着座したのを確認したクルト博士は早速切り出した。


「今日お出でいただいたのは、菅谷さんと八重樫さん両名にお見せしたいものがあるからです」

「私達に…ということは、新たな航空機に関する事ですか?」

「そうです」


 クルト博士は頷きながら肯定する。


「現在、ヴァナヘイム帝国は世界各地で侵攻作戦を展開しており、技術的優勢に裏付けられた圧倒的な戦力で占領地を拡大しています。いずれ彼らの手はこのトリアイナにも及ぶでしょう。その彼らの侵攻力を支えている大きな要因は何だと思いますか?」

「それは…、大規模な艦隊と強力な航空戦力でしょうか」

「そうです。特に彼の国の航空戦力。人型飛行兵器の能力は他の国々を圧倒しています。いずれ来るヴァナヘイムとの戦争にはこちらも対抗できる航空機を配備しなければなりません」


 菅谷はごくりと唾を飲み込んだ。対面に座る八重樫も心なしか顔が青ざめている。


「げ、現在の航空戦力では対抗は難しいと、そういう事でしょうか」

「いえ、帝国の主力兵器フィンヴァラーVとアルビオンには我が王国軍が現時点で保有する軍用機でも対抗は可能でしょう。しかし、技術の進化は日進月歩です。直ぐに帝国は高性能な新型戦闘兵器を開発して投入して来ます。これに対抗するため、我々もまた新型機の開発を進めて行かなければならないのです」


「なるほど…。よくわかりました」

「では、現在当開発局ではいくつか新型機の候補案が出されています。それを見ていただいて、お二人からエンジニアとしての意見を頂ければと存じます。では、鶴野技術少佐から説明してもらおうか」


「はい。小官からは局地戦闘機を提案したいと思います。では説明します」


 鶴野技術少佐から出されたのはレシプロ戦闘機の図面だったが、菅野は違和感を感じた。それもそのはず、プロペラが後方に設置されている。


「これは…。推進式機ですか?」

「そうです。推進式高高度迎撃戦闘機です。仮の名称は「蒼空」と名付けました」

「ふむ…。主翼は機体重心の後部に置いた大型の後退翼なのか。むしろ三角翼に近いな」


 菅谷の呟きに鶴野技術少佐は頷くと、機体の特性を説明する。


「この形状の特性として、主翼の大部分はプラスの揚力を発生しますが、主翼の後部外側が下向きの揚力を生むことで尾翼を排することができる点にあります。ただ、それでは機体の安定性が悪くなるので、主翼に小型の垂直尾翼を、機体前方に前翼(カナード翼)を取り付けることによって安定性を高めております」

「なるほど…」


「機関は新開発の排気タービン過給型水冷エンジンWE-100「暁光」2,850馬力を搭載し、航続距離1,400km。二重反転8葉式プロペラによって最高速度は高度1万2千mで780km以上となります。実用上昇限度は1万4千mです」

「武装は機首に30mm機関砲を4門(弾数各150発)を装備。さらに主翼下に懸吊装置ハードポイントを6基持ち、対空ロケット弾または現在開発中の誘導型ロケット弾を6発搭載可能としています」


 説明を聞いていた八重樫社長は感心するように言った。


「かなりの重武装高性能機ですね。これはレシプロ戦闘機における一種の究極形態と考えてよいでしょう。機体形状から格闘戦には向かず、一撃離脱戦法に特化した感じがします。アルビオンのような重機動人型兵器や最近エウロペ戦線に出現した大型爆撃機ドランの迎撃に最適な機体かも知れません」

「そうですね、私も八重樫社長の意見に同意します。局戦の後継機として開発候補に挙げても良いと思います」


 鶴野技術少佐の説明が終わり、次にハインケル博士が設計図面を机上に並べた。菅谷と八重樫が全体平面図を見ると、描かれていたのは全長16.45m、全幅18.50m、翼面積44.5㎡にもなる大型双発機で、何より特徴的だったのは機首から突き出た2本のアンテナだった。一体これは何の機体なのか。難しい顔で図面を眺める菅谷と八重樫に、ハインケル博士は笑顔になると答えを話した。


「これは夜間戦闘攻撃機です」

「夜間戦闘攻撃機?」

「そうです。NFー177「ナイトメア」。夜間戦闘に特化した機体です」

「設計の理由は?」


「ヴァナヘイムの魔導兵器は夜間行動能力が弱く、ほとんどの作戦は昼間に行われます。これは魔導力探知装置は電波レーダーに比べ探知距離が劣るのが理由ですが、いずれヴァナヘイムはその弱点を克服してくるでしょう。ですから、我々も対抗手段を準備しておくべきと考えました」

「なるほど…。正にそのとおりですね。日本には「備えあれば患いなし」という諺があります。どのような情勢にも対応できるようにしておくことは必要ですね」


 ハインケル博士は頷いた。


「ナイトメアは乗員2名で、新開発のターボプロップエンジンTPー75HE3,300馬力2基を搭載し、最高速度674km、航続距離2,200km、実用上昇限度は13,500mです。最大の特徴は2本の機首レーダーアンテナで、闇夜の中でも正確に相手の位置を探知し、高度、速度を測定することが可能です」

「中々のスペックですね。この大きさで帝国のアルビオンより優速とは」


「武装は機首下部に37mm砲1門、両翼に20mm機関砲4門、胴体に爆弾倉を持ち、500kg爆弾を2発搭載できます。さらに翼下のハードポイントには対空ロケット弾ポッドのほか、様々な兵装を装着できます」


「闇に隠れて忍び寄り、一撃必殺の大口径砲で破壊しに来る。正に悪夢ナイトメアですね」

「敵にとっては死神に等しい存在でしょう。この機体が正式採用が決定されれば、ぜひウチで製造させてもらいたい」


 菅谷が率直に感想を言い、興味を持った八重樫が自社で製造したいと言ったところで、クルト博士が満足げに頷いた。


「お二人から高い評価を頂き感謝します。2機ともこれから生起すると考えられる戦いに必要となる機体です。直ぐにでも国防省及び統合幕僚本部と協議することとします」


 ハインケル博士が図面を片付けたところで、菅谷と八重樫は会議室を辞そうと腰を浮かせた。それをクルト博士が止める。


「お帰りになるのはまだ速いですよ。私の案を説明していません」

「クルト博士自らの設計案ですか!?」

「そうです」


 博士は数枚の設計図面を机に広げた。ハインケル博士や鶴野技術少佐も興味深げに図面をのぞき込んだ。菅谷も図面に目を落とす。図面は2種類の機体が描かれていた。1枚はオーソドックスな形のレシプロ単発戦闘機で、図面隅に艦上戦闘機「陣風ゲイル」と書かれている。現在の艦上戦闘機「烈風サム」の後継機とのことだ。


 菅谷はもう1枚の図面を見て驚いた。隣の八重樫も同様に唸っている。平面図には後退翼を持った双発の機体が描かれていたが、エンジンにプロペラが無い。


「これは…。噴進式エンジン。ジェット機ですか!?」

「そうです。レシプロ機は速度の限界があり、プロペラの回転速度と機体の飛行速度の合成速度が音速に達した時が限界とされています。しかし、ジェットエンジンはプロペラ抵抗が無いので、十分な出力さえあれば音速を超えることも可能でしょう」

「しかし、エンジン開発に難航していると噂に聞きましたが」


 菅野の指摘にクルト博士は頷いた。


「航空技術開発研究本部の技術者の努力により、エンジン自体は完成しています。ただ、排気に対してもう一度燃料を吹きつけて燃焼させることによって高推力を得る、推力増強装置オーグメンターの開発に手間取っていたのです。ですが、それも目途がつきました。後は政府の方から開発のゴーサインを頂くだけです」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 長時間の意見交換を終えて航空技術開発局を出て、迎えに来た社用車で会社に戻った菅野は社長室に入り、先程の新型機について思い出していた。


「確かに説明を受けた新型機は帝国の飛行兵器に対し対抗できるだろう。特にジェットエンジン機は絶対的優位に立てるに違いない。しかし、新型艦戦の「陣風ゲイル」以外は新機軸が数多く盛り込まれている。試作機から量産機に移る工程で不具合も出るだろう。開発には困難が伴いそうだが、完成すれば30年前のように我が国の航空戦力が絶対的優位に立てる。何としてもモノにしたいところだな。ただ、軍務省の許可が出るかは不明だが…」


「ま、軍務大臣はベアトリーチェ様だし、新しもの好きの彼女なら有無を言わずゴーサインを出すだろうな。はははは!」

「さて、わが社は何を受け持つか…。オレとしては蒼空に魅かれるんだよな。川西で開発していた幻の局地戦闘機震電。あれは震電の生まれ変わりかも知れん。何としてもこの手で作り上げてみたいものだ…」


 菅野は会社の窓からビスケス湾に沈む夕日を見ながら、蒼空が大空に飛び立つ姿を想像するのであった。

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― 新着の感想 ―
ちょっと気になることが……。 ヴァナヘイム帝国も、かつての敗戦は、作戦や物量ではなく技術力で敗れたのだと、理解しているでしょう。 していないなら、再度の敗戦は確定的だし。 帝国側の技術が、その後の年月…
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