第25話 テティス島沖航空戦④
「投下完了!」
「よし、高度を上げつつ離脱する」
結城少佐が直率する編隊は魔導砲によって2機が撃墜されて7機になったものの、残った機は80番(800kg徹甲爆弾)の投下に成功した。爆弾は田中機の突入によって損傷を受け、海面に落水して速度が大幅に落ちている敵戦艦を包み込むように落下している。
対空砲の射程外に離脱した結城少佐は双眼鏡で爆弾が落ちる様子を見守っていると、敵戦艦の上に2カ所、閃光と共に爆炎が上がるのが見えた。
「よし!」
結城少佐が満足した声を上げる。爆弾が命中した付近の舷側が吹き飛び、炎を噴き出した様子が見える。80番は敵艦に相当な打撃を与えたようだ。
「あれじゃあ助かるまい。意外と脆かったな。宮島、艦隊充て打電。「第一次攻撃終了、空母3及ビ戦艦1ニ爆弾命中。撃沈確実。戦艦5隻ハ健在ナリ。再攻撃ノ要ヲ認ム」以上だ」
「了解。艦隊司令部充て打電します!」
結城隊7機の天山は編隊を組むと、先行して帰投した石川隊を追って機首を北に向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリオン皇子とアーシャ中尉は巡航戦艦エムブラの惨状を見て息を飲んだ。
巡航戦艦アスク級はヨルムンガンド級に比べると旧式で魔導砲を防ぐ装甲も薄いが、それでもドローム母艦よりは防御力が高い。さらに、最新の魔導防壁発生装置が搭載されており、自艦と同じ30cm口径の魔導砲の直撃も相殺できるはずであった。しかし、敵の投下した攻撃兵器には魔導障壁も効果なく、また艦を守る装甲板も紙のように撃ち抜いてエムブラを内部から破壊した。そのエムブラは破孔から流入する海水の重量で急速に沈み始めている。敵の突入で破壊された艦橋は基部から崩れ落ち、多くの乗員と共に海中に没している。恐らく艦長も指揮を執る者も艦橋と共に沈んだだろう。アリオンは沈み行くエムブラから脱出する乗組員を唖然とした眼差しで見つめていた。
「信じられん…。ヨルムンガンドが就役する前は帝国最強をほしいままにしたアスク級が、撃沈させられるとは…」
「アリオン様、おかしいです。艦隊は停止しないで進んでいます。溺れている兵を助けないのですか?」
「本当だ。コーゼル艦長が溺者救助を進言するために艦橋に戻っているはずだが。我々も行ってみよう」
アリオンとアーシャ中尉は走り出した。その背中を見張員達は不安そうに見送るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ガティス! なぜ艦隊を停止させ、沈没した艦の乗組員を救助しない!!」
艦橋内に飛び込むなり、司令官のガティス皇子に怒鳴ったアリオンは、目の前の光景を見て息を飲む…というより、呆れかえった。司令補佐官のモルゲンが頬を抑えて床に転がっており、コーゼル艦長が抱き起こそうとしている。その側では顔を真っ赤にした鬼の形相のガティスが仁王立ちしてモルゲンを見下ろしていた。アリオンは声を荒げた。
「一体何をしている、ガティス!」
「ウルセェ! コイツが溺れてる奴らを助けろなんて、ふざけた事ぬかしやがったからぶん殴っただけだ。騒ぐなクソ野郎!」
「オメェらよく聞け。いいか、今は戦争中でオレ様達に求められてんのは勝つ事。勝利だけなんだよ! だから直ちに陣形を再編して進撃をしなきゃなんねぇんだ! 艦を沈めた無能共何かに構ってる時間なんか無ぇんだ。オレ様の艦隊に無能は不要だ! ハンス、艦隊前進。ヨルムンガンドで敵艦隊をぶっ飛ばし、トリアイナのクズ共を皆殺しにする!」
「し…しかし…」
司令部参謀のハンス大佐は困ったように答えに詰まった。コーゼル艦長は兵にモルゲンを医務室に連れて行くよう命じると、毅然としてガティスの前に立った。
「司令官、意見を具申いたします」
「却下だ!」
「いいえ、聞いていただきます。軍艦を運用するためには、熟練した乗組員が不可欠です。運航技術に熟達した人材を失えば、軍にとって多大なる損失となります。兵を一人前に育て上げるのに、一体どのくらいの期間と軍費が必要なのか知っておられるのですか。ドローム母艦と戦艦エムブラが撃沈させられたのは仕方ないとしても、次の為に生き残った彼らを1人でも多く救助しなければなりません」
「次…だと」
「そうです。この戦争が終わっても戦いは続きます。その時の為にです」
「ハッ。次なんか無ぇよ」
「何故ですか」
「はぁ? ヨルムンガンドを以って異世界とやらの艦隊を粉砕し、トリアイナ王国を火の海に変えてやるからだよ。それでオレ様達の勝ちだ。それで終わりだからだよ。次なんか無ぇんだ!」
「…バカな! あなたはこれまで国に尽くしてきた兵を見捨てるというのですか!」
「コーゼル、奴らは艦を守り切れなかった無能だ。そんな奴等、いらねぇよ。全艦前進、これは皇帝から全権委任された司令官としての命令だ。言ってる意味がわかるよな」
「…くっ。了解…しました…。(ここまでか…。済まぬ。皆、許してくれ…)」
コーゼル艦長は心の中で置き去りにする兵に詫びながら、命令を受諾した。やり取りを見ていたアリオンは虚しさに包まれる。
(くそ…。ガティスにトリアイナを任せる訳にはいかんと、軍務尚書を退いてトリアイナ総督を買って出たのは早計だったか。軍務尚書としてならその権限でガティスに命令することもできただろうが、今の俺の立場では無理だ。ヤツは俺の言う事を聞くまい…)
艦橋の雰囲気が一層悪くなった中、通信兵から通信文を受け取ったハンス大佐はその内容を見て顔色を変えた。
「総司令、別動隊の巡航艦ケスリンからです。敵艦隊攻撃に向かったバロール、ゴーヴ、ガヴナンの3隻が敵の航空攻撃で沈没したとのことです。ケスリンは負傷者を収容してマルティア島基地に向かうと連絡が入りました」
ヨルムンガンドの艦橋内が騒めいた。一方、ガティスは爬虫類を連想させるような視線でハンス大佐を一瞥する。その氷のような眼差しにその場の全員が怖気を振った。
「ケスリンに伝えろ。帰還は許さん。マルティア基地への帰還は敵前逃亡とみなす。帝国軍人なら戦って死ねとな」
「ガティス! 貴様ァーーッ!!」
「アリオン様!」
ガティスのあまりの言い様にカッと頭に血が上ったアリオンが飛び掛かった。ガティスの顔に拳を叩き込もうとしたアリオンだったが、伸ばした腕を跳ね上げられ、逆に殴り返されて床に叩きつけられて呻き声を上げた。悲鳴を上げたアーシャ中尉がアリオンに駆け寄って抱き起す。
「ハーハハハッ! テメェごとき軟弱な野郎にオレ様がやられるとでも思ったか、バカが。いいか、今のお前は単なる官僚だ。艦隊総司令であるオレ様に意見できる立場じゃねぇんだよ! 分かったか、いい子ちゃんしぃのクソ野郎!」
「ぐっ…く、くそッ。ガティス…」
「アリオン様、血が出ています。医務室にお連れします」
アーシャ中尉はアリオンを立たせ、医務室に連れて行こうとした。
「待て、アーシャ。テメェは司令部補佐だろうが。艦橋にいてオレ様の役に立つのが仕事じゃねぇのか。それともナニか。テメェはオレ様の許可無しにアリオンの世話役にでもなったのか。テメェは一体なんなんだ!?」
「いえ…はい。私はガティス総司令の補佐役です」
「わかりゃあいいんだよ。そんなクズはほっておけ。オレ様の近くにいろ」
「アーシャ、もういい。ありがとう」
「アリオン様、申し訳ありません…」
ガティスは艦橋の司令官席に座って片肘をついて窓の向こうを眺めた。
(チッ、どいつもこいつも無能でクズだぜ。まあいい、ヨルムンガンド級さえあればこの戦争は勝ちだ。トリアイナを占領した暁には、オレ様は帝国ナンバー2にのし上れる。そうなれば、さらに上も狙える…。見ていろ、この世界は帝国の、オレ様のものになるんだ。権力、富、女…。何でもオレ様のものだ。だからこそ、ここで躓いちゃいけねぇんだ)
「クククッ…。ワーッハハハハハ!!」
まだ掴み得ていないにも関わらず、勝利を確信して高笑いするガティス。その笑い声を医務室に向かう途中の通路で聞いたアリオンは小さく呟いた。
「相手を侮るなよ。今我々が戦っている相手は想像もつかない力を持っているかもしれないんだ。油断だけはするな。それとガティス。人を使い捨てにする軍隊が勝利を掴んだ例は、いまだかつて無いんだ。よく覚えておくんだな…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日没を迎え、航空戦を終えた第一航空戦隊。旗艦大和の作戦室では戦闘評価についての報告と今後の作戦行動に関する会議を行っており、伊藤長官は司令部参謀から戦果報告を受けていたところだった。
「第二次攻撃に向かった航空隊、全機帰還しました。戦果を報告します」
「始めに敵別動隊ですが、空母及び巡航艦3隻を撃沈しました」
「次に敵本隊ですが第一次攻撃で空母3隻、戦艦1隻を撃沈。第二次攻撃で巡航艦2隻、突撃艦4隻撃沈。戦艦1隻を大破せしめました」
「ふむ。大戦果といってもいいな。良くここまでの戦果があげられたものだ」
「はい。その要因の分析はこれからですが、当方の航空隊の能力が敵を圧倒し、制空権を確保できたのが大きいかと」
「我が方の損害は?」
「紫電改9機、彗星4機、天山3機の計16機が未帰還です。また、攻撃隊の内、至近弾で損傷を受けた機が1/3ほどです。これらは空母艦内で修理中とのことです」
「意外と紫電改の損害が多いな」
「敵の人形とドロームの数は紫電改隊の倍もあり、中々に侮れなかったと報告がありました。むしろ、この程度で済んだのは僥倖であったかと思われます」
「ただ、問題がありまして…」
「問題? 言ってみたまえ」
「実は、天城と葛城の弾庫がほぼ空になってしまったのです。対艦攻撃用の大型爆弾は残弾無し。25番(250kg爆弾)は10発程度しかありません。航空魚雷だけは使用していないので、予備含め20本残しています。紫電改の機銃弾は相当数残していますが」
「25番は別動隊攻撃で消耗したからな」
森下参謀長が顎をさすりながら唸った。山本先任参謀が後を引き継いで発言した。
「残った爆弾と魚雷は輸送船団攻撃のため残しておく必要があります。つまり、次に我々が打つ手は…」
「艦隊戦か!」
同席していた有賀艦長が弾けるように立ち上がって声を出した。黒田砲術長も心なしか顔を紅潮させている。異世界の戦艦相手とはいえ、戦艦同士の戦いに身を投じられることが彼らの精神を高揚させたようだ。
「その通りです。しかし、敵にはまだ4隻の戦艦が残っています。いかに大和でも厳しい戦いになるかも知れません。それに、敵にはまだ4隻の巡航艦と8隻の突撃艦がいます。第二水雷戦隊にはこれらを撃退してもらわなければなりません」
「策はある」
森下参謀長が有賀艦長と顔を見合わてニヤッと笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜の帳が落ち、闇に包まれた海上を第二戦速を維持して大和と第二水雷戦隊は南下していた。天城と葛城は第41駆逐隊の護衛を受け、20海里ほど後方にいるため、その姿は見えない。観戦武官として大和に乗り込んでいるベアトリーチェ王女は伊達中尉を伴って、大和の甲板に出て暗い海を眺めながら航跡波が立てる波音を聞いていた。
「夜が明ければ始まるのですね。トリアイナとあなた方の命運をかけた戦いが」
ベアトリーチェは視線を海から伊達に移した。
「勝てるのでしょうか。帝国艦隊にはまだ4隻の戦艦がいます。いくら大和が強くても1対4では勝算が薄いのではないでしょうか」
「不安…なのですか?」
「不安じゃない…といえばウソになります…」
「ベアトリーチェ様、この大和を見てください。大和は戦うために生まれて来た艦です。史上最大最強の戦艦として、祖国を守るために生み出された戦う艦です」
「…………」
「私達と大和…いや、第二艦隊はもう日本には帰れません。トリアイナが新たな祖国なのです。祖国を、そこに住まう人々を守るため、我々も大和も全力を尽くして戦います。そもそも、我々は戦力100倍にも及ぶ敵に殴り込もうとしていたんです。それに比べたら4倍程度の敵はずっとマシだと思います」
「信じられませんか…?」
「いいえ、信じます! 大和と日本から来た皆さんを信じます!!」
ベアトリーチェは伊達の胸に飛び込んだ。小さく震える体をそっと抱き締める。星々の光に照らされた二人を物陰から見ていたアルゲンティ大将は、静かにその場から離れながら、空を見上げて小さく呟いた。
「姫様、小官も信じておりますぞ。この艦隊の戦士たちは死をも恐れぬ勇者だ。本来何の関わりも無い我々の生存権確保のため、全力を尽くそうとしている。だからこそ、勝ちを得られるのではないかと…」
「それにしても、あの勝ち気で男勝りで男子に興味を示さなかった姫様の乙女らしい姿を見られるとはな。長生きはするものだな」




