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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第31話 青海原血に染めて

 第二艦隊と帝国機動艦隊が激戦を繰り広げていた海域から、約100海里ほど南の海域では数隻の護衛艦に守られた300隻、70万人の兵員を乗せた大輸送船団がトリアイナ本島を目指して北上していた。上陸指揮艦である大型輸送艦のブリッジで、陸上軍指揮官 のガンメル大将と輸送隊指揮官のマルティン少将が、徐々に赤く染まってきた水平線上の空を眺めながら言葉を交わしていた。


「機動艦隊から、戦闘開始の魔導通信が入って何時間になる?」

「既に16時間になろうかと」

「…通信は途絶したままなのだな?」

「ええ。こちらからの呼びかけにも応じません」

「…考えたくはないが、機動艦隊は敗北したのだと考えられるな」

「その通りです。しかし、ただの敗北なら、その旨連絡が入るはず。それが無いという事は、恐らく艦隊は全滅したのだと思われます」


 艦隊が全滅した。その事実は受け入れがたいものであったが、機動艦隊からの連絡が無い事も事実である。ガンメル大将は上陸部隊をどうするか、決断しなければならない状況に迫られてしまった。


(通信の有無だけで決断しても良いものか…。我が艦隊が勝利していたら輸送船団を前進させ、上陸作戦を展開しなければならない。しかし、敗北していたら敵艦隊に補足撃滅させられる可能性がある。戦闘の結果、両者とも大損害を出して戦闘不能に追い込まれたという可能性も無くはないが可能性は低いだろう…。判断するには情報が少なすぎる)


「ガンメル閣下?」

「あ、ああ…すまん。考え事をしていた。少し、頭の整理が必要だな。外の空気を吸って来る」


 ガンメル大将はそういうと、ブリッジトップにあるデッキに登った。デッキでは数人の見張員が双眼鏡を手に周囲を見張っていたが、ガンメル大将の姿に気付くと一斉に敬礼した。

 ガンメルはデッキの手すりに寄り掛かると思いっきり外の空気を吸って頭をすっきりさせると、懐から葉巻を取り出して火を点けた。葉巻の香ばしい煙が肺を満たし、気分を落ち着かせる。美しい朝焼けに染まる水平線を眺めていると、遠くから何かの音が聞こえて来た。


「おい、何か聞こえないか?」

「ハッ。そういえば何か聞こえます。雷…とも違うような…」


 見張員に声をかけ、音の方向に耳を澄ます。ゴーゴーというその音は徐々に近づいて来ているようだ。デッキにいる全員でその方向を見ていると、昇りかかった朝日を背に、ぽつ、ぽつと黒い点のようなものが見えて来た。


「あれは、飛行機械ですかね。ドロームが飛んできたのかな」

「ドロームがあんな音を立てるか?」


 見張員が接近してくる飛行機械の正体について話をする中、ガンメルは見張員から双眼鏡を受け取ると、黒い点にピントを合わせた。そして、わななく声で叫んだ。


「あれは…。あれはドロームなんかじゃない。敵の飛行機械だ!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 攻撃隊指揮官、結城学少佐は天山の偵察席から曙光の中に浮かぶ輸送船団を見下ろした。船団は大小様々な輸送船で構成されており、輸送船の周囲に数隻の哨戒艦らしき小型の護衛艦が航行する護送船団を組んでいる。


「むっ、アイツはデカいな。兵員輸送船か?」


 結城少佐は船団の中央付近に、2万トンクラスの特大型輸送船が十数隻航行しているのを見つけた。デリックが無い形状から物資輸送では無く兵員輸送船と考えられる。獲物としては最上級の代物だ。

 結城少佐が率いるのは葛城航空隊の天山艦攻12機。全機が九一式航空魚雷を懸架している。このほかに護衛として250kg爆弾で爆装した紫電改が二個中隊18機随伴している。天山の定数は18機だが、先の戦闘で撃墜されたり、機関不調で出撃できなかった機が出たため、数を減らしている。結城少佐は少し考えた後、攻撃手順を決定して無線電話機のレシーバーを手にした。


「雷撃隊は中央のデカい奴を殺る。紫電改隊は護衛艦を爆撃後、輸送船を機銃掃射して備砲を潰せ。かかれ!」


 命令を受けた紫電改隊は翼を翻して哨戒艦に向かって緩降下して行く。天山隊は輸送船団の手前で高度を落とし、3機1組の編隊を組んで輸送船団の内部に突入した。輸送船に装備された単装魔導砲が火を噴くが、時速400km以上の速度で飛ぶ天山には追い撃ちとなってしまい、当てることはできない。天山は高度40~50mまで落として次々と輸送船の上を飛び越えて行く。その姿を輸送船の乗員や陸兵は驚きの目で見送っていた。


「目標までの距離、約二〇(2千メートル)!」

「面舵に変針!」


 天山艦攻は敵大型輸送船の正横に向かって飛行している。ここで魚雷を投下しても、魚雷が輸送船に到達する前にかなりの距離を進んでしまうため命中しない。このため、進路を変えて目標の前方、到達未来位置に向けて魚雷を放つのだ。


「目標までの距離、約一〇(1千メートル)!」

「投下!」


 結城少佐は目標となる大型輸送船までの距離を告げると、操縦員の水上三郎中尉が魚雷の投下レバーを引いた。反動でガクンと機体が揺れる。水上中尉は操縦桿を手前に引いて上昇をかけながら魚雷を追うコースを取った。


「二番機、三番機も魚雷投下! 魚雷は3本とも目標に向かって駛走中!」

「おう!」


 後部電信員席の宮島平太飛行兵曹長が僚機も魚雷を投下した事を報告する。結城少佐が海面に目を向けると、大型輸送船に向かって3本の魚雷が白い航跡を引きながら、42ノットの速度で未来位置に向かって走る様子が見えた。やがて…。


「目標右舷に魚雷命中! あっ、2本目も命中しました!」

「3本目、艦尾に命中。行き足止まりました!」


 魚雷命中に宮島飛行兵曹長の弾んだ声が上がった。命中した魚雷は船腹に食い込むと爆発して高々と水柱を上げた。命中箇所には巨大な破孔が出来、黒煙を噴き出すとともに海水がものすごい勢いで流入していく。3本合計600kg以上の炸薬が爆発した衝撃に、大型輸送船は耐えられず、右舷側に傾き始めた。


 同じように魚雷が命中した他の3隻の大型輸送船も行き足が止まり黒煙を噴き出している。その内1隻は魔鉱石を大量に積載していた輸送船だったらしく、魚雷命中の衝撃で魔鉱石に含まれるマナエネルギーが誘爆を起こし、上部構造物を吹き飛ばすと、船体が二つに分かれて沈み始めた。


「宮島、艦隊司令部に打電「敵大型輸送船4隻ニ魚雷命中。撃沈確実。護衛哨戒艦ハ紫電改ノ爆撃デ無力化セリ」以上だ」

「了解、艦隊司令部に打電します」


 航空隊の仕事は終わった。これで空母に搭載してきた爆弾も魚雷も使い果たした。後の仕上げは大和と2隻の駆逐艦に任せるしかない。結城少佐は敵輸送船団目掛けて全速力で航行している大和に向かって敬礼すると、母艦に帰投するのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「敵は混乱しているようですな。大型輸送船をやられて全体の行き足が止まっています。もしかして、旗艦がいたのかも知れません」

「うむ。ここで輸送船団を叩けば帝国は当面再起不能に陥るだろう。彼等には申し訳ないが、ここで沈んでもらう。敵輸送船団に向かって砲撃せよ。第41駆逐隊は突撃」

「艦長、大和は敵船団に向かって砲撃。」


 伊藤長官が凛とした声で命令を下し、森下参謀長が有賀艦長に伝達する。いよいよ戦いの最終局面を迎えたのを感じた観戦武官のベアトリーチェ王女、アルゲンティ大将等は固唾を飲んで大和の艦橋から戦いの行く末を見守っていた。


「航海長、船団は足が止まっている。大和は船団を周回しながら砲撃する。操艦を頼むぞ」

「お任せください」


 有賀艦長の命令を受け、航海長茂木中佐は操舵室に艦の進路を指示し始めた。次いで機関室と砲術指揮所にも指示を送る。


「機関室、機関半速」

「機関半速!」

「砲術指揮所、左砲戦、砲撃開始。目標選定は任せる。徹底的にやれ」

「了解、徹底的にやります」


 大和は帝国艦隊との戦いで右砲戦を選択して戦闘を行ったので、被弾した右舷側は大きく損傷しているが、左舷側の12.7センチ高角砲は無事な事から、有賀艦長は主砲と副砲、高角砲で輸送船を攻撃する事に決め、左砲戦を選択したのだ。3基の46センチ3連装主砲が左舷に旋回して狙いをつける。


「船団中央部、大型輸送船との距離八〇(8千メートル)!」

「外縁の輸送船との距離四五(4千5百メートル)!」

「艦橋より弾着観測機からの報告あり。船団中央に大型輸送船20、うち4隻は大傾斜。大型輸送船の周囲に中型輸送船約100、その外側に2千トンクラスの小型輸送船が約200隻とのこと」


 報告を聞いた黒田砲術長は即断した。


「主砲、零式弾装填。大型輸送船を叩く。副砲及び高角砲は外縁の輸送船を狙え」

「砲術長、冬月、涼月は別れて輸送船団内に突撃するようです」

「わかった。冬月と涼月の動きに注意。大和の砲撃に巻き込むなよ」


 15m測距儀からの測的データを受け、9門の砲身が動いて砲弾の装填を待つ。主砲の発射の前に、2基の15.5センチ3連装砲、左舷6基の12.7センチ連装高角砲がほぼ水平の角度で一斉に火を噴いた。距離が近いため、時間を置かずして輸送船に着弾の火焔が躍る。

 至近距離で15.5センチ砲を浴びた輸送船は構造物を破壊され、大火災を起こし、多数の12.7センチ砲弾を浴びた輸送船は船体をボロボロにされて沈み始める。


 副砲と高角砲が次の目標に狙いを定めた時、主砲発射のブザーが鳴って9門の砲身から巨大な火焔と爆炎が吹き出した。黒田砲術長は距離が近いため、交互撃ち方では無く最初から斉射を選択したのだ。撃ち出された砲弾は十数秒後には目標の周囲に落下し、水柱と共に爆発炎も確認できた。


「うむ!」

「よし!」


 艦橋で主砲発射を見ていた伊藤長官や森下参謀長が、初弾命中という成果に満足げに頷く。主砲弾が命中した大型輸送船は火災を起こし、大きく傾き始めた。時間を置かずして沈没するのは明らかだった。


「主砲の目標変更、後続する大型輸送艦!」

「副砲、高角砲は手近な目標を選択、続けて撃て!」


 黒田砲術長の指示が飛び、大和の主砲は旋回と共に仰角を調整して第2斉射を放った。しかし、砲弾は目標を飛び越え、後方にまとまって落下する。すぐさま上空の弾着観測機から修正の指示が入り、射撃指揮所に伝達される。修正後の第3斉射は見事に目標を捉え、3発が命中して装甲が無きに等しい輸送船の甲板を貫いて船体の奥深くで爆発して竜骨をへし折った。その結果、大型輸送船はVの字に折れ曲がり、大勢の兵士を乗せたまま急速に海中に飲み込まれていった。


 大和はゆっくりと船団の周囲を回りながら巨弾を送り込み続け、ヴァナヘイム帝国の大型輸送船を次々と沈めて行った。この様子に恐慌状態に陥った中小型の輸送船は魔導機関を全開にして離脱を図ろうとするが、大和の副砲、高角砲の砲弾を浴びて炎上した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一方、大和と反対方向に向きを変え、離脱を図ろうとする輸送船も相当数いたが、その前に第41駆逐隊の冬月と涼月が立ちはだかった。艦隊防空を担う防空駆逐艦として設計された乙型一等駆逐艦秋月型の両艦であるが、高威力長射程の65口径10センチ連装高角砲を4基装備しており砲撃力は高く、さらに、艦隊戦が生起した場合に備えて61センチ4連装魚雷発射管も1基搭載している。冬月の山名艦長、涼月の平山艦長は目の前に現れた輸送船に手あたり次第、10センチ砲弾を浴びせ続けていた。


「艦長、左舷に大型の輸送船です。距離二〇(2千メートル)」

「上手く大和の砲撃から逃げたと思っただろうが、そうはいかんぞ。水雷長、左魚雷戦。測的でき次第発射!」


 冬月は大型輸送船に魚雷戦を仕掛けるため同航に移った。その間、発射角度等の諸元を算出する。


「敵艦の速力12ノット!」

「調整角修正!」

「駛走深度3メートル、雷速48ノット!」

「魚雷発射!」


 水雷長の命令で操作員が魚雷発射レバーを操作すると、発射管から圧搾空気によって魚雷が押し出され、海中に躍り出た。


「全魚雷、航走!」

「よし、次発装填急げ。獲物はまだまだいるぞ!」


 冬月の反対側、数千メートル離れた場所でも大型輸送船が高々と水柱を上げているのが視認できた。


「涼月もやってるな」


 山名艦長はニヤッと不敵な笑みを浮かべる。2隻の駆逐艦は艦隊戦に参加できなかった鬱憤を晴らすように、主砲と魚雷をヴァナヘイム帝国の輸送船に向けて発射し続けた。

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