第4話 異世界人との接触
有賀艦長は伊藤長官や森下参謀長、古村第二水雷戦隊司令とともに、防空指揮所に上がった。見張員が接近する船を指さす。双眼鏡を覗いてみると、海防艦クラスの大きさの船がゆっくりと近づいてくる。伊藤長官は接近する船を攻撃してはならないと各艦に命令するとともに、古村司令に彼らを大和に誘導するよう指示した。頷いた古村司令は大和の周囲で待機している矢矧の搭載艇に指示するべく、急いで防空指揮所から出て行った。
古村を見送った有賀艦長が大和の周囲を見回すと、各艦の艦長達は大和の後部甲板に出て接近してくる船を見ている。かの船は防空駆逐艦冬月の左舷側約2キロメートルの位置にあり、数ノットと非常にゆっくりとした速度で接近してくる。
「(さて、一体どんな人物が現れるのだろうか…)長官、出迎えのため甲板に降ります」
「うむ。乗艦させたら作戦室に案内をしてくれ」
「はっ!」
有賀艦長は艦橋に降りると、能村副長と黒田砲術長、茂木航海長に声をかけ、異世界の来客を迎えるため、エレベーターに乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トリアイナ王国の使節を乗せた船、魔導砲艦プロテウスはゆっくりとした速度で第二艦隊に近づいていた。トリアイナ港に最も近い位置にいる、連装砲塔を前後に2基ずつ計4基搭載した小型艦(冬月)が目の前に迫る。小型艦と言えどプロテウスより二回り以上も大きい。
ベアトリーチェは小型艦とプロテウスを見比べた。プロテウスはトリアイナ王国で最も大きい戦闘艦で、全長74m、排水量750トン。10センチ口径の魔導砲を前後に1門ずつ、6センチ口径魔導砲を両舷に各2門の4門備えている。しかし、目の前の小型艦は明らかに戦闘艦であり、プロテウスより遥かに強力そうな姿をしている。
「お兄様、お姉様、あれも魔導砲なのでしょうか。随分と長い砲身ですね~。お洗濯物が干せそう。あ、乗組員の人達が手を振ってますよ。わたしも手を振っちゃお。おーい、おーーい!」
「ディアナ、はしたないぞ。止めなさい」
「え~、挨拶は大事ですよぉ」
「彼らは敵か味方かまだ分からないんだ。不用意な行動は慎め」
「は~い。すみませんでした~」
アーサー王子に怒られた、ディアナ王女はしゅんと俯いた。二人の様子を見ていたベアトリーチェは呆れたように深いため息をついた。
もともと、彼らとの接触・交渉に赴く使節団には王位継承者の長兄アーサーと、提案者の長女ベアトリーチェを代表として、アルゲンティ王国海軍大将、イーリアス国務大臣の4人で赴く予定だったのだが、ディアナがどうしても一緒に行きたいと我儘を言い始め、国王や王妃から窘められたが、言う事を聞かず、最終的には怒られてしまい、大泣きして部屋から出て行った。その時はそれで終わったと思ったのだが…。
「何故、お前がここにいる?」
「えっへっへー」
使節団を乗せた魔導砲艦プロテウスがゆっくりと動き出し、岸壁から離れたので、ベアトリーチェ達はブリッジに上がった。すると、海図台の陰からひょっこりディアナが現れて全員を驚かせた。艦長が困った顔をしているが、王族なので何も言えないようだ。何とかしてくれと目で訴えているが、相手に不信感を抱かせる懸念があるため、今更岸壁に戻るという選択肢は取れない。
「だって、どうしても行きたかったんだモン」
「はぁ~あ…。お兄様、仕方ありません。連れて行きましょう」
「…くっ。仕方ない。邪魔だけはするなよ」
「やった! お兄様、ありがとう!」
(なるようになるしかないか…。全くもう…)
ディアナの同行と言うハプニングに前途が不安になるベアトリーチェだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見てください、小型船が接近して来ます」
艦長が1艘の小型船がプロテウスに接近してくるのを報告した。ベアトリーチェが艦橋の窓から前方を見る。それは古村第二水雷戦隊司令の命を受け、誘導役を仰せつかった矢矧の搭載艇だったが、ベアトリーチェ達には知る由もない。搭載艇はプロテウスの前で方向転換すると、大型船の方に向かった。よく見ると乗員が腕を大きく振って「付いて来い」と誘導する仕草を取っている。
「艦長、どうやら彼らは我々を迎え入れてくれるようだ。あの小型船に追従せよ」
「ハッ! 進路このまま。あの小型船の後に続け」
アルゲンティ大将の命を受けた艦長は、プロテウスを小型船の後を追うように命令すると、冬月の船尾付近を通過して大和に向かった。近づくにつれ、その威容さに唖然としてしまう。
「なんて大きいのかしら…」
「凄いなぁ…。お姉様、この船を動かす魔力石ってどのくらいの大きさかな」
「さあ、想像もつかないわね」
「見上げすぎて首が痛くなるね」
「アーサー様、この船は魔導艦ではないかもしれません」
「どういうことだ、アルゲンティ大将」
「見てください。船体中央に煙突らしきものがあって、うっすらと煙が出ています。魔導艦にはあんな装備はありません。それに舷側に並んだ多くの大小の砲(12.7センチ高角砲及び25ミリ対空機銃のこと)、何かこう…、我々の世界のものとは異なる、何か異質なものを感じます」
「うむ…そうだな…」
プロテウスは大和に接近すると取舵を切り、平行に位置を取って停止した。すると、大和からプロテウスの船首と船尾位置に向かってロープが降ろされた。乗組員が直ちにロープを取り、右舷側の防舷材を下してからロープを引いてプロテウスの船体に固定した。
「皆様、巨大船にはブリッジトップの見張り台から乗り込めそうです」
艦長がブリッジを出て外を確認し、プロテウスのブリッジ最上部から大和の甲板に乗り込めそうなことを報告した。それを受けたアーサー王子は妹達とアルゲンティ大将、イーリアス国務大臣に「行くぞ」と声をかけ、ブリッジ奥の見張り台に昇る階段を上がった。
アーサーに続いて見張り台に出たベアトリーチェは、甲板に紺色長ジャケットと同色のズボン、黒革靴に軍帽を被った壮年男性が整列しているのに気付いた。また、紺布で周辺に白線1条が付された襟を持つ白地のセーラー服を着た水兵が少し離れた場所で鉄の筒に木の台座を付けたもの(三八式歩兵銃のこと)を持って並んでいるのも見えた。
大和の水兵が渡し板を持ってきて置いた。アーサーは意を決して渡し板に上がり、大和の手前で乗艦許可を求めた。言葉が通じるか不明だが、敢えてトリアイナ語で話した。
「私は、トリアイナ王国王子、アーサー・ソーリオスである。貴殿らの責任者と面会したく参上した。乗艦を許可されたい」
乗船許可を求めた次の瞬間、紺色長ジャケットを着た男性達が一斉に驚いた顔をした。アーサーやベアトリーチェはその反応に戸惑った。何が一体彼らを驚かせたのだろうか。その答えは直ぐに分かった。
「私はこの艦「大和」の艦長、有賀です。乗艦を許可します」
今度はベアトリーチェ達が驚く番だった。
(こ、言葉が通じる!?)
有賀艦長が「コホン」と軽く咳ばらいをして、ベアトリーチェ達に話しかけた。
「不躾な事をお聞きしますが、あなた方は日本語を話せるのですか?」
「ニホンゴ…? いいや、我々は我々の国の言葉を話しているが。ニホンゴとは何か? リーチェは知っているか?」
「いいえ…。私も初めて聞きます」
アーサーやベアトリーチェの意味が分からないと言ったような顔を見て、ざわざわと周りの兵達が騒ぎ出した。さすがにアルゲンティ大将は落ち着いているが、いつも楽観的なディアナは不安そうな顔で周りを見回している。
「皆落ち着け。失礼しました。こちらは副長の能村大佐、砲術長黒田中佐、航海長の茂木中佐です」
「ご丁寧な紹介痛み入る。この二人は我が妹のベアトリーチェ王女、ディアナ王女。こちらは国務大臣のイーリアス。王国海軍のアルゲンティ大将です」
大将と聞いて大和乗員たちはビシッと敬礼をした。アルゲンティ大将も礼を返す。
「戦艦大和にようこそ。中で長官がお待ちです。どうぞこちらに」
有賀艦長はトリアイナ王国一行を艦内に案内するため先頭に立って歩き出した。アーサーやベアトリーチェも後に続く。彼らの後から能村副長達も移動し始めた。
歩きながらベアトリーチェは大和を観察した。ゴミひとつない甲板、よく磨かれた各設備、規律正しい水兵…。これだけ見ても彼らの軍隊の精強さが分かるというもの。また、遠目では分からなかったが、複雑な機械設備を間近に見て、彼らの技術力の高さにも驚いていた。
(これだけの戦艦を造れる彼らは、一体何者なのかしら。この艦ならヴァナヘイム帝国の魔導戦艦にも対抗できるかも…。なんとか彼らを我々の味方に出来れば、トリアイナの滅亡を防げる可能性も出てくる。そのためには可能な限り彼らの要求を譲歩して受け入れねば。必要ならこの体を差し出したっていい。私はこの国を失いたくない…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大和の作戦室に案内されたトリアイナ王国一行は大きな作戦机のある部屋に案内された。対面には紺色長ジャケットに軍帽を被った3人の男性がおり、真ん中にいる初老の人物は柔和な顔をしているが、両サイドに並んだ人達は厳しい顔でベアトリーチェ達をじっと見つめている。
「お…お姉様…」
「大丈夫よ。彼らも緊張してるだけ。堂々としていましょう」
「は、はい」
15歳のディアナにはこの雰囲気、緊張感はさすがにキツイだろう。しかし、これからが本番なのだ。ベアトリーチェは下腹に力を入れて心を強く持った。有賀艦長や能村副長達がテーブルに着いた。まずは初老の男性が口を開いた。
「皆様とは意思疎通が可能と聞いておりますので、我々は我々の言葉で話をさせていただきます。私はこの艦隊…。日本帝国海軍第二艦隊司令長官の伊藤整一中将です」
「日本帝国海軍…(そのような名前の軍隊、聞いたことないわ…)」
「こちらは、第二艦隊参謀長の森下信衛少将」
「よろしく」
伊藤中将は右隣の人物を紹介した。森下と紹介された人物は硬い表情のまま、軽く頭を下げた。森下が頭を上げると、今度は左隣の人物が自己紹介してきた。
「私は第二水雷戦隊司令官の古村啓蔵。こちらは旗艦である軽巡洋艦矢矧艦長の原大佐だ」
その後、空母天城艦長宮崎大佐、葛城艦長川畑大佐、各駆逐艦の艦長が自己紹介してきた。空母、軽巡洋艦、駆逐艦…。この世界とは異なる聞いたことも無い艦種にベアトリーチェ達は内心驚く。
「ご丁寧な紹介、痛み入る。では、今度はこちらから…。まず、私だがこの国、トリアイナ王国王子アーサー・ソーリアス。我が父、国王フェリクス三世より貴殿らと接触するよう命を受け、参上した次第です。こちらに控えるのは…」
「第一王女ベアトリーチェです」
「わ、わたしは第二王女のディアナです。よろしくお願いしますっ!」
緊張して顔を真っ赤にしてぺこりと頭を下げたディアナに、伊藤中将と古村少将が優しく微笑む。
「国務大臣のイーリアスです」
「王国海軍大将アルゲンティと申す」
大将と言う階級に伊藤長官始め全員がサッと敬礼し、アルゲンティ大将も礼を返した。自己紹介が終わった所で、伊藤長官が着座を促し、全員が作戦机を挟んで着座した。直ぐに給仕の兵が飲み物を持ってきて全員の前に置いた。
ベアトリーチェはカップに注がれた飲み物を手に取った。飲み物は温かく、透き通った茶色い液体で、口に含むと香ばしい香りが鼻腔を刺激した。王国で良く飲まれるハーブティーに似ているが、味わいはこちらの方が深く、心が落ち着く感じがする。
カップを戻したところで、伊藤長官が自分達の置かれた状況について説明を求めて来た。
「まず、我々は今自分達が置かれている状況を知りたい。ここが一体何処なのか、あなた方は何者なのか教えていただきたい」
アーサーが説明するようにと目配せしてきたので、ベアトリーチェは立ち上がった。
「では、私から説明いたします」