第27話 テティス島沖海戦② 死闘
「副長、被害状況を知らせろ!」
「第三砲塔全壊、火災が発生しています。さらに、カタパルト及び後部甲板損傷!」
「第三砲塔火薬庫注水! 消火急げ!」
艦橋に被害状況が次々入ってくる。原艦長は応急員である副長に消火を急ぐよう指示を出すと、射弾を浴びせて来た敵巡航艦を見た。2隻の巡航艦のうち1番艦は矢矧の15.2cm砲を多数浴びて炎上しながら沈没しかかっている。しかし、2番艦は健在で矢矧に対して20センチ単装魔導砲6門を間断なく浴びせかけており、矢矧の周囲はひっきりなしに炸裂する魔導弾の光に包まれていた。
「目標敵2番艦!」
「敵2番艦、距離七〇(7千メートル)!」
「砲術、距離が近い。最初から斉射で行け!」
「斉射了解!」
原艦長が次の目標を指示し、見張員から距離の報告が上がる。健在な第1、第2砲塔から火焔がほとばしり、重々しい砲声が轟いた。2斉射目と3斉射目は至近弾となって水柱を上げたが、4斉射目は2発が敵艦の前甲板に命中し、爆炎が噴き上がって魔導砲の砲身が吹き飛ぶのが見えた。
「よし!」
古村司令官が満足した声を上げる。しかし、敵艦が放った魔導砲の1発も矢矧に命中して艦を振動させるとともに、何かの構造物が破壊される音が響く。
「左舷8センチ高角砲全壊!」
「我慢比べだな。魚雷が使えればいいんだが」
5斉射目、6斉射目も敵艦を捉え、敵艦上に複数の爆炎が踊った。相当なダメージを与えたはずだが、敵艦もしぶとく稼働可能な魔導砲で反撃してくる。前甲板に命中した魔導弾が揚錨機を粉砕し、錨が海中に落ちた。
「敵も中々しぶとい」
「砲術、撃ち負けるな!」
古村がボソッと呟き、原艦長が激を飛ばす。矢矧はかなり被弾したが、致命傷は受けておらず戦闘力も失っていない。しかし、このまま被弾し続ければ、いずれ戦闘力を失い沈没の憂き目に合うかも知れない。古村司令が敵艦を凝視していると、敵2番艦の側面に矢矧の主砲とは異なる大きさの爆炎が多数吹き上がり、伝声管から見張員の弾んだ声が聞こえてきた。
「磯風と浜風接近! 敵2番艦に砲火を浴びせています!」
「よし!」
敵軽装巡航艦と突撃艦を退けた第17駆逐隊の磯風と浜風が矢矧の危機を見て救援に来たのだった。古村が双眼鏡で見ると、磯風は第2砲塔付近が、浜風は艦中央付近が大きく破壊されている。しかし、両艦とも戦闘力は失っておらず、主砲を連続射撃している。
ただでさえ矢矧との撃ち合いで被弾損傷していた敵2番艦は、予想もしていない方向からの攻撃を受け、艦隊構造物が次々に破壊され、火災を起こして戦闘力を失って行った。
「今が絶好の好機だ。主砲撃て、撃て! 畳みかけろ!!」
原艦長が叫ぶ。矢矧の主砲は止めとばかりに咆哮し、敵巡航艦を破壊した。被弾に耐えられなくなった巡航艦は海面上に落下して破孔から海水が流入し始めた。やがて、海水の重量に耐えられられなくなった巡航艦は横倒しになると、水蒸気を上げながら海中に飲み込まれて行った。
「何とか片付いたな…」
「かなりの強敵でした。磯風と浜風が救援に来てくれなければ、沈んでいたのは我が方だったかも知れません」
「矢矧も大分やられたな」
「重巡級の艦と至近距離でやり合いましたからね。魔導砲ですか、爆発力が大きく、まるで下瀬火薬にやられたロシア艦のようです」
古村は艦橋の窓から矢矧の前甲板を見下ろした。魔導砲の直撃で第1砲塔は損傷して旋回不能になり、射撃不能との報告が上がっている。また、船首が揚錨機共々吹き飛ばされて大きく裂けている。艦の後部も第3砲塔を始め、上部構造物に大きな被害が出ている。全体的に大破と言っても良いくらいの損傷で、航行できるのが不思議なくらいだ。
「機関室、異状ないか!?」
「異状なし!」
何とか機関は無事で艦の航行は出来そうだと原艦長は安堵した。しかし、今度は艦の後方から凄まじい爆発音が聞こえ、見張員が震える声で報告してきた。
「か…霞が大爆発しました!」
「なんだと!?」
矢矧のデッキに出て後方を見ると、1隻の駆逐艦が炎に包まれて黒煙を上げ、真っぷたつに折れて急速に沈み始めている。
「魚雷発射管に食らったんだ…」
「あれでは、ほとんど助かるまい。くそ、やってくれたな」
古村は唇を噛んだ。しかし、いつまでも悔やんではいられない。敵艦はまだ半数ほど残っている。これらを撃滅しなければならない。第21駆逐隊は霞を失ったが、初霜と朝霜は被弾しながらも健在だ。第17駆逐隊は浜風が中破したが、磯風と雪風が残っている。
「艦長、矢矧は戦闘不能だ。浜風と一緒に戦闘区域から退避しろ」
「司令はどうされるのです?」
「最も近い艦はどれだ」
「磯風です」
司令部の杉原中佐が返答を返した。古村は頷くと司令部を移動する旨命令を下した。
「司令部は磯風に移す」
「わかりました。矢矧と浜風はお任せください。信号員、磯風に接舷するよう信号を送れ」
「磯風に信号を送ります!」
磯風が矢矧に接舷する。矢矧の後部甲板の火災は収まっていないので、かなり危険な行為だ。古村少将ら第二水雷戦隊の司令部員は次々に磯風に移った。第17駆逐隊司令の新谷大佐と磯風艦長前田中佐が敬礼で古村を迎え入れた。
「やっかいになるぞ、新谷司令」
「はっ! 今だ敵は倍する数ですが、伝統ある第二水雷戦隊の名誉にかけて、絶対に撃退して見せます!」
「頼むぞ」
新谷大佐は頷くと田中艦長に向かって命令した。
「雪風と合流する。取舵30」
磯風は敵軽装巡航艦と砲火を交わしている雪風に向かって、艦を反転させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
不沈艦として名高い駆逐艦雪風は、2隻の突撃艦を撃沈後、軽装巡航艦に目標を定め攻撃していた。艦長寺内正道中佐は艦橋で大声を出しながら、雪風を巧みに操船させ、今だ1発の被弾も無く、敵艦に向かって砲弾を送り続けていた。
何度目かの斉射が敵軽装巡航艦の艦橋に命中して操舵室の中で爆発した。砲弾は魔導砲の砲術指揮所も破壊したらしく、攻撃が一瞬止まる。歴戦の寺内艦長はその隙を見逃さなかった。
「よっしゃ、艦橋がぼっこれた! 今が好機だ。このまま巡航艦の鼻先を突っ切れ! 砲術、弾をどんどん撃ち込んだれ!」
「進路直進。宜候!」
雪風は軽装巡航艦から僅か3千mませ接近して、鼻先を掠めるような進路を取った。すれ違い様に砲弾を交互撃ちで3秒から4秒おきに敵艦に向かって叩き込む。至近距離で放たれた12.7センチ徹甲弾は全弾命中し、敵艦の装甲を貫いて内部で爆発した。連続する爆発による火災は艦の内部を荒れ狂い、艦内の主要設備を破壊し、消火しようと奮闘する乗員を薙ぎ倒す。火勢は一層強くなり、魔導ジェネレーターまで及ぶと、熱で魔鉱石が暴走を始め、ついに大爆発を起こしてバラバラに砕け散った。
「よっしゃ、3隻目ぇー!」
「艦長、磯風から信号。「我ニ続ケ」です」
「ん、どれどれ?」
寺内艦長が右舷側を振り向くと、磯風が雪風を追い抜きながら発光信号を送っている。その進路から敵艦隊の後背に回り込み、第21駆逐隊と挟撃するつもりのようだ。寺内艦長はニヤッと笑みを浮かべると、航海長の肩を叩いて磯風に追従するように命令した。
「磯風にくっついて行くぞ。敵の残りは5隻、挟み撃ちで全艦撃沈する。機関最大戦速、進路このまま!」
「進路このまま。宜候」
磯風と雪風は敵艦隊の背後に回って挟撃するため、主戦場を迂回する繞回進撃を開始した。
一方、第21駆逐隊の朝霜、初霜の2隻はかなりの苦境に立たされていた。特に司令駆逐艦の朝霜は3隻の突撃艦を相手に苦戦を強いられていた。
「発射管内の魚雷、全て投棄完了!」
「よし、これで霞のように誘爆することは無くなったな」
水雷長からの報告を受けて、艦長杉原与四郎中佐は安堵の声を漏らした。その隣で駆逐隊司令の小滝久雄大佐が苦渋の顔で呟いた。
「私がもっと早く魚雷投棄を命じていれば、霞をあんな目に遭わせることは無かったものを…」
「終わった事を悔やんでも仕方ありません。今は勝つことを考えましょう。それが霞への手向けになります」
「…そうだな。艦長の言うとおりだ」
小滝司令は気を取り直して双眼鏡を敵艦に向けた。敵は3隻が並列になって朝霜目掛けて魔導砲を撃ってくる。その敵の1隻に朝霜の砲弾が命中して爆炎が上がった。小滝司令は満足の声を上げるが、次の瞬間、艦を揺るがす激しい衝撃に足を取られてよろめいた。
「うおっ!」
「被害状況知らせ!」
杉原艦長が高声令達器に向かって叫んだ。暫くして応急長を兼ねる副長から報告が上がってきたが、その報告に杉原は言葉を失ってしまった。
「後部主砲に命中弾! 2番、3番全壊にて使用不能! 魚雷発射管も破壊されました!」
「なんだって!」
「魚雷発射管はともかく、主砲を2基失ったのはまずいな」
朝霜の戦闘力は一気に1/3にまで減少してしまった。残った前部甲板の1番砲塔は無事だが、1基だけでは敵に有効弾を送る事は出来ず、いずれ集中砲火を浴びて撃沈させられてしまう。機関が無事なうちに戦場から離脱することは可能だが、そうなると初霜1隻で5隻を相手取ることになり、滅多打ちの憂き目に遭う。反撃は叶わず、逃げる事もできない。小滝司令はジレンマに陥ってしまった。
「とにかく反撃しましょう。砲が残っている限り、我が艦は戦えます」
「そうだな、艦長」
朝霜の1番砲塔が咆える。しかし、敵艦の側に2本の水柱を上げるに止まった。お返しとばかりに多数の魔導弾襲い掛かってきた、数発が命中して艦体を激しく震わせ、上部構造物を破壊する。副長も被害状況が把握しきれないのか、中々報告が上がってこない。
主砲が火焔を上げて砲弾を発射する。今度は1発が命中し、魔導砲塔が吹き飛ぶのが見えたが、朝霜にも数発が命中し、何かが壊れる音がしてきた。
「くそっ、このままでは…」
「……………」
小滝司令が唸り声を上げ、杉原艦長は黙って敵艦を凝視する。次に集中砲火を浴びれば致命的な損害を受けるに違いない。だが…。
突然、敵艦のうち2隻の艦上後部に多数の爆炎が踊った。朝霜の艦橋で全員が呆然と見守る中、敵艦は爆発の衝撃で海面上に落ちて激しく揺れた。さらに、止めとばかりに爆発が連続して起こり、敵艦は激しく炎上し始めた。
「一体…何が起こった?」
「只今の攻撃は味方艦によるものです! 敵艦の後背に磯風と雪風!」
「そうか、来てくれたか…。よし、今のうちに戦場から離脱する。初霜はどうだ?」
「初霜健在、敵艦と交戦中!」
「初霜に信号を送れ。朝霜は戦闘不能により戦場を離脱する。初霜は磯風、浜風と連携して攻撃を続行せよ。以上だ」
「了解、初霜に信号を送ります!」
ほどなくして初霜から了解の信号が送られてきた。朝霜は面舵に舵を切って戦場を離脱し始めた。見ると、朝霜を攻撃していた突撃艦は背後から急襲されたことで、有効な反撃をすることが出来ず、たちまちのうちに撃破されて行く様子が確認できた。
「奴らの主砲は全門前部甲板にあって前方を指向しているからな。背後から襲われたらひとたまりもないのだろう」
「連中には後で一杯奢らんとですな」
朝霜は出しうる限りの速度で戦場を離脱し始めた。背後から聞こえていた砲撃音は徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。




