第24話 テティス島沖航空戦③
石川中隊が狙ったドローム母艦アルヴァクの艦橋では指揮官アリル・マータ少将と艦長ロイグ大佐が唖然として敵航空隊の攻撃を見上げていた。
「なんだ、奴らは…。対空砲が怖くないのか…」
敵攻撃機は激しい対空砲もものともせず真っ直ぐドローム母艦の上空に突き進んでくる。前方では2隻のドローム母艦が炎を吹き上げ、小爆発を繰り返しながら海中に消えようとしている。脱出した水兵が沈みゆく艦から少しでも離れようと必至に藻掻いているのが見える。
ロイグ大佐は急降下爆撃というドロームやフィンヴァラーでは到底真似できないような攻撃に度肝を抜かれていたが、いつまでも惚けてはいられない。今は艦を守らなければならない時だ。冷静に敵機の動きを観察すると、アルヴァクを攻撃しようとしている敵は急降下を行うつもりはないようだ。ならば、回避できる可能性は高まる。
「敵の攻撃を躱す。取り舵一杯、機関全速。魔導砲は仰角一杯に上げて撃て。発射速度を限界まで上げろ!」
「と、取り舵一杯!」
艦長の命令を受けて操舵員が舵を取り舵に取る。帝国艦は水面上にマナを放出して浮かんでいるため、水の抵抗を受けないことから旋回速度は速い。それでも、巨艦のアルヴァクは直ぐには回頭しない。
「早く…早く回れ。回るんだ」
「艦長、奴らアルヴァクの進路を読んでるぞ」
アリル司令官が上空を見上げながら言った。ロイグ艦長が敵編隊の動きを確認すると確かにアルヴァクが回頭する方向に移動している。
「くっ…。今更進路変更は出来ません」
「艦長、制動をかけろ。奴らをやり過ごすんだ。急げ!」
「了解。機関停止、後進全速!」
艦首に装備されたスラスターからマナが勢いよく吹き出され、アルヴァクがブルブルと震えながら速度を落とし始めた。
「魔道障壁の出力を最大に上げろ!」
「舵戻せ、中央!」
「対空砲、撃ちまくれ!」
ロイグ艦長は次々と命令を下す。片舷に6基装備している12センチ単装魔導砲が仰角を一杯にあげて魔力弾を連続発射する。敵機の周囲で爆発するものの、捉えられる機体は無い。敵機はアルヴァクの上空を通り過ぎる少し手前のタイミングで一斉に爆弾を投下した。爆弾は風切り音を立てながら、アルヴァクを包み込むように落下してくる。艦体を軋ませながら後退を始めたアルヴァクの至近に艦橋を超える高さの巨大な水柱が立った。爆圧による衝撃が艦体を痛めつける。
(…3…4…5…。上空の敵機は9機だ。このまま回避できれば…)
ロイグ艦長は爆圧で揺れる艦橋の窓際に張り付いて水柱の数を数える。都合7本まで数えた時、凄まじい衝撃が艦橋を揺るがし、艦が痙攣をするように震えた。アリル少将、ロイグ艦長はじめ艦橋に詰めていた兵が床に投げ出され、床を転がって壁に体を打ち付けた。衝撃から立ち直る間もなく、艦橋が上向きに傾き始めた。ロイグ艦長は艦橋の床を滑り落ち、その上に大勢の兵が折り重なって圧迫され、全身を襲う痛みに悲鳴を上げた。
飛行甲板に命中した1発の徹甲爆弾は艦底まで貫いて爆発した。爆発により艦底部は竜骨共々破壊されたため、艦の重量で艦が前後に折れて海面に叩きつけられた。破壊された場所から海水が流入してアルヴァクは急速に沈み始める。ほとんどの乗員は脱出することも叶わず、艦と共に沈み、アリル少将、ロイグ艦長も艦と運命を共にしたのだった。
「よっしゃ! さすが戦艦長門の砲弾を爆弾に改良しただけあるぜ。1発で撃沈だ!」
アルヴァクを攻撃した石川中隊の指揮官、石川邦彦大尉は轟沈した敵艦を見て腕を振った。後は中隊全機を葛城まで連れて帰り脚を降ろして戦果を報告するだけだ。空母を沈められた帝国艦隊は一層激しく魔導砲を打ち上げてくる。石川は機体を上昇させて離脱を図った。
一方、石川中隊の後詰めとして控えていた結城少佐は敵艦隊の動きを確認した。敵空母の沈没点付近では多数の人らしきものが見えるが、救難を行う様子は無く、魔導戦艦を中心としてトリアイナ本島に向けて進撃している。
「非情だな。我が軍なら駆逐艦の2、3隻は溺者救助に残すところだ。まあいい、空母は沈めたが戦艦が残っている。ここで1隻でも沈めておきたいところだ」
結城少佐は無線電話機のレシーバーを取った。
「結城1番より各機へ。1中隊は戦艦をやる。各機爆撃隊形。2番、嚮導を任せる」
編隊は田中将司上等飛行兵曹が操縦する2番機を頂点とした三角形の陣形を取った。田中機は右旋回をして艦隊後部に回り込む。
「目標指示願います」
「進行方向左列、最後尾の一回り小さい奴をやる」
「了解!」
田中機は取り舵に切り、目標を追う形に進路を取った。追従する機も田中機に合わせて動きながら機体間隔を詰める。目標に近づくにつれ、魔導戦艦や巡航艦、突撃艦から魔導砲が撃ち上げられ、編隊の周囲で炸裂し始めた。編隊は火星25型発動機のスロットルを開いて速度を上げ、真っ直ぐに目標に向かう。
「吉野機被弾!」
電信員の宮島飛行兵曹長が悲痛な声を上げた。結城少佐が振り向くと吉野道夫少尉が操縦する5番機が右翼を吹き飛ばされ、右に傾きながら墜ちて行くところだった。それを見て6番機以降が間隔を詰める。
「了解!」
結城少佐は短く返答した。攻撃進路に入っている編隊は目標目掛けて進むしかない。爆弾を投下するまで対空砲が命中しない事を願うばかりだ。編隊の至近に魔導砲が集中し始めた。爆発の衝撃波で機体が振動する。アメリカのVT信管なら砲弾の破片で機体が切り裂かれて致命的な損傷を受けていただろうが、魔導砲はマナとかいうエネルギーを爆発させるので、直撃しない限り墜落することは無い。しかし…。
「少佐、嚮導機が…」
「しまった!」
魔導砲の爆発で機体のどこかに損傷を受けたのか、嚮導を務めていた田中上等飛行兵曹の操縦する天山が墜落し始めた。結城が見守る中、田中は墜落する天山をコントロールして敵戦艦に持っていく。敵艦隊も田中機の動きに危険なものを感じたのか、魔導砲を田中機に向けた。田中機の周りで多数の魔導砲が爆発し、主翼も垂直尾翼も吹き飛び、機体に穴が開くが奇跡的に操縦席は被弾せず、発動機も全力で回っている。田中機は操縦者の魂が宿ったかのように垂直に落下し、当初目標の戦艦の艦橋上部に激突した。さらに激突する寸前、機体から外れた爆弾が艦橋基部に落ちて爆発し、衝撃で艦体を海面に着水させた。
「よくやった田中! 今後は当機が嚮導する。傷ついた戦艦を確実に仕留めるぞ!」
「了解、攻撃隊を嚮導します!」
結城少佐の命令を受け、水上中尉は1番機を先頭に位置させて残った6機を誘導し始めた。田中上等飛行兵曹とは葛城の攻撃隊に着任して以来、共に腕を磨いてきた仲だ。この仇は絶対に取る。水上は最良と思われる位置で爆弾の投下レバーを引いた。九九式八〇番五号爆弾(800kg徹甲爆弾)が機体から離れ、敵艦に向けて落ちて行く。これを見て後続機も一斉に爆弾を投下した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「な…なんなんだ、こいつらは…」
「アルヴァク、アルスヴィズ、グリスニが…」
「垂直降下で攻撃? あのような戦法、正気の沙汰じゃない。奴らは悪魔か」
天城・葛城航空隊の攻撃で帝国の誇るドローム母艦3隻が瞬く間に沈められたのを、ヨルムンガンドの艦橋から目撃したガティス皇子始め、司令部及び艦橋要員達は茫然と言葉を失っていた。
「クソッ! 何が無敵のドローム隊だ。クソの役にも立ちゃあしねぇじゃねぇか! 敵の突破を許しやがってよぉ。クソッたれの無能共が!」
「別動隊に出したヒルディス含め、ドローム母艦を全て沈められるとは…。信じられん」
真っ赤な顔で地団太を踏むガティスと、小さく呟くハンス・ラングスドルフ大佐の隣で、アリオン皇子もまた信じられないといった顔で呆然と立ち竦んでいた。
(あの艦の飛行甲板には、ヨルムンガンドの砲撃でさえ相殺するほどの強力な魔導防壁が張られていたはず。それが全く機能しなかっただと。奴らが投下した何かが命中した瞬間、甲板に大穴が開いて爆発して致命的な破壊をもたらした。アルヴァクはただの1発で艦体が二つに折れた。魔導戦艦に匹敵する大きさの艦を一撃で沈めるとは…。一体、何者なんだ。奴らは)
(確かに奴らの飛行機械も無敵ではない。しかし、それ以上に飛行性能、搭乗員の技量が我々より勝っているのだ。奴等には今までの常識が通じない。厳しいぞ、これは…)
「アリオン様…」
「アーシャ。大丈夫だ、まだ負けた訳ではない」
「はい…」
不安そうな表情のアーシャ中尉の肩を抱いたアリオンは艦隊上空を見上げると、9つの黒い点が整然と戦艦部隊に近づいて来るのに気づいた。同時に艦橋トップの見張所からの緊迫した声がスピーカーから流れて来た。
「艦隊上空に、胴体下に何かを懸架した敵機が侵入しつつあります! 数は9機、高度4千、速度およそ400km以上!!」
「いつまでもいいようにさせてられっか! 対空砲火で撃ち落とせ!」
「全艦対空射撃!」
「全副砲仰角を上げろ! 魔導砲発射始め!!」
ガティスの命令を受けたハンス大佐が命令を復唱し、コーゼル艦長はヨルムンガンドの砲術に対空射撃を命令してからガティスに向かってこの場を離れることを伝えた。
「ガティス司令、小官は見張所で防空指揮を執ります。ヘルマン副長、ここは任せるぞ」
「ハッ、お気をつけて!」
「艦長、私も行こう」
「わ…わたしも…」
コーゼル艦長は頷くと、アリオンとアーシャを連れて艦橋から出て行った。ガティスは面白くなさそうに「フン」と鼻を鳴らすと指揮官席にどっかと座った。
「フン、どいつもこいつも慌てやがって。ヨルムンガンド級はドローム母艦と違うんだぞ。火力も防御力も今までの艦とは隔絶してる。絶対に負ける訳がねぇ。無様に慌てやがって、小物どもめ…」
艦橋トップの見張所に上がったコーゼル艦長に気がついた見張員が一斉に敬礼した。コーゼルは敬礼を返すと備え付けの双眼鏡を受け取って目に当てた。艦隊の後方から9機の敵機が整然と近づいて来る。間もなく魔導砲の発射音が響き敵機の周囲で魔導弾が爆発し始めた。
「魔導砲の射高ギリギリだな。何とか届いているようだが…」
「それにしても散布界が広い。もっと寄せないと」
会話の後、コーゼル艦長は砲術管制に通じる令達器に向かって怒鳴った。
「砲術管制、散布界が広すぎる。もっと敵機に寄せろ!」
了解と返答が帰ってきて砲撃が止まった。少しの間が空いた後、副砲による対空射撃が再開された。艦長やアリオンが見ていると射撃調整が行われたのか、先程より敵機の至近で爆発しているようだ。しかし、敵機は対空砲火が見えていないかのように真っ直ぐ突き進んで来る。
「敵は対空砲火が怖くないのかしら…」
「一度攻撃態勢に入ったら、引き返す術はないのだろうな」
「敵ながら天晴な度胸としか言いようがないですな…むっ!」
「あ、見てください。命中しました!」
コーゼル艦長が声を上げ、アーシャ中尉が指差した方を見ると、翼を魔導弾で破壊された敵機が姿勢を崩して海面に向かって墜落するところだった。見張員から大きな歓声が上がり、コーゼル艦長も頷く。さらに、先頭を進んでいた敵機の周囲で連続して爆発が起こり、機体にダメージを受けたのか、この機も墜落し始めた。
「よし、これで2機。残りも撃墜するんだ!」
「艦長、様子がおかしくないか?」
「なんですと…。む、まずい! 砲術管制に命令。墜落する敵機を攻撃するように伝えろ。ヤツは体当たりを狙っているぞ!」
コーゼル艦長の言う通り、編隊の先頭にいた機は機首から煙を吐いて高度を下げながらも、巧みに機体をコントロールしてアスク級巡航戦艦の2番艦、エムブラに向かっている。ヨルムンガンドの副砲が仰角を変えてエムブラを狙う敵機の周囲で爆発し、機体を損傷させるが、敵機はまっしぐらにエムブラの艦橋目掛けて突っ込む。
アリオンやコーゼル艦長が呆然と見守る中、敵機はエムブラの艦橋に命中して炎を上げた。さらに激突の瞬間、懸架していた爆弾が外れ、艦橋基部で爆発した。エムブラはその衝撃で空中姿勢を保つことができなくなり、海面に落下して水飛沫を上げた。
「な…なんて奴等だ…。帰還が叶わないと見るやまっしぐらに突っ込んできたぞ…」
「アリオン様、あれは魔物です。魔物の群れです。わたし達、魔物の群れと戦っているんだわ。こ、怖い…」
アーシャ中尉が真っ青な顔でアリオンにしがみ付く。一方、コーゼル艦長は上空を見上げて叫んだ。
「しまった! 奴にかまけて上空の敵に対する攻撃を疎かにしてしまった!」
彼らの目に生き残った敵機が何かを落とすのが見えた。




