第26話 テティス島沖海戦① 突撃!水雷戦隊
激しい航空撃滅戦が行われた翌日、テティス島東約200海里(約370km)沖合い、水平線の向こうに夜明けの曙光を背にしてヴァナヘイム帝国機動艦隊が姿を現した。日本艦隊の航空攻撃で多くの沈没艦を出したとはいえ、今だ戦艦4隻、巡航艦2隻、軽装巡航艦2隻、突撃艦8隻と強力な戦力を有している。
「マストらしきもの4、左20度、距離サンゴーマル(3万5千メートル)! さらに手前に小型艦らしき艦影多数!」
「対空電探に反応。味方機編隊方位288度から接近!」
大和の艦橋に次々と報告が上げられる。伊藤長官は落ち着いた声で命じた。
「合戦用意、昼戦に備え」
命令を受け、有賀艦長が指示を下す。
「砲戦用意!」
「弾着観測機発艦!」
艦の後方からバシン!と火薬が爆発する音がして、カタパルトから零式水偵が発艦し、爆音を轟かせながら上空に上がって行く。
「接近中の味方機に通信。弾着観測機を援護せよ」
「味方機に通信します!」
「第二水雷戦隊、敵艦隊に向けて突撃します!」
見張りからの報告が入り、伊藤長官、森下参謀長らは双眼鏡を向けた。旗艦軽巡洋艦矢矧に率いられた駆逐艦6隻(冬月、涼月は空母の護衛で編成から外れている)は、単縦陣を組んでまっしぐらに敵艦隊に向かう。彼らの役目は敵巡航艦及び突撃艦を撃退し、大和に近寄らせない事だ。倍する敵だが、各艦は臆することなく突撃して行った。
「頼むぞ、古村…」
森下参謀長は遠ざかる矢矧に向かって小さく呟いた。
「伊藤様、いよいよ始まるのですね。大和と帝国艦隊との戦いが」
「そうです。我々はそのために来たのです」
「皆様とトリアイナの勝利をお祈りしております」
「死力を尽くします」
伊藤長官の隣に並んだベアトリーチェは勝利を祈る言葉を送ると、艦橋の隅に移動した。世話役の伊達中尉は森下参謀長に何か話した後、ベアトリーチェとアルゲンティ大将に声をかけた。
「ベアトリーチェ様、アルゲンティ大将。これからここは戦闘指揮の中枢となります。我々は司令塔に移動しましょう。司令塔は装甲板に守られていますから、ここより安全です。また、副長の能村大佐が詰めていますので、副長から戦闘の経過を聞くことができます」
「司令塔は艦橋の下部ですよね、防空指揮所の方が視界が広く、戦闘の経過を見渡せると思うのですが」
「砲戦になれば大和は主砲を撃ちます。主砲発射時の爆風は凄まじく、艦外にいる兵は吹き飛ばされて死亡する場合もあることから、砲撃戦の最中、兵は艦内に退避しなければならない事になっているのです」
「凄まじいな。わかった。貴殿の言う通りにしよう」
「46センチ砲ですか。どれほどの威力なのでしょうか」
ベアトリーチェとアルゲンティ大将は伊達に促されて艦橋から司令塔に降りて行った。その間にも大和と敵艦隊の距離は縮まる。
「敵艦隊との距離、二八〇(2万8千メートル)!」
見張りから刻々と敵艦との距離が伝えられる。森下参謀長は有賀艦長に砲戦距離を指示した。
「距離2万3千で砲撃を開始だ。艦長」
「了解だ。アルゲンティ大将の話では、魔導砲とやらは放物線軌道を取らず直進する性質があるとの事。であれば、砲戦距離は2万以内だろう」
「そうだ。大和は2万3千を維持し、アウトレンジで敵を叩く。しっかり頼むぞ艦長」
「大和の砲術を信じろ。必ず勝つ」
「参謀長、そろそろじゃないかね」
伊藤長官が森下参謀長に転舵のタイミングを伝える。
「はっ! 艦長、大和取舵、敵艦隊と同航する」
「航海長、取舵一杯!」
「とぉぉおりかぁじ!」
航海長茂木中佐が操舵室に取舵を伝える。大和は艦首を左舷に振り、ゆっくりと回頭し始めた。
「砲術、右砲戦準備!」
「右砲戦、宜候」
砲術指揮所から砲術長黒田中佐の声が返って来る。重量5千トンもある46センチ三連装主砲塔がゆっくりと右に向けて旋回する。
「敵艦隊、距離二四〇(2万4千メートル)、速力24ノット! 」
「舵戻せ、中央!」
「もどぉぉせぇぇ」
「機関、最大戦速」
大和が直進に戻る。その時、敵戦艦部隊からやや離れた後方で砲音が轟き始めた。
「始まったな」
有賀艦長は双眼鏡で音の方向を見た。敵の随伴艦隊と第二水雷戦隊がついに戦闘を開始したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第二水雷戦隊は敵戦艦部隊の左舷を単縦陣で航行する巡航艦隊に向かって最大戦速で突撃していた。
「敵との距離一五〇(ヒトゴーマル:1万5千メートル)!」
旗艦軽巡洋艦矢矧の艦橋に見張りからの報告が上げられる。巡航艦と突撃艦が指向可能な魔導砲を向けてきた。敵の射弾が矢矧の周囲でまとまって爆発し、衝撃波が艦体を軋ませる。後続の駆逐艦の周囲でも多数の魔導弾が爆発して海面を泡立たせる。
「巡航艦隊を戦艦部隊から引き剥がす。進路変更、反航戦!」
「進路変更、面舵15。後続艦に発光信号!」
第二水雷戦隊司令官古村啓蔵少将の命令を受け、矢矧艦長原為一大佐が航海長に進路変更を指示した。矢矧は右に舵を切り敵巡航艦隊と反航に移る。
「やられっぱなしでいることはないぞ。各艦各個に目標定め、砲撃始め!!」
「砲術、目標選定は任せる。撃て撃て!」
面舵から直進に戻った矢矧は装備する50口径四十一式15センチ(15.2センチ)連装砲を左舷に旋回させて射撃を開始した。また、左舷に装備された九八式8センチ連装高角砲も砲を水平にして2秒から3秒ごとに敵艦に向けて射弾を送る。矢矧に後続する駆逐艦も12.7センチ連装主砲を最も狙いやすい敵艦に向けて発射する。
第二水雷戦隊とヴァナヘイム帝国巡航艦隊はお互い射弾を浴びせ合うが、高速で反航しているため、中々命中弾は得られない。しかし、敵艦隊とすれ違う寸前、矢矧の主砲が最後尾の突撃艦に命中して火炎を上げた。
「最後尾の突撃艦に命中弾2。火災を起こしています!」
「さらに別の突撃艦及び軽装甲巡航艦に命中弾!」
「我が艦の砲撃、さらに2発命中。突撃艦の行き足止まりました!」
射撃指揮所から命中の報告が艦橋に次々に上げられる。反航しながらの射撃のため、命中は12隻中3隻だけだったが、そのうちの1隻は戦闘不能に追い込んだ。このことに激怒したのか敵巡航艦隊は反転して第二水雷戦隊を追撃してくる。
「よし、速度を敵艦隊に合わせろ。奴らを引き付けるんだ。艦長、魔導砲は爆発威力は高いが装甲貫徹力は小さい。臆することなく距離を縮め、敵を確実に叩け!」
「了解! 機関室、速度落とせ第三戦速! 航海長、進路変更取舵15!」
「後続艦に発光信号送れ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
矢矧に後続する第17駆逐隊の駆逐艦浜風の見張員は、敵巡航艦隊の動きに変化が表れている事に気付き、艦長前川萬衛中佐に報告を上げた。
「艦長、敵艦隊は斜め単横陣に陣形を変え、艦首をこちらに向けて突進してきます。我が艦との距離一〇(ヒトマル:1万メートル)!」
「磯風から発光信号。艦隊取舵、左砲戦単縦陣!」
報告を受けた前川中佐は頷き、航海長に話しかけた。
「古村司令は丁字戦法で迎え撃つつもりだな。確か敵艦の砲は全て前甲板に集中配置されているのだったな」
「そうですね。全砲門を我々に指向して一気に撃滅するつもりなのでしょう」
「面白い。日本海海戦の再現にしてやろうじゃないか。左砲戦準備!」
浜風の装備する3基の12.7センチ連装砲塔が旋回して、迫る巡航艦隊に狙いを定めた。旗艦矢矧から各個に射撃開始の命令が届く。前川艦長は砲術長にどの艦が狙いやすいか聞いた。
「敵3番艦が最も狙いやすいです」
「よし、目標敵3番艦、主砲発射!」
「発射!」
轟音を立てて各砲塔の1番砲が火を噴いた。同時に敵艦も射撃を開始し、魔導弾がまっしぐらに飛んできて浜風を掠め、右舷側で爆発した。
「へたくそが…」
砲術長が呟くが、浜風の初弾も目標の後方に着弾して水柱を上げる。
「全弾、遠!」
「人の事は言えんか。修正、下げ二」
続けて2番砲が発射される。その間にも敵の魔導砲が飛んできて、そのうちの1発が後部甲板に命中して搭載艇を吹き飛ばした。
「くそ、もう当ててきやがった。敵の方が腕がいいってのか。こんちくしょうめ」
「砲術、よく狙え!」
浜風の第2射は敵艦の右舷側に着弾する。前川艦長の激が飛ぶ中、3射、4射と修正しながら射撃を繰り返し、6射目にして敵艦を挟叉した。
「よし! 次から斉射!」
一瞬、主砲の発射が止まり、続けて6門同時に砲弾が発射された。交互撃ち方でも射撃時の衝撃は大きかったが、斉射の衝撃はそれ以上で、豆鉄砲と揶揄される12.7センチ砲でも全身がビリビリと震える。撃ち出された砲弾は敵艦の前甲板に2発命中して魔導砲の砲身が吹き飛ぶのが見えた。
「よくやったぞ、砲術!」
「ハッ、一気に畳み込みます!」
艦長から誉め言葉が送られた。浜風は第2斉射をした直後、爆発音とともに全艦が激しく振動し、射撃指揮所にいた全員が床に投げ出された。
「くっ、くそ…どこをやられた? 皆、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です」
掌砲長や砲術士が立ち上がって無事を報告した。どうやら魔導砲が艦中央部に命中したらしく、煙突の周辺が激しく破壊されている。かろうじて魚雷発射管は無事のようだ。もし、魚雷発射管に命中していたらと思うとゾッとして顔を青ざめさせた。
「射撃指揮所、無事か!」
前川艦長が高声令達器で問い合わせて来た。砲術長が全員無事であることを報告する。
「射撃は可能だな」
「可能です」
「ここが踏ん張りどころだ。主砲撃て、敵を撃滅するんだ!」
「了解!」
浜風は艦中央を破壊されたが主要区画は無事であり、主砲にも損傷はない。再度交互撃ち方で弾着修正を行った後に斉射に移った。浜風に小口径の魔導砲が数発命中して艦体を震わせる。しかし、12.7センチ砲弾も敵を捉えている。対艦用の徹甲弾は敵突撃艦の内部に突入してダメージを与える。浜風の砲弾を10発以上被弾した突撃艦は、ついに耐えきれなくなり大爆発を起こして海面に落下すると二つに折れて沈み始めた。
「敵艦撃沈!!」
「よくやった!」
敵突撃艦を撃沈せしめた喜びもつかの間、浜風の前方で大きな爆発音が轟いた。
「なっ、なんだ!?」
「艦長、見て下さい。矢矧が…」
前川艦長の視界に先頭を進む矢矧が爆炎に包まれ、後部砲塔が吹き飛ぶのが見えた。さらに、魔導砲が後部甲板に命中して上部構造物を破壊する。機関部は無事で速力は落ちていないようだが、これ以上破壊されると危ない。なにせ、軽巡の防御力は駆逐艦に毛が生えたくらいしかないのだ。
「磯風より信号! ワレニ続ケ!!」
第17駆逐隊司令駆逐艦磯風より発光信号が送られた。司令官新谷喜一大佐は陣形から離れ、敵艦の側面に回り込み、矢矧の救援をするつもりなのだ。前川艦長は大音声で命じた。
「目標、敵巡航艦2番艦! 矢矧が苦しんでいる。磯風と協同して巡航艦を叩く!」
「了解!」
巡航艦は日本海軍の重巡クラスの大きさと火力を持っている。強敵だが何としても矢矧を助けなければならない。第17駆逐隊のもう1隻、雪風は突撃艦1隻を撃沈した後、別の1隻と激しく砲火を交わしていて同行は不可能だ。磯風と浜風の2隻は陣形を解くと、目標に定めた巡航艦目掛け、主砲を撃ちながら最大戦速で突撃して行った。




