表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
39/39

第1話 侵攻

 世界最強のヴァナヘイム機動艦隊が異世界から来た艦隊により全滅させられ、ヴァナヘイム帝国がトリアイナ王国に屈し、世界制覇の野望が潰えて惑星アトランティアに仮初めの平和が訪れた。それから約30年が経過した、ATアトランティア歴1875年3月11日。この日を境にアトランティアの平和は終焉を迎えることになる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 スケリア海峡を挟んでパルティカ大陸に面した島国スケリア。首都アマルカを見下ろす高台に立つ王城の窓辺から、白髪白髭の老年男性が市外を見下ろしていた。


国王ちちうえ! まだ退避されておられなかったのですか!」

「アルドか…」

「ここは危険です。母上とアリア(妹)、カイン(弟)は親衛隊の手引きで既に脱出しました。父上も早くこちらに。親衛隊が魔導車を用意しています」


「よい。余はここに残る。国民を置いて逃げる訳にはいかん」

「しかし…」


 スケリア国王ノーヴァは窓辺に立って外を眺め始めた。こうなると梃子でも動かないことを息子のアルド王子は知っている。同行してきた親衛隊に自分も残ることを告げ、母達の護衛を強化する様に申し伝えて退室させた。


 窓の外からはスケリア市の街並みが一望できる。しかし、海峡に面した美しい市街は激しい攻撃にさらされ、各所で魔導砲が爆発する轟音が鳴り響き、逃げ遅れた市民が炎に巻かれている。上空ではスケリア軍の飛行兵器が迎撃戦を展開しているが、侵攻してきた敵の飛行兵器の性能は圧倒的であり、一方的に撃破されている。


 室内に宰相と数名の官僚が入ってきた。顔は一様に青ざめ、間もなく訪れる破滅の未来に絶望感を漂わせている。国王の側に寄った宰相が唇を震わせ、わななく声で報告してきた。


「陛下、我がスケリア艦隊は砲撃戦に敗れ、全滅しました…」

「なにっ!? 魔導戦艦アグニとインドラはあのヨルムンガンドを凌ぐ戦艦として建造された最新鋭艦だぞ。それが敗れたというのか!?」

「生き残った突撃艦ガルダからはそう伝えてきています。司令官スダース提督も戦死した模様です」

「そんな…」


 報告の内容にアルドが絶句していると、通信文を手にした軍官僚が慌てて入って来た。


「ほ、報告。空軍のヴィマーナ部隊壊滅。それと、スケリア市沖合に敵艦隊が現れました!」

「来たか…」


 ノーヴァ国王とアルド王子ほか、その場にいた全員が窓からスケリア海峡を見た。沖合の水平線上に大型戦闘艦らしいシルエットが何隻も現れた。大型艦はスケリア市街と平行に単縦陣を組むと艦砲射撃で市街を攻撃してきた。大口径魔導砲から発射された光弾が着弾すると同時に複数の建物を巻き込んで爆発する。連続する爆発が市街を包み、レンガや石造りの建物を爆砕して瓦礫に変え、逃げ遅れた人々を絶叫と共に炎の中に飲み込んでいく。


 敵艦隊の艦砲射撃は市街を焼き尽くした後、丘陵地に立つ王城に目標を変更して射撃を開始した。周囲に次々に魔導弾が着弾し、城門や尖塔、城壁を破壊して建物を激しく振動させた。国王達がいた部屋は無事だったものの、衝撃で天井にヒビが入り壊れた破片が降って来た。敵艦隊はさらに砲火を集中してきた。さらに、敵の人型をした飛行兵器が首都防衛のため集結していたスケリア地上軍を攻撃して、制空権を失った地上軍もまた有効な反撃が出来ず、ズタズタに分断され各個撃破されていった。


「最早これまで…か…」

「ヴァナヘイムの奴等め。トリアイナに敗北を喫して大人しくなったと思ったら、牙を研いでいやがったのか…」


 ヴァナヘイム帝国。ヘルモーズ三世が統治していた30年前、強大な陸海軍を背景にロランド大陸を統一後、南半球の南ロランド大陸及び周辺諸島の国々を武力で従え、パルティカ大陸征服の第一歩として、全海軍艦艇と数十万に及ぶ上陸兵力を持ってトリアイナ列島を領土とするトリアイナ王国を攻略しようとした。しかし、異世界から現れた戦闘艦艇がその前に立ちはだかり、魔導戦艦ヨルムンガンドを始めとする戦闘艦艇全てを沈められ、陸上兵力を乗せた輸送船団が全滅させられるに至り世界制覇の野望は潰えた…はずだった。


 アルドは砲撃が止んだのに気が付いた。同時にヴァナヘイムの人型重機動飛行兵器「アルビオン」4機が40mm魔導ライフル砲を構えながら現れ、ノーヴァ国王とアルド王子の部屋の前で空中静止した。その中の1機から降伏を求める声が流れて来た。


『直ちに無条件降伏せよ。さもなくば、攻撃を続行する。繰り返す、無条件降伏せよ。5分だけ待つ』


「父上…」

「アルド、降伏すると伝えなさい」

「クッ…。無念です」

「ううっ…」


 宰相ら官僚達も歴史ある国家の終わりに嗚咽を漏らす。アルドはグッと唇を噛み締め、降伏の合図を送るため窓辺に寄った。官僚の一人が即席で白旗を作り手渡してきた。アルドはじっと白旗を見つめてため息をついた後、白旗を上げた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アトランティア南半球最大の大陸オスマニア。全土が共和国制を敷くオスマニア共和国の領土である。しかし今、豊かで平和なこの国の大地は人々の血とマナの暴風が吹き荒れる死の大地と化しつつあった。


 首都メルボルンのオスマニア軍地下司令部施設は緊迫感に包まれていた。ヴァナヘイム帝国の侵攻に対し、オスマニア軍は迎撃戦を展開したものの、初戦の水際作戦(着上陸侵攻対処戦)で敵の上陸を防ぐことに失敗して橋頭保を築かれてからは、大軍団の上陸を許してしまい、各線で防衛線を寸断・突破された。軍は撤退に撤退を重ね、ついには首都近郊にまで攻め込まれる事態に陥り、兵士達は必死の防衛戦を展開していたからだ。各戦線からは増援要請か撤退の許可を求める通信がひっきりなしに入ってくる。


 魔導通信から入ってくる情報を元に司令部要員が大型の作業台に置かれた全土の地図及び首都周辺の拡大図に敵味方の位置を示した駒を配置して行く。国土防衛を指揮する総司令官グリーン大将は地形図を睨みながら、最終防衛線ラインに兵力を集中させるなど、迎撃態勢のを指示を出し続けていた。司令部要員が魔導通信のヘッドセットを外し、振り返りながら叫んだ。


「司令官、メルボルン郊外にヴァナヘイムの機甲師団が迫っています。防衛ラインまで距離5km!」

「いよいよ来たな。敵の規模はどの位か」


「偵察隊の報告によると、ヴァナヘイム軍はメルボルン北から2個機甲師団と3個歩兵師団、南から1個機甲師団と2個歩兵師団の計8個師団で迫りつつあります」

「司令官、南方向からの部隊には重装甲人型歩行兵器「ドアマース」が大隊規模で含まれているとの報告が入りました!」


「お出でなすったか。最後の正念場だな。参謀長、我が軍の配置は完了しているか?」

「北部防衛線には第1師団と機甲師団、南部防衛線には第4師団及び第2及び第3師団の残存兵が配置済みです。ただ、機甲師団は度重なる戦闘で戦力は1/3に激減しています」

「敵兵力16万以上、こちらの残存兵はぎりぎり5万…。機甲兵力も隔絶している。普通なら勝負にならんが、市街戦に持ち込めばまだ勝算はある」

「しかし、市内には逃げ遅れた市民がまだ多く残っています。市街戦となれば彼らを巻き込んでしまいますが…」

「…仕方あるまい。このまま奴らに蹂躙されるよりは少しでも勝算を得る選択をするのが我々軍人だ。参謀長、市民の脱出を急がせろ。敵はすぐ来る」

「ハッ!」


 受領した命令を司令部要員に伝える参謀長の声を聞きながらグリーン大将は小さく呟いた。


「市街戦か。その選択をした段階でこの国は終りだな…。その時が来たら私も大統領も敗戦の責を取らねばならんな…」


 グリーン大将は二階席で閣僚に指示を出している大統領の声を聞きながら、机の引き出しを開け、中の魔導拳銃を手にして覚悟を決めるのであった。


 メルボルン市南側の共和国軍陣地ではヴァナヘイム地上軍を迎撃するため、兵士達は塹壕の中で敵の来襲を待っていた。歩兵の背後は共和国軍戦車及び機動対地魔導砲を半地下に埋めて固定砲台化している。また、前線後方から20センチ大口径野戦砲が接近するヴァナヘイム軍に向かって魔導弾を撃ち、数キロ先の敵軍で爆発して兵士や戦闘車両を吹き飛ばしているが、如何せん数が少なく敵の進軍は揺るぎもしない。


「坊主。震えてるじゃねぇか。ビビってションベンちびったか!?」

「ぼ、坊主はヤメてください軍曹殿。自分にはマークスという名があります!」

「ははは。言い返す元気があるなら大丈夫だな」

「…………」

「そう怖い顔をするな。いいか、間もなくここは爆炎と血の嵐になる。戦場を支配するのは死だ。テメェは死にたいか」

「…いいえ」


 軍曹はニヤリと凄みのある笑みを浮かべると、手にした魔導ライフルをパンと叩いて周囲を見渡し、マークスと同じように青い顔をして緊張している若年兵に声をかけた。


「いいかお前ら。生きてママンの所に帰りたきゃ、敵を殺せ、殺すんだ! 魔導弾でこの国に攻め込んできたクソッタレ共のド頭をブチ抜け。絶対に躊躇するんじゃねぇぞ。わかったか!」

「は、はいッ!」

「よーし、いい返事だ。絶対にオレから離れるなよ」


 マークス二等兵ら若年兵はこくりと頷いた。敵が接近するにつれ地響きが大きくなって体に直に感じられ、恐怖が増してくる。双眼鏡で前方を確認していた軍曹が叫んだ。


「来たぞ! 全員銃を構えろ!!」


 マークスら若年兵は塹壕の上に魔導ライフルを突き出し、魔導エネルギーパックに装着されている安全装置を外した。後方から対戦車砲や対地魔導砲が発射される音が響き、頭上を魔導弾の光球が敵陣に向かって飛んでいく。やがて、ヴァナヘイムの魔導戦車が姿を現した。


「撃て!」


 指揮官の合図を受け、マークスは魔導ライフルの引き金を引いた。自陣から敵に向かって無数の光弾が飛び敵戦車を破壊し、兵士を薙ぎ倒す。無我夢中で引き金を引くマークスの至近距離に敵弾が着弾して爆発した。

 衝撃に蹲るマークスの上に大量の土砂とともに、先程まで自分を叱咤激励していた軍曹の千切れた手足と首が血と一緒に落ちてきた。マークスは涙を流しながら魔導ライフルをぎゅっと握り、心の中で母親に別れを告げて迫る敵に向かってライフルを撃ち続けた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ロランド大陸東海岸、アトランティア第2の広さを持つエルトリア海を挟んだパルティカ大陸の西岸、エウロペ地方にはいくつもの国が隣接して存在し、ゆるやかな連合を組んで国家間の交流及び防衛協力を結んでいた。

 しかし、約30年前にヴァナヘイム帝国が大陸に近接する島国、リシテア国を武力占領して傀儡国家とするとリシテアと領海を接するプリギュア、ポリディアは自国もリシテア同様武力占領されるという恐怖からエウロペ諸国連合から離脱。親ヴァナヘイム国家として軍事同盟を結ぶに至った。


 ヴァナヘイム帝国がトリアイナ王国に敗れ、世界統一国家建設といった野望が潰え去った後も、リシテア島は帝国が支配する傀儡国家のままであり、強力な戦力を保持していた。その軍事力を背景にプリギュア、ポリディア両国もまた、帝国の同盟国として軍事国家の道を歩んでいた。そして、3国軍事同盟は帝国が戦端を開くと同時に、一斉に隣接する国々の国境線を越えた。帝国の軍事支援を受けた最新鋭の機甲師団による電撃作戦に、各国軍は防衛戦を展開するが各戦線で突破され撤退に次ぐ撤退を余儀なくされていた。


 そして、ここエウロペ地方の国ザグレウスでも…。


「アンナ、車を回して来たぞ。準備は出来たか!」

「あなた。もう少しです」

「急げ。軍はコーカサス要塞を最終防衛線にして迎撃しているが、もし突破されたらここ(ザグレウス首都:ザグレ)も危ない」


 ザグレ市内は郊外に避難しようとする市民で大混乱に陥っていた。警官が落ち着くように声をかけながら誘導しているが、道路は荷物を抱えた人々で魔導車や馬車が全く進まず大渋滞になっており、怒号や悲鳴があちこちから聞こえる。


 男は家の荷物を魔導車に積み込みながら妻を急かす。アンナは生後間もない子供を抱いて家の外に出てきた。心なしか顔は青ざめ、目に涙を浮かべて我が子をぎゅっと抱きしめている。そこに隣の家のおばさんが慌てた様子で声をかけてきた。


「大変だよリック、防衛線が破られたって。皆がうわさしているよ!」

「何だって!? 本当かおばさん!」

「わかんないよ。でも、要塞から軍が撤退を始めたって、逃げてきた人達が言っていたらしいんだよ」


「マズいぞ…。アンナ、車はだめだ。徒歩で逃げよう。おばさんも一緒に!」

「あなた見て、あれ!?」


 アンナが怯えた顔で空を指さした。リックとおばさんも空を見る。異変に気付いた市民達もざわざわし始めた。ザグレ上空に葉巻に翼をつけたような大型機が何十機と侵入してきた。


「な、何んなんだい、あれ…」

「翼を見ろ。ヴァナヘイムの紋章だぞ」


 リック達が見上げていると、大型機の胴体の一部が開いて黒い筒状のモノが風切り音を立てて落ちてきた。


「に、逃げろ! 爆弾だ!!」


 それはヴァナヘイム帝国の新兵器、魔鉱石に含まれるマナを高密度に濃縮して爆発力を高めた爆弾(ZK爆弾)だった。爆弾は着弾すると凄まじい爆発を起こし、爆炎と衝撃波で人も建物も一緒くたに爆砕していく。手をつないで逃げ惑うリックとアンナ。ザグレ市内は絨毯爆撃によって引き起こされた火災に巻かれる人々の悲鳴で阿鼻叫喚の地獄と化した。

 大海の蜃気楼の本編が開始しました。本編でも触れましたが、大和とヨルムンガンドの戦いから30年後の世界です。転移してきた日本人の中には軍を引退した者や鬼籍に入った者も多いですが、当時20代、30代だった兵士達はトリアイナ軍の中枢で活躍しています。序章で出てきた登場人物が本編ではどのような役割を果たしているか楽しみにしてください。また、ベアトリーチェやディアナの子供たち、更には帝国の登場人物にも焦点を当てていく群像劇にしたいと考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
はたして、眠っていた日本艦隊の修理や補給は済んでいるのでしょうか。それが気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ