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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
36/39

外伝1 闇の海の渡し守

 惑星アトランティア。銀河系内のG型主系列星の周囲を回る地球に似た広大な海と5つの大きな大陸、大陸周辺に多数の島々が存在する自然豊かな惑星である。

 ある新月の夜、アトランティア最大の大洋テーチス海に浮かぶトリアイナ列島の遥か沖合を1隻の漁船が灯火を消し、星明かりを頼りに航行していた。


「ヤップ、位置を確認しろ。そろそろのはずだ」

「ああ…」

「早くしろよ。ヴァナヘイムがケンカを売ってから、国の哨戒艦が頻繁にうろつくようになったからな」

「わかってる」


 操舵室に寄りかかって煙草を吸っていたヤップと呼ばれた男は、煙草を海に投げ捨てると、ブリッジから六分儀クロノメーターを取り出して付属の望遠鏡を覗いた。


「チッ。闇夜だから水平線が見えやしねえ…」


 それでも六分儀内の人工水平線を使って目印となる星の位置と高度を確認し、懐中魔導灯で腕時計を照らし、現在時刻から位置を計算して海図に書き込む。


「確認したぞ。進路は合ってる。あと30分ほどで約束の位置だ」

「そうか」

「マッド、周囲に他の船は見えるか?」

「今んとこ見えねぇよ、ディックのアニキ」


 魔力探知機をのぞいていた若い男が答えた。ディックと呼ばれた男は無言で舵をとる。さらに30分が経過した。この間、幸いなことに哨戒艦にも夜間操業している漁船にも出会わず、目的の位置に到着し船は停止した。

 闇夜の中、3人の乗組員は周囲を見張る。その時、魔力探知機に反応が入った。


「ん…。アニキ、魔力探知機に反応あったぜ。距離…5千だ」

「そうか、お客を迎える準備をしろ」


 やがて闇夜の中に1隻の小型船が浮かび上がった。ゆっくりと近づいてくる船の舳先から魔導灯による信号が送られてきた。


「あれで間違いないようだ」


 ディックは舳先に出て魔導灯を点滅させた。相手の船はさらに接近して漁船に横づけしてきた。ヤップとマッドが船同士がぶつからないよう防舷材を下ろし、向こうにロープを投げ渡す。接舷作業を終えると間もなく3人の男が姿を現した。2人は黒のスーツ姿で1人はみすぼらしい普段着にナップザックを持っている。


「運ぶのはこの男だ」


 スーツの男が普段着の男を示し、次いで小さなアタッシュケースを投げ渡してきた。


「報酬だ。王国紙幣で1千万ギルダー(1ギルダー=1円)だ」

「確かに…」


 受け取ったケースを開けて魔導灯で中を照らし、札束を確認したディックはケースを閉じて立てた親指で船に乗り込むように腕を振った。普段着の男が漁船に飛び移り、乗り込んだのを確認した2人の男達はロープをほどいてディック達の漁船に投げ渡すと、船と共に闇の中に消えて行った。


「船室に入ってろ。到着は明日の夜だ」


 ディックは乗り込んだ男に声をかけた。男は何も答えず操舵室下の船室に入ると、勝手に簡易寝台に潜り込んでしまった。船室の扉を閉めたディックは操舵室に戻り、魔導モーターを始動してトリアイナ本島に向けて船を移動させた。しばらくすると、マッドが操舵室に入ってきた。


「おかしなヤツだぜ」

「どうかしたか?」

「メシを持って行ったんだが、いらねぇと言いやがってよ、船室の戸を閉めて内側から鍵をかけやがった」

「……………」

「なんなんだ、アイツ。亡命者でもねぇようだし。そういや、あいつを連れてきた奴等、いつもの仲介人じゃ無かったな。マフィアって訳でもなさそうだし、なにモンだ?」


「…俺達にゃあ関係ねぇ話だ」

「そうだ。オレ達は金さえ貰えればいい。ガキが余計な詮索はするな」

「ちぇっ」


 ディックとヤップの二人にピシャリと言われ、マッドは不満そうな顔をしたがそれ以上は何も言わず機関室に降りて行った。ヤップは操舵室から出ると煙草に火をつけた。紫煙がブリッジの中に流れてくる。ディックは舵輪を片手で操作しながら、もう片方の手で保温ボトルからカップにコーヒーを注ぎ一口飲みながら闇の中に沈む海を見る。目の前の海は穏やかだが、それが一層不気味さを醸し出しており、深淵に向かって飲み込まれそうな錯覚を覚える。


 ディックの本業は漁師だが裏の顔は「運び屋」だ。物や人、合法、非合法問わず何でも運ぶ。しばらく前はヴァナヘイム帝国の政治闘争に敗れた貴族、政治家や軍拡主義についていけず自由を求めてトリアイナ王国やロランド大陸の国々に亡命する人を運ぶ事が多かった。帝国にはそのような亡命者を送り出す「仲介屋」が複数いて、ディックのような運び屋と通じているのだ。しかし、帝国がトリアイナに宣戦布告してからは、敢えて危険を冒してまで亡命したいと思う人々はほとんど無く、今回は久しぶりの運び屋としての仕事だった。


(今回の仕事のコンタクトはいつもの仲介屋だったが、現れたあいつらはどう見ても政府関係者、それも諜報機関の奴らだ。ということは、今回の「荷物」は秘密諜報員スパイか…。どうりで報酬も破格だった訳だ)


(……近いってことか。俺には関係ねぇ。ヴァナヘイムが来ようが来まいが俺のやることは変わらねぇ…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「荒れて来たな…。早いとこ接岸するか」

「マッド、魔導推進機の出力を上げろ。シケそうだ」

「湾内だぜ。大丈夫じゃねーの」

「つべこべ言ってる暇があったら手を動かせ」

「わ、わかったよ」


 客人を乗せた後、トリアイナ本島に向けて航行していたディックの漁船は昼間、漁をするふりをして王国の哨戒艦をやり過ごし、日が落ちてから本島に向かって航行を始めた。数時間後、トリアイナ市の前面に広がるビスケス湾に入ったところで、それまで晴れていた空が急に曇り出し、気圧が急速に低下して海が荒れ出した。


 ディックは風波を上手く避けながら船を操る。いつの間にか「客」も船室から出て来て不安そうに海を眺めていた。

 ビスケス湾は普段は波静かで滅多に荒れることはない。低気圧による嵐で外洋が荒れていても湾口にせり出している二つの半島のお陰で静穏を保っているのだが、今遭遇している嵐はおかしい。

 強風が四方八方から吹いて空はどす黒い雲に覆われ大粒の雨が滝のように降ってきて漁船を叩き、海面を泡立てる。それでも、何とか航行はできる。ディックは長年の経験で得た技術をフルに使って操船する。


「見えてきた。トリアイナ港だ!」

「ヤップ、マッド、接岸の準備だ」


 木の葉の様に揉まれ続けて数時間、ようやくトリアイナ港の灯りが見えてきた。船舶の事故では接岸時の操船ミスが意外と多い。特に荒天時はなおさらだ。ディックは慎重に岸壁に船を寄せた。雨具を着たヤップとマッドがずぶ濡れになって舫を取って接岸作業をしている。


 船が固定された事を確認した客の男は、ディックの差し出した雨具を受け取って着こむと小さく礼を言って岸壁に上がり、闇の向こうに消えて行った。


「なんだったんだ、アイツ」

「さあな」


 ずぶ濡れの雨具を脱ぎながらヤップとマッドが操舵室に入ってきた。ディックは降ろした「荷物」には興味なしと言った風に呟くと、一旦漁船の船室に降り、報酬として受け取った金を分けて二人に渡した。


「えっへっへー。あんがとさんっす」

「……確かに」

「さーて、雨降りだと空いてるだろうから、女でも買いに行こうぜ!」

「お前1人で行け。俺は帰って寝る」

「つまんねぇな。じゃあ1人で行くわ。また仕事の時は声かけてくれよ」

「ディック、オレも行くわ。じゃあな」

「ああ…」


 ヤップとマッドが去った後、ディックも船から降りて徒歩で自分の家に戻った。家まで15分ほどの距離だったが着いた頃には全身びしょ濡れになってしまった。誰もいない真っ暗な家に入り、魔導ランプを灯してから服を脱ぎ、乾いたタオルで体を拭いてからベッドに入った。窓の外では滝のように雨が降り、凄まじい強風と紫色の稲光が轟音を立てて光っている。


(マッドのやつ本当に行ったのか? これじゃ店も休業だろう。ま、関係ねぇか)


 冷えた体を温めるため、ディックは酒を飲んでからベッドに潜り込み、疲れた体を休めるのだった。


 翌日、激しく玄関の戸を叩く音と自分を呼ぶ声に起こされたディックは、ベットから起き上がった。気が付くと昨夜の嵐は治まり、明るい日差しが部屋に差し込んでいる。その静穏の中、戸を叩く音は一層激しくなって疲れた頭に響く。不機嫌となったディックは玄関の戸を開けて来訪者に怒鳴りつけた。


「ウルセェぞ! 一体何の用だマッド。お前、女買いに行ったんじゃねぇのかよ!」

「す、すまねぇディック。娼館は嵐で全部休業だったよ…ってか、違うんだ!」

「なにが違うんだ?」

「悪ぃなディック。こっちに来てくれ」

「ヤップまで…。何だってんだよ、クソが」


 マッドだけでなくヤップまで現れて、家の裏に来るように手招きした。ディックの家は港の背後地の外れの少し高台になった場所にあり、周囲は漁具・資材倉庫が建ち並んでおり、ディックのような裏の仕事をするような人間が隠れ済むにはもってこいの場所だ。また、家の裏からは港の様子が良く見える。ディックは不機嫌さも露わに裏庭に回った。ヤップが港の方を指さした。


「なんだってんだ。ったく…な、なんだぁ!?」


 裏庭に回ったディックはぶつくさ言いながら港の方を見て…素っ頓狂な声を上げた。 それもそのはず、トリアイナ港の沖合に浮かんでいたのは、見たこともない船の一団だったからだ。戦闘艦らしい精悍な姿をした小型艦が8隻、平甲板に小さな艦橋がちょこんと乗った艦が2隻、さらにスマートで重厚なヴォリュームを持った大型艦が1隻。平甲板を除いてどの艦も魔導砲らしい砲塔を搭載している。


「な…なんだありゃあ。いつ現れたんだ?」

「わからねぇ。今朝、日が昇ったら既にあそこにいたんだそうだ」

「まさか、ヴァナヘイムのヤツ等、もう攻めてきたってのか?」

「さてな…。帝国の魔導戦艦とも違うようだが…」


 港には大勢の市民が集まっており、喧騒がここまで聞こえてくる。ディック達も突然現れ、不気味に沈黙している謎の艦隊をいつまでも眺めていたのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 謎の艦隊がビスケス湾に現れて1週間が経過した。あの艦隊は異世界から時空を飛び越えてこの世界にやって来た艦隊で、その正体は大日本帝国海軍第二艦隊といい、超弩級戦艦「大和」を旗艦とする12隻の戦闘艦部隊であり、王国は帰還が叶わない彼らを受け入れると国王自ら国民に向けて説明したことから、謎の艦隊騒動は沈静化した。


 艦隊がいる間は湾内航行禁止命令が出ていて海に出れず、酒を飲もうと繁華街に行っても酒が飲める店や娼館は異世界人が(休養のため)大勢いてほぼ満席なだけでなく、王国警察がトラブルが無いように目を光らせているため気も休まらない。特にディック達は非合法スレスレの裏家業をしているため、警察に目を付けられるのは避けたかった。


「仕方ねぇ。酒買って俺の家で飲むか」(ディック)

「あいつら、一体いつまでいるんだよ」(マッド)

「さてな…」(ヤップ)


 酒屋で酒とつまみをしこたま買い込んだ3人は、それぞれ紙袋を抱えて繁華街の雑踏を人混みを避けながら歩いていると、突然怒号が響き渡り、目の前を歩いている大勢の人達が騒めき始めた。3人も何事かと歩みを止めると、人混みをかき分けて誰かが走ってくるのが見えた。その後ろを複数人の男達が追いかけてくる。押し飛ばされた通行人が何人か転ばされるのが見えた。


 人の壁にぶち当たった男はディックの方によろめいてもたれかかった。ディックと男は目を合わせる。その瞬間、ハッと驚いたような顔をした男は誰にも気づかれないように何かを懐から出して素早くディックの持つ紙袋に入れて何かを囁き、通りの向こうに逃げようとしたが、誰かの脚に躓いて転んでしまった。その間に追いついてきた複数の男達が覆いかぶさるように男に圧し掛かって押さえつける。


 男達が揉み合いをする周りに人だかりができた隙に、ディックは顎で「行くぞ」と合図してヤップとマッド共々その場を離れた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 異世界の艦隊が現れて約1か月が経過した。その間、補給を受けた艦隊はトゥーレ島に移動したため、ビスケス湾の航行制限措置は解除され、トリアイナ港はいつもの日常に戻っていた。と言ってもヴァナヘイム帝国の侵略が間近に迫っていることもあり、湾内を航行する船は余り多くない。


 ある新月の深夜、暗闇の中、港を静かに離れる1隻の漁船がいた。乗組員はディック、ヤップ、マッドの3人。敵の来襲に備えて哨戒に出ている海軍の魔導砲艦に見つからないよう、ディックは慎重に舵を取り、見張りを厳にするよう指示をする。


 湾口を両側から閉じるように張り出している二つの半島の間を抜け、外海(テーチス海)に出た所で、ブリッジで見張りをしていたマッドが口を開いた。


「ところで、そろそろ教えてくれよ。仕事の内容は? どこに行くんだ?」

「……そうだな。オレもまだ聞いてねぇ」

「目的地はマルティア島だ」

「マルティア島だって!? あそこはヴァナヘイムの奴らが占領してる場所じゃねぇか。気が狂ったのかディック!」


「俺は正常だ。仕事は荷物をある人物に届けることだ」

「ある人物って誰だ」

「帝国第一皇子のアリオンだ」

「…マジかよ」


 ディックは理由を説明した。


「異世界の艦隊が現れる前、1人の人物を運んだろう。あれは帝国の秘密諜報員スパイだった…と思う。以前、繁華街を歩いてた時、騒動があったのを覚えているか?」

「ああ…男が追われていたな」

「追われていた男は俺達が運んだヤツだ。そしてヤツを追っていたのは王国諜報部だ」

「…………」

「ヤツはオレに気付くとひとつの荷物を預けてきた。そしてアリオン皇子に届けるよう依頼したのだ。報酬はアリオン皇子が払ってくれると言ってな」


「荷物の中身は見たか?」

「…いいや。だが、恐らく異世界の艦隊に関する内容だろうとは思う」

「どうしてそう思うんだ?」

「異世界の艦隊はヴァナヘイムの王国攻略の大きな障害になるからだ」

「……ディック、お前はヴァナヘイムに協力するのか…」

「俺はどちらの側につくとかは考えてない。依頼された仕事をこなすだけだ。依頼者が誰であってもな。さあ、理由は話したぞ、見張りに戻れ」


 ヤップとマッドは顔を見合わせた。その時、魔導力探知機から警報音が鳴り、マッドが探知機を確認する。


「探知機に反応だ! こっちに向かって船が近づいてくる!」

「何隻だ!?」

「1隻!」

「哨戒艦かも知れん。逃げるぞ!」


 ディックは漁船の魔導機関出力を上げて増速させたが、突如明るい光に照らされた。


「探照灯か!?」

「ディック、海軍の魔導砲艦だ!」


 魔導砲艦は拡声器で停船するよう命令してきた。


「ど、どうするんだよ」

「逃げる。ヤップ、機関を見てくれ」

「ああ、任せろ」

「マジかよ! 魔導砲艦から逃げ切れる訳ねぇだろ!」

「そんなの関係ねぇ。依頼はきっちりこなす。依頼者が誰であろうとな。それが俺達の曲げられねぇ覚悟だ」

「…わかったよ。地獄の果てまで付き合うぜ!」


 搭載された改造魔導機関が唸りを上げて漁船を増速させる。停船命令を無視し、突然加速した漁船に驚いた魔導砲艦も、停船を叫びながら機関出力を上げて追跡してくる。それでも逃走する漁船に何かを察したのか、装備する10センチ単装魔導砲を発射し始めた。漁船の左右で魔力弾が爆発し、衝撃波が船を揺らして跳ね上げられた水滴が滝のように降ってくる。


「ディック! やっこさん、撃ってきやがった!」

「しっかりつかまってろ!」


 ディックは機関出力を一杯に上げ、舵を左右に切ってジグザクに航行し始めた。しかし、魔導砲艦も執拗に追跡してきて魔導砲を撃ってくる。ディックは操艦によって魔力弾を躱していたがついに1発が後部甲板に着弾してしまった。


「うおっ!?」

「うわぁ!」


 激しい爆発音と衝撃が漁船を揺るがし、爆発で引きちぎられた甲板材や破壊された漁労機器が海面に落下した。また、爆風で吹き飛ばされ、床に叩きつけられたマッドは体のあちこちから血を流して呻いている。


「大丈夫か、マッド!」

「…うう…い、イテェ…。くそ…ッ」

「痛みがあるなら大丈夫だ。死んだら痛くねぇからな」

「…なんだよ…それ」


「チッ、速度が落ちてやがる。ヤップ、機関は大丈夫か!?」

「ダメだ。爆発で魔導コンバーターのひとつが吹っ飛んだ。16ノット(時速約30km)以上は出ねぇぞ」

「マズいな。何とか修理出来ねぇか」

「無理だ。予備まで吹っ飛んだ」

「クソッ! 仕方ねぇ。上がってくれ。マッドの手当を頼む」


 魔導砲艦は砲撃の手を緩めない。続いて操舵室の前付近に魔力弾が命中して魚箱やら漁網やらを吹き飛ばし、衝撃波で操舵室のガラスが全部割れ飛んだ。


「ぐわし!」

「チッ…やってくれるぜ…」

「ディック、砲撃が止まったぞ」


 舵輪の前に重なったガラス片を手で払いのけていると、マッドに包帯を巻いていたヤップが伝えてきた。ディックが操舵室から顔を出して確認すると、砲撃を停止した魔導砲艦は速力を上げて漁船に並走し始め体当たりをしてきた。激しい衝撃が漁船を襲い、3人は海に叩き落とされそうになる。何とか舵輪にしがみ付いたディックは船の姿勢を立て直そうと必死に操船するが、魔導砲艦は執拗に体当たりして来る。


「ディック、様子がおかしい。ヤツら、舷側に集まって来たぞ」


 ヤップの声にディックが魔導砲艦を見ると、十数人の水兵が漁船側の舷側に集まっており、何人かは船縁に足をかけている。


「まずい、ヤツら飛び移る気だ」

「どうするんだ、ディック」

「…そうだ! ヤップ、漁網やロープを集めて魔導砲艦の艦体に沿って流すんだ。急げ!」

「あ、ああ。わかった」


 ヤップが漁網を集めている間、ディックは舵を切って魔導砲艦に体当たりした。船は衝撃で金属音を立てながら軋む。しかし、魔導砲艦側も左右に振られて水兵が甲板に倒れるのが見えた。


「ヤップ、早くしろ!」

「今やってる!」


 船に残った漁網やロープを集めたヤップはそれを海に投げ入れた。漁網やロープは漁船と魔導砲艦の航跡波に揉まれて流されていく。突然、魔導砲艦が痙攣したように震え、急速に速度が落ち、ついには停止して潮に流され始めた。甲板上の水兵が慌てている様子が見て取れる。


「一体どうしたんだ…」

「投げ入れた漁網かロープがスクリューに絡んだんだ。あいつはもう航行不能だ。上手く行ったな」

「何にせよ助かったぜ」

「魔導通信で仲間を呼ばれる前にずらかるか。しかし、船も俺らもひでぇ格好だな」

「ちげぇねえ」


 漁船の甲板は命中した魔力弾で酷く破壊され、機関も通常の6割程度に出力が落ちている。オマケに爆風で飛んだ破片でマッドは重症、ディックもヤップも服はボロボロで傷だらけという姿だ。それでもディックは依頼を遂行するため、船が出しうる速度で南へ向かうのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お前達か。私に会いたいと言って来たのは」

「アリオン様か?」

「そうだ」


 マルティア島に到着したディック達は帝国軍に拿捕された後、アリオン皇子に会わせろと不信な言動と怪我も偽装ではないかと疑われ、営倉(元駐在所の牢屋)に押し込められ、適時行われた取り調べには何も答えず黙秘を貫き、アリオン皇子に会わせるよう要求を続けた。そして、数日が経過したある日、牢の前に1人の青年が現れた。

 その青年の歳の頃は20代後半で輝くような金髪と深い知性を感じさせる整った顔をした偉丈夫で、肩章で飾られた帝国軍の第一種軍装を身に着けていた。その青年は自分がアリオンだとディック達に告げた。


「本人か確認できるものはあるか?」


 アリオンは内ポケットから身分証を取り出してディック達に見せた。身分証の写真と記載内容を確認したディックは頷く。アリオンは身分証をポケットにしまいながら、じっとディック達を見た。3人とも服はボロボロ、体のあちこちに傷を負い包帯を巻いた酷い格好をしている。王国海軍の魔導砲艦から逃げる際に攻撃を受けたという話だったが…。


「(それだけに重要な要件があると言うことか…。騙そうとしているとも思えん。それにあの目は人を貶める目ではない。ならば…)私に何か話があると言う事だったが」

「ああ…。ある人物からアンタに渡してくれと荷物を預かっている」

「荷物? 依頼者は誰だ」


「……1か月ほど前、帝国からの人物1人をトリアイナに運んだ。そいつをランデブー点に運んできたのはどう見ても政府関係者だった。俺達が運んだのはトリアイナの情勢を探るために送り込まれたお宅らの秘密諜報員…。違うか?」

「……答える必要を認めないな」

「いいさ、男を運んだ2週間後、そいつは俺に一つの荷物を託した。アンタに届けて欲しいってな」

「…ふむ。その男は?」

「俺に荷物を託した後、捕まったよ。捕まえたのは王国諜報部だと思う」

「そうか…。して、その荷物は?」

「ある場所に隠してある」


 その後、直ぐに牢から出されたディック達はアリオンを乗って来た漁船に案内した。


「この中にある」


 ディックは船に飛び乗ると操舵室に入る。後に続いたアリオンに少し待つように言い、操舵室に積まれた箱や荷物を退けた。アリオンはその場所を見たが、一見何の変哲もない床に見える。ディックはバールを手にして床板の隙間に突き刺して持ち上げ、床板を外すと中に一つの紙包みがあった。ディックはそれを手にしてアリオンに手渡した。


「これだ。アンタらの仲間、俺の船を捜索したが、これは見つけられなかった」

「……中身は見たか?」

「いや、見てはいない…が、何であるかは想像がつくな。ただ、俺らの口からは言えんが」

「そうか」


 アリオンは包み紙を破って中身を出した。それは1冊の表紙付きの紙束だった。中身を見たアリオンは驚愕した。


「こ…これは…本当なのか? 異世界の艦隊が現れた?」


 ディックとヤップ、マッドは小さく頷いた。


「…よく届けてくれた。君達には宿を用意しよう。そこで休息し、体を癒してくれ。船も工作隊に修理させる。もちろん、報酬も支払う」


 そう言うとアリオンは1人庁舎に戻って行った。ディック達は依頼が完遂できたことで、体中の力が抜け、その場に座り込んでその背中を見送っていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ディック達がマルティア島に到着して約1か月が経過した。アリオンの指示により待遇は格段に良くなり、王国の魔導砲艦の攻撃で受けた傷は駐留軍の医師たちによって完治し、漁船も元通りに修復された(魔導機関は最新鋭の物に交換もされた)。そして今、彼らはマルティア島の埠頭に立って泊地を眺めていた。


「行っちまったな…」

「ああ…」


 昨日まで魔導戦艦6隻を中核とする機動艦隊に、陸軍兵員約70万人を乗せた大輸送船団が数百隻も停泊していたが、今は数隻の小型哨戒艦と少数の留守部隊しかいない。帝国艦隊は日の出前に全て出撃して行った。


 異世界の艦隊と帝国艦隊は死闘を繰り広げるだろう。戦いの帰趨は分からない。しかし、ディックにとってはどちらが勝っても関係ない事だ。


(帝国が勝てば王国から脱出する金持ちが、王国が勝てば帝国から自由を求める亡命者が増える。俺達はそんな奴らを運ぶ…。それだけだ)


「日が沈んだら出るぞ」

「ああ。そうだな」

「所詮、オレ等は闇夜の鴉ってか」

「そう言う事だ。準備を始めるぞ」


 3人は修理がなった漁船に乗り込んで出航の準備を始めた。作業をしていたら耳慣れない機械音が聞こえてきた。ディックは空を見上げると異世界の飛行機械が1機、マルティア島上空を旋回している様子が見えた。ヴァナヘイムが出撃した事を知った異世界の艦隊も出撃してくるだろう。いずれ戦闘は避けられない。ディックは飛行機械を見ながら小さく呟いた。


「アリオン様。死ぬなよ…」


 やがて偵察を終えたのか、飛行機械は北に飛び去って行った。ディックはその機影が見えなくなるまで空を見上げていた。

 この話を含めて3話ほど外伝を挿入した後、いよいよ海戦記本編に続きます。

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