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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第2話 帝国の野望

 ヴァナヘイム帝国。約200年前に北ロランド大陸東海岸に建国された小さな新興国家であるこの国は、建国間もなく周辺にいくつか存在した小国や大陸中央に勢力を持っていた蛮族を次々と攻略して僅か10年で北ロランド大陸全土を征服し、世界有数の大国家に成り上がった国である。


 30年前、時の皇帝ヘルモーズは自らを興国の祖オーズルの再来と称し、世界をヴァナヘイムが支配する統一国家とすると宣言して軍事侵攻を開始した。強力な艦隊と地上軍、世界唯一の航空戦力をもって瞬く間に南ロランド大陸を制圧。各国の為政者や支配階層を悉く処刑あるいは政治犯収容所に投獄した。また、国民の土地と財産を国有化するとともに総督を置いて圧政を敷き、反逆する者には苛烈な取り締まりを行って、生きては戻れないと噂される政治犯収容所に送られるか粛清された。


 しかし、パルティカ大陸征服の足がかりとして、全海軍力と70万に及ぶ陸兵をもって臨んだトリアイナ王国との戦いに敗れて主力艦艇の全てと輸送船、陸海合わせて100万近い兵を失った結果、帝国の世界征服の野望は潰えた。多くの占領地は解放され人々の手に戻り、復興需要で経済は潤い、囚われていた人々は家族の元に戻った。世界は平和を喜び、平和の世が末永く続くことを願った。しかし、それは儚い幻想であったことを思い知らされるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヴァナヘイム帝国の東海岸に位置する帝都アースガルズ。人口450万を数える世界有数の大都市である。その郊外に威容を誇る皇帝の居城「ユグドラシール」。城の会議室で出席者達は1人の人物の入室を待っていた。会議室はしわぶきひとつ聞こえず、沈黙と緊張が支配していた。


 暫くしてガチャリと音がして出入り口が開いた。出席者が一斉に立って礼をする。先頭に立って入ってきたのは帝国皇帝ランベルト・フォン・シュバルツァストルム。若干25歳の青年皇帝である。ランベルトは会議テーブルの上座に位置するとサッとマントを翻して着座した。

 皇帝に続いて出席者が着座すると、国務尚書オットーが会議の開催を告げ、議題に入ろうとしたがランベルトは手を上げて発言を止めた。


「会議の前に皆に伝えることがある」

「は…何事でしょうか」


 オットーが訝し気に問いかける。


「本日、前帝リヒャルドが死亡した」


 思ってもみない報告に、ざわざわと出席者が騒めく。ランベルトは側に控える秘書官のマリーカ・ザウケンに発言を促した。


「前帝リヒャルド・フォン・アルヴィーズは、本日午前7時30分頃、朝食後急な発作を起こし、入院先の精神病院で死亡しました。原因は急性心筋梗塞による病死…と報告を受けております」


「聞いた通りだ。リヒャルドは前々帝ヘルモーズ二世から帝位を簒奪したが、ヤツの治世は停滞と沈鬱の時代であった。裕福だった我が帝国は敗戦に伴う多額の戦時賠償金で赤字経済に陥り、凄まじいインフレが社会を疲弊させた。その結果、貴族は金儲けと権力闘争に明け暮れ、人民は貧困に喘ぎ、魔導技術開発は停滞した。一部の反戦主義者は戦争を忌避して平和の世に導いたとヤツを賞賛したが、平和とは人心を堕落させる麻薬のようなものだ。人の心も社会も堕落させる」


「私は改めて皆に伝える。社会は力ある者が支配し、人心を導いていく必要がある。その先にこそ完成した世界が開けるのだ。そして、それができるのは私だ。前々帝ヘルモーズ二世の理念こそこの世界に必要であった。だからこそ、私はリヒャルドから帝位を奪ったのだ!」


 ランベルトは「ふう」と一息つくと、感情を殺した冷たい声で言った。


「無能な皇帝ではこの国を世界を導けない。死んで当然だ。そうは思わないか…」


 出席者は誰も言葉を発しない。ランベルトの言葉は暗に無能者は排除すると示唆しているからだ。つまらぬ言動で揚げ足を取られ、粛清された者も数多い。オットーは流れる冷や汗をハンカチで何とも拭っている。オットーの対面に座る軍務尚書カール・ハインツ・ファルケンハイン元帥は若き皇帝の顔を見つめながら、ある事を考えていた。


「……………。(病死…か。間違いなく盛られたな。もう少し生かしておくと思ったが…。后のローゼ様とお子を逃がす手筈を進めていたが、間に合わなかったか。今頃はもう…)」


「ファルケンハイン元帥。何か言いたいことがあるのか」

「いえ…。何もありません(不審に思われたか。気をつけねば)」


 ランベルトがこちらを見ていることに気付いた元帥は心の内を悟られないように極めて平静に返答した。ランベルトは直ぐに興味を失ったようにオットーに向かって会議を始める様に話した。


「…まあよい。少々話をし過ぎてたな。早速議題に入ろう。現在の現状について説明をしたまえ」

「では、小官から説明いたします」


 ファルケンハイン元帥の隣に座っていた、統帥本部総長兼帝国軍最高司令長官、アレクサンダー・シュミット上級大将が指示棒を手に席を立った。シュミット上級大将は壁に貼られた世界地図の前に移動して説明を始めた。


「まず、3個軍団(歩兵9個師団)及び3個装甲師団によるオスマニア侵攻軍について説明いたします」


 ローベント大将指揮のオスマニア侵攻軍は、帝国海軍第7機動艦隊の支援を受けて北ビクトリア州のロングビーチに上陸を図った。待ち受けていたオスマニア第2、第3師団の抵抗を排除し、橋頭保を築くと、ここを足がかりに南部ビクトリア州の州都であり首都のメルボルン目指して進撃した。陸軍4個師団しか持たないオスマニア軍は侵攻軍に対する迎撃戦を放棄し、首都メルボルン近郊に戦力を集中させ、防御陣地を築いて迎え撃つ態勢を取った。


「オスマニア軍は激しい抵抗を見せましたが、機動艦隊からの航空支援を受けた装甲師団は防御陣地を突破し、我が軍はメルボルンを制圧・占領致しました。ただ、最後に生起したメルボルン市街戦では戦車・装甲車に予想外の被害を出しましたが、新型の人型重装甲歩行兵器ドアマースが市内に進撃してからは敵を圧倒し、殲滅するに至っております」


「流石、ドアマースだな。で、ベルクマン大統領ら閣僚はどうした」

「は。報告によると、大統領と軍司令長官のグリーン大将は地下司令部施設で遺体で発見されました。敗戦の責を取って自決したらしいとの事です」


「そうか。で、現在の責任者は誰だ」

「モーガン首相です。先程入った連絡によると、オスマニアは無条件降伏を受け入れたとのことです」

「ふむ。マリーカ秘書官、オスマニアへ派遣する総督の人選は済んでいるか?」

「はい。国務省のデーダー次官を派遣する予定です」

「いいだろう。デーダーには現地人を甘やかすことなく、帝国の理念を達成するため、万難を排して事を進める様に指示するのだ」

「はい…」


 ランベルトは満足そうに頷くと、再びアレクサンダー上級大将に問いかけた。


「残る南半球の国はオスマニア東端の島国サフルだけだな」

「はい。サフルは人口も少なく、軍もなく警察組織だけの国です。我が軍に抵抗できる戦力はありません。このため、オスマニア侵攻軍の休養・再編が済み次第、2個歩兵師団をサフル攻略に送る手筈になっています。この程度で十分でしょう」

「わかった。それで進めてもらいたい。サフルさえ抑えれば南半球は全てわが帝国の領土となる。残りはパルティカ大陸及びその周辺国々になるが…」


 アレクサンダー上級大将は会議室に控える補佐官に資料を配布するように指示した。補佐官は出席者の前に資料を置き、全員に行き渡ったところでアレクサンダーは内容の説明を始めた。


「赤道に跨る島嶼国家スケリアですが、第3、第4、第5機動艦隊からなる連合艦隊が魔導戦艦アグニとインドラを擁するスケリア艦隊を全滅させ、首都アマルカを攻めるに至って国王ノーヴァは軍に停戦を命じ、無条件降伏しました。これにより、わが帝国はスケリアの主要な島々を全面占領、パルティカ大陸東南部攻略の前哨基地を確保しました」

「ノーヴァとアルド王子、主要閣僚は拘禁の上投獄したか…。この者達は近日中に私の名で公開処刑せよ。生かしておけば変な気を起こす輩が出ないとも限らん。他の王子王女はどうした」


「は…。どうやら船で脱出したようです」

「なぜわかる」

「スケリア陥落後、哨戒に出ていた突撃艦の1隻が北に向かう小型船の艦影を魔力探知装置で捉え、追跡したがシルル諸島付近で見失ったと報告がありました」

「シルル諸島か…。行先はトリアイナだな。まあよい。次の説明に進め」

「はっ…。次にエウロペ地方ですが…」


 親ヴァナヘイムを奉じるリシテア、プリギュア、ポリディアの3国軍事同盟はヴァナヘイムの軍事支援を背景に大機甲軍団を編成して隣接するザグレウス、アクシオス、メノアの国境線を一気に超え、各国の要塞や防御陣地を電撃的に突破して瞬く間に雪崩れ込んできた。各国軍は強力な機甲軍と飛行兵器に成す術無く粉砕され、国土の大部分を占領されるに至っている。戦火から逃れる何百万という避難民は中部エウロペ最大の国ドロイゼン共和国や北方のノルディア王国に逃れ、一部は大陸中部の砂漠地帯を抜けて東方の強国イザヴェルまで命からがら逃亡するような状況だった。


「現在、3国同盟軍はドロイゼン共和国の国境まで約30kmの地点に到達しています。一方、ドロイゼン共和国軍も国境に全部隊を集結させており、徹底抗戦の構えです」

「ドロイゼンはエウロペ地方最大の軍事力を有しており、彼らの保有する機甲戦力や飛行兵器は我が国の最新鋭兵器と遜色ない性能を有しているとの情報があります。さらに、エウロペ条約機構の加盟国もドロイゼン国境に部隊を送っており、3国軍事同盟軍に匹敵する戦力を国境に集中させています」


「ここは増援が必要だな。動かせる兵力はあるか?」

「リシテア駐留のドアマース大隊とアルビオン及びフィンヴァラーVからなる飛行師団を向かわせております」

「それでは足らんな。オスマニア侵攻軍から全機甲師団と歩兵師団の一部を移動させろ。オスマニアは歩兵師団2から3個もあれば抑えられるだろう」

「直ぐに司令官のローベント大将に連絡します」


 ランベルトは世界地図のエウロペ地方とスケリア海峡を指し示して言った。


「パルティカの大国イザヴェルを屈服させ、あの地を帝国のものとするには西と南からの同時攻撃が最低の条件だ。何としてもエウロペ条約機構軍を粉砕せよ」

「ハッ! 必ずや御期待に答えて見せます!」

「その言葉、忘れるなよ貴公ら」


 現状の確認が終り、今後の方針が示されたところで、憲兵総監兼帝都防衛司令官エルネスト・エーベルバッハ上級大将が顔を曇らせた。それに気づいたランベルトが問いかけると上級大将は難しい顔で口を開いた。


「我が皇帝の覇権は揺ぎ無いものでありますが、ひとつ懸念があります」

「言ってみろ」


「トリアイナ王国です。あの国は30年前に異世界の艦隊と手を組み、わが帝国の誇る機動艦隊を撃滅し、世界統一という前々帝の覇業を打ち砕きました。トリアイナは異世界の技術を手に入れ、世界の魔導技術とは一線を画した軍備を進めています。我が皇帝の覇道に障害となること間違いありません。トリアイナの動きが見えないのが不気味です」


「トリアイナか。スケリア攻略から戻った艦隊の休養と補給を終えたら次はトリアイナだ。30年前の屈辱は必ず晴らす。世界を征服し、この地上からトリアイナという蛮族どもを消し去ってこそ我が覇業が達成されるのだ。奴らが異世界の技術を持とうが関係ない。戦訓を生かした新たな技術開発の元、我が陸海空軍は最強の戦力を手に入れた。次に戦う時こそ奴等は自らの無力さを思い知るだろう!」


「…………。(果たしてそう簡単に行くだろうか。トリアイナは我が国に比べれば小国だ。しかし、戦力は充実しており、兵器開発能力も高い。しかも、我々の魔導技術とは全く異なる兵器体系だ。以前の戦いのように侮ると痛い目を見ることになりはしないか…)」


 ファルケンハイン元帥は若い皇帝の自信に満ちた顔を見ながら、トリアイナという壁が帝国の進む道の大きな障害になるのではと懸念を感じるのであった。アレクサンダー上級大将も同じように感じているらしく、何かを言いたそうな顔で自分を見ているのに気付き、ファルケンハインは「言いたいことは分かる」と小さく呟いたのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「面談の時間を取っていただき、感謝申し上げます。クレッチマー次官」


 ユグドラシールで会議が行われている頃、トリアイナ王国の在帝国大使ウィリアム・マッケンジーと駐在武官兼情報収集官の大川守中佐は帝国国務省を訪れていた。2人は丁寧に礼をするが、クレッチマーの表情は厳しく、お世辞にも友好的な感じとは呼べず、厳しい視線を向けている。


「お二人が訪問された内容は分かっています」


 二人がソファに腰を下ろすと、クレッチマーはいきなり切り出した。口調は丁寧だが、表情は敵を見る様に鋭い。しかし、マッケンジーは務めて友好的に振舞った。


「なら、お話は早い。では単刀直入にお話ししましょう。我が国は貴国の覇権主義と戦闘行為に大きな憂慮を示しています。再び我が国に攻めて来るのではないかと懸念しているのです」

「…それで?」


「貴国は直ちに他国に攻め入った軍を引き、30年前に締結された我が国との講和条約に基づく国境線に戻すべきです。そして、戦争当事者以外の第三国で組織される平和維持機構の仲介の元、和平を結ぶべきと思います」


「できない相談ですな」

「何故ですか?」


「世界統一国家の構築は我が皇帝の意思…つまり、我が国の総意だからです。帝国臣民は皇帝の意思に従って最善を尽くす。当然、この地上に生を得た者は人や動物に至るまで全て皇帝に従わなければならないのです」

「つまり、帝国は侵略行為を止めないと。そういうことですね? あなた方は他国の民意を無視し、考慮していない。我が国は貴国の態度に誠意を見出すことができません」

「心外ですな。私達は自国の方針を示したに過ぎません。ああ、先日イザヴェルの大使も来られましたが、今と同じ回答をしましたよ。憤慨してお帰りになりましたがね」


「そうですか…。これ以上お話する事はなさそうですね」


 ソファから腰を浮かせようとしたマッケンジー達をクレッチマーが止めた。


「お待ちなさい、マッケンジー大使。こちらからお聞きしたいことがあります」

「何でしょうか?」

「貴国はマルティア諸島を大規模に軍港化して艦隊と航空隊を駐留させていますね。さらに、シルル王国と防衛協力し、一部の島嶼を委任統治領として艦隊基地にするとともに陸軍部隊も配備しています。その意図は何なのでしょうか。貴国の動きは戦争を誘発するに等しいと思いませんか?」

「(どの口が言うのか…)我が国に自ら戦争を起こそうという意図はありません。マルティア諸島及びシルル諸島のネアス環礁に艦隊を派遣したのは、彼の地が我が国防衛の重要拠点であるからです」


 マッケンジーに代わって大川中佐が答えた。


「…本当に防衛のためですか?」

「そうです。それ以上でもそれ以下でもありません。では失礼します」


 今度こそソファから立ち上がり、部屋を出ようとするマッケンジー大使と大川中佐の背中に向かってクレッチマーが声をかけた。


「ああ、大使。近い内に帝国は貴国に対して重大な通告をするでしょう」


 マッケンジーは振り向きもせず、次官室を後にするのであった。

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― 新着の感想 ―
もしランベルトが、「平和は人を腐らせる! 人を堕落させる! 戦争の中でこそ、戦いの中でこそ、人は輝けるのだ!」などと、本気で信じているのなら……。 この男にふさわしい罰は、どこか逃げられない場所に閉じ…
こういう時、世界征服を望む者は、大抵「我が国が世界を制覇すれば、世界は平和になるのだ!」と叫ぶものですが……。 平和は悪で、戦争こそが善だとはね。
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