第29話 テティス島沖海戦④ 大和vsヨルムンガンド
ヴァナヘイム帝国機動艦隊司令部及び総旗艦ヨルムンガンドの艦橋では総司令官のガティス皇子がヨルムンガンド級魔導戦艦2番艦ドゥーヴァ、3番艦ヘヴリングが敵戦艦の砲撃で轟沈する様を呆然と見つめていた。先の航空攻撃でミドガルズが沈められている。それでも、世界最強の魔導戦艦が砲撃戦で負けるはずがないと信じていた。
しかし、敵の戦艦はガティスらの想像をはるかに上回る怪物だった。魔導砲の射程外から撃ち込まれる砲撃は着弾すると艦橋より高く水柱を吹き上げ、直撃弾は魔導防壁も強固な装甲もやすやすと貫いて艦を破壊する。僅か数発でヨルムンガンド級戦艦を屠る破壊力にガティスだけではなく、アリオン皇子やコーゼル艦長ほか艦橋にいる全ての者が顔を青ざめさせて目の前で起こっている光景を眺めていた。
「ウ…ウソだろ…。ヨルムンガンド級が…沈む?」
「…………。この砲撃は一体…」
「魔物…。やっぱり私達は魔物と戦ってるんだわ。魔物に人が勝てるはずがない…」
アーシャ中尉がガタガタと体を震わせる。次に狙われるのはヨルムンガンドだ。ドゥーヴァやヘヴリングの運命は次の自分たちの運命と想像しているのだろうとアリオンは彼女の姿を見て思った。
(無理もない。ヤツは異次元のバケモノだ…。だが生き残るには奴に勝つしかない。どうせ逃げ帰っても我々に待つのは、任務に失敗した罪を問われて「処刑」される未来しかないからだ)
「ヨルムンガンド全速前進! 取舵90度、敵艦に向かって突撃せよ! 距離を詰めて砲撃する。1万8千メートルで砲撃開始!」
我に返ったコーゼル艦長が命令を下した。とにかく自艦の射程に敵を捉えなければ勝負にならない。ヨルムンガンドは艦首を大和に向けて転回すると、機関を全開にして前進を始めた。さらに、後続のアスク級巡航戦艦アスクもヨルムンガンドに並列して前進を始めた。
「敵との距離、2万2千メートル、2万1千メートル…」
こちらの接近に合わせて敵戦艦も距離を取ろうとするため、両者の距離は中々縮まらない。それでも少しずつだが距離を詰め始めた。ヨルムンガンドの左右両舷に巨大な水柱が林立し、滝のように崩れ落ちる海水が甲板を叩き、艦橋の視界を奪う。露天艦橋にいる見張員は水浸しになりながらも大和との距離を測る。
「敵との距離1万8千メートル!」
「主砲、全門斉射!」
ヨルムンガンドが装備する40センチ口径単装魔導砲塔8門が一斉に発射された。大和の主砲のように火焔や爆発音を発することは無いが、砲口から飛び出す魔導弾の輝きで艦を明るく照らす。
第1斉射は敵艦を飛び越え、向こう側に抜けたところで爆発した。ヨルムンガンドが第2射を放つ前に敵の砲弾が、艦を挟み込むように至近距離に落下して高々と3本の水柱を上げる。
ヨルムンガンドは第2射を放った。8つの光球がまっしぐらに飛ぶが、全て大和の手前に着弾して爆発して海面を搔き乱す。コーゼル艦長は敵の砲撃が停止したのに気づいた。先程の水柱はヨルムンガンドを挟叉していた。つまり、斉射をするための射撃諸元を得たという事に違いない。となると、次に来るのは…。コーゼル艦長は砲術指揮所に繋がる令達器に向かって叫んだ。
「敵の斉射が来るぞ! 砲撃急げ、敵に撃たせるな!」
諸元修正を行った第3射は大和を捉え、前部2基の砲塔に複数の爆発光が煌めくのが見えた。
「やった!」
「いいぞ、叩き込め!」
ガティスやアリオンが歓喜の声を上げた。しかし、この声もすぐに凍り付いた。敵戦艦は何事も無かったように3基の砲塔から巨大な火焔を吐き出した。
「な…なんだと。ヨルムンガンドの魔導砲だぞ。効かない訳がねぇ!」
「信じられん…」
敵の砲弾が落下する前にヨルムンガンドは第4射を放った。その直後、全艦を揺るがす振動が襲い、艦橋に詰めていた全員がよろめいた。衝撃から立ち直ったアリオンはコーゼル艦長と共に艦橋の窓から前甲板を見ると2か所に大穴が空き、穴から炎と黒煙が猛烈な勢いで吹き出していた。また、8基の魔導砲の内3基が破壊されて使用不能になっていた。
「被害状況を確認しろ! 火災を消火するんだ!」
「さっきの砲撃はどうなった!」
コーゼル艦長が被害対応の指示を出す間、ガティスは先程放った砲撃の行方について叫ぶと、直ぐに見張員から報告が帰ってきた。
「敵戦艦に命中弾3!」
「よっしゃ、今度こそやったか!」
「敵戦艦に目立った損傷認めず!」
「まさか、ウソだろ…」
呆然とするガティスだったが、ヨルムンガンドはまだ戦闘力を失ってはいない。残った5基の主砲から魔導砲を放った。
「今度はどうだ!」
ガティスは今度こそとの期待を込めて叫んだ。敵艦の1か所に火焔が踊るのが見えた。しかし、その火焔を吹き飛ばして敵艦も発砲する。敵対する国々の艦船や地上施設を一撃で爆砕してきた無敵の魔導砲が、この敵には通用しない。その事実に、ガティスもアリオンも恐怖した。しかし、コーゼル艦長だけは敵を見据え、攻撃を続けるよう叫ぶ。
「撃ち負けるな。敵とて無敵ではない。ダメージが蓄積すれば、いずれ限界が来る」
「敵艦との距離、1万7千メートル!」
「撃て、魔導砲斉射!!」
残った40センチ魔導砲が俯角を調整するため僅かに動いた。そこに敵の第3射が落下してきた。敵弾はヨルムンガンドの後部に命中し、激しい衝撃と共に艦首が上に持ち上げられる。さらに、不気味な振動が全艦を震わせ、竜骨が軋む音が響く。それでも、ヨルムンガンドは健在な5門の魔導砲を敵に向けて撃った。しかし、魔導弾は命中せず、敵艦から離れた場所で爆発した。
「くそ、衝撃で照準が狂ったな! 測的、直ちに修正せよ!」
「測的室より艦長、艦の傾斜で狙いがつきません!」
「なんだと!?」
コーゼル艦長が確認すると、確かに艦橋の床が左側に傾いているような気がする。
「艦長、きっと安定装置が破壊されたんだ。このままでは艦の安定が保てないぞ」
「わかってます。ヨルムンガンド直ちに着水。着水後右舷に注水、バランスを取れ!」
アリオンの指摘に頷いたコーゼル艦長は、直ちに艦を着水させるよう命じた。
「おい、コーゼル! 着水したら速度が落ちるじゃねーか!」
「速度が落ちても砲撃の精度を上げる方が今は重要です。艦の指揮に口を挟まないで貰いたい!」
「何だと!? オレ様は総司令官だぞ!」
「司令官だろうが何だろうが、艦の指揮権は私にある! 黙れ、小僧!」
「…こ、小僧だと…」
「ガティス。それよりもあれを見ろ!」
小僧呼ばわりされて怒りに顔を真っ赤にさせたガティスにアリオンが声をかけた。小さく舌打ちしたガティスが振り返ると、敵艦上にヨルムンガンドの砲撃より一回り小さい爆発がいくつも炎を散らしたところだった。
「アスクか!」
敵艦を射程に捉えたアスク級巡航戦艦がヨルムンガンドの危機を見て全門一斉射撃を行ったのだった。また、被弾による損傷と着水によって速力の落ちたヨルムンガンドを追い抜き、前に出て砲撃を繰り返す。しかし、敵艦への有効打となってはいないのか、敵艦は魔導砲を避けようともせず、健在な9門の主砲を放ってきた。
「バケモンか、ヤツは…」
ガティスがボソッと呟く。大和の第4射は前甲板に2発、艦の中央部に1発命中し、艦の奥深くに突入して爆発した。複数の魔導砲の砲身が空中高く吹き飛び、新たに出来た3つの破孔から激しい炎と煙が火山の噴火のように噴き上がった。制御不能の激しい振動がヨルムンガンドを襲い、舷側に生じた亀裂から海水が轟音を立てて艦内に流入する。海水は防水隔壁をぶち抜き艦内を水没させて行った。
「ここまで…だな」
「アリオン様…」
「申し訳ありません。私の責任です」
「コーゼルの責任ではない。敵が強すぎたのだ」
艦内に流入する海水で、ヨルムンガンドは急速に沈下しつつあり、浸水は艦底部から下甲板から中甲板付近まで達した。前甲板は海水が洗っている状態になっており、沈没も時間の問題だ。火焔と海水が接触して激しく水蒸気を上げながら爆発を繰り返している。この状況に総司令官のガティスは魂を飛ばしたような呆けた顔で沈み行く帝国最強艦を眺めている。
「総司令、ヨルムンガンドはもう保ちません。総員退去を命令します」
「…………」
「総司令!」
「……あ、ああ…。そうだな…。任せる…」
コーゼル艦長は令達器に向かって総員退去するように告げた。甲板から乗員が次々に海に飛び込み、艦から離れようと必死に藻掻くが、波に飲まれて沈んでしまう者も多い。傾き始めた艦橋の窓からその様子を見ていたアリオンにアーシャ中尉が震える体を寄せた。二人の耳に敵艦の砲弾が落下して来る音が聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヨルムンガンド大破、沈みます!」
「了解!」
巡航戦艦アスク艦長、チャック・イェーガー大佐は見張員の報告に短く返答した。帝国の誇るヨルムンガンド級戦艦がたった1隻の戦艦に3隻も沈められた。
(ヤツは正真正銘のバケモノだ。だが、帝国艦隊の牙はまだ折れておらん!)
「敵艦との距離は!」
「約1万3千メートル!」
「よし、この距離なら狙いをつけるまでもない。撃て、とにかく撃って撃って撃ちまくるんだ! ヨルムンガンド級より口径の劣る我が艦が勝つには、とにかく接近して砲撃を浴びせるしかないのだ!」
イェーガー艦長は双眼鏡で敵艦を見た。敵艦もヨルムンガンド級の大口径魔導弾を多数直撃させられている。しかし、敵艦は上部構造物の一部が破壊されてはいるが、主砲塔には全く損傷は見られない。
敵艦の主砲が仰角を下げ、アスクに狙いをつけた。この距離なら弾着修正をする事もなく、最初から斉射で撃ってくるに違いない。ヨルムンガンドより魔導防壁の出力が弱く、装甲の薄いアスクでは一発受けただけでも致命的な被害を被るに違いない。イェーガー艦長は恐慌状態になり、砲術管制に向かって叫んだ。
「主砲、撃て! ヤツを叩き潰せ!!」
アスクが装備する5基10門の30センチ連装魔導砲が一斉に魔導弾を発射した。大和の艦上で魔導弾が連続して爆発する。しかし、爆炎が風で流れると、何事もなかったように姿を表した。
「バケモノめ…」
「敵艦発砲!」
「くるぞ、衝撃に備えろ!!」
大和の砲口から火焔が躍った。十数秒後、凄まじい衝撃がアスクを揺るがし、艦橋構造物が崩壊した。重量のある鉄骨がイェーガーらの頭上にガラガラと音を立てて落ちてきて、絶叫と共にイェーガーを始めとした乗員を飲み込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「終わったな」
「彼らは最後の一艦となっても向かってきました。天晴と言うしかありません」
「うむ…」
至近距離まで突撃してきた最後の魔導戦艦は、大和の水平一斉射撃によって5発もの九一式徹甲弾の直撃を受け、衝撃波で大和を揺るがすほどの大爆発を起こした。
「大和もかなり被弾しました。非装甲部が大分やられたようです。今、被害状況を調査させています」
「これが徹甲弾だったなら、大和も危なかったな」
「見ろ、敵艦が沈むぞ」
最後まで浮かんでいた敵戦艦の艦尾が海中に没し海面に渦を作った。有賀艦長は敬礼しながら敵艦に向かって瞑目した。




