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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第28話 テティス島沖海戦➂ 大和咆哮!

「信じられない…。世界最強の帝国艦隊が、こうまで打ちのめされるとは…」


 ヴァナヘイム帝国機動艦隊突撃戦隊の司令軽装巡航艦ウルガの艦橋で、司令官エレン・ミュジアン大佐は味方艦が次々と撃沈されて行く様を呆然と見つめていた。マルティア島泊地を出撃した時点で16隻を数えた突撃艦は、異世界から現れたという敵の航空攻撃で半数が沈められた。それでも、艦隊戦に入るまでは巡航艦と軽装巡航艦合わせて12隻の強力な戦力を有していた。

 それに対して向かってきた敵艦は軽装巡航艦クラスの中型戦闘艦1隻、突撃艦クラスの戦闘艦が6隻。戦力は圧倒的に上回っており、順当に考えれば決して負けるはずがない。それなのに…。


(我々の魔導砲はマナを爆発力に変換したエネルギー弾だ。命中すれば直ちに爆発してダメージを与える。しかし、奴らの砲は実体弾のようね。こちらの装甲を貫いて艦内で爆発している。受けるダメージはこちらの方が大きい。それに、実体弾なら魔導防壁も効果がないのも道理。アリオン様が危惧した通り、我々は相手を知らなさ過ぎたわ。それがこのザマよ。これもガティスの無能者のせいよ)


 エレン大佐はガティス皇子の陰険な顔を思い出し、ギリっと奥歯を噛んだ。


 既に巡航艦2隻、軽装巡航艦1隻は沈み、突撃艦も4隻を残すのみになっていた。それでも、敵1隻を撃沈し、中型艦を含む3隻を戦闘不能に追い込んだ。さらに1隻(初霜)に集中砲火を浴びせようとした矢先、背後に回り込んだ敵艦(磯風、雪風)から砲撃を浴び、たちまちのうちに2隻を沈められた。背後の敵に反撃するため、回頭しても敵艦は巧みな操艦で回り込み、艦の後部目掛けて攻撃してくる。


 この2隻に構っているうちにもう1隻(初霜)が反撃に出て味方突撃艦に砲火を浴びせた。多数の12.7センチ砲弾を受け、突撃艦は爆発、炎上して沈没し始めた。残る味方艦は2隻、相手は3隻。しかも、2隻とも敵艦の砲撃を浴びて戦闘力は急速に失われつつある。


 突然ウルガの後部甲板で爆発が連続して起こり、激しく艦を震わせた。金属が引き裂かれるような破壊音が響き、空中姿勢を保てなくなって海面に落下した。着水の衝撃で艦橋にいた者は床に投げ出されて悲鳴を上げた。


「きゃああっ!」

「し、司令。大丈夫ですか!?」


 艦橋の壁に体を打ち付け、息が詰まって蹲ったエレンに艦長が駆け寄って抱き起こした。エレンは顔を上げて大丈夫だと呟く。見ると艦長の額が切れていて、血が流れている。


(ここまでね…)


 エレンは艦長に肩を貸してもらいながら立ち上がると最後となる命令を下した。


「砲撃中止。機関停止。艦長、白旗を上げてください。降伏します」

「司令!」

「これ以上は無理よ。これ以上戦っても沈められるだけ。乗組員も無駄に死なせることになる。それだけは避けたい」

「……わかりました」

「私達は負けた。さあ、早く降伏を!」

「ハッ!」


 艦長は敵艦への砲撃中止を命令し、魔導ジェネレーターを停止させて艦を止めると共に、残った突撃艦にも降伏を命じる発光信号を送り、信号員に白旗を掲げさせた。程無くして敵艦の砲撃が止んだ。


「受け入れてくれたみたいね」

「司令、敵艦が接近してきます」


 エレンが振り向くと、突撃艦クラスの艦がゆっくりと接舷してきた。連装3基の砲塔はピタリとウルガに狙いをつけている。少しでも疑われる動きをしたら直ぐにでも火を噴くであろう。


(さあ、エレン。帝国軍人として、恥じない態度で行くのよ)


 接舷した敵艦からロープが投げ渡されてきた。甲板員がもやいを取って艦を固定し、梯子を渡した。ウルガの艦長を伴って艦橋から降りたエレンは胸を張り、堂々とした態度で敵艦に向かって歩みを進めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 第二水雷戦隊とヴァナヘイム巡航艦隊が交戦している中、大和もまた敵魔導戦艦隊と砲火を交わそうとしていた。戦力比は1対4だが大和の乗員は落ち着いて任務を果たそうとしていた。


「敵艦隊と同航に入りました。距離2万3千m!」

「右砲戦。目標、敵戦艦1番艦、砲撃始め!」


 大和艦長有賀幸作大佐は大音声で艦橋トップの射撃指揮所に下令した。戦闘に入れば伊藤長官始め司令部の出番は無い。全て艦長が指揮するのだ。


 敵艦隊に合わせて24ノットで直進しながら目標に向かって各砲塔の1番砲から第1射を放った。艦の右舷に向かって雷を伴った急行列車のような爆音と火焔がほとばしり、衝撃波で海面が押し広げられる。昭和16年に竣工して以来、大和が初めて敵戦艦に向けて射撃をした瞬間だった。


「さすがに大和の砲撃は腹に響くな」


 伊藤長官と森下参謀長が頷きあう。有賀艦長は無言で双眼鏡を覗き砲弾の行方を追った。大和の第1射は敵艦を飛び越え反対側に水柱を立てた。


「ま、第1射はこんなもんだ」


「全弾遠! 下げふた!」

「下げ二!」


 弾着観測機からの結果が射撃指揮所に入り、黒田砲術長が修正指示を送る。続けて第2射が発射される。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 司令塔で主砲の発射を見ていたベアトリーチェとアルゲンティ大将は、砲自体が爆発したのではないかと思うほど激しい爆音と火焔、鋼鉄の壁に守られた中にいても感じる衝撃に声も出せないほど驚いていた。


「こ…これが大和の砲撃…。凄すぎて心臓が止まりそう…」

「全くです。表現する言葉が見当たりませんな」


「驚くのも無理はありません。何せ大和の主砲弾は重量1.5トンもありますからね。それを秒速720m(音速の約2倍)で撃ち出すのです。装薬の量も330kgになります」


 副長の能村大佐が笑いながら説明してくれた。数字が規格外すぎてベアトリーチェの頭の中は混乱している。


「想像もつきません…」


 その時、大和の各砲塔の2番砲から第2射目が発射された。轟音と火焔の衝撃で驚いたベアトリーチェが「キャッ!」と小さな悲鳴を上げて、側にいた伊達に抱きついた。その様子に能村大佐とアルゲンティ大将がニヤニヤと笑みを浮かべる。ハッと気づいた彼女は真っ赤になると慌てて伊達から離れた。


「えっ、えーと、コホン。今の砲撃はどうなりましたか?」


 恥かしさを取り繕うベアトリーチェが可笑しくて伊達は小さく笑った。一方、能村大佐は砲弾の行方を目で追いながら、敵艦の手前で水柱を上げたと話してくれた。


「意外と当たらないものなのですね」

「そもそも艦砲の命中精度は数%程度なのです。このため、交互撃ち方で弾着修正を行いながら精度を上げていくものなのです」

「そうでしたか…。もの知らずで申し訳ありません」

「構いません。さあ、そんな顔をしないで下さい。大和の戦いはここからですよ」


 ベアトリーチェは頷くと、司令塔の窓から大和の砲塔に視線を向けた。その時、3番砲の砲口から爆炎がほとばしり、音速を超える速度で砲弾が飛び出していった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「まだ有効弾は出んか…」


 3射目でも有効射が得られなかったことで森下参謀長が残念そうに呟くが、有賀艦長は無言で仁王立ちし、敵戦艦1番艦の周囲にそそり立つ水柱を見つめている。


「敵艦隊との距離2万2千メートル!」

「敵艦隊取舵に変針します」

「距離を保て。取舵15!」


「敵は撃ってこないな。やはり、まだ射程に入って来ないようだ」


 敵の動きを観察していた森下参謀長と山本先任参謀が顔を見合わせて頷いた。伊藤長官は長官席に座って言葉を発しない。戦闘指揮は全て有賀艦長に任せている。


「敵戦艦1番艦に挟叉! 次より斉射!」


 4射目で挟叉が得られ、射撃指揮所から艦橋に報告が入った。有賀艦長が航海長に命令を下す。


「敵艦との距離、二三〇(2万3千メートル)!」

「戻せ、舵中央!」


 交互射撃から一斉射撃に移るため、大和の主砲が動きを止めた。全ての砲に装填するため発射を待っているのだ。装填が終了し、ブザーの音に続いて9門の砲口から轟音と火焔が噴き出した。射撃の圧力に司令塔にいたベアトリーチェやアルゲンティ大将、ルキウス大佐らは腰を抜かさんばかりに驚いた。砲術指揮所では計測員がストップウォッチで着弾までの時間を計測して、黒田砲術長に報告を上げている。


「…30秒経過」

「敵戦艦に直撃弾!」


 黒田砲術長は双眼鏡で敵戦艦1番艦を見た。放たれた9発の九一式徹甲弾は前甲板2か所に命中して爆炎を噴き上げた。この瞬間、砲術指揮所は大きな歓声に包まれた。


「よし!」


 艦橋では伊藤長官や森下参謀長が、大和が初めて敵戦艦に命中弾を与えた事で満足の声を上げ、有賀艦長や艦橋にいた全員も歓喜の声を上げた。大和は敵艦の射程に入る前に先制の一撃を与えたのだ。そして、これは大和が生れて初めて敵戦艦に与えた直撃弾でもある。


 大和は敵艦隊と同航しながら第2斉射を放った。敵戦艦1番艦の前甲板と後甲板に直撃弾の閃光が走り、大きな爆炎が躍った。さらに第3斉射では敵艦の前部、中央、後部にまんべんなく直撃弾が命中した。この直撃弾は敵艦にかなりの打撃を与えたらしく、がくりと項垂れる様に海面に落ちて水飛沫を上げた。


 大和の第4斉射は敵艦の前甲板に命中した。次の瞬間、敵戦艦1番艦は大爆発を起こし、艦が前後真っ二つに裂け、水蒸気を上げながら急速に海中に飲み込まれていった。


「よくやった!」


 敵戦艦を撃沈した事で、普段感情を表に出さない伊藤長官も喜びを露わにしている。


「目標、敵2番艦!」


 有賀艦長は冷静に次の目標を指示する。大和は敵2番艦に目標を定め、弾着修正の交互射撃を始めた。敵は未だ大和を射程に捉えられないようで、必死に接近を図っている。しかし、大和も巧みな操艦によって距離を保ってアウトレンジに徹する。


「敵戦艦2番艦に直撃弾!」

「2番艦に火災発生!」


 大和は第5射で直撃弾を得た。有賀艦長が双眼鏡を向けると報告にあった通り、敵2番艦の艦体中央付近から黒煙が湧きだしている。


「一斉撃ち方に切り替えます」


 黒田砲術長から報告が上がった。前部砲塔の1番砲、3番砲が僅かに俯仰を変えた。装填を待つ間に敵3番艦、4番艦が魔導砲を放った。しかし、敵の射弾は大和の約2千メートルも手前で爆発した。


「やつら、焦ってますな」

「うむ…」


 森下参謀長が伊藤長官に話しかけた。装填が終わった主砲が敵戦艦2番艦に向けて9門の主砲を一斉に発射した。砲口に火焔と爆炎が踊り、交互撃ち方に3倍する巨大な砲声が轟いた。


 約2万3千メートルの距離を放物線を描いて飛んだ9発の砲弾は敵艦を包み込むように落下した。敵艦の周囲に艦橋を超える水柱が吹き上がり、その中に3発の直撃弾の閃光が輝いた。特に、後部甲板に命中した直撃弾はかなりのダメージを与えたのか、真っ赤な炎が立ち昇り、海面に着水したと同時に行き足も止まった。


 続いて発射された第2射は行き足が止まった敵艦の後部甲板に集中して落下した。そのうち、命中したのは2発だったが、2発の徹甲弾は甲板に張られた装甲を撃ち抜き、魔導ジェネレーターがある機関部に達して爆発した。その瞬間、マナエネルギーが誘爆、全艦を揺るがす大爆発が起こった。さらに、爆発で穿たれた破孔から海水が艦内に流れ込み、艦尾から急速に沈み始めた。


「残りは2隻。このまま行けるか…」


 森下参謀長は残る2隻の魔導戦艦に双眼鏡を向けた。このまま、アウトレンジで砲撃を続ければ完勝も見えてくる。しかし、その期待は幻想であることが見張員からの報告で判明する。大和が敵戦艦2番艦と交戦している間に最大速力で接近を図っていたのだ。


「敵艦接近、距離一八〇(1万8千メートル)! 敵艦発砲!!」

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